六階〜七階(良男)
六階(戦鬼)
(身体が…身体が熱い…。)
良男は自分の身体の変化に困惑する事は無かった。彼は強い覚悟を持ってその刀を引き抜いていたのだから。
「その刀…。人である事を棄てたか。」
動揺からか、メロは額から汗を流していた。
[汝、更なる高みへ…。]「黙れ!」
良男は頭の中に直接響いた声を一括する。
「貴様は絶対に此処で仕留める!」
メロの姿が消えた。
「ふん!」
良男は後方の空間を殴り飛ばした。その戦いを見ていた全員が、その行動の意味を理解出来ていなかった。
「キャャアアア!」
そして草原が悲痛な叫び声で包まれる。その叫びは瞬く間に周りの大蜘蛛達を巻き込み、壮大な合唱の様に響き渡った。
[何故逃げる。更なる力が欲しく無いのか?クックック。]
「戦いは終わった。貴様に俺の身体はやらん。」
良男は眼前で痙攣している巨大な大蜘蛛の死体に刀を突き刺し、言った。その大蜘蛛の死体には頭部が無かった。その頭部は…。
「メロ様ぁ!」「クソ!絶対に許さない!呪ってやる!」
メロの頭部は良男の拳によって吹き飛ばされ、戦いを見守っていた群集の中に落下していたのだ。その群集の中に良男は無造作に踏み入る。
「洞窟まで案内して貰おう。」
[全員殺せ。お前にはその力が有る。]
良男は妖刀の言葉を無視し、話し続ける。
「…死にたいのか?早く案内してくれ。」
「わ、分かった。私が案内する。だからこれ以上仲間を傷付けないで下さい。」
「お前!」
「仕方無いじゃない!これ以上の争いなんて誰も望んでいないわよ!…メロ様も、それにその子だって…。」
案内人を買って出た一匹が、小さな仲間を指差して言った。指を差された幼い大蜘蛛は、姉と村の長を殺された現実からか、瞳から全く生気が感じられなかった。
「………。」
言葉を発する者はいない。一本の刀を除いては…。
[情けない。何故敵を殲滅しない。…臆病者が!]
(敵…?こいつらは敵では無い。力を持たぬ者達は敵にすら値しない。)
[ならば力を手に入れた今のお前に敵等いないでは無いか。お前は戦う事を放棄するのか?貴様から争いを奪ったら何も残らん。生きている意味すら無くなってしまうぞ!]
(そうか…。既に俺は誰にも負けない力を手に入れ…。)
「グフッ。」
良男の考えは強烈な痛みによって遮られた。彼の腹部は大蜘蛛の腕によって貫かれている。信じられない事に、その大蜘蛛は頭部を失ったメロであった。
「メロ様!」
「お前だけわぁぁ!」
地面に転がっていたメロの頭部が怒号を放った。その言葉を最後に、良男の視界に暗闇が訪れ、彼は意識を失った…。
六階(血図)
「…は!」
意識を失ってからどれくらいの時間が経過していたのだろうか。良男には皆目見当も付かなかった。
「これは…。」
良男は自分の周りに山積みにされている大蜘蛛達の無残な死体に気付き、目を細める。
(腹部の傷が消えている。…まさか!)
「貴様!俺の身体を操ったな!」
[クックッ。]
「生きている者はいないのか!?」
良男は歩みを進め、生存者を探し始めた。彼には洞窟までの道のりが分からなかったからだ。一人で暗闇の草原を探索していたのでは、いつ七階にたどり着けるのか分からない。しかし、彼の焦りも虚しく、静寂のみが彼の質問に応えていた。
[洞窟の場所なら、地図を見れば良いじゃないか。]
「地図?」
良男は自分の懐に一枚の紙切れが入っている事に気付き、慌ててその紙を開いた。至る所に血痕が付着していたその地図には、一カ所、赤い丸で囲まれた部分が有る。
(此処か!)
