(12)彼女のこと
「大丈夫、ケン太?」
そう言って、山本が僕の表情をのぞき込んでくる。
ケン太、というのは山本だけが使う僕のあだ名だった。本名とは、まったく関係がない。
僕と山本は、駅前のファーストフード店で向かい合って座っていた。ここが僕と山本との久しぶりのデートの待ち合わせ場所。山本の前にはモーニングセットとコールスロー、僕の前にはアイスコーヒーのSサイズだけが置かれている。
「……大丈夫だよ」
そう答える僕に、山本は不満そうな視線を向けてきた。
困りつつ、誤魔化すように薄く笑う。山本は肩を上下させ、大きく息を吐き出した。
「ケン太、君は嘘が下手なのをもっと自覚したほうがいいよ」
「はは……それはもう、いやになるくらい自覚してるよ……」
そう――中学生のリツに手玉に取られるくらいに、僕は嘘が下手なのだ。……いや、違うか。リツを相手にしては、嘘の上手い下手など関係ない。ただ、善人か悪人か、問題はそれだけで、そして僕は……
「――ケン太。いま、なに考えてた?」
「え?」
いつの間にか思考の淵に沈んでいた僕は、山本の声に顔を上げた。
山本は、不機嫌な――というより、そう、深刻そうな表情で僕を見つめていた。
「いまみたいな表情をして、大丈夫なわけないよ。ケン太、はっきり言うよ。君は大丈夫じゃない。私と会うときもそんな表情ばっかりで……だから、私は……私に、問題があるのかな、って……」
「は?」
「……変なことになる前に、言って。私は、ケン太のためなら何でも出来る。でも……何をしたらいいのか、わからないから」
顔を上げた山本は泣きそうな表情をしていた。それは僕が初めて見る表情で、ひどく危うげなものに見えた。
彼女は賢い。僕と同じ大学に居るのが不思議なくらいに頭が良い。僕の一年後輩で現在大学四年生である彼女は、数千倍の倍率を乗り越えて世界的IT企業への就職を決めていた。およそ僕なんかが釣り合うとは思われない才女であり、いつも正しい決断をして、効率よく動いていた。年下ながらに僕を引っ張ってくれる頼もしい相手だった。
そんな彼女が、感情的になって弱音を吐いている。
なんだこれは、と思った。そしてすぐに、ああこれはヒステリーという奴の一歩手前なんだと気がついた。だが――あの山本が、ヒステリー?
思わず否定しかけた。だが、山本の異常さは明らかだった。
「ケン太、私のどこが悪い? 服装なら変えるし、髪型だって……整形したっていい。なんでもするから。……こんなこと言ったら、気持ち悪いよね。でも……」
「山本……」
山本は――普通に、かわいい。服装は確かにすこし野暮ったいが、あんまりひらひらした衣装よりも遙かに僕の好みだった。
なのに、山本は以前から自分の外見にコンプレックスを持っていた。子供の頃に外見のことでからかわれていた、とか言ってたっけ。そんなことまで思い出したが、しかしなんと言って良いのかわからない。言葉を挟めずにいる僕の前で、山本はついに涙を流し始めた。
「最近、ずっと……たまにしか会えないのに……会うといつも暗い表情で……なに訊いても、嘘ばっかりついて……ケン太、なに考えてるの? ほんとのこと教えてよ……」
「僕は…………僕は、山本のこと好きだよ。それはずっと変わらないから」
そう、僕は山本が好きだ。心の底から愛している。
こんな状況で、店内の好奇の視線を一身に受けていても、心配するのはただ山本のことだけだ。彼女のためなら、僕だってなんでもできる。どんなことでも耐えられる。
でも、それでも………………本当のことなんて、言えなかった。
僕の秘密を、彼女に告げることなんてできはしなかった。
「ケン太……なにがあったの……? 教えてよ……ねえ!」
「……それは……」
――駄目だ、言えない。
でも、山本のことは愛している。それは本当だ。
わかってほしい。なのに伝え方がわからない。
気持ちを察して欲しい。でも彼女は分かってくれない。
ああ…………ああ、
彼女がリツなら、こんな面倒なこと無かったのに。
「ッ!!」
――ゾッ、とした。背筋が凍り付き、全身の肌が縮み上る。
僕はいま、なにを……いったい、なにを………………!?