『ボルトでも食ってろ』と氷点下50度のタワマン地下に監禁された底辺作業員3人のリアル・大寒波サバイバル~最上階の上級国民が飢えと凍死で崩壊する中、俺たちは地下農園と発酵熱でぬくぬく生き延びる~
パニック〔SF〕三冠達成『リアル・ゾンビサバイバル(N8187MW)』に続く、リアル・サバイバルシリーズの新作短編(1話完結)です!
今回の舞台は、わずか47分で『氷点下50度』の氷塊に閉ざされた52階建ての超高級タワーマンション。
「最上階50階のガラス張りペントハウス」と「地下4階のボイラー室」、電力を失った極寒の世界で生き残るのはどちらなのか?
スキルも魔法もない現実の物理法則、熱力学、そして人間の執念と開拓の物語を最後までお楽しみください!
【1日目・ゼロアワー】
四十七分。
それが、スマートフォンに最初の緊急警報が鳴り響いてから、外の世界が完全に死に絶えるまでにかかった時間だった。
十一月のその火曜日、午後四時五分。
俺――二十七歳の設備保守員・シンは、都心の一等地にそびえ立つ地上五十二階建ての超高級タワーマンション『エテルナ・タワー』の地下四階機械室にいた。一番狭い部屋でも俺のような労働者の生涯賃金の三倍はする、ガラスと鋼鉄のバベルの塔だ。
青い作業着を着た俺が補助消火ポンプの錆びたパッキンを交換していたまさにその時、地下空間にいた全員のスマートフォンが、鼓膜を突き刺すような政府の特別警報音を同時に鳴らし始めた。
俺の隣で、五十四歳になるゴロウさんが、ひび割れたスマホの画面を覗き込んだ。
ゴロウさんはかつて地方で農業を営んでいたが、借金で土地を失い、今ではこのタワマンで富裕層の盆栽の手入れと、地下のゴミ集積所の生ゴミ処理をして日銭を稼いでいる、節くれだった分厚い手をした寡黙な男だ。
その数秒後、地下三階の駐車場スロープから、地響きのような足音を立てて二十九歳のリクが駆け下りてきた。
身長百九十二センチ、体重百十キロの鋼の肉体を持つ大男だ。八百長試合を拒否して総合格闘技とグレコローマン・レスリングの連盟から永久追放される前、リクは国内最強と恐れられた重戦車だった。だが今の彼は、時給千円で地下駐車場の夜間警備をする「図体のデカい番犬」として、マンションの住人たちから挨拶すらされない底辺の暮らしを送っていた。
「シン、ゴロウさん、管理室のテレビを見てくれ! ヤバいことになってる!」
俺たちは管理室の小さなテレビの前に駆け寄った。
画面の中で、国営放送のアナウンサーが真っ青な顔で原稿を握りしめ、その背後の気象マップが黒に近い不気味な紫色へと染まり上がっていた。
『――防衛省および気象庁からの特別緊急警報を繰り返します! 北極成層圏渦の突発的崩壊と原因不明の大気異常により、現在、氷点下五十度を超える極低温気団が時速百二十キロの暴風を伴って首都圏へ突入しています! 絶対に屋外へ出ないでください! また厚生労働省より、重度の低体温症に陥った被災者の間で、突発的に体温が四十三度以上に暴走し凶暴化する『急性白熱暴走症候群』の集団発生が報告されており――』
そこでテレビの映像が激しいノイズとともに途絶えた。
管理室の壁にある外気温センサーのデジタル表示を見た俺は、自分の目を疑った。
+7℃だった数字が、気象学の常識を嘲笑うかのような速度で滑り落ちていく。-5℃……-18℃……-32℃……そして『-46℃』に達した。
「業務用エレベーターで今すぐ一階へ上がるぞ!」
俺は大型のパイプレンチと主バルブのマスターキーが入った工具袋を引っ掴んで叫んだ。「外気導入ダンパーを閉鎖して、高層階の水道管の水抜き(ドレン)を今すぐやらないと、マンション中の配管が凍結膨張して破裂する!」
