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第05話:取締官とチート少女(3)

 買い物に付き合ってもらったことを切っ掛けに、アラタとミリアの関係はこれまでとは少し異なるものとなった。傍目から見ればこれまでと然程変わらず、喫茶店で相席しているだけに見えたかも知れないが、先日までのただ同じ席に着いているだけの状態と異なり、お互いに言葉を交わすようになったのだ。

 二人の会話の内容は主に読んでいる書籍の内容だったり、あるいはミリアの学校生活での相談事だったり、様々だった。最初の内はミリアはあまり会話に積極的ではなくアラタの方から話題を振って彼女が答えるという流れがほとんどだったが、いつしか慣れたのか彼女の方からも話題を振るようになっていった。


 しかし、アラタはそんなやり取りの中で一つの疑念を抱いていた。と言っても、それほど明確なものではなく、漠然としたものだ。


(やはり、彼女は何処か一線を置いて自分の中に踏み込ませないようにしているな)


 それは、言葉を交わす内に自然と見えて来た事だった。

 親しくはなってきているものの、彼女は一定ラインを踏み越えることや踏み込ませることに強い警戒感を持っている、と言うのがアラタの出した結論だった。それは何も彼との会話だけではなく、観察していた友人達との会話でも同じことが言える。


 少し踏み込んで見るかと考えたアラタは、これまで振ったことが無かった話題をミリアへと振ってみた。


「現在の善行システムをどう思うか?」


 それは勿論、改竄犯罪被疑者であるミリアの反応を窺うための話題振りだ。

しかし同時に、アラタ自身が長年抱えている自らの職務に対する悩みを、目の前の少女に話してみたいという思いも僅かにある。取締官として同僚や上司に対してする相談とは異なる答えを得られるのではないかと、期待していたのだ。


 しかし、そんな彼の問い掛けにミリアは少々彼の予想とは異なる反応を示した。と言っても、それは恐らくこの場でアラタだけが気付いたことだろう。反応といっても基本的に無口無表情のミリアにしてはという話であり、これまで何度か言葉を交わしてきたアラタだからこそ気付けた反応だ。周囲から見ればほとんど気付けないような些細な反応でしかない。

 改竄犯罪への関与を探るための質問にミリアが予想以上の反応を示したことに内心では驚愕しながらも、アラタは努めて表情に出さないようにしながら言葉を続けた。思うように進まない調査の進展の切っ掛けとして期待すると同時に、何故か焦燥感も覚えていた。


「ああ、善行システムによる社会秩序は現状上手く機能しているように見える。それは間違いない。しかしその一方で、改竄犯罪は頻発しているし、システム自体に対する反対意見も多い。特に前者については真に善行が人々の心に根付いているのなら、そんなことは起き得ない筈のことだ。しかし、それが起きている。果たして、そんな世界は正しいのかと思ってな」


 ミリアに疑いを向けていることを悟られないように、努めて一般的な話として問い掛けるアラタ。

改竄犯罪のくだりで彼女が再び大きな反応を示すかと思われたが、今度は特段変わった様子は見られなかった。それが、彼女が潔白である証なのか、単純に二度目で動揺を隠すことに成功したためかは分からない。


「この前にも話した通り、俺は『システム』に関連する仕事をしている。それ自体は社会に必要なことだし、自分の仕事を誇りに思ってもいる。ただ、どうしても改竄犯罪や反対派のテロのニュースを見るたびに考えてしまうんだよ。このシステムは、そして俺のやってることは本当に社会のためになってるのかって」


 正直、高校生相手に振るのは如何なものかと思う重い話題だったが、口数が少ないわりに聡明な答えを返してくるミリアであれば、話題に着いて来られないということはないとアラタは考えていた。

 彼女は学校帰りによくこの喫茶店で一人で書籍を読んでいる。誘われれば友人に付き合ってファーストフード店に行ったりもしているようだが、あまり積極的な様子には見えなかった。外見では中学生に見紛うこともあるミリアだが、内面においては精神年齢が高く同年代の友人達とは会話が合わない部分があるのだろうとアラタは推測している。


 そんな彼女だからこそ少し難しい話題を振った方が会話が弾むという彼の予想に反して、ミリアは回答に困った様子を見せた。

 彼女は元々あまり喋る方ではないし、表情豊かというわけでもない。だが、決して無感情というわけではないことをアラタはこれまで接する中で気付いていた。その瞳を見れば、表には出していない彼女の感情を感じ取ることが出来る。人を観察することこそが本分の改竄犯罪取締官であるアラタは、それを見落とすようなことは決してしない。

