第13話:善行に支配されたこの世界で(1)
ここから起承転結の結。
「さて、初対面の人も居るので改めて自己紹介させてもらおう。竜胆財閥の総帥を務めている竜胆アギトという。以後よろしくお願いしよう。まぁ、ミリア君以外は短い付き合いになると思うがね」
シオンとその取り巻き達によって捕らえられたアラタ、ミリア、ルイの三人は後ろ手に拘束された状態で竜胆の前へと突き出された。場所はつい先程アラタ達が専用端末を取り返すために忍び込んだ彼の部屋だ。先程まで部屋に居なかった筈の主が、椅子に座って勝者の笑みを浮かべている。
ルイが持っていた拳銃とアラタが持っていたスタンロッドは、取り上げられて竜胆のデスクの上に置かれている。専用端末もまた同様だった。
「出来れば、ミリアとも短い付き合いにしてもらいたいんだけどな。解放するって意味でだが」
「ふむ、それは彼女次第だな」
アラタの軽口に、竜胆はチラリとミリアの方に視線をやった後、聞こえよがしに答えた。
「我々としては、システムへのアクセスコードを渡してもらえれば、彼女に他に用は無い。尤も、彼女が望むならその功績に報いるため地位や金を用意しても構わないと考えている。システムへのアクセス権を手に入れれば、我々の権威は天を衝く程のものとなるだろう。将来のことを考えれば、我々に与しておくのが賢明な選択だと思うがね」
「システムへのアクセス権を悪用して得る偽りの権威に、一体何の意味がある」
竜胆の言葉に、アラタは肩を竦めながら答えた。竜胆は、そんなアラタの言葉を聞いて嘆息する。
「悪用とは随分と心外な言葉だ。我々が世界を正しく管理し、民衆に安寧を与えてやろうというのに」
「それの何処に安寧があると言うんだ」
「システムは人の心を汲むことがない。それについては、誰しもが不安を覚えたことがある筈だ」
「それは……」
善行システムは人々の行動を機械的に判定をしてポイントを割り振る。そこで判断材料としているのはあくまで行動であって、その人物が何を考えて行動したかは結果に影響しない。善意が無かったとしても行動が善行であればプラスに、善意であったとしても行動が悪行であればマイナスとなる。
「それがシステムの限界ってことだろ。嫌なら、首輪法なんてものを止めればいい」
「テロリストの理屈だな。改善点は多いものの、システム自体は有効に作用していることは間違いない。法の施行前と比べれば、犯罪発生率は大幅に下がっている」
システム自体を止めればいいと告げたルイの言葉を、鼻で笑って否定する竜胆。
彼の言葉は間違いではない。元々首輪法と善行システムが定められたのは治安の悪化が原因であり、その当時の状況と比べれば治安は大分改善されていることは確かだ。
「だから、お前達が管理すると?」
「そうだ。人の判断を加えることで、システムをより完全なものとする。それによって、世界はより完全な方向へと進むだろう」
「不可能だ! 判断する者が公正である保障が何処にある!」
「絶対の公正さなど、そもそも必要ない。民衆が求めているのは、それが理解出来る判断であることだ」
アラタが興奮気味に否定するが、竜胆はあくまで揺るがない。巨大な財閥を統べる彼の言葉は重く、その威圧感とカリスマから来る説得力にアラタは分かっていても思わず頷いてしまいそうになりながら、辛うじて踏み止まった。
「さて、議論はこれくらいにしておこうか。ミリア君、大人しくアクセスコードを教えてくれないか?」
「嫌だと言った筈」
「それは、彼の命と引き換えでもかね?」
「!? アラタ!」
「くっ!」
竜胆の目配せを受けて、シオンがアラタの背後から髪を掴んで顎を上向かせ、首元にナイフを押し当てた。髪を後ろに引っ張られる痛みと冷たいナイフの感触に、アラタは思わず怯んでしまう。
「エレベータの中でも、彼の命を人質に取られて答える気になっていましたね。あの時は我々が端末を手元に確保していない状態だったので止めさせてもらいましたが、今回は喋ってもらいます」
シオンの冷たい言葉がミリアの耳に突き刺さる。
「部屋での会話を見る限りでは恋人というわけではないようだが、大切な相手なのだろう? 大人しく喋るなら無事に返してやろう」
「っ! 聞いていたのか」
ミリアが監禁されていた部屋でのやり取りを聞いていたことを示唆する竜胆の言葉に、髪を後ろに引っ張られて仰け反り気味になっているアラタが驚愕に目を剥いた。
「勿論だ。あの場で捕らえようと思えば容易かったが、アクセスコードを聞き出す機会があるやも知れんと思い泳がせておいたのだ」
「この部屋に誰も居なかったのは……」
「端末が本物か確認し始めた時にはあれでアクセスコードを知ることが出来ると期待したのだがな、彼女が予想以上に用心深いおかげで機会を逃した。君もあの時はアクセスコードを狙っていたのだろう?」
「チッ! バレバレかよ」
竜胆の言葉に、ルイは鋭く舌打ちをした。
あの時、この部屋で取り戻した端末が本物かどうかアクセスコードを打ち込んで試すことを提案したのは、彼女だった。アラタ達の味方の振りをして端末とアクセスコードを狙っていた彼女は、あの瞬間にアクセスコードを知ろうと目論んでいたのだ。そして、それを期待していたのは、竜胆達も一緒だった。
「この部屋には死角が一切存在しない程、監視が行われている。見える形でアクセスコードを打ち込んでくれればと思ったのだが、な」