午後四時五十二分。
俺たち三人が一階の豪華な大理石ロビーに飛び出した時、すでに「外の世界」は消滅していた。
高さ十メートルの巨大な強化ガラス壁の向こう側には、もはや東京の街並みは見えなかった。液体窒素をぶちまけたような猛烈な吹雪がガラスを叩きつけている。
十分前に回転ドアを押して外の通りへ逃げ出そうとしたらしい二人の宅配便の配達員が、半分開いたドアの隙間に挟まれたまま動かなかった。吹き込んだ雪と湿気が一瞬で厚さ五十センチの青い氷塊となって扉を溶接し、二人の男は立ったまま灰色の彫像のように凍りつき、見開かれた眼球まで白く結晶化していたのだ。
そしてロビーの内側では、人間の醜いパニックが爆発していた。
高層階に住む億万長者や政治家たちが、スタンガンを持った私設警備員たちを従え、一階東ウイングにある居住者専用の高級スーパーマーケット『グルメ・マルシェ』を襲撃していたのだ。
わずか三十分足らずの間に、彼らは缶詰、パスタ、ミネラルウォーターの箱、高級和牛のパック、チーズ、ワインに至るまで、棚の上の「すぐに食べられる商品」をイナゴの群れのように根こそぎ略奪し、四基ある居住者用エレベーターに満載して自分たちの高層フロアへと運び上げていた。
「待ってください!」
俺は最後の金色のエレベーターが閉まる直前に駆け寄ったが、黒スーツの警備員に特殊警棒の柄で胸を強く突き飛ばされた。
「近寄るな、青作業着が! これより五十階のスカイラウンジで、黒澤会長による緊急対策委員会が開かれる!」
俺は床下で不気味に振動し始めている暖房配管の音を聞き、ゴロウさんとリクの顔を見た。
「裏の荷物用リフトで五十階へ上がって、黒澤会長を説得するぞ」
俺は奥歯を噛み締めて言った。「あの金持ち連中は、建物の熱力学を何も分かっていない。数時間以内に都市の発電所が止まり、屋上の非常用ディーゼル発電機も軽油のパラフィンが凍結して停止する! そうなれば、上空二百メートルの暴風に晒された『四面ガラス張り』の五十階ペントハウスなんか、十二時間で氷点下三十度の冷凍庫に変わるぞ! 全員が生き残る唯一の方法は、今すぐ上層の水道を止めて、全住民と食料を岩盤に守られた『地下二階から地下四階』へ移し、ボイラー室の燃料を計画的に使うことだ!」
「ああ、その通りだ」と元農家のゴロウさんが険しい顔で頷いた。「地下十五メートルの地中は、外が氷点下五十度だろうが一年中プラス十度以上を保つ。あの上に閉じこもっていたら、連中は一ヶ月も経たずに全員凍死するぞ」
俺たち三人は荷物用リフトで五十階へと上がり、赤い絨毯が敷き詰められた廊下を走って、スカイラウンジの重厚なマホガニー材の扉を押し開けた。
シャンデリアが輝く展望ラウンジには、シルクのガウンやカシミヤのコートを羽織った約六十人の上級国民――大銀行の頭取、与党の政治家、大病院の経営者、投資家たち――が集まり、略奪したばかりのスーパーの段ボール箱の山に囲まれながら、グラスで高級ブランデーを傾けていた。
その中央に座っていたのが、投資銀行グループのトップであり、このマンションの管理組合会長を務める六十代の男・黒澤だった。
「誰の許可を得て、油まみれの汚い安全靴で最上階へ上がってきた!?」
黒澤が不快そうに眉をひそめて怒鳴った。
「黒澤会長、聞いてください! 全員の命に関わる問題です!」
俺は氷点下四十六度の暴風を受けてミシミシと不気味な音を立てている展望ガラスを指差して叫んだ。
