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第02話:首輪に繋がれた者達(2)

 翌日、オフィスに出勤したアラタが端末を立ち上げると、上司である鳳室長から呼び出しのメールが入っていた。隣のデスクのサユリに視線をやると、彼女も彼の方を向いて神妙な顔で頷いた。どうやら、彼女の方にもアラタと同じようにに室長からの呼び出しメールが届いていたようだ。

 このタイミング、そしてアラタとサユリの両方に呼び出しが来ている時点で心当たりは一つ──新たな案件の発生だ。前の案件が片付いて即座に次の案件が発生とは何とも慌ただしい話だが、改竄犯罪取締室は基本的に人手不足のためわりとよくある事態だった。掛け持ちでないだけ良かったと前向きに考えるべきだろう。


「はぁ……昨日漸く浅田の件が片付いたというのに、翌日にもうこれですか。また暫く残業の日々が続くんですね」

「しょうがない。これも改竄犯罪取締官のつらいところだ」


 わりとよくある事態ではあるものの、振られる方からすればしんどいことには変わりは無い。アラタもサユリもげんなりした表情で空を仰いだ。

 しかし、嘆いていても状況が変わるわけではない。二人は諦めて指定された会議室へと足を運んだ。


「一等取締官真崎アラタ、参りました」

「同じく三等取締官川合サユリ、参りました」


 会議室の自動ドアを開けて首輪に手を当てる敬礼をしながら入室する二人を出迎えたのは、昨日も報告した鳳室長だ。

 一番小さな会議室で十人程度のキャパシティしかない部屋だが、幸いと言うべきか中に居るのは鳳室長を含めて三人だけなので狭苦しい感じはしない。


「来たわね。適当に座って頂戴」

「はい」

「了解しました!」


 狭い会議室には真ん中に長机が四つ並べられている。アラタは入口から向かって右側に、サユリは左側にそれぞれ対面の位置に座った。鳳室長は前方に投影されているディスプレイの近くに立っている。


「貴方達は既に察しが付いていると思うけれど、改竄行為疑義リストに新たな被疑者が浮かび上がりました。浅田の件が片付いたので、この件は二人に担当して貰います」

「了解しました」

「了解しました!」


 鳳室長はまだ案件の内容については触れていないが、基本的にこれは命令であり最初から二人に断ると言う選択肢はない。そのため、二人揃って了承の意を告げる。

 だが、予想に反して室長は悩むような素振りを見せている。


「………………」

「鳳室長? 何か問題でも?」


 常とは異なる室長の挙措にアラタは怪訝そうに問い掛けた。これまでの彼女は案件を言い渡す時に言い淀んだり戸惑ったりするような様子を見せることは一度も無かった。それが今回に限ってこの仕草だ。一体どうしたのだろうかと二人が疑問に思うのも無理はない。

 アラタの問い掛けを受けて、鳳室長は一つ溜息を吐いてから理由を話し始めた。


「ええ……正直、今回の被疑者はこれまでの被疑者とは一線を画すのよ。だからこそ、一等取締官の貴方を担当にしたわけだけど」

「一線を画す? 組織的な犯行などでしょうか?」

「いいえ、むしろ組織的な犯行の余地は薄いわ。無いと断言しても良いくらい。百聞は一見に如かず、見て貰った方が早いわね。これが今回貴方達に担当して貰う案件の被疑者よ」


 そう言うと、鳳室長は空間ディスプレイに資料を映し出した。


「は?」

「え? 女の子?」


 ディスプレイには、白いツインテールの髪が印象的な幼い少女の姿が映し出されていた。思わぬ被疑者の姿に、アラタとサユリがポカンとした表情を浮かべる。その様子を見た鳳室長は、再度溜息を吐いた。




 ◆  ◆  ◆




 ファーストフード店の二人掛け席で一組の若い男女がハンバーガーとドリンクを片手に向かい合って話していた。大学生くらいに見えるカジュアルな格好の二人で、傍から見ればカップルのようだ。

 しかし、実態は異なる。その二人は談笑しているように見えて、実のところ他の席に座っている人物の方に不自然ではない程度に注意を傾けている。


「学校帰りに友達とファーストフード店に立ち寄っておしゃべり。何処からどう見ても普通の女子高生ですね」

「ああ、見れば見る程改竄犯罪の被疑者には見えないな」

「そうですよね」


 奥の方の席に座って数人で談笑している女子高生を見張っているのは、改竄犯罪取締官のアラタとサユリの二人だ。カジュアルな格好をしているが、二人は何れも職務中である。彼らの視線の先に居る女子高生達の中の一人、白いツインテールの髪が特徴的な幼げな少女を監視するのが、今の彼らの任務だった。


 ただ、二人とも今回の任務には釈然としないものを覚えており、困惑した様子を隠せないでいる。特にこれまで幾人もの改竄犯罪者を捕えてきたアラタの方が、サユリに比べて困惑の度合いが強い。


