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第08話:世界の管理者と叛逆者(2)

 謎の集団に狙われているミリアを守るために学校への送迎を行っていたアラタだが、ある日の夕方、彼女を迎えに行こうとした時に一通のメールが届いた。不思議に思って送り主を見た彼の表情が険しくなる。


「? 鳳室長から?」

「どうかしたんですか、真崎先輩?」

「いや、室長から急ぎの呼び出しみたいだ。仕方ないな。俺はリニアでオフィスに行くから、ミリアの迎えの方は任せていいか?」

「はい、分かりました。……真崎先輩が居ないと、ミリアちゃんは拗ねちゃうかも知れませんけどね」


 悪戯っぽく告げるサユリに苦笑しながらも、アラタは車を降りて運転席をサユリへと譲った。窓から中を覗き込み、一言だけ残してステーションへと足を向ける。


「それじゃ、頼んだ」

「はい、任せて下さい」


 リニアステーションに向かうアラタを見送り、サユリはミリアの学校に向かって車を発進させた。

 数分して学校に着くと、丁度下校が始まる時間だった。下校する少年少女に混ざって、特徴的な白のツインテールがサユリの視界に映った。


「ミリアちゃん、こっちこっち」


 サユリが運転席から声を掛けると、ミリアは足早に車に近付いて来た。しかし、常と異なりサユリが運転席に居ることに首を傾げる。


「……アラタは?」

「真崎先輩は上司から急な呼び出しが入っちゃって。今日は私だけで我慢してね」

「……うん」


 あから様に落胆した様子を見せながら、ミリアは後部座席に乗り込んだ。分かりやすい彼女の様子を見て苦笑しながら、サユリは車を発進させた。

 普段と異なり一人少ない車中は、いつも以上に微妙な雰囲気だった。沈黙に堪えかねたサユリは、運転しながらミリアに話し掛けた。


「真崎先輩が居なくて残念?」

「……別に」

「真崎先輩もミリアちゃんの迎えに来られないのを気にしてたんだけど、室長からの呼び出しだからどうしようもなかったのよ。許してあげてね」


 車内の雰囲気を改善するついでにアラタのフォローをしようとしたサユリだったが、ミリアは彼女の言葉の中にあった別のところに気を取られた。


「室長?」

「あ、室長っていうのは私と真崎先輩の上司ね。すっごい美人さんなんだよ」

「……そう」


 サユリの要らない一言のせいで、ミリアの機嫌が一段低くなった。その雰囲気を敏感に感じ取ったのか、サユリは慌てて明るい声で話し始めた。


「あ、でも大丈夫。真崎先輩と室長はそんな雰囲気じゃないから!」

「川合さんは?」

「え? 私?」


 ミリアの問い掛けに、サユリの顔が強張った。先程以上にあわあわと慌てながら物凄い勢いでまくし立てる。


「そ、それはまぁ、真崎先輩は顔も良いし背も高いし頼りになるし優しいけど……って、考えれば考えるほど優良物件で否定の要素が無くなってく気がする!?」

「前見て運転して」


 ハンドルに頬を押し当てるようにして照れるサユリに、ミリアは恐怖を浮かべながら安全運転を求めた。

 ミリアの言葉でハッと我に返ったサユリはハンドルを握り直して車を安定させると、言葉を続ける。車線を越えそうになっていた車が元通り真っ直ぐに走るのを見て、ミリアは内心でホッと胸を撫で下ろしていた。


「でも私は今はまだ取締官としての仕事に真っ直ぐに向きあわなきゃいけないから、恋愛とかそういうことに目を向ける余裕はなくて」

「………………え?」


 サユリの言葉に、ミリアが唖然とした表情になる。しかし、前を向いて運転しているサユリは、後部座席に座る彼女の様子には気付くことはなかった。


「でも、あと二、三年した時に真崎先輩がまだ独身だったらいっそ狙ってみるのも──」

「停めて!」

「え? え?」


 いつになく鋭い声で叫んだミリアに驚きながら、サユリは反射的に車を道の端に寄せて停車させた。


「ミリアちゃん、どうしたの?」

「──────っ!」


 運転席から後部座席に振り返って不思議そうに問い掛けるサユリだが、ミリアはそれに答えることなく車のドアを開けて外に飛び出した。


「っ!? ちょっと、ミリアちゃん!?」


 車から外に飛び出して走り去ってゆくミリアの姿にサユリは慌てて制止を叫ぶ。しかし、彼女はその声に耳を貸さずに車から遠ざかってゆく。サユリが運転席のドアを開けて外に出る時には、横道に入って見えなくなってしまった。