「俺は地下の設備保守員です! まもなく都市の送電網が落ちて完全に停電します! 電気が止まれば、ガラス張りのこの高層階は熱がすべて逃げてマイナス三十度になり、水道管もすべて破裂してトイレすら使えなくなります! ですが、岩盤に囲まれた地下二階から地下四階なら外気の影響を受けません! 今すぐ食料を地下へ下ろし、全員で地下フロアへ避難してください! 俺とゴロウさんで、地下の廃材を使った暖房設備を作れます!」
一秒の沈黙のあと、黒澤は腹を抱えて嘲笑った。
周りの富裕層たちからも、クスクスと馬鹿にしたような笑い声が上がった。
「薄汚い地下駐車場に降りて、生ゴミの臭いを嗅ぎながらお前たち底辺労働者と雑魚寝しろと?」
黒澤は、排水溝から這い出てきたゴキブリでも見るような冷酷な目で俺たち三人を見下ろした。
「しかも……我々が金を出して買い占めたこの高級食料を、ボイラー係と、ゴミ拾いの爺と、駐車場の脳筋ゴリラに『平等に分け与えろ』と言うのか? 頭が湧いているのか貴様ら! このペントハウスは欧州製の三重ガラスだぞ! 我々は雲の上で暮らすために何億円も払った選ばれた人間だ。どうせ五日もすれば、政府の自衛隊が砕氷車とヘリコプターで我々『優先市民』を救出に来る!」
「マイナス四十六度の嵐の中でヘリなんか飛べるわけねぇだろ、目を覚ませ!」
リクが一歩踏み出して太い拳を握りしめると、黒澤の背後にいた四人の私設警備員が一斉に拳銃とスタンガンを抜いて銃口を向けた。
黒澤の顔から笑みが消え、冷たい嫌悪の色が浮かんだ。
「警備員、この寄生虫どもを地下へ追い出せ」
黒澤は手でハエを払うような仕草をした。「それと、下層のネズミどもが二度と我々の食料を盗みに上がってこられないよう、地下一階へ降りる階段の防火扉をすべて外側からガスバーナーで溶接して封鎖しろ。荷物用リフトのブレーキもロックして止めろ!」
「ま、待ってください! せめて食料を少しだけ分けてください、地下のボイラー室には食べ物が何もないんです!」とゴロウさんが叫んだが、警備員たちは銃口で俺たちの背中を乱暴に突いて廊下へと押し出した。
最後に扉が閉まる直前、黒澤はブランデーグラスを片手に敷居の前に立ち、俺の目を見て吐き捨てるように言った。
「腹が減ったら、ボイラー室の鉄のボルトでもしゃぶっていろ、ゴミどもが」
――バァァァァンッ!!
分厚いマホガニーの扉が、俺たちの鼻先一センチのところで乱暴に叩き閉められた。
その十分後、銃を突きつけられて地下一階のスロープへと追い落とされた俺たちの背後で、鋼鉄製の防火扉が閉まる重い金属音が響き、続いて外側から扉の隙間を溶かし固めるアセチレンバーナーの青い火花と、焦げた鉄の匂いが漂ってきた。
俺たち三人は、ビスケット一枚すら持たないまま、氷の塔の地下深くへと生き埋めにされたのだ。
【2日目〜4日目】
俺の予言は、わずか十二時間後に現実となった。
二日目の午前五時、首都圏の送電網が氷雪の重みと需要過多で完全にブラックアウトした。それと同時に、屋上の非常用ディーゼル発電機も燃料配管の凍結によって唸り声を上げて停止し、タワーマンションは完全な沈黙と暗闇に包まれた。
だが俺は、パニックには陥らなかった。
前日の夜、階段を溶接されて閉じ込められた直後、俺は地下四階のポンプ室へ走り、ある「絶対的な処置」を済ませていたからだ。
「シン、これを見ろ。上の金持ち連中、今頃トイレの水すら出なくて大騒ぎしてるぞ」
ヘッドライトの明かりの中で、俺が直径三十センチの巨大な赤い『主送水ゲートバルブ』を大型パイプレンチで完全に閉め切り、鎖と南京錠でロックしたのを見て、リクがニヤリと笑った。
高層マンションの住人たちは、蛇口をひねれば魔法のように水が出ると思っている。
