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義王伝  作者: 遼明
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第二話

「くっ……しつけぇなぁ! いい加減諦めやがれッ!!」


 東の島国サン・ベイセスから少し西に行った遥か上空、そこで戦闘が起こっていた。空には最新の戦闘機数十機と何故飛べるのかと思わせるほどのおんぼろ飛行機が飛び交っていた。


『もう一度国籍不明機(アンノウン)に告ぐ、無駄な抵抗をやめ大人しく投降せよ。繰り返す……』

「はん! 誰がアンノウンだよ。笑わせてくれるぜ! 俺は先を急いでるんだ。落とされたくなかったら、道を明け渡せっ!!」


 おんぼろ飛行機、もとい国籍不明機に乗っている初老の男性は無線に怒鳴りつける。男性は若干腹が立っているのだ。数々の遺跡を回り、完成させた愛機をアンノウン扱い。確かに見た目がかっこ悪いのは認めよう。翼は塗装が剥がれているのは勿論の事、継ぎ接ぎだらけであちこち錆まであるおんぼろ飛行機だが、この愛機には先人達の魂が宿っている。そんな気がするのだ。

 故に愛機をアンノウン扱いする事が許せない。寛大な心を持つ男性も堪忍袋の緒がちょこっとだけ切れた。


「お喋りはここまでだ。お前らを残らず落す!!」


 覚悟を決めたその刹那、轟音が辺りに轟く。あれよあれよと次々に最新の戦闘機を撃墜! していくはずがない。寧ろおんぼろ飛行機は戦闘機の集中砲火により無残にも炎に包まれて墜落していく。やはりおんぼろ飛行機と最新の戦闘機では勝負にはならなかった。


『アンノウ撃墜確認、これより帰還する』

『おいおい、相変わらず遠慮が無いな』

『F3、任務中だ。お喋りは後にしろ』

『了解』


 墜落していくおんぼろ飛行機を背中に戦闘機は去っていくが、おんぼろ飛行機に乗った男の魂はまだ生きていた。


「ちっ……エンジンがやられてしまったがメインエンジンはまだ健在だぜ!! ゴールデンやしち君号、パージ!!」


 男は操縦桿から手を離し、座席の両脇にあるレバーを掴んで思いっきり引き上げる。すると炎に包まれていたおんぼろ飛行機の外装が次々に剥がれ、新たな姿を現した。

 鉄くずを集めて溶かし形を成した安作りな翼、ちょうど2人入れるぐらいの広さがある操縦席、両翼に存在する折りたたみ式プロペラエンジンが展開した。

 それと同時に操縦席も姿を変える。手元にあった操縦桿は収納されハンドルバーとサドル、そしてペダルが代わりに現れる。男性は座席から立ち上がりそれに乗り換えるとペダルに足をかけた。


「愛機のメインエンジンは、この俺だぁぁぁあああああ!!」


 荒げた声を合図にし、ペダルを必死に回し始める。それに連動してプロペラは空を切り、再び空に舞い上がった。


「目指すは我が家! それまでは落ちん!!」


 男性は更に気合を入れ、足に力を入れる。我が家はもうすぐだと思いながら不敵に笑うのだった。



  ■ ■ ■ ■



 トントントンと野菜を刻む音が一人しかいない室内に響く。時刻は夕方、おんぼろの家のキッチンには防音機能を持ち合わせていないため、時々外から学校帰りなのか子供の楽しそうな話し声と笑い声が筒抜けだが、それは時の流れを感じさせる。


「そろそろ、クレア達が帰ってくるな……」


 無心に野菜を刻んでいたこの家の仮の主、九頭竜格之進は思わずごちる。

 九頭竜家には彼を含め六人が住んでおり、その内、四人は学校へ通い勉学に励んでいる。もう一人は放浪癖と言うか、夢を追って数ヶ月以上この家に帰って来ていない。


(そう言えば、いつもより家を空ける日数が長いな……。それだけ信頼されているのか、はたまた夢中になって忘れているのか)