「待って! ミリアちゃん、貴女は狙われてるのよ!?」


 護衛対象が無防備になっていることに焦り、サユリはミリアの後を追い掛ける。だが、初動の遅れは致命的だった。ミリアが曲がった角まで行った時には、その横道に彼女の姿は見えない。どうやら、何処かで更に曲がってしまったようだ。こうなってしまうと、最早追い掛けるのは不可能だった。

 しかしそれでも一縷の望みを掛けて、サユリは走りながらミリアの姿を探した。それと同時に、首元の端末を操作してアラタに緊急の連絡を取り始める。


「真崎先輩! 大変なんです、ミリアちゃんが!」




 ◆  ◆  ◆




 鳳室長に緊急の呼び出しを受けたアラタは、リニアステーションまで徒歩で向かい、そこからリニアで移動して改竄犯罪取締室のオフィスへとやってきた。

 オフィスに着いたアラタは部屋の中を見回すが、そこに室長の姿は無かった。やむなく、その辺に居た同僚を捕まえて室長の居場所を聞くことにする。


「すまん、室長に呼び出されたんだが何処に行かれたか知らないか?」

「ああ、室長なら会議室ですよ。真崎取締官が来たらそちらに来るようにとのことでした」

「会議室に? 分かった、ありがとう」


 アラタは礼を言うと、会議室の方へと足を進めた。会議室は複数存在するが、状況的に会議をするわけではないと思うため、一番小さな会議室だろうと当たりを付け、まずはそこに行ってみることにする。改竄犯罪取締室には室長室というのが存在しない代わりに、あまりオフィス内で公に話す話題ではない場合にその部屋を使用することが多かったためだ。今持っているミリアの案件を室長から言い渡された場所もそこだった。

 もしそこに室長が居なければ、他の部屋を覗いてみるつもりだったが、それは無用な心配となった。


「一等取締官真崎アラタ、参りました」

「入って頂戴」


 中から鳳室長の返事があったため、アラタは密かに安堵する。敬礼しながらドアを開け、会議室の中へと足を踏み入れる。しかし、アラタはその時に違和感を覚えた。室長に呼ばれてこの会議室に来るのは初めてではないが、常ならディスプレイがある方に立って待っていた室長が、今日に限って窓から外を見ていたのだ。

 何かの説明を受けるわけではないのか、と首を傾げながら取り敢えず近付くと、鳳室長はゆっくりと彼の方に振り向く。彼女の表情に苦悩と罪悪感の色を見付け、アラタの中の何かが警鐘を鳴らした。


「室長?」

「……ごめんなさい」

「どういうことですか? 緊急の呼び出しということで来たんですが……」


 いきなり謝罪をしてきた室長に、アラタの表情が更に強張る。嫌な予感が止まらなかった。

 とそこで、アラタの首元の端末がピピッと音を立てる。


「失礼します」


 室長からの呼び出し中であり本来ならば後回しにするところだが、アラタは今の状況から確認した方が良いと考えて対応することにした。果たしてその予感は正しかった。届いたのはサユリからの緊急の連絡だ。当然、彼女はアラタが今時分室長に呼び出されていることを知っている。その上で敢えて連絡してきたその用件がただごとである筈はない。