だが現実の建築工学では、水道局の圧力だけで地上二百メートルの五十階まで水を押し上げることはできない。すべての水はまず、建物の最深部――俺たちがいる『地下四階』に設置された二つの巨大なステンレス製タンク『主受水槽』に貯められ、そこから電動ポンプで屋上の高置水槽へと汲み上げられる仕組みになっているのだ。
俺が昨日、上層階への逆流防止弁と主バルブを閉鎖したことで、岩盤の熱に守られて凍結しない地下四階のタンクの中には、『十万リットルの清潔な飲料水』が一滴も減ることなく、俺たち三人だけのものとして完全に封印されていた。
「水は無限にある。だが問題は『カロリー』と『上の階の化け物』だな」
俺が呟いたその時、ゴロウさんが地下三階の奥にある分厚い断熱扉を指差した。
「シン、リク。こっちへ来い。俺が毎日掃除していた場所だ」
ゴロウさんがマスターキーで開けたのは、マンションの二階に入っていたミシュラン三つ星フレンチレストラン『ル・シエル』の専用低温生ゴミ保管庫だった。
停電したとはいえ、天然の冷蔵庫となっているその部屋のステンレス容器の蓋を開けた瞬間、俺とリクは息を呑んだ。
そこには、昨日嵐が来る直前のランチ営業終わりに、フランス人シェフたちが「金持ちの皿に出すには形が悪いゴミ」として惜しげもなく捨てた食材の山が、凍りかけの状態で眠っていたのだ。
最高級A5ランク黒毛和牛の巨大な大腿骨と背骨が二十キロ以上。トリュフソースを作るために削ぎ落とされた分厚い牛脂と筋肉の塊。丸鶏のガラが十五羽分、真鯛のアラ、24ヶ月熟成コンテチーズやパルミジャーノの硬い皮、そして大量のニンジンの皮、セロリの葉、玉ねぎの根元!
「金持ちにとっては生ゴミだが、俺たちにとっては命の塊だ」
ゴロウさんは作業室から溶接用のプロパンガスボンベと寸胴鍋を持ち出すと、牛の骨をハンマーで叩き割り、牛脂と鶏ガラと野菜の皮を水と一緒に強火で六時間煮込んだ。
出来上がったのは、黄金色の脂とコラーゲンと骨髄がトロトロに溶け出した、一杯で三千五百キロカロリーを超える『極濃・骨髄ボーンブロス(骨のスープ)』だった!
俺たち三人は、端肉とチーズの皮が溶けたその熱々の骨髄スープをむさぼるように飲み干し、血管の隅々まで熱いエネルギーが満ち溢れるのを感じた。
そして四日目の朝、俺たちは「もう一つの現実」と直面した。
一階のスーパーマーケットへ通じるルートがないか確認するため、俺たちが地下三階から地下一階の搬入駐車場へと続くスロープを慎重に上がった時のことだった。
氷点下十五度まで冷え込んだ地下一階の暗闇の中で、それは起きた。
初日に高層階へ逃げ遅れ、暖房のない地下一階の詰所に取り残されていた六人の警備員と清掃員たちが、極度の低体温症の果てに『急性白熱暴走症候群(熱病)』を発症していたのだ。
俺たちのヘッドライトが照らし出した光景は、地獄そのものだった。
氷点下の駐車場の中で、上半身裸になった男たちが四つん這いでうろついていた。異常発熱によって体温が『四十四度』を超えた彼らの皮膚は茹で上がったエビのように真っ赤に腫れ上がり、黒く浮き出た血管がドクドクと脈打ち、全身の毛穴から『白い湯気』がもうもうと立ち昇っていた!
脳が熱で煮えくり返って理性を失ったその『白熱感染者』たちは、凍結死を免れるために本能だけで「温かい生きた人間の血と肉」を求め、すでに仲間の死体の腹を引き裂いて熱い内臓をむさぼり食っていたのだ。
『グァァァァァァッ!!』
ライトの光に気づいた一体の白熱感染者――初日に俺を警棒で突き飛ばした巨漢の警備員――が、口から沸騰したよだれと白い湯気を噴き出しながら、人間離れした爆発的な脚力で俺たちに向かって跳躍してきた!
