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義王伝  作者: 遼明
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第一話 

「一攫千金キタァァァァァァァアアアアアア!! やっとビンボー生活から脱出できる!!」


 とある洞窟の中に眠っていた遺跡を発見し、歓喜を上げる初老の男がいた。

 一攫千金を長年夢に見、考古学を独学で学び諸国を回った。しかし、遺跡は多く存在するものの当たりはなかなか引けず、三十年近くかかってしまったが、今、目の前に存在する遺跡は間違いなく当たりだ。

 初老の男は諦めずに今までやってきたことが今報われた気がしている。


「今までは色々と迷惑掛けたが、これであいつらにもマシな生活を送らせてやれる……!! おっと、感傷に浸っている暇はねぇな。急いでアイツを呼びに帰らねぇと先を越されてしまう。急げ急げ!!」


 ささっと荷物をまとめた初老の男は遺跡を後にする。次、この場に来た時はお宝を頂くと思いながら去っていったのか、どこか彼の足取りは軽かった。



  ■ ■ ■ ■



 新暦六十三年、海に浮かぶ一艘のボロボロな小船があった。その小船に乗っているのは一人の青年で水面に釣り糸をたらし、じっとそれを見つめていた。彼が釣りを始めてあれこれ三時間以上経つのだが、まだ一匹も釣れていないようだ。


「…………」


 しかし、青年はそんなことは気にせず、ずっと水面を見つめていた。まるで、気配を消すように……。


 ――――ピンッ


 突如青年が持っている釣り糸が海中に引きずられる。その瞬間、青年も目の色を変え、釣り糸を手繰り寄せた。しかし、予想以上に魚が釣り糸を引っ張る力が強い。青年は海に引き込まれそうになるが何とか踏ん張った。


「大物キタァァァァァァアアアアア!! 今日こそ逃がさんッ!!」


 釣り糸を青年ごと海中に引きずり込もうとするほど力を持つ魚、間違いなく大物だ。青年は声を張り上げ気合を入れる。

 ボロボロの小船はギシギシと嫌な音を立てながら揺れ続け、小船が壊れるのも時間の問題かと思われる。しかし、小船が壊れると言う理由でここで諦める訳にはいかない。

 彼の家族の生活はこの魚にかかっているのだ!


「うぉぉぉぉぉおおおおおおおおおお!!」


 青年は腹の底から声を出し、力を込める。そのままの勢いで釣り糸をぐいぐいと引き寄せると海中に潜む獲物が姿を現す。


「――――!! で……でかい!!」


 海面に浮かんだのは青年が乗っているボロ小船より大きい姿、まさに海の主と言っても過言ではない。より一層逃がす訳にはいかなくなった。


「コイツを釣れれば、間違いなく一週間食費が浮くッ! 皆待ってろ、今日はいいもん食わせてやるからなぁ!」


 青年は魚を釣るため奮闘するが、釣り糸が引っ張られどんどん青年の手を抉っていく。どうやら水面まで姿をさらした魚は本気で抵抗し始めたようだ。

 青年の表情は徐々に余裕がなくなっていく、釣り糸を持っている手は血に塗れ、感覚を奪う。船底もひびが入り、海水が入ってくるのも時間の問題だった。


(渾身の力でもう一度、引き上げるッ!)


 青年は持てる力を振り絞り、釣り糸を引き上げる。しかし突然、強く引かれていた釣り糸が緩み青年はバランスを大きく崩した。


「ッ!? しまった!!」


 なんと魚は小船に体当たりを仕掛けてきたのだ。これにより小船は木片を撒き散らしながら壊れ、青年は宙に投げ出される。更に魚は青年を捕食しようと海中から飛び出してきた。


(まずい、食われる)


 青年は宙に浮きながら打開策を思案するが、巨大な魚を仕留められるような武器はない。だが一つだけ自信はないが魚を仕留められる攻撃はある。それに賭けるしかなかった。


「No3サンダーライトニング!」


 青年が叫びながら巨大な魚に向けて左手をかざした瞬間、その先から雷撃が放たれ魚に直撃する。雷に包まれた魚は青年を捕食する事もかなわず、全身を痙攣させながら海に落ちた。青年は壊れた小船の木片に着地し、体勢を立て直す。


「ふぅ……クレアのおかげで助かった」


 青年はズボンのポケットに忍ばせていた一枚のカードを取り出して天に掲げる。そのカードは簡易魔法発動機器、通称『SMⅢ』と言われるものだった。



  ■ ■ ■ ■



 巨大な魚を台車に乗せて、それを引いている青年がいた。彼の名前は『九頭竜くずりゅう 格之進かくのしん』推定18歳の青年である。

 彼は先ほど海で仕留めた巨大な魚を市場に売り込もうと運んでいるのだ。


(急がないと競りに間に合わないな……)


