前略
前略
「トンネルを抜けるとそこは雪国だった」
川端康成の雪国という小説の最初の一文。今の自分の状況はトンネルを抜けたわけでもないし、雪国だったわけでもないが。真っ暗闇の世界から一面銀世界に変わるのは、多少驚くか興奮するだろう。今は戸惑いぐらいである。
今、自分は他の世界に、簡単に言うとファンタジー世界にいる。
何かしら元の世界に近い...と思う。ここを見渡すと目の前に小さな湖があり周りは木々で生い茂っている。あと何故か水音が聞こえなかったが湖に大きい波紋ができていた。
「ゲホッ、ゴホッ」
この湖の近くの木の下で友人が苦しそうに水を吐いている。
何故こんなところにいるのか、何故こんなところに来てしまったか。
疑問は増えるばかりだ。いくつか解答を考えるがそれが正しいのか違うのかわからない。ただ、これを現実と言うかは疑問を感じるが...
次第に湖の波紋が大きくなる、やはり水音は聞こえない。
「ごめんね、連れてくるつもり、なかった」
自分はその声を知っている。いや、その声は自分の知っている人物なのか?
と、どうでもいいことを考えながらその声の方向をーーーー
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
11月末日
キーンコーンカーンコーン
学校の鐘が響き渡る。教室の窓から太陽の光がのぞいている。数時間経てば次第に夕日になり辺りも暗くなるだろう。軽くため息をつく。
フーッ。
木で作られた簡素な椅子の背もたれに腰を掛ける。ため息ついてもしょうがないことは自分でもよく解っている。だからといって、また解答用紙とにらめっこしてもどうにもならないのもそしてどうでもいい過去を思い出すことも...
小学生の時から両親は仕事三昧で転勤出張多くて祖母の世話になっていたんだよなあ...ばあちゃんが作ると味の濃い料理ばっかりだったけど美味しいものばっかりだ。美味しいのは腕もあるけど商店街の食材が一番とかなんとか言ってたっけ。あそこの商店街の食料品店の数はあまりなく、安くもなかったけどとてもいろいろ助かってた。祖母が料理作れないときも、ここの商店街の惣菜を頼ってた。麻婆豆腐、唐揚げ、しょうが焼き、どれも美味しかった。
またもう一度背もたれに寄っ掛かる。けっこう好きだったのにな、街の再開発で無くなるなんて。お偉いさんは無駄な開発をせずに街の良いところを伸ばすとか言ってたけど国から補助金を貰えると打って変わっていろんな場所を再開発、再開発している。大多数は喜ぶかもしれないけど少なくとも一人は変わって欲しくないと言いたい。
別に商店街自体無くなる訳でなく、商店街にあった店は移転する。それも近くに。
じゃあ、何が不満なのかというと、商店街のちょうど中央に小さな円形の広場があってちょっと店で買った駄菓子を食べたりするのにはいい。そして、広場には雨や雪が降っていない限り小鳥がさえずり(我が物顔でよく見かけるいる鳩や烏は以外に少ない)、湿気が高くジメジメした夏や肌寒く乾燥した冬でもここでは心地よい風がよく通る。自分にとってはちょっとしたパワースポットな感じだ。
そう自分にとってつもお気に入りの場所なのだ。だが、前述したようにここも再開発される予定だ。しかも、住民の大多数はその再開発に賛成であるためどうしようもない。街の見た目が変わったからって観光する人も引っ越す人もそんなに増えそうに無いと思うんだけどなぁ。
ひとしきり余計な考え事をして目の前の現実に戻る。
無論、来年すぐに入試が始まるというのに商店街に気が散って集中出来なかったなんて言えない。...本当のことだけど。
結果判定は限りなくB判定....に近いC判定である。しかも滑り止めが。
幸運だったのは、両親はまた出張で京都に行っているため少なくとも2、3日は知られない。
ガラスの間抜けな鳴き声が聞こえる。窓の外を見ると校庭が夕日でオレンジ色に染まっている。あと一時間もしないうちに暗くなるだろう。
解答用紙を半分に折り自分のカバンに入れ、勢いよく立ち上がり教室をあとにした。
学校の下駄箱に着き、のらりくらりと今日の晩飯を考えていると後ろから
「おーい、何考えてるんだよ。今日返されたテストについて悩んだって成績が変わる訳でないしさ。」
「ああそうだね、そんなつまんないことで...。ん?ちょっと待ていつ言ったそんなこと。」
「ヤナギがどうでもいいこと考えているのはいつものことだろ。」
「それにさ、そんなこと考えるなんて時間の無駄。ヤナギにはもっとやるべきことがあるだろ。何でそれに気が付かないんだよ。」
...ここ最近同じようなことを聞いた。だいたい言いたいことは分かったが「何をさ?」
と一応聞いてみた。
「何をってガールフレンドだよ。彼女を作れば世界が変わるぜ!」
最近どころでない、それは今日聞いた。
「あのさ、それさ」
「登校している時も聞いた気がす...」
「彼女はいいぜぇ、世界が一瞬で吹き飛ぶ感じで変化する。」
「しゃべり方変だし、それはあまりにもオーバーリアクションじゃない?いくらトオキに彼女ができたからってはしゃぎ過ぎだ。」
言ってから、火に油を注いだか。と思う。トオキの顔はさっきからずっと笑っていたが、「彼女ができた」の言葉に反応して、顔を両手で覆い変な声で笑いながら
「そう...俺の世界が変わったのは彼女ができてからだ、それは光速の速さで身体を駆け巡り瞬く間に貯まって身体から溢れ出る。情熱でもない性欲でもない。言葉に表せないようなものがな。」
彼トオキは『彼女』のキーワードに反応してここ一週間こうなってしまう。
さすがに、帰らなければならない。友人がハイテンションでワケわからないことしゃべっている時、学校の鐘がなる。
「その話はとりあえず、学校から出てから話そ。」
トオキの興奮はまだ収まっていないが、他人の声を聞く余裕はあったみたいだ。
「そ、そうだな。次は俺の彼女について話すよ。」
トオキそれは三日前に聞いたよ。




