(13)僕と少女の日常
――取り乱す山本を必死になだめて、取り繕うようにデートをして、その翌朝。
僕は黒川邸の自室で目を覚ました。
このところずっとつきまとっている倦怠感と共に、ゆっくりと首を起こす。
すると、ベッド脇にリツがいた。
「リ――ッ!?」
「おはようございます、白井さん」
少し大きめな水色のパジャマ姿。椅子に座って、当たり前のような顔をして僕を見下ろしている。
戸惑いながら上体を起こす僕に、リツは笑顔で言ってきた。
「昨日は遅いお帰りでしたね、白井さん」
「ああ、まあ……」
「山本さんと会ってたんですか?」
――呼吸が止まる。
脳裏にいろいろな思いが渾然となって沸き起こるが、リツに対して嘘をつく意味はない。僕は正直に答えた。
「……そうだよ」
「そうですか」
リツが笑顔のまま、じっと僕を見つめてくる。
……あの告白以降も、彼女が僕の恋人の立場を主張するようなことはなかった。
あれをしろ、これをするなと命令してくることもない。
山本のことに関しても、特に何かを言ってくるようなことはなかった。
だから僕は、恐る恐るながら山本とも以前の通りの関係を続けていたのだ。
そう思いながら、僕が気まずく黙っていると――
「セックスはしてきたんですか?」
「つッ」
唐突に耳に飛び込んできた言葉を理解し損ねる。
十五歳のリツはあっけらかんとした様子で、軽い調子でその言葉を口にしていた。
リツは再び繰り返した。
「昨日、山本さんとセックスはしてきたんですか?」
「……なんで、そんなことを訊くの」
「愛する人が他の女性となにをしてきたのか、気にするのはおかしなことですか?」
「…………君みたいな子が、口に出して言うようなことじゃない」
嘘にならないように言葉を選らんでそう告げると、リツはいっそう笑みを強めた。
「白井さんのそういうところも、好きです」
そう言うとリツは椅子から立ち上がり、そのまま――ベッドの上の、僕の左太ももの上ににまたがってきた。冬用布団越しに伝わる少女の体重と、遅れて伝わってくるその体温とが、恐ろしいほどに生々しい感触となって太ももから足の付け根へ、そのまま背骨をたどって脳天にまで、僕の体幹を遡る。
彼女は自分の足の間に両手をついて前のめりになりながら、顔を真っ赤にして、実に楽しそうに訊いてきた。
「白井さんは、どんな風にセックスをするんですか? キスはいつ、何回くらい、どんな風にするんですか? 相手の身体を触るときはどこから、どんな風に触るんですか? どんなことをされると、いちばん気持ちいい――」
「リツちゃん!」
……強い語調で彼女を制する。
リツは目を丸くして僕を見ていた。まるで僕が何を言うのか、心の底から興味深く待っているかのような、そんな表情に見えた。
「……リツちゃん、今日も仕事がある。早く支度をしないと」
「……そうですね。わかりました、白井さん」
リツはずりずりと身体をずらすようにして僕の左足の上から退くと、そのままあっさりと部屋を出て行った。
……僕はまた吐きそうになったし、泣きそうにもなっていた。
いったいなんなんだ。あの告白以来、あの子は日に日に大胆になって……これじゃあ、あの子は……あの子は、まるで…………
「……ッ」
頭を振り、思わず脳裏に浮かびそうになった手ひどい言葉を、懸命に遠ざける。
心を読む彼女に対して、なにかを思うのは面と向かって口に出すのと同じことだ。
だから僕は最近ずっと、懸命に自分に言い聞かせていた。自己暗示のように、リツはいい子だと……僕は、彼女を恐れていない……僕はリツが、好きなのだと……ッ……
いっそう強い吐き気に襲われる。
僕の体重はこのひと月で、五キロほども減っていた。