 九頭竜家は六人家族で、格之進は一家の大黒柱である。つまり収入源は彼の働きで決まってしまう。

 この巨大な魚を売らずに食うと言う手もあるが、学費の支払い、日用品の購入を『魚払いで』と言うわけにもいかない。文明が滅びたと言えど、通貨はちゃんと存在するのだ。売り捌かなくては明日以降の生活資金が苦しくなってしまう。故に格之進は先を急ぐのだった。


「おっ! 格之進、朝っぱらからお勤めご苦労さん」


 後ろから声が聞こえたので格之進は足を止めずに振り返ると、大きな荷台のような乗り物に乗った中年ぐらいの男が後ろから走ってくる。そのまま追い抜いたかと思ったが中年の男性は格之進の進むスピードに合わせて並走し始める。

 彼は近所にある魚屋の店主で九頭竜家は色々お世話になっている。故に格之進はある意味頭の上がらない存在だった。


「おっちゃん……もう昼です」

「細かい事は気ぃすんな、それにしても大きな荷物を運んでいるな……今日の獲物か、ちょっと見せてくれよ」


 魚屋の店主は視線を格之進が引いている荷台の方へ向ける。格之進が運んでいる魚はブルーシートで覆われており、外からは見えないようになっていた。その為、中年の男性は格之進が運んでいる荷物が気になったのだ。

 

「駄目だ。これ見せていたら競りに間に合わん」

「――――さぞかし、大物なんだろうが……うーん、気ぃなるねぇ」


 中年の男性は格之進の話を無視し、勝手にぶつぶつと呟いている。どうやら競りでこの魚を落そうと考えているようだが、偶に『資金が足りないかもなぁ』と言葉を漏らしていた。


「ところで格之進、こんな大物人力で運ぶとは……いくら金に困っているとは言え、魔動車(こいつ)ぐらいレンタルできるだろ?」


 魚屋の店主は自身が乗っている魔動車を指差す。

 魔動車とは、魔導の力『魔力』を流す事で、それを電気に変換し動かせる自動車である。地下資源が乏しいと言われている現代では一部の国を除いて、ガソリンで動く自動車よりも魔力で動く魔動車の方が世に出回っていた。

 これを意味するのは強弱があるものの誰もが魔力を持っていると言う事になる。保持している魔力が多ければ多いいほど長く動き、放出する魔力が強ければ強いほど速く動く事ができるのだ。

 しかし、これだと魔力が少なく、弱い人物は動かせない。そこで登場するのは『魔電池』と言うものだ。

 魔電池は魔力を充電する事ができる代物だ。これをあらかじめ充電しておく事で魔力エネルギーを電気に変換し、魔力が弱い者でも長時間魔動車を動かす事が可能になる。

 しかし、これがあっても格之進には魔動車を継続的に動かせない理由があった。


「おっちゃん、俺は魔力を持ってないからレンタルしても充電ができんから、どうしても値が張るんだよ」

「格之進、お前魔力無し(レイム)だったのか。…………すまん、軽率だった」


 魔力無し(レイム)とは約百万分の一の確率で生まれると言われている魔力を一切持たない者の事だ。魔導が発見された当時、魔力無し(レイム)は迫害され人生を全うできなかった者は少なくない。

 新暦となった現代では迫害される事は少なくなったが、裏ではレイム狩りが行われているらしく、魔力が無いと公言して暗殺される事案もある。

 故に魚屋の店主はさっきから辺りを見渡して誰も聞いていないか確認していた。


「気にしなくてもいい。この辺では幸いレイム狩りは行われていないし、警戒する必要もない」

「だけどなぁ……よし、俺の魔動車に乗れ! 荷物ごと市場まで運んでやる」


 魚屋の店主は魔動車を止めて、格之進を乗せようとする。この辺りでは確かのレイム狩りは行われていないので大丈夫だろうが、やっぱり心配になるのが彼である。そこで考えたのは格之進を乗せさっさとこの場を去ってしまえば問題解決だと思ったのだ。

 しかし、格之進の運んでいる巨大魚はかなり大きい。そのため普通の魔動車では乗せれないのだ。無理矢理魔動車の上に載せるなら話は別だが、そんな事をすれば魔動車が壊れてしまう恐れがある。