 アラタがその時の彼女の目から感じ取った感情は──哀しみと誇らしさ、そして僅かな後ろめたさだった。罪悪感だけ見れば改竄犯罪への関与と結び付けるところだが、前者の二つの感情は何を理由としたものか分からない。


 自分の問い掛けが想像以上に彼女の抱える「何か」について核心を突いたことを悟ったアラタだが、発してしまった言葉を戻すことは出来ない。せめて答えに詰まってしまった彼女を落ち着かせようとフォローをしようとする。


「ああ、すまない。愚痴みたいになってしまったな。明確な答えが欲しいわけではないんだ。ただちょっと、仕事で関係する以外の人の意見を聞いてみたかっただけで。あまり気負わずに、率直な意見を話してくれて構わない」


 アラタがそう言ってもミリアは暫く黙ったまま考え込んでいたが、やがてぽつりと言葉を漏らした。


「アラタは『システム』に不満があるの?」

「不満か……ないと言えば嘘になるな。でも、だからと言って反対派みたいに『システム』が無ければいいとも思わない。『システム』は今の俺達の社会に必要なものだ。人々の安全と幸せを守るために、無くてはならないものだ」


 アラタがその単語を口にした途端、ミリアの様子が変わった。彼女は俯いて下を向きながら、いつになく低い声で呟いた。


「『システム』は……人を幸せにするものじゃない」

「ミリア?」

「ごめん、なんでもない」


 思い詰めたような口振りで何やら告げたミリアにアラタが怪訝そうな表情を向けるが、彼女はすぐに平静さを取り戻して首を振った。


「それよりも、この前コピーして貰った本を読んだから感想聞いてほしい」

「あ、ああ」


 明らかな話題逸らしだったが、これ以上踏み込むのはまだ早いと判断し、アラタは『システム』についての話題は保留にして彼女の振った話題に乗ることにした。




 ◆  ◆  ◆




「…………はぁ」


 アラタと別れて家に帰ったミリアは、自室で小さな溜息を吐く。あまり感情を表に出すのが得意でない彼女にしては、常にないほど落ち込んでいる様子だった。

 彼女が落ち込んでいるのは、夕方に喫茶店でアラタと交わした会話が原因だ。

彼が振ってきた彼女にとって核心を突く話題に思わず感情を露わにした上に、途中で誤魔化すように強引に話題を変えてしまった。おそらく彼には不審に思われてしまっただろうとミリアは暗い気持になる。

 しかし、彼女にとってはどうしても冷静ではいられない話題だったのだ。適当な嘘でお茶を濁すことも、出来ない相談だった。

 ほとぼりが冷めるまで、暫くの間、彼と会うのを控えた方が良いかとも考えたミリアだが、彼との会話は彼女にとって密かな楽しみでもあったため未練があった。


 ベッドに寝っ転がりながら答えの出ない悩みに頭を抱えるミリアだったが、その時突然彼女の首元からピッと音が鳴った。


「?」


 ベッドの上で状態を起こしたミリアが端末を操作すると、一通のメールが届いていることに気付く。届いたばかりのメールを選択して表示させると、それは先程まで喫茶店で会話を交わし、今丁度彼女が対応を悩んでいた相手であるアラタからの連絡だった。

 ミリアは彼と距離を置こうかと考えていたことなどすっかり忘れ、送られてきたメールを読み始める。そのメールに記されていたこと、それは今度の休日のお誘いのメールだった。

 少し悩んだ後、ミリアは彼に対して返信のメールを打ち込んだ。




 ◆  ◆  ◆




 数日後、メールに指定されていた休日がやってくる。

 ミリアは普段アラタと喫茶店で会う時とは異なり、高校の制服ではなく私服を着て待ち合わせ場所に立っていた。

彼女が着ているのは白いワンピースドレスで、腰の後ろ辺りに黒いリボンのワンポイントが設けられているものだ。ミリアの白い髪と色白の肌と相まって、まるで純白の妖精のような雰囲気を醸し出していた。