 はっきり言えば、恐らく後者の方だろうが拾ってもらった身だ。文句は言えまい。そう思った格之進は刻んだ野菜を鍋に入れようとすると玄関が開く音が聞こえた。


「ただいまぁー! 兄貴、今日のご飯は何だ?」


 どたどたと足音を響かせながら、一人の子供が入ってくる。少し長くなった金髪を一つにまとめ、空よりも蒼い目の色はかなり印象に残る。さらにキリリとした顔付きはまさに美少年のような容姿だ。

 彼の名前はエルンスト、九頭竜家の三番目の子供である。


「お帰りエルンスト。今日の夕飯はカレーだ」

「おっ、今日はカレーかぁ…………楽しみだなぁ」

「ふふふ聞いて驚けエルンスト、何と今日カレーは――――」

「兄じゃ、ただいマー!!」


 格之進が話すのを邪魔するかのように声が玄関から聞こえる。どうやら、もう一人帰ってきたようだ。


「お帰りサーシャ、今日もちゃんと勉強してきたか?」


 帰ってきたのは、九頭竜家四番目の子供サーシャだ。炎のように美しい赤毛が印象に残りやすいが九頭竜家の子供の中で最年少である為、顔はまだあどけなさを残す。今はかわいさいっぱいだが、後数年もすれば、美人に化けるだろうと九頭竜家の総員は確信していた。


「うン! 兄じゃの分までちゃんと勉強してきたヨ」

「ならよし、さぁ手を洗って来い。飯の用意が出来るまでちゃんと宿題しとくんだぞ。ほれエルンストも行った」

「はーイ。いこ、お兄ちゃん」

「サーシャ、引っ張らなくても歩けるって……兄貴、後で稽古を付けてくれる?」

「勿論だ。早く宿題して来い」


 その返答に満足したのか、エルンストはサーシャに連れられて奥の方へと歩いていった。


「さてと仕込みを…………そこで何をしているんだルキナ?」


 キッチンに向き直ると開いた窓からじっと覗いている少女に気付く、勿論彼女も九頭竜家一員だ。二番目の子供ルキナである。彼女の髪の毛は一切濁りのない美しい純白、見る人が見れば間違いなく髪だけで男が釣れるだろう。だが元々無表情の上、前髪で顔を隠しているので、表情を読み取る事はかなり難しい。更に一切口を開かない。その為、彼女の周りには一切男が寄らず、浮いた話は全くない。


「…………」

「そうか『またクレアが後輩に囲まれて帰れない』か……まったく、人気者の妹だ」


 喋らない彼女が何を伝えようとしているのがわかるのは、長い間一緒にいたおかげで格之進は読心術を会得したのが要因である。ルキナも格之進を肯定するようにコクコクと頷いていた。


「ところで家に入らないのか?」

「…………」


 するとルキナは救急箱を両手で持って差し出してくる。どうやら格之進が怪我をしていることに気がついたのだ。とは言え、救急箱の入っている道具で何とか出来るような怪我ではない。何せ中型級の魔物と拳でやりあったのだ。一発でも貰えば、絆創膏やテーピングなどで治療出来る訳がない。せいぜい出来ても止血適度だ。だが格之進は既にそれも終わらせている。今、救急箱を受け取っても余り意味がないのだ。


「ルキナ、もう止血は終わっているから――――」

「………………」


 いつもは無表情のルキナの瞳が一瞬だけ揺れる。それに気付いた格之進は言葉を止めた。どうやら彼女のあるトラウマに触れたようだ。


 ――――兄としてして失格だな。


 そんな言葉が格之進に頭に過ぎる。そして、脳裏に焼き尽きた惨劇が一瞬だけ思い出された。

 狭い部屋は血の色で真っ赤に染め上げ、死臭が漂う。

 周りには動脈する肉片とむき出しとなった骨。

 その傍らに鼻や耳をそがれ、目は抉り取られた人間だと思われる二つの首。

 そして、絶望で全てを失った子と狂気に満ちた男の顔。


 ――――そうだ。あの時……もっと強ければ、こんな事にならなかったんだ。


 格之進は自然に拳に力が入り、表情もそれにつられて強張る。それに気付いたルキナは心配したのか、顔を覗いて来る。思考の海に溺れていた格之進は無理矢理引き戻された。


「……やっぱり、もう一度、止血をしておくか。ありがとうルキナ」

「…………」


 そう言って頭をなでてやるとルキナは僅かに目を細める。それはよく顔を見ていなければ分からないほどにだ。『大切なもの』を奪われてしまった彼女にはこれが精一杯の感情表現。これでも昔よりははっきりとわかるようになった。