 とにかく格之進は魚屋の店主の提案を受けるわけにはいかない。


「気持ちは嬉しいけど、俺の運んでいるこれ、かなり重いし普通の魔動車じゃ運べない。気持ちだけ――――」

「なめてもらっちゃあ困る。こう見えても俺は魔力総量Bだぜ。一般平均よりも多いから大丈夫だ。さぁ、荷物を載せろ! 市場までひとっ走りだぜ!! さぁ乗った乗った!! 載せた載せた!!」


 うんと頷かない格之進を予測していたのか魚屋の店主はすぐに実力行使に移る。懐から護身用の『SMⅢ』を取り出し魔法を発動させる。『SMⅢ』は強い光を放ち空中に数本の水の鞭を出現させた。汎用性の高い魔法『アクアテイル』である。

 格之進もまずいと思ったのか特別製の『SMⅢ』を取り出すがエネルギーが切れている事を彼は忘れていた。


「No1ファイアーフォール!!」


 彼の叫びも空しく、『SMⅢ』はうんともすんとも動かない。魔力無しレイムである彼が魔法を行使できるのは小型魔電池が『SMⅢ』に搭載されているからだ。

 本来市販の『SMⅢ』には魔電池を無理矢理搭載しても魔法は発動しない。しかし、彼の持っている『SMⅢ』は改造されていて魔電池で動くように設計されていた。故に充電さえしていれば魔力無し(レイム)である格之進でも数回なら使えるのだ。

 いつもなら『SMⅢ』を使わないのでエネルギー切れになる事はない。しかし今回は大物に遭遇し、その際食われそうになった為、フルパワーで魔法を発動した事により電池切れになっていた。

 魚屋の店主はにやっと笑い、格之進もにこっと笑う。

 そして、格之進は全力で台車を引いて市場に向かった。


「格之進、逃がさん! 俺の好意を無駄にするのかぁ!!」


 魚屋の店主の激しい攻撃が格之進を襲う。格之進は最小の動きで攻撃をかわすがそれも時間の問題だ。海での漁とここまで巨大な魚を運んで来たのだ。体力的に限界が近い。

 それを見越してか魚屋の店主は魔動車で格之進を追いつつ不敵に笑った。


「いくら弥七さんの息子でも疲れているよなぁ? 今なら痛い目に遭う事なく乗せてやるぜ?」

「いや……しかし!! おっさん、魔法は卑怯じゃあ……」

「問答無用!!」

「――――ぐぇえ!?」


 格之進の抵抗も空しく、魚屋の店主が発動させた魔法『アクアテイル』は格之進の鳩尾に直撃し、意識を刈られ地面に倒れた。その後すぐに格之進は無理矢理魔動車に押し込まれ、荷物も無理矢理載せられたのだ。


「さぁ、市場までひとっ走り行こうぜ!!」


 魚屋の店主は気絶している格之進を気にもせず、魔動車を走らせるのだった。



  ■ ■ ■ ■



「う……ん? ここはどこだ?」


 格之進は体を起こし辺りを見渡した。どうやら室内にあるベンチに寝かされていたようで妙に体が痛い。


(……いや、これはおっちゃんのアクアテイルによる痛みだな。間違いなく)

「気付いたか格之進、市場についたぜ」


 格之進が起きたのを見て魚屋の店主が近付いて来た。彼が歩いてきた方向を見ると魔動車が止めてあり、その屋根の上には『アクアテイル』によって縛られた格之進の荷物が無理矢理載せられていた。

 どうやら彼らは市場にある競り売り会場の屋内駐車場にいるようで、あちこちに品物を持った人達が忙しく動いていた。


「おっちゃん、今何時ぐらいだ?」

「今はちょうど十二時半だな。もうすぐ競りが始まるから俺は会場の方へ戻る。格之進が仕留めた獲物楽しみにしておくからな。がはははは!」


 野太い笑い声を上げながら魚屋の店主が去って行った。格之進はそれを見送ると魔動車の上に乗せられている自分の荷物を取りに行った。


「おいおい……アクアテイル発動したまま、行っちゃったよ。まぁ問題はないが」


 格之進は魔動車に絡まっているアクアテイルを手刀で丁寧に切り裂いて、荷物を回収するのだった。



  ■ ■ ■ ■



 市場、競り売り会場。ここでは野菜や果物、魚は勿論、生活必需品なども売りさばかれる事もある。基本的に値段が決められていないこの競り売り会場では、市販されている商品よりも安く手に入る可能性があるので多くの人が足を運び、おかげで毎日賑わいを見せている。しかし、今日は今まで以上に賑わいを見せていた。理由は競り売り会場からある噂が流れたのだ。