 アラタは躊躇うことなくサユリからの連絡を受信し始めた。鳳室長はそんな彼の事を咎めだてするわけでもなく黙って見ている。その様子はアラタの焦燥を更に煽り立てた。


『真崎先輩! 大変なんです、ミリアちゃんが!』

「どうした、何があった!?」


 通話を繋げるなり飛び込んできたただならぬ状況に、アラタも思わず声を荒げる。


『それが、ミリアちゃん。急に車を飛び出して走って行っちゃって……』

「何だって?」

『急いで追い掛けたんですけど見失っちゃって』


 走っていたのが分かるように息を切らせながら告げるサユリに、アラタは取り敢えず彼女を落ち着かせて状況を正確に伝えるように促した。


『車を運転しながら話をしてたんですけど、ミリアちゃんが急に車を停めてって叫んで、取り敢えず車を停めたら飛び出して行っちゃったんです』

「ミリアが自分の意思で車を降りたってことか。分かった、取り敢えずそっちに行くので場所を送ってくれ」

『わ、分かりました!』


 通信が途切れ、やがてメールの受信音が鳴った。サユリから現在地が送られてきたのだろう。開いて確認すると、ミリアの通う高校と彼女の家の丁度中間辺りの場所だった。

 アラタは場所を確認しながら、黙ったままの室長へと視線を向ける。


「先程の謝罪はこのことですか?」

「いいえ、流石に個人の意思を自由にすることは出来ないわ。彼女が車を飛び出したのは偶然のことよ」

「では、他にも問題があると言うことですね」

「そうね。そう受け取ってもらって構わないわ」

「それは……上からですか?」

「ええ。話せるのはここまでよ」


 何処か自嘲するような口振りで話す鳳室長に、アラタはこれ以上話しても無駄だと判断して退出することにした。


「失礼します」

「………………」


 無言で見送る鳳室長の視線を背に受けながら、アラタは会議室を出て足早に立ち去っていった。

 彼の推測が正しければ、今から向かってももう遅い。先日ミリアを狙った集団が邪魔者であるアラタを遠ざけるために鳳室長に呼び出しを掛けさせたのなら、彼の不在の間に事は済んでしまっている筈だ。

 それを分かっていながらも、アラタは走るのを止めなかった。リニアステーションから先程とは反対方向のリニアに乗り、ミリアの家の最寄りでもあるステーションで降りる。その間、彼の頭の中には先程の鳳室長の反応が思い起こされていた。


 彼女が上からの命令でアラタの足留めを謀ったことは間違いない。しかし、改竄犯罪取締室は内閣府直轄の機関であり、そこに影響を及ぼすことが出来る者は限られている。あの集団がそんな影響力を持った者達であるとしたら、果たしてミリアは一体何に狙われているというのか。そして、何故狙われているのだろうか。


 リニアステーションから駆け出したアラタは、サユリから送られてきた場所へと向かった。

 暫く走ると、停められた車とその傍に立つ焦燥感を露わにしたサユリの姿が見えて来る。駆け寄ってきたアラタに気付いたサユリが、泣きそうな声で彼のことを呼んだ。


「真崎先輩!」

「ミリアは?」

「……駄目です。見付かりませんでした」

「分かった、取り敢えず俺はもう少しこの近くを探してみる。川合は彼女の家に向かって帰っていないか確かめてくれ」

「わ、分かりました」


 サユリをミリアの家に向かわせ、アラタはその場をもう少し探してみることにした。しかし、周辺を幾ら探しても影も形も見当たらない。

 やがて、サユリからの通信が入ったため、アラタは一先ずその場で足を留めてその受信を始めた。


「どうだった?」

『駄目です。家の外からしか確認出来ませんでしたが、中には誰も居ないみたいです』

「そう、か。だとするとやはり攫われた恐れが強いな」

『そんな……私がちゃんと見てなかったから』

「気にするなとは言えないが、言っても仕方ないことは後に回そう。取り敢えず、一旦合流してくれ」

『はい、分かりました……』


 消沈した様子を隠せないサユリに、アラタは戻ってくるように告げた。

 その後合流した二人だが結局有効な手立てを見付けることが出来ず、焦燥感を掻き立てられながらもアラタはサユリを一度帰宅させることにした。サユリの方は責任を感じてミリアを探すと主張したが、そこは強引に押し切る。

 一方アラタは、ミリアの家に向かい彼女の母親と話すことにした。

 誘拐のような事件は大っぴらになった時点で治安維持部隊が出動する。しかし、今回の場合は今のところ誘拐されたという証拠が出ているわけではない。アラタの中では確信に近いものとなっているが、実際にその場が目撃されたわけでも遺留物があるわけでもないのだ。この状況で治安維持部隊が出動するには、家族からの捜索願が提出される必要がある。

 その後、家の前でミリアの母親を待ち続けたアラタだったが、結局その日彼女は日付けが変わるまでに帰宅することはなく、諦めた彼は連絡を求めるメモだけを入口に残してその場を辞した。

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