「とにかく早く家に入れ。何時までそこにいるつもりだ? あと窓から入るなよ」

「……」


 ルキナは無表情だが、残念そうな雰囲気で立ち去っていった。格之進は最初見た時、まさかと思って鎌をかけただけだったのだが、本当に窓から進入しようとしていたようだ。


(まったく、誰に似たんだか…………。止血しないとな)


 受け取った救急箱を開け、道具を並べる。本来はもう止血する必要はないのだが、ルキナは異様に勘が鋭い。さっきは大丈夫だったようだが、トラウマのせいである症状が発生する恐れがある。出来るだけルキナに刺激を与えたくないのだ。故に格之進は上着を脱ぎ捨ててもう一度止血を始めるのだが、タイミング悪かった。


「お兄様! ただ今戻りました! …………その怪我は、誰にやられたんですか?」


 とても明るい声が聞こえたと思ったら、ドスのかかった声に早変わり、一瞬にして周りの気温を五度近く下げた。額から一筋の汗を流した格之進はゆっくりと声が聞こえた方を向くと部屋の入り口の近くで邪気のような魔力を漂わせる一人の少女が光が燈ってない目で格之進を見つめていた。


「…………ク、クレア!? お帰り、今日の飯は期待してもいいぞ」


 すぐに会話を切り替えなければいけないと本能的に思った格之進は、止血そっちのけで食事の準備を始める。しかし、クレアはそんな事はお構いなしに物凄いプレッシャーを放ち、格之進を逃がさなかった。


「そんな事よりも、誰に手傷を貰ったのですか?」

「……実はな。今日、市場に魔物が出て、ちょっとしくじった」

「零式格闘術を封じているとは言え、お兄様が魔物如きに後れを取る? ありえません。何か安請合いでもしたんですか?」

「子供の母親を逃がす為に時間を稼いで――――」

「なるほど、調子に乗って時間稼ぎを申し出ますが、相手を見誤って傷を負い。結局、封印していた零式格闘術を使用して魔物を潰したわけですね。またいつものパターンですか」

「…………」


 クレアの言っている事はほぼ間違いないので格之進はぐぅとも言えない。そんな心境を知ってか、クレアはさらに格之進を口撃していく。


「あれほど言っているじゃないですか、安請け合いはやめろと! そもそもお兄様は少し抜けているですから、もっと慎重に考え動いて下さい。それに去年『来年こそは零式格闘術は使わない』って言っていましたよね? なのに今年に入って、もう私が把握しているだけで実に三百六十回! このままのペースだと一年に一万回越えはほぼ間違いないんですよ。しかも、零式格闘術を結局使用してしまうのはいつも追い詰められてから……どうせ使うなら最初っから使いなさい!! 貴方は何処のヒーローなんですか? そのせいで折角勝利を収めてもお兄様は大怪我、それでいつも私やルキナを心配させ、サーシャを泣かし、エルンストは狼狽…………いい加減にしてください! 私達にも堪忍袋の尾って言うのが――――って聞いてますか? お兄様!!」

「ほんとに、本当に申し訳ありませんでしたぁぁぁあああ!!」


 あまりにも的確な口撃により放心していた格之進ははっと意識を取り戻し、クレアに向かって芸術的な土下座した。彼も言った事は素直に守る人間だが、戦闘で一定のダメージを負うと勝手にスイッチが入ってしまうのだ。まさに彼の性、武術を修めている者の宿命なのかもしれない。それ故どう抑えていてもやっぱり使ってしまうのだ。まぁ普通に評価するならば、それをコントロールできない格之進はまだまだ未熟者と言う事だろう。