「やはり幾らなんでも若過ぎると思うんだが……」

「資料だと、まだ十七歳でしたよね」


 二人が困惑している理由、それは標的である少女の若さだ。

 アラタはこれまで多くの改竄犯罪者と接してきたが、それらの者達の特徴はバラバラだった。性別も出身も様々だ。しかし、一つだけ共通点と呼ぶべきものがある。それは、犯人の年齢層だ。

 これまで捕えた改竄犯罪者はその殆どが三十代から四十代、二十代も居なかったわけではないが比率で言えば極端に低い。十代の改竄犯罪者などは、一等取締官として様々な案件に携わってきたアラタですらも見たこともない。

 年齢層が比較的高くなる理由としては、善行システムのセキュリティが強固であるため相応のスキルを要することが挙げられる。勿論、中には若くしてそれだけのスキルを得る天才的な才能の持ち主も居るかも知れないが、大抵の場合においてスキルは経験に比例する。ベテランと呼ぶべきスキルを保持している人間でないと、そもそも改竄犯罪を実行するまでに至らないのだ。


 だと言うのに、彼らが現在監視している相手は十代の少女だ。これで改竄犯罪の被疑者だと言われても、疑いたくなるのは無理もないだろう。なお、資料によると問題の少女の年齢は十七歳の筈だが、小柄で幼げな容姿をしていることから知らぬ者が見れば中学生と見間違えても不思議ではなかった。


「とはいえ、疑義リストに載った以上は何かしらの理由がある筈だ。もし仮に疑義リストの誤りだったとしても、彼女が改竄犯罪を犯していないことの確認は必要だ。俺達のやることは変わらない」

「分かってます」


 二人から監視されていることなど気付いた様子もなく、少女はポテトを摘まんでいた。




 ◆  ◆  ◆




「須藤ミリア、十七歳。都内の高校に通う高校生。父親はなく、母親と二人暮らし。学校での成績は上位だが部活動などには所属していない。周囲からの評判は大人しい、静か、たまに毒舌」


 会議室で映し出した資料を指し示しながら、鳳室長がアラタとサユリに今回の案件の対象について説明する。しかし、二人はその説明に戸惑った様子を見せていた。


「その、この少女が本当に改竄犯罪の被疑者なのですか?」


 アラタがサユリの疑問も一緒に鳳室長に投げ掛けると、彼女もその質問が来ることを最初から分かっていたように頷いた。


「その通りです。……信じられない気持ちも分かりますが、彼女が改竄犯罪疑義リストに上がったのは事実です」


 改竄犯罪疑義リスト、それはアラタ達改竄犯罪取締官が捜査を開始するための根拠となるリストであり、善行システムから定期的に自動で出力される。不自然なポイント増減や保有ポイント以上の豪遊などが行われていないかを二十四時間走査し、検出しているのだ。

 このリストの確度は九十九・九八パーセント以上と言われており、載った以上はほぼ間違いなく有罪である。しかし、人権等の問題もありリストに出たことだけでは有罪とすることは出来ないため、リストに名前が挙がった者を捜査して改竄犯罪の証拠を掴むのがアラタ達の任務である。

 その前提に沿えば、問題の少女ミリアもこの疑義リストに名前が出た以上はほぼ間違いなく改竄犯罪に手を染めていることになる。


 アラタは改めてディスプレイに映し出されている少女の姿を見る。白い髪をツインテールにした少女は若干無表情な部分があるものの、可愛らしい顔をしている。勿論、アラタは一流の取締官であり外見に惑わされて判断を間違う愚を犯すようなことはないが、俄かには信じ難いという思いがあるのもまた事実だった。


「この通り、普段とは違い一筋縄ではいかない案件だからこそ、一等取締官の貴方に担当してもらうことにしました。すぐに取り掛かって下さい」

「了解しました」


 被疑者の幼さには釈然としない部分はあるものの、そう命令されればアラタに否はない。彼は首元の端末に手を添えて敬礼し、サユリとともに会議室を退出した。

 廊下を歩くアラタに、後ろからサユリが問い掛けてくる。


「それで、真崎先輩。これからどうしますか?」

「勿論いつも通りだ。被疑者を監視して尻尾を掴む」

「女子高生を尾行ですか……変質者に間違われないように気を付けないといけませんね」

「勘弁してくれ」


 悪戯っぽく笑いながら冗談を言うサユリに、アラタは肩を竦めながら返した。

 なお、口さがない者達からストーカーなどと呼ばれることがある彼ら改竄犯罪取締官には、サユリの言葉はわりと本気で洒落にならない部分がある。




 ◆  ◆  ◆




 善行システムとは人々の行動の善悪をシステムが判断してポイントの増減を付けるシステムである。そのための情報収集には個々人の首元に装着されている端末が使用されており、端末はポイントを使用する際のツールの役目も果たしている。

 ならば首元の端末を解析して中に記録されているポイント残高を書き換えればポイントを使い放題で豪遊出来ると考える者もいるが、ことはそう簡単な話ではない。個々人のポイント残高や収入・支出の履歴は全てホストコンピュータによって管理されており、端末はあくまでそこにアクセスして情報を引き出しているに過ぎないのだ。それ故に、首元の端末──通称「首輪」──を分解したり解析したりしたところで、保有しているポイントの改竄を行うことは出来ない。


