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六階(化け物)

六階(狩る者)


(此処は…。)


良男は暗闇の草原で一人立ち尽くしていた。辺りを見渡すと、遠くにちらほらと松明の灯りが優しく灯っているのが分かる。


(友気達は無事だろうか。…まぁ、俺は先を進むだけだが。)


「ぬぅ!?」


その時、何処からか飛んできた一本の矢が良男の足元に突き刺さった。それに気付くや否や、良男は大地を蹴り、走り出す。


(何処かから狙われて…!)


「化け物か。」


少し走ると、良男は直ぐに足を止めた。自分の目の前でうずくまっている、気味の悪い生き物を見つけたからだ。その生き物も良男の声に気付き、ゆっくりと頭を起こし、声の主を睨み付けた。四つん這いで良男の顔を見上げる不気味な生き物は、蜘蛛の身体を連想させる形をしていた。人間と同じ四肢からは、それぞれに二本ずつ、先の鋭い骨の手足が加わっており、腹部は異様なまでに膨らんでいる。そして、人間の顔に似た女性の顔。その口元は真っ赤に染まっていた。


「人を食うのか?」


やっと暗闇に目が慣れてきた良男は、化け物の下で糸の様な物にぐるぐる巻きにされている、人型のものを見て言った。その一部の糸は解かれており、そこから夥しい量の血が吹き出しているのが見て分かる。


カンカンカンカン!ウゥーー!


(サイレン?)


その時、耳をつんざく程の巨大なサイレンが良男の身体を震わせた。音の質から察するに、緊急事態を知らせる警報の様だ。


「こんな化け物がいるのだ。非常事態を警告するのは当然の事か。」


良男は化け物を見ながら、何処かから飛んで来る矢をしっかりと警戒していた。しかし、先程から矢の強襲はピタリと止んでいる。


「クックック。このサイレンの意味は違うわ。これは私達の為の合図なの。」


化け物の、人間の女性の顔が不気味に歪む。


「…私達が食べ残しをしない為の合図。新しい餌がのこのこやって来た合図よ!」


化け物は言葉を言い終えるより早く、良男に飛び掛かっていた。


「なかなかのスピードだった。」


飛び上がった化け物が良男の身体に触れる事は無かった。化け物が飛び上がった瞬間、良男は背中に背負っていた槍を素早く突き出し、化け物の膨れた腹部を串刺しにしていたのだ。


「無駄だ…。仲間達がもうすぐやってくる…。お前は…私達に食われる。」


「まだ喋れるのか。」


そう言うと、良男は槍ごと化け物の身体を引き寄せ、顔面に短剣を突き刺した。


「ギ…。」


化け物は身体を痙攣させ、すぐに生命活動を終える。


「仲間か…。先程、矢を放っていた者が呼びに行ったのだろう。」


ギン!


何処からか飛んできた矢が、良男の甲冑に弾かれて地面に落ちた。そして彼の視界に数匹の大蜘蛛が入ってくる。

「雑魚は何匹集まろうと雑魚だ。三本の矢…あの話は弱者の作ったくだらん作り話だな。」


良男は槍を振るい、刺さっていた大蜘蛛を払い落とす。そして化け物の群れに向かって大地を蹴った。


六階(仲間)


「ハハハハハ!フハハハ!」


良男は笑っていた。大蜘蛛の群れを殲滅出来た勝利の笑いでは無い。男は戦いながら笑っていたのだ。


「化け物め!」


仲間達の死を目前にした大蜘蛛達の口から、信じ難い言葉が発せられる。しかし、男は笑いを止めない。


「どうした?掛かって来ないのか?」


良男は自分の周りに転がっている無残な死体を蹴飛ばしながら言った。それは異様な光景だった。彼の周りの死体を見れば、容易に良男の間合いが把握出来る。彼の間合いに入った大蜘蛛達は、瞬時にただの肉塊と化し、彼の間合いの内に崩れ落ちていたのだから。


「ク…。」「配置に付きました。」


言葉を詰まらせた大蜘蛛の背後から、もう一匹の別の個体が走り寄り、怪しげな報告をする。


(…やっとか。)


良男は、小屋の屋根の上、高台、はたまた巨大な岩の上に、自分を囲う様に配置されていた大蜘蛛達の存在に気付いていた。そして、彼等の腕にはそれぞれに巨大な弓矢が装備されている事にも。