「まぁでも…………お兄様のいいところは、分け隔てもなく安請け合いが出来る事、今回()大目に見てあげます。無事で何よりでした。怪我を見せてください、治療します」

「……すまん」


 褒められているのか、貶されているのかよくわからない……いや間違いなく後者の方だろう。格之進は思わずがっくりと項垂れそうになるがぐっと堪え、止血していた包帯を外してクレアに肩の傷を見せた。


「これは……酷い怪我ですね。これだとルキナは気付いたでしょう?」


 クレアが呆れたながら格之進に手をかざすと右手首につけられていた銀色のブレスレットが眩い光を放ち始め、傷口をやさしく包み込んだ。すると逆再生しているかのように傷口がみるみる閉じていき、光が収まる頃には傷は完全に消えてなくなった。


「ふぅ……お兄様、終わりました」

「ありがとう……傷跡が残っていない!? また腕を上げたのか」

「そんなことありませんよ。私は大した事はしていません」


 謙遜しているクレアだが、使用した魔法は誰でも使えるものではない。世界には治癒魔法は数多くあるが、短時間で完全に怪我を治す魔法は魔力総量Aのエリートが十人集まってやっと発動できるものだ。しかも発動できるのは一回きり、それ以降は魔力が完全回復するまで他の魔法の使用は出来なくなると言うものだ。はっきり言って燃費が物凄く悪いので緊急時以外は使う者はいない。

 だが世界には例外は存在する。一般的には魔力総量はAが上限だとされるが、その枠を破って存在するのが魔力総量Sだ。その潜在能力は魔力総量Aを遥かに上回り、一人いるだけで戦況を一気にひっくり返すほどの魔力があると言われている。そして、その膨大な魔力は例の治癒魔法を使ってもびくともしない。むしろそこから戦闘で圧勝する事も可能である。

 そんな危険な存在の一人が九頭竜家二番目の子供、クレアなのだ。

 余談であるがその暴力的な魔力を使って学校では、成績優秀者に送られるブレスレット型『SMⅢ』を所有している。ちなみにクレアは筆記成績の方も優秀のようなので左手首には金色の『SMⅢ』をつけていた。


「そうか……夕飯は三十分後だ。楽しみにしといてくれ」

「わかりました」


 頷いたクレアは私服に着替える為、自室に足を運んだ。格之進は脱ぎ捨てていた上着を着、いそいそと夕飯の支度を始める。全ては家族の度肝を抜かせる為に……。



  ■ ■ ■ ■



 時刻は少し進み、九頭竜家は夕食の時間になった。


「兄貴…………これは何だよ」


 震えた声でエルンストは格之進に問う。勿論聞いている内容は今日の夕食についてだ。


「見てわからないのか? カレーだよカレー、それとサラダだ」


 当たり前のように格之進は答える。勿論、見た目が悪いわけではない。寧ろ完璧と言っても間違いないだろう。長年、家事全般とサバイバルをしていた格之進にとって死角はない。ならば何が問題か? 勿論、入っていたものが問題だったのだ。


「そんな事はわかっているさ……でも、でも! なんでカレーに肉が入っているんだ!? おれは幻覚を見ているのか!?」


 カレーに肉が入ってる事でエルンストは軽くパニックに陥り。


「うわぁあ、お肉が入ってル! 今日は椎茸じゃないんだネ」


 肉がカレーに入ってるのを見つけ、目を輝かせるサーシャ。


「…………じゅる」


 あの無表情のルキナさえ、少し表情を変えた。


「お兄様…………こんなに奮発して大丈夫なんですか」


 そして、家の家計を知るクレアは格之進を問い詰める。

 そう基本ビンボー生活の九頭竜家ではカレーには肉の代わりに山で取ってきた椎茸が入っている『なんちゃってカレー』なのだ。しかも肉は高いと言うわけで、滅多に食卓に並ぶものではない。つまりカレーに肉が入っただけで大事件なのだ。