「俺達は掌の上だったってわけか」
「そうでもない、結果的に目的は果たせなかったわけだから。尤も、君がミリア君にとって大切な存在だと知れたのは一つの収穫だった……まさか、最初はそんなことになるとは想像もしていなかった。何処で何がプラスに転ずるか、分からないものだ」
「……最初?」
竜胆の言葉の中にあった不可解な言葉に、アラタは言い知れぬ不安感を覚えながら問い掛けた。
アラタの存在を竜胆財閥や十三使徒が認識したのは、ミリアを確保する際の邪魔としての存在である筈だ。しかし、その時点でアラタとミリアは親しいと言って過言ではない存在だった。彼の言う「最初」と言う言葉には合致していないように思える。
「ああ、そう言えば言っていなかったね。そもそも、改竄犯罪取締官である君をミリア君に近付けさせたのは、我々だ」
「……は?」
竜胆の口から放たれた予想もしなかった言葉に、アラタは思わず口を大きく開いて呆然としてしまった。
「不幸な事故により不破教授を失った我々は、彼の家族を探していた。ミリア君はその候補として目を付けていたのだが、中々隙を見せてくれなくてね。我々が直接動くのは正体をハッキリさせてからにしたかった故、つつくために改竄犯罪取締官を嗾けたのだよ」
「莫迦な! 改竄犯罪取締官は疑義リストを元に動く。疑義リストはシステムから直接出力されるから改竄することは不可能だ!」
「疑義リスト自体は改竄不可能でも、それを運営する者を動かすことは可能だということだよ」
「そんな……それじゃ、ミリアが疑義リストに載っていたという話は」
「嘘……」
竜胆の言葉が正しければ、アラタが改竄犯罪取締官として派遣された根拠であるミリアが疑義リストに載っていたという事実自体が存在しないことになる。
「まぁもっとも、ミリア君には別に心当たりがあったようだがね」
「う」
竜胆の言葉に、ミリアは軽く呻いた。ミリアがあの部屋でアラタに告白した過去の改竄の罪は、アラタが派遣された疑義リストには全く関係なかったのだ。つまり、彼女は無駄に自分の罪を告げてしまったことになる。黙っていればそれで済んだものを、墓穴を掘ってしまったのだ。
「そもそも、システムへのアクセス権を用いて改竄したのであれば、疑義リストに出ることはないだろう。正規の管理者権限で書き換えているわけだからな」
「それは……」
竜胆の言う通り、疑義リストで検出されるのは不正なポイント変動などが主だ。管理者権限を用いてポイントを書き換えた場合、それを検出するのは非常に困難だというのは頷ける。それに、ミリアが改竄行為を行ったのは昔の話であり、今更疑義リストに上がることも考え難い。他に心当たりも無かったため過去の行為が露見したと考えた二人だったが、蓋を開けてみれば的外れな推論だったのだ。
「さて、無駄な話はこれくらいとしよう。そろそろ答えを聞かせてもらおうか」
思わぬ真実に動揺するミリアに、竜胆は最後通牒を突き付けた。ミリアの方も真剣な表情になって、アラタの首筋に突き付けられたナイフを横目で見た。
「ダメだ、ミリア! アクセスコードは話すな! ぐっ……」
「余計なことは言わないでください」
ミリアを制止しようと声を上げたアラタだが、シオンが髪を掴んだままの手を後ろに引いたことによって痛みに呻いた。しかし、彼は痛みを堪えながら言葉を続けた。
「コイツらにとって、アクセスコードは未来の生命線だ! それを知った者を無事に帰す筈がない! 喋れば殺されるぞ!」
「ああ、成程。君らをこの場から外させないのは失敗だったか」
ミリアから聞き出したアクセスコードを使って今後の支配を画策している竜胆財閥にとって、他者にアクセスコードを知られることは何としても避けなければいけない事態だ。それにも関わらず、彼らの居る場所で聞き出そうとしている時点で、アラタやルイ、あるいはミリア自身すらも無事に帰すつもりがないことが分かる。それをアラタに指摘され、竜胆は苦笑を浮かべた。その態度から、彼の推測が的を射ていることが見て取れた。
少しの間、迷いを浮かべていたミリアは、やがて覚悟を決めたのか静かな声で竜胆達に向かって話し始めた。
「貴方達は一つ勘違いしてる」
「勘違い? 一体何をかね」
ミリアがふいに告げた言葉に、竜胆は怪訝そうな表情になり、シオンは従おうとしない彼女の態度に顔を強張らせた。
「お父さんはその端末を私のために用意してくれた。その端末は、私以外の人が使おうと思っても使えない」
「……どういうことだ?」
「キー部分に指紋認証が入ってる。私以外の指紋で正しいアクセスコードを入力した場合、端末は二度と使えなくなる」
ミリアの言葉に、竜胆はジッと彼女の目を見据えた。ミリアは彼の視線を真っ向から受け止め、目を逸らさない。
やがて竜胆は諦めたように破顔した。
「真実かハッタリか、賭けるには分が悪いな」
苦笑を浮かべた彼は肩を竦めてミリアへと尋ねた。
「それで、要求は何かね」
「彼の、アラタの命を助けて」
「ミリア!?」
ミリアの言葉を聞いたアラタが驚愕の声を上げる。しかし、彼女は落ち着いたまま表情を変えない。竜胆はミリアの条件に頷いた。
「よかろう。但し、君が素直に我々に協力することと、彼が二度と我々の前に姿を見せないことが条件だ」
「……分かった」
竜胆が逆に提示した条件に、ミリアは一瞬だけアラタの方に視線を向けた後、ゆっくりと頷いた。