「二人とも下がれッ!!」
リクが地響きのような咆哮を上げて前に出た。
銃などない。だが、狭いコンクリートの通路において、十分なカロリーを摂取した百十キロの元・全日本グレコローマン王者は、どんな銃器よりも頼りになる装甲車だった。
リクは両腕と首に溶接用の分厚い牛革エプロンと塩ビ管のプロテクターをガムテープで巻きつけ、左手には配電盤の分厚い鋼鉄の扉を改造した『鉄の盾』を構え、右手には長さ七十センチ・重さ五キロの鍛造鋼製『大型パイプレンチ』を逆手に握りしめていた。
湯気を噴き出す四十四度の感染者が飛びかかってきた瞬間、リクは一歩も引かず、強靭な下半身のバネで真正面から『鋼鉄の盾』をぶちかました!
――ドガァァァァンッ!!
凄まじい衝突音とともに感染者がコンクリートの柱に叩きつけられ、肋骨が折れる音が響く。
感染者が狂ったように爪を立てて噛みつこうとした瞬間、リクはレスリングの組手で奴の右腕を脇の下に巻き込んで関節を極め、腰の回転を使って頭からアスファルトの床へと豪快に投げ落とした!
そのまま胸の上に膝を落として完全にマウントを取ると、五キロの鋼鉄製パイプレンチを振り上げ、湯気を上げる感染者のこめかみへ正確無比に振り下ろした。
ゴシャッ! ゴシャッ!
二撃で頭蓋骨が陥没し、熱い血が冷たい床の上で白い湯気を立てて広がった。
だが、奥の暗闇からさらに五体の白熱感染者が湯気を噴き上げながら突進してくるのを見て、俺たちは即座に地下三階の分厚い防水鉄扉の内側へと撤退し、ハンドルを回してロックした。
【5日目〜10日目・基礎下の掘削と農園の種】
「骨のスープのおかげであと十日は戦えるが、いずれ底をつく」
五日目の夜、地下四階の作業テーブルの上にマンションの構造設計図を広げた俺に、ゴロウさんが言った。
「シン、一階の高級スーパー『グルメ・マルシェ』のバックヤード(裏倉庫)の真下には何がある?」
「金持ち連中が初日にスーパーの棚を全部空にしたのを忘れたのか、ゴロウさん?」と俺が聞くと、元農家の老人は歴戦の目を細めて首を振った。
「金持ちってのはな、シン、封を開けてそのまま食える綺麗な食べ物しか見ちゃいないんだよ。連中はキャビアや牛肉や缶詰は奪い合うが、バックヤードの奥に積んである『泥つきの25キロ袋のジャガイモ』や『乾燥大豆の麻袋』、それに園芸コーナーの『野菜の種』や『培養土』には見向きもしない。あいつらにとってはただの泥の塊だからな」
俺は設計図の断面図を指でなぞり、息を呑んだ。
「……あるぞ! 地下三階の雨水排水管の点検用盲腸トンネルが、スーパーのバックヤードの真下まで伸びてる! そこから先は建物の基礎の固い粘土層が四メートル、その上にバックヤードの床のコンクリートスラブが十五センチだ! 地下一階の化け物どもの下を通って、下から直接スーパーの倉庫の床をぶち抜けるぞ!」
「四メートルの土と、十五センチのコンクリートか」
リクが骨髄スープを飲み干して立ち上がり、八キロの大型ツルハシと大ハンマーを肩に担いだ。「案内しろ、シン。俺の筋肉が腐らないうちに掘り抜いてやる」
そこからの五日間は、文字通り血と泥の死闘だった。
毎朝、高カロリーの骨髄スープを腹に流し込み、俺たち三人は幅一メートルの狭い点検トンネルの最奥へと這って入った。
リクがツルハシとタガネでコンクリートの隔壁を砕き、その奥に現れた氷のように冷たく硬い黒粘土の層を、三人で二十分交代のローテーションを組んで掘り進んだ。酸素が薄く、自分の吐いた息と汗で視界が曇る中、爪が剥がれて指先が血まみれになっても、俺たちはシャベルとバールを動かし続けた。
土砂が崩落しないよう、ゴロウさんの指示で地下倉庫の木製パレットと単管パイプを組んで完璧な支保工(つっかえ棒)を作りながら、一日八十センチずつ前へと進んだ。
そして九日目の夜、ついに俺たちの血まみれの拳が、頭上のスーパーマーケット倉庫のコンクリート床の裏側に到達した。
上の階にいるかもしれない感染者に音を聞かれないよう、タガネの頭にボロ布を何重にも巻きつけ、手動のハンドドリルとハンマーで十四時間かけて八十センチ四方の溝を彫り抜いた。
十日目の夜明け。
リクが屈強な両肩をコンクリートの塊の下に当て、レスラーの脚力で一気に上へと押し上げた。
ズズズ……と鈍い音を立ててコンクリートの床が持ち上がり、俺たちはマイナス二十度に凍りついた一階スーパーのバックヤードへと這い上がった。
ゴロウさんの読みは、百パーセント当たっていた。
売り場の棚は空っぽだったが、真っ暗なバックヤードの奥と園芸コーナーには、上級国民たちが「汚い」「料理の仕方が分からない」と放置していった『本物の命の宝の山』が手つかずで残されていたのだ!