 『今日とんでもないものが競りに出される』と。


 その噂が本当か嘘か確認する為、今日市場に足を運んだ人々は競り売り会場に集結しているようだ。その為、競り売り会場は大入り満員である。

 そんな中、格之進の出番が回ってきた。


「うわぁ……今日はいつも以上に人が多いな」


 思わず格之進は言葉を漏らした。

 格之進も噂が流れていることを知ったが大入り満員になるほど、人が集まるとは思っていなかったのだ。しかし、これはおいしい状況である。

 九頭竜家の収入は物を売ることにより得ている。競りで売れた値段がそのまま生活資金になるのだ。つまり人が多いほど、購入希望者が増え値段が上がる可能性がある。


(これはチャンスだ!!)


 格之進の目が光った。そして、隣に鎮座する荷物を見る。それはまだブルーシートに包まれている巨大な魚だ。人が集まらない時でもそれなりの値段にはなるだろう。だが今回は大入り満員するほど人が集まっている。通常よりも値段が跳ね上がるだろう。


「では九頭竜さん。よろしくお願いします!!」


 近くにいた司会者が提示を求める。格之進は商品の提示をする為、巨大な魚にかかっているブルーシートを外した。

 その動作に会場の全員が注目する。格之進の提示する商品が大きい事もあってか期待も高かったのだ。しかし、現れたのはただ大きいだけの魚。会場に溜息で埋れ、しんと静まり返った。


「おい……あれってビッググローマじゃね?」


 静まり返る会場で誰かが呟いた。その声は独り言に過ぎなかったが、今の会場の雰囲気では響き渡るには十分だった。


「ビックグローマって、伝説の不死魚と言われている。幻の高級食材だよね」 

「確か捕獲ランクはSS……下手すれば一生お目にかかれない伝説の魚」

「あの小僧がやりやがったのか…………!?」


 会場に来ていた者達は徐々に気が付き始める。目の前に出されている商品こそがとんでもないものではと。

 そこから凄い勢いだった。静まり返った会場はまるでダムが決壊した轟音の如く、人の声が混沌となり交じり合う。格之進が捕まえたビックグローマは次々に値を上げ、瞬く間に九頭竜家の一ヶ月の生活資金を軽く超えるがそれでも勢いは衰えない。

 競り売りの司会者曰く、あの時は天災が起きたかと思ったそうだった。



  ■ ■ ■ ■



「いやぁ、儲かった儲かった!」


 大金を手に入れた格之進は気分はかなり良かった。

 彼の捕まえたビックグローマは通常取引価格の三分の一にも満たない五千万Z(ゼータ)で取引された。

 何故こんなに安く落札されたのか?

 理由はいたって単純で、ただ格之進がビックグローマの相場を知らなかったからである。最初の提示価格が破格の十万Zとなれば、会場にいた誰もが首を突っ込んだ。それがどんどん積み重なり、五千万Zにもなったのだから結果的には大儲けだろう

 ちなみに九頭竜家の一年間の平均収入額は五十万Zである。

 彼は大金の入ったトランクを手にスキップしながら家族へのお土産を買おうと市場を見て回っているのだが、普段このようなことは絶対にしないので何を買って帰れば喜ばれるのかよくわからない。さっきからあっちこっち右往左往、まるで迷子になった子供のようだった。


「うーん、やっぱり食い物の方がいいのか? いやでもあいつ等は食い物よりも形に残る物の方がいいかも知れんしなぁ……」


 格之進は深く考えるが、やっぱり何を買って帰ればいいのかわからない。いっその事、今日は何も買わずに家に帰って何が欲しいのか聞いて見たほうがいいかもしれない。そう考えをまとめ始めたその時だった。

 賑わいを見せていた市場を一瞬で静かにするほどの大きな揺れと轟音。その轟音は人の口を封じ、揺れは人の心の不安を煽る。冷水を頭から被った時のような静けさが市場を包むには十分だった。

 大きかった揺れはゆっくりと収まっていったが、煽られた不安は簡単に取り除けるものではない。誰もが口を閉ざした為に異様な静けさが市場の雰囲気を作る。この状況に嫌な予感を抱かせた。

 そして、その雰囲気を破る勢いで男が叫ぶ。


「皆逃げろ! 広場に魔物が出たぞ!!」


 市場にいる全員がその声を聞いた。最初は呆然としていた人々だが、あの轟音は何で起こったのか理解した。その瞬間、市場全体はパニックに陥った。命が惜しく我先にと逃げて行く者、ちょっとした事で喧嘩になっている姿もちらほら見えた。今はまだ正気を保っている者もいるが恐怖は伝染していく、パニックに陥るのも時間の問題だろう。

 そんな状況を見て、格之進は苦虫を噛み潰したように呟いた。


「くっ……とんでもない事になったな」


 魔物とは、存在する生物の進化体と言われているが実際何もわかってはいない。

 何処に現れ、何処で繁殖しているのか全く以って不明であり、対策する事は現在不可能と言われている。まさに神出鬼没、現代において恐怖の対象である。


(とにかく、この混乱に巻き込まれないよう。落ち着かなければ…………ん?)