「すまない、遅れたか?」

「大丈夫、時間通り」


 ミリアに遅れること数分、アラタが待ち合わせ場所にやってきた。とはいっても、別に遅刻というわけではなく彼女の言葉通り定刻には間に合っている。

 今日の彼は赤いシャツの上に紺のジャケットを羽織っており、ネクタイこそ締めていないもののわりとフォーマルに近い格好をしている。


「それじゃ、早速行くか」

「ん」


 相手の普段とは異なる装いにお互いに暫く見入った二人だったが、やがて簡潔に一言だけ言葉を交わすと、並んで道を歩き始めた。彼らが向かっているのは、待ち合わせ場所にしたリニアステーションからほど近い場所にあるショッピングモールだ。


 アラタとミリアはショッピングモールの一角に設けられているシアターの一階に入り、カウンターで入場のための電子チケットを購入した。勿論、支払いはアラタが行っている。ミリアは最初奢られることに若干躊躇したが、アラタから誘ったのだから自分が払うと言われて最終的には引き下がった。

 エスカレーターで上がった先の入場口で電子チケットを読み込ませてゲートを潜った二人は、売店でポップコーンとドリンクを購入するとシアタールームへと向かった。並んだ席の中央付近で指定の席番号を見付けた二人は、そこに腰掛けて上映時間まで軽く談笑を続ける。


 やがて、ブザーと共に映画が流れ始めた。

 二人が見に来た映画は、彼らが最初にまともに会話を交わした際にアラタがミリアにコピーを渡した書籍が映画化したものだった。奇しくも映像化されるという話題を聞き付け、一緒に見に行かないかとアラタがミリアを誘ったのだ。ミリアの方も、あの作品はかなりのお気に入りとなっていたため、一も二も無く飛び付いた。


 それは、やむにやまれぬ事情で犯罪に手を染めた少女と、彼女を追う警察官の青年との恋を描いた恋愛作品だった。既に存在しない警察という組織が登場していることからも分かるように一昔前の作品だったのだが、登場人物達の苦悩が鮮明に描かれており、アラタもミリアも引き込まれるように集中して見入った。

 物語が佳境に突入した時、どちらからともなく二人の間にあるシートの手すりに載せた手が重なり合っていた。エンドロールが流れ終わりシアタールーム内が明るくなって初めてそのことに気付いた二人は、お互いに顔を赤く染めて素知らぬ素振りを装った。


 映画を見終えた二人は、ショッピングモール内の喫茶店で一服することにした。通い慣れたいつもの喫茶店の落ち着いた雰囲気とは異なり、比較的若い客層向けの喫茶店のようだ。もっとも、アラタやミリアの年齢的には、むしろこちらのお店の方が客層に合っているのだが。


「今日は楽しんで貰えたか?」


 アラタの問い掛けに、ミリアはカフェオレを一口啜い、頷きながら答えた。


「うん、面白かった。アラタは?」

「ああ、俺もだ。あの作品自体は元々好きだったが、映画の方もしっかりと作られていたからな」


 二人は先程見たばかりの映画を思い出しながら、お互いに語り合った。普段は口数が少ないミリアも、先程の映画の興奮が冷め遣らないのかいつになく饒舌に語っている。

 語り合うのに夢中になっていると、いつの間にか気が付けば夕方になっていた。窓の外に目をやり陽が落ちかけていることに気付いたアラタは、そろそろ帰るかと対面に座る少女へと声を掛けた。


「いつの間にか、こんな時間になってたか。暗くなる前にそろそろ帰った方がいいな」

「ん、残念だけど」


 ミリアも彼の視線を追うようにして外の様子を窺った。確かに、彼の言う通りに大分陽が落ちかけて来ている。彼女も解散して帰宅することに同意した。


「それじゃ、会計を……」


 会計を済ませて店を出ようとアラタが立ち上がった次の瞬間、店の外で大きな破裂音が鳴った。但し店の外といっても、すぐ近くという雰囲気ではない。しかし、音の発生源は確実にショッピングモールの内部ではあるようだった。外の雰囲気がざわつき、中には悲鳴すらも聞こえてくる。


「……一体何?」

「分からん……が、さっきのは恐らく爆発物による音だな。まさか、反対派のテロか?」

「こんなところで?」

「人の集まるショッピングモール内だ。テロの標的になってもおかしくはないんじゃないか」


 アラタの言う反対派とは、善行システムや首輪法といった現在の社会システムに対して反意を抱き、様々な反対運動を行っている者達のことだ。もっとも、一口に反対派と言ってもその内容も深刻さも多岐に渡る。非暴力のデモ活動を行う者達も居れば、アラタが挙げたように爆発物などを用いてテロ活動を行う過激派も居るのだ。

