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第09話:世界の管理者と叛逆者(3)

 時は少し遡る。

ミリアはサユリの運転する車から飛び出し、辺りを顧みずに走っていた。何処か当てがあったわけではなく、兎に角今は彼女から離れたかったのだ。

 おそらく、サユリは何の気なしについ口にしたのだろうが、ミリアにとっては天地がひっくり返るような衝撃だった。サユリが口にした「取締官」という単語、それだけ考えれば該当する職業は幾つか存在する。

 しかし、彼女とアラタが先輩後輩の関係にある以上は、アラタも同じ職業なのだろう。そして、アラタは「善行システム」に関する仕事をしていると告げていた。「善行システム」に関する「取締官」……この時点で考えられる職業はたった一つに絞られてしまう。改竄犯罪取締官、「善行システム」の改竄を防ぎ国家の秩序を守る者達だ。


 それ自体は構わなかった。改竄犯罪取締官は別に悪いことをしているわけではないし、それどころかむしろ国家の安寧を守護する大切な役目だ。加えて、結構なエリートでもある。

 ただ、多忙である筈の改竄犯罪取締官が毎日時間を、それも業務時間中である筈の時間帯に時間を取って自分に接触してきた理由を考えたら、彼女は最早平静ではいられなかった。謎の集団に狙われているという非常事態とはいえ、後輩まで引っ張り出してきた以上は職務と切り離した個人的な関係とも考えられない。故に、行き着く答えは一つだけだった。

 彼は、アラタは改竄犯罪取締官としてミリアのことを監視することが目的だったのだ。そのために偶然を装って接触しようと、あの喫茶店を訪れていたのだ。勿論、それは同時にミリアが改竄犯罪の被疑者となっていることを意味する。他の理由では、彼ら改竄犯罪取締官が出てくることなどあり得ないのだから。


 裏切られたという気持ち、怒り、そして哀しみにミリアは頭の中が真っ白になるのを感じていた。涙が自然と溢れてきて、拭っても拭っても止まらない。

 無我夢中で走ってきたミリアだが、やがて息が切れてこれ以上は走れない状態にまで陥って、やむなく足を止めた。何処をどう走ってきたのかも分からず、今自分が何処に立っているのかも分からなかった。


 周囲を見回すと、そこはどうやら公園のようだった。といっても、遊び場もほとんどないような小さな公園であり、人影もない。見覚えの無い場所であり、どうやら車で移動していた登下校のルートからは大分離れた場所に来てしまったことだけは分かった。

 しかし、幸いにして端末にはGPS機能があるため、起動させれば帰れないことはない筈だ。その思いもあって、ミリアにはそこまで焦りはなかった。


 その表情が焦りに変わったのは、いつの間にか周囲に黒いスーツを着た男達が姿を見せたからだった。見覚えのある格好に表情を変え逆の方に逃げようとするミリアだったが、反対の側にも既に男達が待ち構えており、ミリアは怯みながら周囲を見回した。周囲は全て囲まれており、逃げ出せそうな隙はない。

 追い詰められて身動きが取れなくなったミリアのもとに、一人の少女が進み出て来た。先日も彼女の前に現れた、金髪の少女だ。


「手間を掛けさせてくれましたね。貴女があちこち走り回るせいで、追い掛けるのに苦労しました」

「ずっと尾けてたの?」

「ええ、本当は車を停めて一緒に来て貰うつもりでしたから。それで、先日の答えは如何ですか?」

「…………いや」


 少女の質問に、ミリアは拒絶で答えた。金髪の少女は、その回答に嘆息する。


「残念です。納得して着いて来てくれるのが一番だったのですが……仕方ありません。ならば多少手荒な対応になることは覚悟してください」


 少女が目で合図をすると、ミリアの後ろに立っていた二人の男が彼女の手を捻り上げるようにして拘束する。ミリアが身を捩って逃がれようとするが、流石に力では大柄な男性には敵う筈も無く、捻り上げられた手の痛みに呻くことしか出来なかった。

 このような暴力を振るえば当然ながら「善行システム」に悪行と判断されてマイナスポイントが割り振られる。しかし、男達はそんなことを気にする様子はなくミリアの手を捻り上げている。

 そのまま、手枷と猿轡を嵌められて抵抗出来なくされ、ミリアは公園の外に停められていた車へと押し込まれてしまった。




 ◆  ◆  ◆




 翌日、アラタは改竄犯罪取締室のオフィスに併設されている資料室に来ていた。

 ミリアが攫われたのはほぼ間違いがなく、相手は恐らく先日彼女を取り囲んだ金髪の少女と黒服の男達だろう。先日の一件から考えて、他には考え難い。そして何よりも、その集団は改竄犯罪取締室に圧力を掛けられるくらいの権力を有していることも分かっている。