 格之進は周りの雰囲気に巻き込まれず理性を保っていた。だからだろうか褐色の子供と厳つい男性が何か言い合っているのが目に入る。


「お嬢ちゃん、そっちは危険だ!」

「放して下さい! 広場には母さんが! 母さんが!!」


 広場に行こうとしている子供の腕をがっちりと男性が掴んでいる。男性は危険がある広場に行かせないようにと子供を説得しているようだが、子供の方が言う事を聞かないらしい。

 幸いここから広間まで距離がある、逃げ遅れる事はないだろう。

 そこで格之進は事情を聞いてからでも遅くないと判断した。


「どうしたんですか」

「ああ、お嬢ちゃんの母親は広場でバザーを開いているらしいんだが…………この騒ぎだ、もう助からんだろ」

「そんな事はない!! 母さんは…………絶対生きてる!!」


 子供は涙ぐみながら、男性を睨みつける。子供も頭ではわかっているのだろう、だが信じたくないのだ。もしかしたら助かっているかもしれない。そんな淡い希望を持って広場に行こうとする子供は、はっきり言って無謀だ。だからと言って説得しても子供は納得しない、隙を見て広場に向かうだろう。そして、仮に母親が生きていたとしよう。子供に魔物を退ける力があるとは思えない。

 ならば格之進の答えは簡単だった。


「わかった。俺が行こう、お嬢ちゃんそれでいいな?」

「なっ!? 正気か青年! もう通報をしたからすぐに警察が……」

「待ってられない。いくら魔法が万能でも転移魔法構築に最低でも5分はかかる、その間にこの子の母親が死んでいたらどうするんですか?」

「くっ…………だが生きている保証もない」

「勿論それは承知の上です。でも生きていたら絶対に助けますよ」

「…………わかった、この子の事は任せろ。ただしちゃんと生きて帰って来い」


 格之進は頷くと男性の隣にいた子供の視線に合わせる為、少しかがんでから口を開いた。


「お嬢ちゃん、君の名前は?」

「……ララム」

「これを持っててくれ。大切なものなんだ」


 そして、大金の入ったトランクを差し出す。子供は頷いて大事そうに受け取った。格之進は軽く腕を回してから広場に向かおうとした。


「お兄ちゃん……母さんを助けて」

「任せろ」


 その瞬間、格之進は人込みを避けるため屋根の上に飛び乗って移動を始めており、一目散に広場に向かっていった。


「絶対に無茶するんじゃないぞ!」


 男性は声を張り上げて広場に向かう格之進にエールを送るが、彼の行動にまだ納得は出来ていなかった。自分より若い人間が危険を冒すのだ。本来なら力づくでも止めるべきだっただろう。だが彼の目を見ていると不安なんて感じず、むしろ信じてみたくなったのだ、その覚悟を。


「おれもまだまだ甘いな…………見せてもらうぜ。お前のその覚悟を」


 男性はそんな事を呟いてから子供と一緒に避難し始めるのだった。



  ■ ■ ■ ■



 格之進は屋根の上を全力疾走しながら、魔物を発見した。


「あれは……ヘルジャッカー!? こんな場所に現れるのか」


 ヘルジャッガーとは、体長十メートルの四足歩行中型級の魔物に分けられ、蛇のような鱗で体を守り、両足にある鋭く太い爪が武器だと一般的には言われている。しかし、実際の武器は巨大とは思えない身軽さと加速力にあった。

 その情報がなかった当時は、討伐に出た魔導師百二十名が一匹のヘルジャッカー相手に壊滅した事案も存在しているほど危険な魔物である。

 格之進は冷や汗がすぅと流れる。そんな危険極まりない魔物相手が市場に現れたのだ。ただ事ではない。今はまだ動く気配を見せないが動き始めたら最後、市場は跡形もなくなくなってしまうだろう。


(転移酔いなのか? 動いた形跡が見られない)