「しかし、この地図はどうやって…。」
良男はそこまで言って考えを止める。彼には、前に進み続ける道しか残されていないのだ。
良男は妖刀の刃を剥き出しにしたまま歩き出した。妖刀を鞘に納めた瞬間、傷口が開くのでは無いかと心配していたからだ。
「……………。」
少し進んだ所で、再度良男は足を止めた。自分の眼下で、小柄な大蜘蛛の死体が横たわっていたからだ。
[後悔しても遅い。お前が殺したんだ。]
良男は妖刀の言葉を無視し、洞窟へ向けての歩みを再開した。
七階(妖刀)
(とうとう此処まで来たか。)
良男は何も見えない暗闇の中、唯一見える光の階段を目の前にして思った。
「友気は無事だろうか…ぬぅ?」
良男は目の前の階段の光が、少しずつくすんでいっている事に気付き、急いで階段を登り始めた。黒いオーラを身に纏った良男の速度はメロのそれに匹敵している。良男は僅か数分で階段を登りきり、不気味な空間に躍り出た。
「貴様、見ていたぞ。貴様がどうやって此処まで来たのか。」
良男の前方には大きな透明の球体があった。そしてその中には、一人の少女の姿がある。
「愛華!無事だったのか!」
気を失っているのか、愛華からの返事は無い。
「貴様!愛華を離せ!」
「彼女は選ばれたのだ。強き者が選ばれる。…お前の好む結果だろう?」
「…選ばれた?」
「そう。彼女は無傷で此処まで辿り着いた強き者。お前やその小僧とは違うのよ。」
「小僧?……友気!」
良男が友気の存在にすぐ気付けなかった理由は、不気味な球体に目を奪われていたからだけでは無い。何故かは分からないが、友気の全身の色が薄くなっていたのだ。…今にも消えてしまいそうな程に。
「彼は、彼女が転生する為の良い栄養分となった。勇気が有り、暖かい気持ちに包まれている。…貴様とはかけ離れた存在だ。」
[殺せ…。全員殺せ…!]
「黙っていろ!」
良男は声を出して妖刀を一括した。
「あはははは!あーはっはっは!」
良男の頭に不愉快な笑い声が響く。
「何が可笑しい!」
良男は、すぐに二人を救い出せない自分の非力さに苛立っていた。愛華が人質となっている以上、無闇に動けないと彼は考えていたのだ。
「その刀…その刀の力にお前は気付いていないのか?」
「何?」
「あははは。これは愉快だ!」
(刀の力?)
良男は六階で意識を失った事を思い出していた。
「その刀には、お前の思っている様な力は無い。人を強化させる力なんて無いのよ。…愚かな人間だわ。」
「…嘘を付くな。」
良男の声が低くなる。
「強いて言えば、傷を一時的に塞いでくれる力があるぐらいわ。だが、その刀の本当の力は…。」
「嘘を付くなぁ!」
良男は地面を蹴り、球体に飛び掛かった。しかし、見えない圧力により、そのまま後方に吹き飛ばされる。
「その怒り様…本当は気付いているのでは無いか?お前が刀の声だと思っていた言葉は、自分の内なる…。」「黙れぇ!」
良男は短刀を投げた。しかし、それも不可解な起動を描き、見当はずれな方向に飛んでいく。
[殺せ殺せ!あいつも!愛華も!友気も!]
「黙れぇ!」
良男は頭を抱えてその場にうずくまってしまった。
[どうした?あいつが言うには、愛華や友気はお前より強いんだろう?良かったじゃないか。お前より強い者がまだこの世界に存在していて。これでまた強者と戦えるぞ!」
「違う!違う!俺は…。俺は…。」
[仲間は殺さないなんてくだらない言い訳はするなよ。お前は高秀を殺したじゃないか!…本当は殺せれば誰でも良いんじゃないのか!?六階の事をよく思い出せ!」
(六階…。)
「愚かな男だ…。その刀は真の自分を引き出す刀。…自分に飲み込まれて狂い死になさい。あなたにはそんな最後が相応しいわ。」
(六階…そうだ。メロが愛華を殺したと言った時。俺は…自分より強い愛華を殺せなかった事に怒りを感じたんだ。…それにあの時、俺は意識なんて失っていない。…俺の意思で殺戮を行ったんだ。はっきりと覚えている。)
[そうだ…。やっと分かったか。お前は俺。俺はお前なんだよ。…さぁ、目の前に強者がいるぞ。…もう分かるな。]
「ああ、俺は強者を好んで殺す!」
良男の身体を覆うオーラが真っ赤に変化した。
「ふん。……殺戮者め。」
球体はつまらなそうに小さく呟いた。
「覚悟しろ!俺はもう迷わない。」
良男は再度大地を蹴った。
七階(最強を手にした男)
「しぶとい男だ…。」
もう何度良男が飛び掛かり、吹き飛ばされたのか分からない。彼の身体は傷を負う度に、刀の力でその傷口が塞がって行くのだが、その効果を凌駕するほどに大量の傷を追っていた。だが、良男の瞳からは諦めの色は微塵も感じられない。
(このままじゃ身体が持たん。…どうする。どうすれば奴の懐に入れるんだ。)
「お前の様な危険な男は、たとえ強者であったとしてもあの世界に送りだす事は出来ない。…お前は此処で滅びるのだ。」
(どうする…。)「グッ!」
又しても球体から放たれた衝撃波が良男を襲う。しかし、今度は吹き飛ばされなかった。良男は刀を地面に突き刺し、何とか態勢を維持したのだ。…身体中の筋肉、骨、内蔵を犠牲にして。
(未だ!)