すでに強い芽を出し始めている泥つきの『男爵イモと高カロリーのサツマイモ』の三十キロ麻袋が六袋(百八十キロ!)。
『タマネギとニンニク』のネットが五袋。密閉ペール缶に入った『乾燥大豆、小豆、レンズ豆、玄米』が百キロ。
さらに園芸コーナーには、二十日で収穫できる『二十日大根、寒締めホウレンソウ、小松菜、ニンジン、インゲン』の種袋が何百パックも並び、黒土と有機肥料の袋が五十袋、業務用フライヤーのための『一斗缶のサラダ油』が八缶、そして『天然の粗塩』が六十キロ!
俺たちは歓声を押し殺し、三時間かけてそのすべての麻袋と資材を掘ったトンネルから地下四階へと運び下ろし、最後にコンクリートの蓋を戻して下から鉄板と速乾セメントで完全に封印した。
【11日目〜15日目・最初の戦争:エレベーターの罠と血のメッセージ】
俺たちが地下で大量のジャガイモと種を確保した直後、五十階のペントハウスでは最初のパニックが起きていた。
水道が止まり、シャンパンやワインばかり飲んで喉が渇ききった黒澤たちが、自分たちの部屋の蛇口から水が一滴も出ない理由にようやく気づいたのだ。
十二日目の夕方、地下四階の壁にある非常用内線電話のベルがけたたましく鳴り響いた。
俺が受話器を取ると、黒澤のヒステリックな怒鳴り声が飛び出してきた。
『おい、ボイラー係のシン! 生きているんだろう!? なぜ受水槽の水が上へ上がってこない! 今すぐ地下の手動ポンプを回して五十階へ水を送れ! これは命令だぞ!』
「命令?」
俺は冷たく笑い返した。「ここはあんたが溶接して捨てたゴミ箱だぞ、黒澤会長。水が欲しけりゃ取引だ。荷物用リフトのロックを解除して、そっちが略奪した缶詰と米を五十キロ分、地下三階まで下ろせ。食料を受け取ったら、その重さと同じだけの水を上へポンプで送ってやる」
電話の向こうで、黒澤が忌々しげに舌打ちするのが聞こえた。
『……いいだろう、下ろしてやる。十分後に地下三階のリフトの扉を開けて受け取れ!』
電話が切れた。
俺たちは地下三階の荷物用リフトの前に向かったが、俺はリクとゴロウさんを手で制した。
「待て。あの黒澤が、素直に俺たちに食料をよこすと思うか? 扉の正面には立つな。左右のコンクリートの壁の陰に隠れて、俺がロープで外から扉を引く」
ガチャン、と重い音を立てて、上から荷物用リフトのカゴが地下三階に到着した。
俺たちが防毒マスクとゴーグルを着け、五メートル離れた柱の陰からフック付きのロープを引いてリフトの鉄扉を横にスライドさせた、その瞬間だった。
『『『グギャアアアアアアアッ!!!』』』
リフトの中から飛び出してきたのは、食料ではなかった。
そこには、高層階で発生して拘束された『六体の白熱感染者(四十四度の発熱狂暴化人間)』が、富裕層たちが排泄した汚物の袋と一緒にすし詰めにされて押し込まれていたのだ!