「それに、このサラダ……野草じゃありませんね」

「ほ、ほほほほほ、本当だ?! 兄貴、まさか! この赤い実は蛇イチゴじゃないのか!?」

「エルンスト、パニックに陥るな。どっからどう見てもトマトだろ」

「…………ゴクッ」

「ねぇ、早く食べようヨ」


 ルキナの固唾を呑む音が生々しかった。彼女はかなりの大食らいのためご馳走を目の前に我慢の限界が近いのだろう。目が前髪で隠れているにもかかわらず、目線は料理に釘付けなのがはっきりとわかる。

 それに気付いたサーシャは格之進に催促するのであった。


「そうだな。食べるとするか! 合掌…………いただ――――今、誰か止めたか?」

「え? 私には何も」

「おれも何も言ってない」

「わたしモ」

「…………」


 格之進は首を傾げる。確かに今、誰かが止める声を聞いた筈なのだが気のせいだったのかと思いもう一度、合掌しようとするのだが再び同じ声が聞こえる。


『・・・・・・と・・・・・・・・・・た・・・・・・・』

「! 全員伏せろッ」

「!?」


 僅かに耳に入った声とプロペラが風を切る音、それが格之進の警戒を一気に引き上げ家族を守るように覆いかぶさる。その瞬間、壁と屋根は吹っ飛び、大地を裂くような轟音が周りに轟く。格之進が一生懸命作った家具は一瞬にして瓦礫の仲間入りし、砂埃を巻き上げた。


「誰も怪我はないか?」

「はい、障壁が何とか間に合いました」


 どうやら何かが家に突っ込んできたようだ。辛うじて倒壊はしていないものの、修繕にはかなりの時間を費やすだろう。

 格之進が危険を察知した時に、クレアは障壁を張っていたようだ。そのおかげで誰も怪我はしていないようだが、怒りが湧き上がってくる。一体何が突っ込んできたんだ。そう思いながら突っ込んできたものを格之進は睨みつける。


「あれ、このボディ……まさか!?」


 それは鉄くずを集めて溶かし形を成した安作りな翼、ちょうど2人入れるぐらいの広さがある操縦席、両翼に存在する折りたたみ式プロペラエンジン。それはかつて格之進が製作したものと同じものだった。

 そして、巻き上がっていた砂埃がゆっくりと晴れていき、その近くで左手にはお茶碗、右手には箸を持った初老の男性が胡坐をかいて声を張り上げた。


「ちょっと待った! 俺の飯ある?」

「ねぇよ!!」


 出てきたのは九頭竜家の父的存在にして、零式格闘術第二千六百四十四代目師範、九頭竜弥七。一攫千金の夢を追い続ける五十九歳だった。



  ■ ■ ■ ■



「で、おじい様は何しに帰ってきたんですか? またガラクタでも見つけたんですか」


 クレアは夜漆は問いかける。本来ならば家族を支えなければならないポジションにいるはずの弥七は年甲斐もなく、遊びまわっているのだ。必然的に評価が下がるのは仕方がないだろう。


「むぐむぐ……クレア、俺に対してなんか冷たくない?。皆、そう思わないか」

「思わなイ」

「無理だね」

「…………」

「皆キツイッ!? 久しぶりに帰ってきたんだぜ。もう少しお年寄りを敬おうぜ?」


 泣きながらカレーを食べる弥七。そんな姿を見ても誰も同情しない。それほど自由奔放に動き回っているのだ。格之進に恩を感じたとしても、五十九歳のじじいに感じるものは何もない。


「それよりも、帰ってきたって事は何か見つけたんだろ? 何見つけたんだ」


 突貫工事で家の屋根だけでも建てようとしていた格之進は気になっていた事を聞く、そもそも弥七が家に帰ってくると言う事は何かしら発見があったからだ。じゃなければこの男は絶対帰ってこない。