 朝一で改めて鳳室長を問い詰めようとしたアラタだったが、彼女は頑なに答えを返さなかった。それどころか、彼女の件からは手を引くようにと命令されてしまう始末だ。


 昨晩、深夜になってミリアの母親からアラタに連絡があった。彼は自分が改竄犯罪取締官であることは隠したが、それ以外についてはほぼ包み隠さず彼女に話していた。ミリアと喫茶店で知り合って交流していたこと、彼女が何らかの集団にその身を狙われていること、そして昨日離れている間に攫われてしまったことなどだ。

 罵倒されることを覚悟していたアラタだったが、通信越しに聞こえたミリアの母親の反応は嘆きと納得が入り混じった複雑なものだった。通信を切る直前に彼女が一人ごちた「あの人のせいで……」という呟きは、妙に彼の耳に残った。


 ミリアの母親は捜索願を出すと言っていたが、同時に既に諦めを浮かべていた。それはまるで、治安維持部隊ではどうにも出来ない相手だと分かっているかのような反応だった。何か事情を知ってそうな彼女の反応にアラタは少し突っ込んだ質問をしようとするが、その途端通信は一方的に切られてしまう。

 結局ミリアの母親から大した手掛かりを得られなかったアラタは、資料室で改竄犯罪取締室の関係者を浚っていた。内閣府直轄で他組織から独立した機関となっている改竄犯罪取締室に圧力を掛けられる程の存在というのは大分限られる。そこから探れば、あの金髪の少女達が何者か掴めるかも知れないという考えだった。


 鳳室長にはこの案件から手を引けと言われているし、既に改竄犯罪取締官の職務からは大分離れたものとなってしまっている。しかし、アラタはこれまで交流を深めたあの幼い少女をこのまま見捨てる気にはどうしてもなれなかった。

 しかし、幾ら探しても手掛かりは見当たらない。勿論、改竄犯罪取締室の立ち上げ経緯や現在の関係者の情報などはあるのだが、そこからあの金髪の少女達に繋がる情報は流石に資料室に納められたデータだけでは辿り着くことは困難だった。


 資料室での調査を諦めたアラタは、改竄犯罪取締室のオフィスを辞した。鳳室長が嘆息しながら見送るところが視界に映ったが、今の彼女とは会話する気になれない。

 アラタはリニアステーションに乗り、ミリアの家の近くへと移動した。手掛かりを得られなかった彼に採り得る手段は、地道な聞き込みをするくらいしか思い当たらなかったためだ。勿論、それで手掛かりを得られる可能性が低いことは分かっていても。


 人一人を攫う以上、車などの移動手段は必須だろう。もしもミリアが攫われたところを目撃しているものが居れば、車のナンバーを突き止めることが出来るかもしれない。その一縷の望みに賭けるしかなかったアラタは、周囲の聞き込みを始めようとして、不審な車が近付いてくるのに気付いた。その車はかなりの年代物のバンで、ナンバープレートも外されている。どう見ても、真っ当な相手とは考え難い。

 バンが身構えるアラタの前で停まると、ドアが少し開かれて中から一人の少女が周囲に警戒しながら顔を覗かせた。しかし、彼の予想に反して顔を出した少女は以前見た金髪の少女とは全く違う人物だった。赤毛をポニーテールに纏めた快活そうな少女は、バンから降りることなくアラタに対して話し掛けて来た。


「真崎アラタ、だな」

「そうだが……一体誰だ?」

「あたしの名前は榊ルイ。不破、いや須藤ミリアの件であんたと話がしたいって人の遣いで来た」

「っ!」


 ルイと名乗った少女から出て来た名前に、アラタの表情が強張る。金髪の少女とは別口のようだが、タイミングといいミリアの誘拐に何か関係があるということは間違いないだろう。ミリアの名前を口にする時に何故か言い直していたところが気に掛かったが、それを確認している暇は無かった。


「話を聞いてもらえるなら、車に乗ってくれ」

「……何処に連れていくつもりなんだ?」

「悪いが、それは言えない」


 アラタの問い掛けにルイはバッサリと切り捨てるように回答を断った。あから様に怪しい相手、しかも何処に連れて行かれるか分からないという状況に、流石にアラタも逡巡する。しかし、ミリアの行方について手掛かりは他に皆無に等しいため、これを逃せば次のチャンスはないというのも間違いはなかった。

 虎穴に入らずんば虎児を得ず。そう腹を括って、アラタはルイが求めるままに車の中に乗り込むことにした。




 ◆  ◆  ◆




 車の中にはルイの他に男が一人、それと運転席にも一人居るため、計三人が乗っていた。シートは向かい合うような形になっており、入口に近い方にはルイともう一人の男が並んで座っているため、アラタは奥の方に座った。あから様に彼を逃がさないような位置取りだったが、アラタ自身も乗ってしまった以上は最早逃げる気はなかった。


 外観通りにかなり古い型の車で乗り心地は正直良くない。

 シートに座ったアラタは、車に乗っている三人を観察する。三人は三人とも動き易い格好をしており、言葉を飾らなければ粗野な格好に見えた。明らかに、先日見掛けた金髪の少女やその周囲の黒服とは見掛けが異なる。そしてそれともう一つ、彼らの姿には何か違和感があったのだが、それが何かはすぐには思い当たらなかった。