 後者の中でも最たる者達は、首都近郊に出来上がったスラム街で技術から離れた生活を送っている。何しろ、現在の国家の経済活動は貨幣ではなくポイントによって行われているが、反対派はそれらに背を向けた存在であり、まともな経済活動には参加出来ない。当然、最新のテクノロジーの恩恵も受けられないわけだが、それを承知の上で彼らはそのような生活を送っている。


 それは首輪型の端末の装着を拒否した者達の行き着く先であり、外界の経済活動に参加出来ない代わりにスラム内に閉ざされた独自の経済環境を形成して暮らしている、一種の箱庭のような土地だ。

当然、政府は幾度となくスラムの撤去とレジスタンスを名乗る武装勢力の検挙を試みたが、今のところ成果を挙げられてはいない。

 スラムを拠点としている武装勢力は頻繁に各地を襲撃しており、首輪に繋がれた人々に恐怖を齎していた。


「今は外に出ない方が良さそうだな」

「うん」


 この場に留まって被害を受ける可能性と下手に店の外に出て巻き込まれる可能性を天秤に掛け、留まった方が安全と判断したアラタはミリアにその旨を伝えた。不安そうな表情になっていた彼女も、目の前の青年が落ち着いているのを見て多少安心したのか頷いて返してきた。

 席を立とうとしていた二人は再び座り直してテーブルに着き、呆然としたままだった店員を呼んで飲み物のお代わりを注文した。泰然自若な態度だが、実際そこまで余裕はない。ただ、気持ちを落ち着かせたかったためだ。店員も、混乱しながらも注文を受けたことで考えるのを後回しにしたらしく、きびきびと動き始めた。


 彼らが頼んだ飲み物が出てくる頃、店の外からサイレンの音が聞こえてきた。恐らくは、先程の騒動で通報を受けた治安維持部隊が出動してきたのだろう。しかし、それ以上は大きな音は聞こえてくることはなかった。どうやら、ショッピングモールを襲った武装勢力は、既にこの場を離れているようだ。でなければ、何かしらの騒動が起きていた筈だ。


「そろそろ大丈夫そうだな」


 店の外の様子を聞いてそう判断したアラタは、改めて立ち上がり会計を済ませた。

 会計を済ませてから店を出ると、周囲にはどこか騒然とした雰囲気が漂っている。帰宅するために行きとは逆方向に向かって歩いていた二人の視界に、治安維持部隊の制服を着た数人がロープを張って人の出入りを制限している場所が映った。

 アラタが張り巡らされたロープの外から中の様子を窺うと、破壊された車が転がっており、焦げ臭い空気が流れている。車自体や周囲の破壊状況を見る限り、どうやらその車に仕掛けられていた爆発物が爆発したようだ。


「やはり反対派のテロみたいだな」

「………………」

「ミリア? どうしたんだ?」


 アラタは事件の跡に興味を向けたが、ミリアは無言のまま早くその場から立ち去りたい素振りを見せる。彼女に裾を引っ張られたため、アラタはそれに従うようにその場を離れた。


「すぐ近くであんなことがあって物騒だ。念のために家まで送ろう」

「……ありがとう」


 ショッピングモールから外に出た二人は、ミリアの家に向かった。西の空に浮かぶ太陽はその姿をほとんど隠しており、夕焼けが広がっている。西日に照らされ、並んで歩く二人の影が道路に大きく伸びていた。


「ここが私の家」


 一軒の家の前で、ミリアが立ち止まって一言告げた。アラタはその家を軽く見上げる。二階建てでこじんまりとしているが、親子二人暮らしなら十分な大きさだろう。


「それじゃ、俺はこれで。おやすみ」

「うん、おやすみ」


 家の前に立つミリアの視線に見送られながら、アラタはその場を後にした。




 ◆  ◆  ◆




「ふぅ」


 ミリアと別れてマンションに帰ってきたアラタは、大きく一つ溜息を吐くとジャケットを脱いでハンガーに掛けた。帰り掛けに買ってきた何点かの食料品が入った袋をテーブルの上へと置く。

 ディスプレイを立ち上げてニュースを表示させると、そこには昼間ミリアと共に訪れたショッピングモールの映像が映し出されている。興味を惹かれたアラタは端末を操作し、ディスプレイを拡大して音量を上げた。

 ニュースキャスターの声が室内に響き渡る。


『本日昼頃、埼玉県さいたま市にある大型ショッピングモールで駐車中の車両が爆発し、三人が重軽傷を負いました。直ちに治安維持部隊が急行し付近を封鎖しましたが、その分析によると爆発には爆発物が用いられた可能性が高いということで、何者かが人為的に起こしたテロ行為であるとの見方が強まっております』