「おう、そうだそうだ。聞いて驚け、ついに未発掘の遺跡を発見したんだ」

「未発見? 珍しいな、前世紀の技術はもう殆ど掘り尽く(サルベージ)されているこのご時世に…………。これは一攫千金も夢じゃなさそうだな」

「そうなんだよ! いやぁ、俺も長年求め続けていてよかったぁ!! はっはっはっはっ!!」


 調子に乗って弥七は高笑いをする。どうやら格之進の問いのおかげで完全に立ち直ったようだった。だがあることに気づいたクレアは再び問う。


「ちょっと待って下さい。ガラクタを見つけたのはわかりました。それでおじい様は何か値打ちあるものを持って帰ってきたんですか」

「ぐ…………今回は持って帰ってこなかった。と言うより持って帰る事ができなかった」


 歯切れの悪い回答を言う弥七に全員が傾げる。考古学を独学とは言えど、弥七は今までは何もできずに帰ってくる事はなかった。例え未発見の遺跡であれど、人目がない事ならば、零式格闘術を乱用。どんなトラップも頑丈な扉も、拳で粉砕して宝をもぎ取って来るような男だ。

 それ故、誰もが不思議に思う。一体何があったのかと……。


「実はな、今回帰ってきたのは格之進、お前を連れて行くためだ」

「俺を? 何でだ」

「それは来ればわかる。とにかくすぐ行くぞ!! お宝が俺達を待っているッ!!」

「ちょっと待て、じいちゃん! 一体何処に行くって言うんだよ」

「それは勿論、世界で一番謎多き遺跡がある東の島国、サン・ベイセスだ」



  ■ ■ ■ ■


 ――――サン・ベイセス。


 それはこの世界を代表する五カ国の一つであり、またの名を『東の島国』と呼ばれる四季が毎年移り行く美しい国であった。

 そんな国に数日前、人知れず不法入国をした不届き者がいた。九頭竜格之進と九頭竜弥七である。彼等はそこに誰にも知られずに存在していた洞窟に潜っていた。

 ちなみに彼らは突貫工事で、家とゴールデンやしち君号を完全修復してからこの地に訪れていた。


「驚いた……これほどの遺跡なのに本当に手が付けられていない。これは一攫千金本当に狙えるぞ」


 格之進は手に持っている懐中電灯を壁に近付け、刻まれている古代文字を照らした。その文字は長い年月が経っていても擦れることなく存在していた。どうやら洞窟の中に遺跡が存在していた為か風化を免れていたようだ。保存状態がかなり良く、荒らされた形跡もない。勿論、誰の手にも触れられた形跡も見つからない。

 ここまで完全な遺跡は今となってはまず見つからないと言われている。しかし、弥七が見つけたのは誰の手にも触れられていない完全な遺跡、世紀の大発見と言っても過言ではないだろう。かつて弥七と一緒に世界を回っていた格之進もどんどんとテンションが上がっていくのだった。


「だろ? 俺もこれを見つけた時は魂を揺さぶられたぜ!! とにかく格之進、問題のモノはこっちにある」


 弥七はどんどん遺跡の奥へと進んでいく、格之進も古代文字を見るのを止めて後を追い始めるが、目線は完全に壁に刻まれている古代文字に釘付けだった。


「ついたぞ。ここが問題の場所だ」


 少し広い所に出ると弥七は立ち止まり、ある場所を指差す。そこは祭壇だった。台座のようなものが五つあり、その後ろには鋼鉄で出来ていると思われる美しく彫り込まれた門が静かに構えられていた。


「これは……何だ?」


 格之進はゆっくりと門に近付く。勿論、これらが何を意味しているかを調べる為だ。調べて行く内に門は巧みに偽装された石版である事に気づいた格之進はすぐに解読を始める。


「格之進、お前もこれが何かわかったようだな」

「ああ、これを掘り込んだ人間は知られてくなかったようだ。わかる人間にだけ伝えたい事があったらしい」


 手際よく格之進は石版に刻まれている文字を形にする為、紙にそれを写し始め、文字を抜き取る。その作業は四、五分程で完成した。


「何だ? この古代文字は」


 弥七が格之進の書いた文字を覗いてくる。

 出来上がった文字は今まで見てきた古代文字とは全く違うものだった。しかし、格之進は石版に刻まれていた文字を知っていたかのように、とても自然にその文字の意味を漏らした。



 ――――失われた五つの記憶を集め、ここに集う時、義王の力目覚める。

 次回、『上陸、レイブラント』

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