 驚きつつも格之進は走り続けたお陰で特に障害もなく、広場に着くことが出来た。魔物の方を向くが依然動き出す気配は感じられない。どうやらあの時の轟音は魔物が転移後暴れたわけではなく、魔物が現れ地面に降り立った時の音だったようだ。

 周りを見ると瓦礫が飛び散り、地面にはあちこちにひびが入っている。だがそれだけだ。格之進は息を殺し、行動を開始した。


(油断は出来んが……この状況なら母親が生きている可能性がある。急いで探そう)


 格之進は注意深く広場を探すが、まったく人の気配は感じられない。あるのは瓦礫だけだ。もしかしたら瓦礫に挟まれて死んでいるかも知れない。そんな予感が格之進によぎる。


「……うぅ…………ん……」

「!!」


 魔物の近くから人の呻き声が聞こえた。格之進は魔物のすぐ横に駆け寄るとそこには一人の女性が瓦礫に挟まれながら倒れていた。


「大丈夫ですか!? 今助けます」

「……に、逃げなさい。私は、もう助からない」

「何弱気な事を言って…………これは!?」


 格之進は女性を助ける為、瓦礫を次々に退かしていくがある事に気付いてしまう。女性の足は魔物によって潰されているのだ。助け出すにはまず魔物を退かす必要があるが、ヘルジャッカーを目覚めさせる必要がある。しかしそんな事をすれば、下敷きにされている女性が危険にさらされる。


「どうすべきか……」


 格之進の頭の中にはいくつか案が思い浮かんでいた。

 一つ目は、警察の応援を待って現状維持に勤めること。

 二つ目は、自分が囮になり魔物を引き付けその間に遠くへ逃げてもらうこと。

 三つ目は、魔物を血祭りにすることである。

 しかし、どれも問題があった。一つ目はそれまでに魔物が動き出さない保証はないし、二つ目は上手くいかなかったら女性は魔物の胃袋の中、三つ目は言わずもがな。


(うむ、二つ目も三つ目の案も出来れば避けたいところだが……そう言えば俺の『SMⅢ』にちょうど移動魔法がインストールされてたし、それを使えば可能かもしれん)


 そう判断した格之進はとりあえず女性の上に乗っている瓦礫を退け始めた。


「!? 私の事はいいから早く逃げなさい。魔物が起きてしまいます!!」

「そう言われても俺はすべき事があるんですよ。あなたに『ララム』って名前の娘さんがいるでしょ?」

「ララムが? ララムは無事なんですか!?」

「はい、無事です。その彼女に頼まれて俺はあなたを助けに来ました。……ですけど、俺にはこの魔物を起こさずに退()ける(すべ)を持っていません。なのであなたの魔力総量が頼りになります」

「私の魔力が? でも私は『SMⅢ』を……」


 ララムの母親の返答にキレがない。どうやら『SMⅢ』を持っていないのだろう。持っているのであれば既に使用して逃げ出しているはずだ。しかし、その事については想定済みだったので格之進はポケットから『SMⅢ』を取り出してララムの母親に渡した。


「俺の『SMⅢ』を使ってください。ただ仕様は違いますが……一人逃げるだけだったら問題はないはずです」

「ちょっと……それって貴方はどうするの?」


 一人と言う言葉にララムの母親は反応した。格之進がララムの頼みで助けに来てくれたのはわかった。だが話の流れを読むと格之進が自身を助ける為に身代わりになろうとしているのではないかと感じ取ってしまったのだ。


「俺はこの魔物を引き付けます。その間にその『SMⅢ』にインストールされている移動用魔法『スカイダッシュ』を使って逃げてください」

「ま、丸腰で魔物に挑むつもりなの!? やめなさい、私の事はいいから――――」

「俺はあなたを助ける約束をしたんだ。俺は約束を破るつもりはない! ……とにかく俺の『SMⅢ』は、魔電池式音声入力タイプです。早く充電して下さい」


 格之進はララムの母親から視線を外しヘルジャッカーの方を見た。胴体が僅かに動いている事から呼吸を始めた事がわかる。動き出すのも時間の問題だろう。


(……呼吸を始めたか。警察は間に合わなかったようだ)


 しかし、格之進は警察が五分で来るとは思っていなかったので焦りはない。だが今一番心配なのはララムの母親の魔力が安全地帯まで持つかどうかだった。


(ララムの母親は運悪く足をやられている、逃げ切れるかどうか不明だ……とにかく俺はコイツのスピードをまず潰さないと――)