良男は瞳から流れる出血により、視界がぼやけてしまっていた。更に鼓膜が破られ、音も聞く事が出来ない。だが、それでも彼の闘志は消え去る事はなかった。
「ガァァァ!」
良男は大地を蹴った。そして、再度球体から衝撃波が放たれる。
(俺は絶対に負けない!奴に勝つチャンスは今しか無いんだ!)
良男の身体の肉がボロボロと崩れ始めた。しかし、彼は地面に突き刺した刀を手放す事は無かった。
「デヤァァァ!」
良男は自分の間合いに球体が入るや否や、全力で刀を振り下ろした。
ギン!
「無駄だ。既に妾は少女との融合を初めている。この殻は誰にも破壊出来ん。」
良男の刀は無情にも球体の殻に弾かれた。そして、とうとう良男は力を使い果たし、その場に膝を付いてしまった。
「最後だ…。」
球体の声が直接頭に響いた。しかし、良男はその声を無視していた。なぜなら彼は、こんな時に別の事を考えていたからだ。
(この刀に特別な力は無い。だから、あれは高秀の技だったんだ。成る程…良い技だ。)
「何!」
球体の表面に赤い線が走った。そして次の瞬間。
「貴様ぁぁ!!」
球体の中から大量の液体が吹き出してきた。そして、良男は崩れる身体に鞭打ち、必死に立ち上がった。
「馬鹿な!立てる筈が無い!なんだ!なんなんだ貴様は!」
「ガァァァアアア!」
そして良男は球体に腕を突っ込み、愛華の腕を掴んだ。
「ダメ!!!」
良男の動きが止まった。その声は球体が発した言葉でも、愛華が発した言葉でも無かった。
「友…気。」
既に良男の聴力は完全に失われている。しかし、球体の脇で倒れている友気の声は、何故か良男の頭にしっかりと届いていた。
「良、男…さんも。…球の中…入…。………大丈夫、だから。」
その言葉だけで良男は友気の意思を理解していた。良男は友気の性格を知っていたのだ。彼の優しすぎる性格を。
「ダメだ!貴様だけは…。」「ウオオオオオオオオ!!!!」
良男は震える足腰を何度も拳で叩き、片手で友気の身体を持ち上げると、そのまま一気に球体の中に押し込んだ。
次第に球体に入った亀裂は修復され、中が不思議な液体で満たされていった。
「良男さん!何で!」
液体に浸かった友気はすぐに生気を取り戻し、声をあげた。…しかし、その声はもう、良男には届かない。
[何故だ!何故全員殺さない!お前なら出来た筈だ!]
内なる自分の声に、良男は静かに返答する。
「」
「成る程、お前は最強の男だ…。」
その返答を聞いた球体が、良男に優しく声を掛けた。
(友気…それに愛華。お前達ならどんな苦難も乗り越えられるだろう。…頼む。お前達は生き続けてくれ!それが…俺の最後の願いだ。)
良男は不適な笑みを浮かべながら、ゆっくりと刀を鞘に納めた。
その瞬間、良男の身体が粉々に弾け飛び、跡形もなく消え去った。
友気は良男の最後の言葉を頭に残し、徐々に意識を失っていく。
「俺は強い者を殺す事にしか興味が無いんだ。…知ってるだろ?だから俺はお前を殺す。…内なる自分を。」
友気と愛華の瞳から一粒の涙が零れた。
生命の詩もこれにて完結です。
戦闘の書き方が難しい…。私のチープな脳味噌ではまだまだでした。