 では、ホストコンピュータに侵入して情報を書き換えればよいと次に考える者も居るだろう。しかし、そちらもまた至難である。国家の治安と経済活動の根本を支えるシステムであるために、セキュリティは折り紙付き。システム構成も公開されておらず、ホストコンピュータの位置から構成するサーバの位置、バックアップセンターの所在地まで全て国家機密として堅く守られている。

また、仮に改竄することが出来たとしても、並行稼働させているシステムと常に同期を取っているため僅か数秒で異常が検知され、データの修復が為されるのだ。勿論、改竄が検知された場合には即座に追跡が行われて実行犯は御用となる。


 このような状態になっているため、改竄犯罪者達の手口としては基本的に首輪を解析して善行を行ったという偽の情報を流すことでポイントを取得するというものが主流となっている。ポイントそれ自体ではなく行為の方を偽造することで、正規のポイントを増やすことが出来るのがこの手口のミソである。


 とはいえ、本来行ってもいない善行が行われたことになれば不自然な痕跡も残る。例えば、夜間でずっと家に居た筈なのに河原のゴミ拾いを行ったことになっていたら誰がどう見ても怪しいだろう。このように、善行を偽装するタイプの改竄犯罪者は実際の生活ぶりとシステムに登録されたポイントの増減履歴を対比させてしまえば途端にボロが出ることになる。彼らを尾行して実態を確かめ、与えられた権限を用いてポイント履歴を参照して突き合わせを行うのが改竄犯罪取締官の大まかな役割だ。

 その筈なのだが──。


「全然おかしいところがないですね」

「……まだ監視を始めてから僅かにしか経っていない。油断は禁物だ」

「それはそうですけど」


 被疑者であるミリアを交代しながら夜まで監視したアラタとサユリは、彼女の家から少し離れたところに停めた車の中で相談していた。

 現状では家の中などの屋内に関しては監視の対象外としている。流石にそう言った部分はプライバシーなどの問題で迂闊に踏み込めないのだ。勿論、そういった場所や時間で改竄犯罪を行っている疑いが強くなれば、手続きを踏むことで監視カメラや盗聴器の設置が許可されるのだが、現段階ではまだそこまで至っていない。


 そのため、あくまでミリアが外に居る範囲での話ではあるが、その間に彼女のポイント変動におかしい部分は無かった。勿論、直接監視して居ないとはいえ、夜間に急激なポイント変動が無いことも確認済みである。

 尤も、それだけで彼女がシロであると看做すことは出来ない。単純に今は改竄を行っていないだけかもしれないためだ。今のところ彼女に対する尾行が露見していないことについてはアラタが自信を持って肯定出来るが、たとえ尾行に気付いていなかったとしても用心深い者であれば改竄行為発覚のリスクを下げるためになるべく改竄の回数や頻度を抑えようとする筈だ。その場合は彼女が改竄行為を行うまで待つしかなくなるが、元より一定期間は監視を継続するつもりなので問題ない。


 問題なのは、現状でミリアが改竄行為を行っているにもかかわらずアラタとサユリがそれを見抜くことが出来ていない場合だ。もしもそうだった時は、現状維持は致命的な事態を招く恐れもある。

 しかし、だからと言って打つ手は……。


「仕方ない。捜査方針を変えよう」

「え?」

「陰からの監視ではこれ以上進展しそうにないからな。リスクはあるが直接接触することにする」

「なっ!? 本気ですか?」

「他に手が無いからな」


 通常であれば、改竄犯罪取締官が被疑者に接触するのは最後の最後、身柄を拘束する時だけだ。それまでは陰からの監視に留め、直接相対することはしないのが鉄則である。勿論それは、対象に警戒されて逃亡されるのを防ぐために必要な措置だ。システムで繋がっている以上は逃亡しても居場所は筒抜けなので捕縛は時間の問題ではあるのだが、逃げられると厄介なことに変わりは無い。


 しかし、その定石を敢えて覆すという決断をアラタは下した。それは、一等取締官としての彼の直感に訴える何かがあったためだ。外観上、彼女に怪しいところは全く無い。しかし、彼女には隠された何かがある──それがアラタの判断だった。

 だが、そう告げるアラタに対して、サユリは微妙な表情になって睨んできた。


「? どうしたんだ?」

「真崎先輩……まさかとは思いますけど、相手が可愛い女の子だから接触しようとしているわけじゃないですよね?」

「っんなわけあるか!」


 とんでもないことを言い出したサユリに、アラタは怒鳴りながら彼女の額にチョップをかました。暴力行為により、アラタのポイントが下がった。


「痛い!? 暴力反対です!」

「人を変質者扱いするからだ」

「うぅ〜……」


 涙目で睨むサユリを尻目に、アラタはミリアの家の方へと視線をやった。勿論、彼女は家の中に居るのでその姿は見えないのだが、視線の先に居るであろう無表情な白い少女の姿を頭に思い浮かべながらアラタは一人呟いた。


「俺の思い違いなら、その方がいいんだけどな」

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