「放てぇ!」


眼前の大蜘蛛が大声で合図を送ると同時に、沢山の矢が良男に向かって放たれた。


「ウォォォ!」


良男は態勢を低くし、まるでヘリコプターの様に頭上で槍を高速回転させた。放たれた矢は、その軌道を槍に阻まれ、次々と弾き落とされていく。


「良し!」


大蜘蛛が嬉々とした表情で力強く頷いた。良男の腕にも限度があったのだ。槍の隙間をかいくぐった一本の矢が、良男の甲冑を貫き、左肩に突き刺さっている。甲冑のお陰で傷はさほど深くは無いが、直ぐに手当てが必要な傷ではある。


「死ねぇ!」


それを好機と見た大蜘蛛が、良男の眼前で飛び上がった。だがそれもむなしく、良男の投げた短刀が、飛び上がった大蜘蛛の顔面に突き刺さる。大蜘蛛はそのまま地面に落下し、息絶えた。


(まだだ!まだ俺はこんなものでは無い!)


その時。


カンカンカンカン!ウゥーー!


再びサイレンが鳴った。しかし、今度はそれだけではない。


「逃亡者だ!逃亡者が出た!探せ!何としてでも探し出し殺せ!逃亡者は二人!雄と雌の子供だ!絶対に七階までは行かせてはならない!」


(二人の子供…。)


「はっはっは。彼等か!この状況でまだ生き残っていたとは!」


「逃亡者を追わなくては!」


「まて!こいつを先に仕留めなくてはならない!お前達!奴を囲み、逃げ場を作るな!」


他の者よりも身体が一回り大きい大蜘蛛が、良男の前に歩み出る。


「全員で纏めて掛かって来たらどうだ!?一匹では話にならんぞ!」

良男は左肩の矢傷を気にも止めず、威勢良く言った。


「これ以上…これ以上仲間達を殺させる訳にはいかない!お前は私が止める。」


「姉さん!」


良男の前に立ちはだかった大蜘蛛に、もう一匹、小さな大蜘蛛が走り寄る。


「大丈夫。…下がっていなさい。」


(…姉妹か?)


「良い覚悟だ。」


良男は大蜘蛛の顔面に突き刺さっていた短刀を引き抜き、槍を構える。


「…化け物め!」


大蜘蛛の言葉を合図に、良男は再度短刀を飛ばした。しかし、大蜘蛛はそれを俊敏な動きでかわし、良男に肉薄して来る。


(早い!)


良男は凄まじい勢いで距離を詰めて来る大蜘蛛に合わせて、槍を突き出した。しかし、またしても大蜘蛛は、それを大きく跳躍してかわす。


「くらえ!」


垂直に飛んだ大蜘蛛の口から、無数の糸が網の様に吐き出された。


「ちぃ!」


良男はそれを後方に飛んでかわそうとしたのだが、紙一重のタイミングで右足が糸に絡めとられ、その場に尻餅をつく。


「やった!」「姉さん!やったわ!」


辺りに大蜘蛛達の歓声が響いた。良男は足を取られただけで大した傷は負ってはいない。勝利の歓声を挙げるにはまだ早すぎる筈なのだが、良男は直ぐにその意味を痛感する事になる。


「…右足の感覚が無い。」


カンカンカンカン!ウゥーー!


「餓鬼共は洞窟に向かっている!仕留めるんだ!早く!」


再度サイレンが鳴り響いたのだが、この場にいた全員がそれどころでは無かった。

良男は尻餅を付いたまま立ち上がれないでいる。それもその筈、糸に巻かれている右足に力が入らないのだ。


「此処までね。…それ!」


大蜘蛛は自分の口から出た糸を思いっきり手繰り寄せ、一気に良男の身体を引き寄せた。


(今だ!)


「セイ!」


大蜘蛛の引き寄せる力を利用し、宙に浮いた状態で槍を突き出した良男。


キン!


しかし、それは簡単に大蜘蛛の鋭い骨の腕で弾かれてしまった。


「仲間達の敵!死ね!」


大蜘蛛は良男の顔面目掛けて骨の腕を振り落とした。良男はなんとかそれを妖刀の鞘で弾き返す。


「小賢しい!」


大蜘蛛の六本の腕が同時に良男の身体を襲う。…そして大蜘蛛の動きが止まった。


「グェ!」


良男の右の拳が、大蜘蛛の開いた口に叩き込まれたのだ。大蜘蛛はたまらず後退する。その後退が彼女の最大の敗因だった。


「惜しかったな。」


そこに良男の槍が突き出され、見事に大蜘蛛の胴体を貫いた。


「姉さぁぁん!」


別の大蜘蛛から悲痛な叫び声が発せられた。しかし、それは良男の耳には届かない。


(足の感覚が戻った。本体を倒せば麻痺が治るのか?)