「ぐるるるる……」

「!!」


 ヘルジャッカーのうなり声が市場の中で木霊した。まだ体を動かしたわけではないが、もう数十秒で動き始める事は間違いない。

 格之進は少し場所を移動してからララムの母親に言う。


「今から俺はコイツを蹴飛ばすので、その瞬間『スカイダッシュ』で逃げてください」

「蹴飛ばすって……何を?」

「行きますよ……」


 格之進は右手を引いて左手を前に出し腰を落として構えた。その瞬間、ララムの母親は風が切られるような音と物凄く鈍い音が同時に聞こえる。


「ぐぎゃああああああ!!」


 空には宙に舞っているヘルジャッカー、ララムの母親の近くにいるのは左足を浮かした格之進がいた。

 そう格之進は左手を引く時の反動を利用し左回転の回し蹴りをヘルジャッカーの胴に叩き込んで蹴飛ばしたのだ。


「早く逃げろ!!」

「はっ!? す、スカイダッシュ」


 唖然としていたララムの母親は格之進の声で我に返り、急いでその場から魔法を使って風の如く逃げていく。

 格之進はそれを見送る事はせず、さらに追撃を試みた。

 魔物が着地するであろう場所に走り込みそこからもう一撃蹴りを入れようするが、魔物もただやられるだけではない。大きく体をひねり格之進の攻撃を避け、そのまま鋭い爪で格之進に突き立ててくる。


「ちっ……!?」


 格之進は避けられた蹴りを無理矢理魔物の爪に当てる事で軌道を逸らすが、それでも爪は格之進の右肩を掠めた。それだけなのにもかかわらず、右肩からは血があふれる様に流れる。

 冷や汗が背筋を流れた。

 もう少し、深く爪で抉られていたら間違いなく戦闘不能に陥っていた、いや死んでいただろう。格之進を捕らえる事のできなかったヘルジャッカーの爪は地面に深く刺さり、地面を抉っている。まともに受けたら潰れたトマトのようになってしまうだろう。


「これは……油断できんな」

(とにかく距離を取って体勢を立て直す。流石に爪が深く刺さっている間は速くは動けん)


 格之進はすぐさまヘルジャッカーとの距離を取る。本当ならこのままいきたいところだが、今回の目的はララムの母親を逃がす事である。それまでは格之進は地に伏せる事があってはならない。だがこの行動は下策であった。


「グアラァアアアア!!」

「!?」


 取ったはずの距離が一瞬で詰められる。ヘルジャッカーは地面に深く刺さった爪を力点とし、力任せに格之進に迫ってきたのだ。

 爪が地面に刺さっているなら速くは動けない。距離を取れば反応できる。そんな甘い考えがあった格之進になす(すべ)などない。ヘルジャッカーは勢いを利用して格之進にそのまま体当たりをぶちかました。


「くっ……はぁ…………」


 肺に入っていた空気は強制的に吐き出される。体当たりは胸部の骨に食い込み、ミシミシと軋む音が聞こえた。強い衝撃は全身に激痛を走らせ意識を持っていかれそうになる。

 しかし、格之進は耐えた。今ここで倒れるわけにはいかない。彼の強い精神力が意識を繋ぎ止めている。

 だが格之進には今何が起こっているのかは全く理解できていない。強い衝撃で脳を揺らされたのが原因だろうか、状況判断が全く出来ないのだ。

 視界が星が流れるように変わっている事から自身の体が回っている事はわかった。しかし、この浮遊感は何だ?

 

(まさか……宙に飛ばされた!? まずい!!)

「ギシャァァアアアアア!!」


 自分の置かれている状況がわかったと同時に空中に跳び上がったヘルジャッガーが格之進の視界に映った。雄叫びと共に振り下ろされた鋭い爪は的確に格之進を襲う。格之進は渾身の力で爪を打ち払い致命傷を避けようとするが今いるのは空中、爪を払うができても手や腕そのものは避ける事は出来ない。


「ッ!? がはっ……」


 格之進の全身に巨大なハンマーで叩かれたような強い衝撃が走る。轟音が市場を包み、地面を揺らした。そう格之進は地面に叩きつけられたのだ。その余波は砂煙を巻き上げ、徐々に視界を奪っていく。

 遅れて地面に着地したヘルジャッカーは少しの間、その砂煙を見つめていた。しかし、その瞳は勝利を確信している。必殺と言える一撃を自分のより小さな生物に与えてのだ。無事でいるはずがない。