 外見から得られる情報で彼らの正体を突き止めることを諦めたアラタは、端的に目の前の少女に尋ねることにした。


「お前達は何者なんだ?」

「あたし達は『気高き狼』だ」

「なっ!?」


 想像もしていなかった答えに、アラタは驚愕を露わにする。先日のショッピングモールでも事件を起こしていたとされる首輪法反対派の自称レジスタンス「気高き狼」。反対派の中でも特に強硬な集団で、テロリストと呼んだ方が近い者達だ。

 彼らが「気高き狼」のメンバーであることを聞き、アラタは先程の違和感の答えに気付いた。彼らは善行システムによって管理されている者ならば誰もが付けている首輪をしていないのだ。このバンも、端末をキーとしない旧式のものだ。それは、最新テクノロジーから遠ざかっても貫く首輪法反対派の矜持のようなものなのだろう。

 シートから腰を浮かし掛けたアラタを見て、ルイの隣に座る男が拳銃を取り出してアラタに向けて来た。


「動くな」

「やめな」


 アラタに拳銃を突き付けて威しを掛けて来た男をルイが制止する。男は舌打ちしながら、拳銃を仕舞った。

拳銃を突き付けられるという恐怖に、アラタの表情は強張ったものとなる。男が拳銃を仕舞っても、それは中々戻らなかった。倒れ込むようにシートに座り直したアラタは、呆然としながらも問い掛けた。


「反対派が何故ミリアのことを?」

「それについては、リーダーから話すことになっている」

「リーダー、確か榊セイジという男だったな……榊?」

「ああ、リーダーはあたしの親父だ」

「成程な」


 明らかに年若い少女であるルイが年上の男達に指示を出していることを不思議に思っていたが、リーダーの娘であれば納得がいった。

 そうこうしている内に目的地に着いたのか、車が停まった。


「着いたな、降りてくれ」

「分かった」


 ルイに促され、アラタはバンから降りて外に出る。

彼女の言葉が正しければ、この場所はスラム街の中なのだろう。廃墟に近い荒れ果てた建物が立ち並ぶ中、アラタはいたるところから視線が向けられるのを感じていた。当然と言うべきか、非友好的な視線ばかりである。しかし、それも当然だろう。アラタは改竄犯罪取締官であり、体制側の人間だ。此処に居るであろう反対派から見れば、敵対する相手と見られるのは当たり前だ。


「こっちだ。一応忠告しておくけど、あたし達から離れた場合、命の保証は出来ない。ちゃんと着いて来てくれよ?」

「……ああ」


 ルイともう一人の男に前後を囲まれるようにして、アラタは建物の中に入っていった。

ルイは廊下を進んだ一番奥の部屋に、見張りの男と軽く言葉を交わしてから足を踏み入れた。アラタも彼女に続いてその部屋の中に入る。そこには、四十代と思われる精悍な男性が立ったまま待ち構えていた。


「来たか」

「ああ、親父。連れて来たぞ」

「親父ではなく、リーダーと呼べ」


 先程の言葉が正しければ、目の前の男性がルイの父親でもある「気高き狼」のリーダーなのだろう。国内で最大の武装勢力のリーダーというだけのことはあり、その眼光は鋭く重い。しかし、粗暴な男というわけではなく、その目からは深い知性が感じられた。

 ルイはその男──セイジの横へと並び、アラタの後方に居た男は部屋の入口付近で待機の姿勢を取った。


「ルイから既に聞いているかも知れないが、俺は榊セイジ。レジスタンス『気高き狼』のリーダーだ。真崎アラタ、だったな。わざわざ来て貰って済まないな、歓迎しよう」

「真崎アラタだ。歓迎か、俺の肩書きを知っていても歓迎して貰えるのか?」


 アラタは気圧されないように敢えて軽口を叩く振りを装いながらジャブを打った。改竄犯罪取締官である自分を反対派であるお前が歓迎するというのか、という意思を籠めた問い掛けだ。

 案の定、セイジは苦笑を浮かべながら首を横に振った。


「確かに、改竄犯罪取締官としての真崎アラタを歓迎することは出来ないな。政府の狗である取締官は、俺達にとって紛うことなき敵だ。しかし、あの娘を助けようとしている一人の男としてなら歓迎しよう」

「あの娘というのは、ミリアのことか?」


 アラタの問い掛けに、セイジは黙って頷いた。


「あの娘を攫ったのが一体誰なのか、そして何故あの娘が攫われたのか。それが知りたいのだろう?」

「その答えを知っているというのか?」

「ああ、勿論だ」


 求めていた問いの答えを知っているという彼の言葉に、アラタは自然と握っていた拳に力が入るのを感じた。しかし、敢えて深呼吸をして聞く態勢を整える。元より、虎児を得るつもりで虎穴に飛び込んだのだ。ここで聞かずに帰るという選択肢は無い。


「分かった、聞かせて貰おう」

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