 ディスプレイに、封鎖された区域とその奥で破壊された車の残骸が映し出された。やはり、彼が見込んだ通り、車の中に爆発物が仕掛けられていたようだ。

加えて、怪我を負った三人の顔写真と氏名が順々に表示される。


『また、詳細については現在確認中ですが、治安維持局の発表によりますと、本件に関して「気高き狼」を名乗る武装グループから当局に対して犯行声明があったという情報が入っております』

「……気高き狼、か」


 そのグループの名前はアラタの記憶にもあった。スラム街を拠点とする複数の武装グループの中でも、一際大きな勢力を誇っているグループだ。

 彼らの主張は、首輪法と善行システムは人々の自由を不当に奪うものでありその脱却を行わなければならない、というものだ。反対派としてはオーソドックスな主張であるが、そのために武力による示威行動を躊躇せずに行う彼らは特に危険な集団として注視されている。


『治安維持局では市民に対して警戒を呼び掛けるとともに、犯行グループに関する情報提供を求めています。さて、続いてのニュースですが──』


 テロから別のニュースに話題が移るのを見て、アラタは拡大したディスプレイと音量を元に戻した。


 アラタは別のディスプレイを立ち上げ、インターネット上から「気高き狼」に関する情報を検索する。

しかし、半ば無法地帯となっているスラムに拠点を置く「気高き狼」の情報はかなり少ない。スラム内で他の武装勢力と統合したり、あるいは逆に分裂したりを繰り返しているため、正確な規模も把握出来ていない状態なのだ。

 唯一判明しているのが、榊セイジという四十歳前後の男性がリーダーとなっていることくらいである。十代の若いメンバーも目撃されているという情報もあるが、真実かどうかは定かではない。


 改竄犯罪取締官はあくまで改竄犯罪の被疑者を捜査し捕まえるのが任務であり、反対派の武装勢力に関しては管轄外だ。そちらは、治安維持部隊の管轄である。しかし、善行システムに関わる仕事をしているアラタにとって、反対派の存在は無視することは出来ないものだった。ましてや、今日のように身近な場所で事件が起きれば尚更だ。


「変なことにならなきゃいいんだけどな」


 ディスプレイを見て独り言を呟きながら、アラタはビールの缶を開けて呷った。

 ビールを飲み干したアラタは、本日の報告書を上げるために首元の端末を操作してレポートを打ち込み始めた。レポートの内容は、被疑者であるミリアの動向と反応、そしてそれに対するアラタの所見である。


 反対派のテロ行為が起きた時、ミリアは大きく動揺していた。勿論、まだ幼い少女としては身近でテロなど起こっては怖がるのは当然といえば当然なのだが、アラタの目にはそれだけではないようにも見えたのだ。

彼の目に映ったミリアの感情……それは罪悪感と後ろめたさ。どちらも、反対派のテロ行為で想起される感情としては違和感がある。

 何かピースが掛け違っているような違和感を覚えながらも、アラタはレポートを書き上げて鳳室長のアドレスへと送付した。




 ◆  ◆  ◆




「それで、例の少女の方はどうだ?」


 とある部屋で椅子に座った男性が、向かいに立つ少女へと尋ねた。四十代と思われる標準的な体型の黒髪の男性だが、上から命令することに慣れている者特有の威圧感が感じられる。問われた少女の方はまだ十代半ばといったところで、肩まである金色の髪が特徴的だった。

 少女は直立不動のまま報告を続ける。


「偽装は施されてますが、おそらく間違いないと思われます。あちらから上がってきた報告からも、本人であることを思わせる反応が散見されております」


 少女の報告に、男性は少し考え込む素振りを見せた。


「母親の方はどうだ?」

「そちらも間違いはないと思いますが、これまでの経緯から求められている物を持っているのは娘の方かと思われます」

「ふむ、成程な」


 彼女から送られたデータを流し見し、男性は納得したように頷く。


「間違いなさそうだな」

「それでは?」


 少女の窺うような視線に頷いて返した男性は、手を前に翳して命令を下した。


「ああ、此処に招待しろ」

「承知致しました」


 恭しく一礼して退出する少女を見送ることなく、男性は窓の外へと目を向けた。


「我らの悲願を叶える重要な鍵、必ず手に入れなければな」

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