 そして、ヘルジャッカーは勝利の雄叫びを上げた。その雄叫びは天にまで轟き市場から避難している人々の耳にまで届き恐怖を煽る。

 ヘルジャッカーはもう一度、存在を誇示するかのように雄叫びを上げようとするのだが、それはかなわなかった。


「何、勝利を確信してんだ?」


 ヘルジャッカーの目の前に突然格之進が現れ、顔面を抉るように殴り飛ばした。格之進が殴った場所は鱗が剥げ、そこから血が流れ出る。ヘルジャッカーは何が起きたのか理解できていなかった。

 倒したと思っていた相手が目の前にいる。そして、自慢の鱗は防御の意味を成さず、生身を傷つけてきた。

 今まで倒してきた生物はあの一撃を喰らえば、立ち上がってこなかったのだ。全身を纏う鱗であらゆる打撃を封じてきた。なのに今回の目の前にいる生物は必殺を受けてなお立ち上がり、肉体を抉るような打撃を与えてきた。


 ――――怖い。


「喜んでもいいぞ……俺をここまでボロボロにしたのは、あの時(・・・)以来だからな」


 ヘルジャッカーは強力な威圧感を放ち始めた相手に動揺を見せ始めた。この魔物にとって初めてだったのだろう。自分より強いと感じる生物に出会うのは、自分より小さい相手に気遅れるとは……。

 信じられない感情が心から湧き上がり、本能が警告する。


 ――――こいつと戦ったら駄目だ。


 今、狩る側と狩られる側が逆転した。ヘルジャッカーの目は怯えしかない。


「…………相手が悪かったな。お前は逃がさん」


 格之進はヘルジャッカーにゆっくりと近付く、ヘルジャッカーは震えだした身体を必死に動かそうとするが硬直して動けない。

 最早勝敗は決した。格之進はヘルジャッカーの目の前で構えを作り、ヘルジャッカーの額に拳を突き出した。

 その瞬間、ヘルジャッカーは頭部から血しぶきが舞い、大きな音を立てて地面に伏した。


 ――――零式格闘術『波紋』


 それはあらゆる生命に宿る命の力、『波導』に波を起こす事で内部を直接破壊する事が可能な脅威の技。この技の前ではあらゆる守りはないと同意義である、ヘルジャッカーの鱗は格之進にとって飾りにしか過ぎなかった。


「俺のぉ……勝ちだ!!」


 高らかに拳を突き上げ、勝利を宣言した。

 そう彼こそは現代まで残る最強と言われた格闘術の使い手。零式格闘術第二千六百四十五代目師範、九頭竜格之進である。



  ■ ■ ■ ■



「やってしまった……戦うつもりはなかったのに」


 市場を救った英雄はどんよりしていた。そもそも零式格闘術とは、とある理由で出来る限り表に出してはいけないものだった。故に三つ目の案は避けたかったのだがやってしまってからではもう遅い。


「まぁ……死人が出なかったんだし、いいかぁ」


 格之進は結果が良ければ全て良しと思ったのか気持ちを切り替え、近くで横たわっているヘルジャッカーの死骸を見る。その周りには遅れて駆けつけた警察が現場検証をしており、さらにその周りには野次馬が集まっていた。


(しかし、あれ調べて何かわかるんか?)

「あっ、あの……」

「ん? 何かよう……ララムじゃないか」


 聞き覚えのある声が後ろからしたので格之進は振り返る。そこには混乱時であったララムがトランクを大事そうに持って立っていた。


「こ、これと『SMⅢ』を返しに来た」

「おお! ありがとう、返しに来てくれたのか」


 格之進は嬉しそうにトランクと『SMⅢ』を受け取った。彼女が『SMⅢ』を持っているということは母親は無事逃げる事ができたのだろう。本来の目的は完遂できていたようだ。格之進はさらに満足そうな顔をした。


「ありがとう、母さん助けてくれて……そうだ、何かお礼をさせて」

「いいよ、俺は約束を守っただけだ。お礼なんて不要だ」

「でも、何かお礼がしたい……」

「その気持ちだけでも十分だ。早く母親のところに戻ってやんな、きっと心配している」

「うん」


 ララムは少し落ち込んだ雰囲気を漂わせながら背を向けた。格之進はそれを見送るように眺めてようとした時、ララムが振り返って格之進に叫んだ。 


「お礼に大きくなったらお嫁さんになってあげる!!」


 ララムは顔を真っ赤にして母親の元に駆けて行った。格之進は頭をかきながら苦笑し、その姿を見送るのであった。


「さてと、食材とお土産買って家に帰るか」


 ララムの姿が見えなくなったので格之進も歩み始めた。夕飯は何にしようかなぁと考えながら……。


 次回、『二千六百四十四代目師範現る』

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