「次は誰だ!」


「頼む…妹…だけは…。」


良男は槍に突き刺さったまま懇願する大蜘蛛を乱暴に払い飛ばした。


「姉さん!姉さぁん!」


「駄目だ…。強すぎる。」「逃げるんだ!死にたく無い!」


辺り一面には大蜘蛛の死体が溢れている。その中心部に立つ男は満面の笑みを浮かべていた。


六階「勇気」


カンカンカンカン!ウゥーー!


「全員草原に集合!繰り返す!草原に集合するんだ!奴はただ者では無い!食らおう何て考えてはいけない!殺せ!全力で殺すんだ!…手負いの餓鬼共は私が何とかする。」


(手負い?傷を負ったか?)


良男を囲む様に沢山の大蜘蛛が集まっていた。その中には戦闘に不慣れなのか、絶対的な恐怖の前に身体を震わせている者もいる。


「弱者に興味は無い!腕に覚えの有る者だけ掛かって来い!」


良男は自分の顔面の目の前に飛んで来た矢を素手で掴み取り、地面に投げ捨てて言った。それは既に人間の反射神経を優に凌駕している。

良男の意に反して、彼を囲んでいる大蜘蛛達は死への恐怖から全く動く事が出来ない。


「やる気が無いのならばどいてもらおう。」


(洞窟…友気達はそこに向かっている筈だ。)


「ギャ!」


良男は、恐怖に打ち勝ち、跳躍しようとした一匹の大蜘蛛の首を素早く切り落とした。


「酷い…。」「化け物。」「悪魔。」


良男の耳に小さな罵声が届く。しかし、彼はそれを全く気にも止めていない。何故なら、彼の歩く先に、大蜘蛛が避けて出来た綺麗な一本道が出来上がっていたからだ。


(腑抜けが。…む?)


「邪魔だ。」


良男の前に一匹の大蜘蛛が立ちはだかる。その大蜘蛛は他の者達に比べ小柄で、戦う前から涙を流し震えていた。


「姉、さんの…敵。」


(そうか。先程の…。丁度良い。)


「貴様。洞窟の場所まで案内してもらおう。」


「あぁ!」


ドン!


小さな大蜘蛛が飛び掛かろうとした刹那。何か大きな物体が良男と大蜘蛛の間に落下して来た。


「下がっていなさい。」


その物体は巨大な大蜘蛛だった。先程戦った大蜘蛛に比べ、倍以上の身体の大きさを誇っている。そして、あの落下速度で傷一つ付いていない身体から察するに、かなりの戦闘能力を秘めている事が分かる。


「メロ様!」


「いるじゃないか。…俺好みの者が。」


六階(強者と弱者)


「お前…楽には死なせんぞ。」


辺りを見回したメロの表情が怒りに満ち溢れる。


「グッ!」


一瞬の内に良男の目の前に移動して来たメロが、良男の腹部を甲冑の上から殴りつけた。良男はそのまま後方に吹き飛ばされ、仰向けに倒れる。


「おぉ!」「メロ様!流石だ!」


辺りに歓声が湧き、大蜘蛛達の顔に笑顔が戻った。


「クハ!」


良男は血を吐き出し、ゆっくりと立ち上がった。そして甲冑の腹部が綺麗に崩れ落ちる。


(内臓がやられたか…。)


「どうした?貴様は強いんだろう?」


背後から聞こえた声に、良男は慌てて振り返る。


グシャ。


良男の脳に嫌な音が響いた。それは、右膝がメロの拳により完全に破壊された音だ。


「ガァァ!」


良男は倒れるより早く槍を突き出した。しかし、そこにはすでにメロの姿は無い。


「弱い弱い。…あの子供の方がよっぽど強いわ。」


メロは良男の背後から彼の左腕を切り飛ばした。


「グアァァ!」


勝利を確信したメロの表情が憐れみのものに変わる。再度仰向けに倒れた良男の顔を覗き込み、メロは穏やかな口調で話始めた。


「あなたはこの先に進める器では無いわ。」


「俺…が?器では無いだと!?」


良男の視界がぼやけ初める。


「ええ、あなたは弱いもの。結局、先に進めるのは雄の子供だけだったわ。」


(何?)


その言葉で良男の中の何かがはじけた。


「貴様ぁ!」


良男の怒号を合図に、不思議な圧力によってメロの巨体が後方に弾き飛ばされる。


「な!?」


良男は立っていた。右膝が破壊されているにも関わらず、確かに両足で地面に立っていた。そして、身体の至る所の傷からの出血が無くなり、彼の身体はどす黒いオーラで包まれている。


その右腕には禍々しい妖刀が握られていた。


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