黒澤の奴は、食料を一粒も渡さずに俺たち三人を感染者に食い殺させ、その後でゆっくり地下の水を奪いに来るつもりだったのだ!
「やっぱりな、クソ金持ちめ! ゴロウさん、油を撒け! リク、やれッ!!」
俺たちは最初からこの裏切りを予測して、リフトの前の床に廃油を撒き、鉄パイプのバリケードで幅八十センチの「キルゾーン(処刑通路)」を作っていた!
一斉に飛び出してきた六体の白熱感染者が、廃油に足を取られてツルッと派手に転倒する。
その隙を、俺たち三人は一秒たりとも逃さなかった。
俺とゴロウさんがバリケードの隙間から、先端にサバイバルナイフを溶接した二メートルの鋼鉄の槍を突き出し、転倒した二体の感染者の眼窩と喉笛を正確に貫いて床に縫い止める!
そして残りの四体が立ち上がろうとしたところへ、横から突進したリクが五キロの大型パイプレンチをフルスイングし、すれ違いざまに二体の膝蓋骨(ひざの皿)を粉々に砕いて行動不能にすると、最後の二体の首根っこを両腕で同時に掴み上げ、怪力でコンクリートの角へと頭蓋骨を叩きつけて粉砕した!
わずか四十秒で、六体の感染者はすべて湯気を上げるただの死体へと変わった。
俺たちは無傷のまま、頭が潰れた六体の死体と汚物の袋をすべて荷物用リフトの中へと放り戻した。
そして俺は、感染者の赤い血を使ってリフトの壁に大きくこう書き殴った。
『ごちそうさま。だが俺たちは今、極上のスープとジャガイモで腹いっぱいだ。水は一滴もやらねぇから、お前らはそのションベンでも沸かして飲んでろ』
俺たちはリフトの上昇ボタンを押して五十階へと送り返し、カゴが上へ上がった瞬間に、地下側のワイヤー滑車に鋼鉄のくさびを打ち込んでリフトを永久にロックした。
数分後、五十階でリフトを開けた黒澤たちの凄まじい悲鳴がシャフト越しに響き渡り、俺たち三人は顔を見合わせて腹の底から笑い飛ばした。
【16日目〜30日目・地下の太陽と緑の要塞】
上の階の連中と完全に縁を切った俺たちは、地上十八メートル下の『地下四階』を、氷河期でも永久に自給自足できる不落の要塞へと改造し始めた。
まず解決したのは『熱』の問題だ。
いくら地下の岩盤がプラス十度を保つとはいえ、そのままでは肌寒いし料理もできない。かといって、密閉された地下室で普通に薪を燃やせば、一酸化炭素中毒で全員あの世行きだ。
だが、俺はこのマンションの配管図をすべて頭に入れている設備屋だ。
俺は二百リットルの鋼鉄製ドラム缶二つと鋳鉄の排気管を溶接し、煙を二次燃焼させて熱効率を極限まで高める『ロケットストーブ兼・廃油ボイラー』を組み上げた。そしてその排気煙突を、駐車場の『独立強制排気ダクト』へと直結し、煙が一ミリも室内に漏れることなくビルの風下側へ排出されるようにした。
燃料は無限にあった。地下倉庫にあった三百枚の樫の木の荷役パレット、何トンもの段ボール、そして地下二階の駐車場に放置されていた高級外車四十台のエンジンオイルと、スーパーから運んだサラダ油だ。
だが、火すら使わずに俺たちの居住区を常夏に変えた本当の主役は、元農家であるゴロウさんの『微生物の知恵』だった。
「シン、リク。農家が真冬にどうやって苗床を温めるか知ってるか? 『菌の発酵熱』を使うんだよ」
ゴロウさんは、庭園の剪定枝のチップ、細かく裁断した段ボール二トン、カフェの廃棄コーヒーかす、レストランの有機残渣、そしてスーパーから運んだ腐葉土を混ぜ合わせ、ボイラー室の隅に高さ二メートル・幅四メートルの巨大な『堆肥の山』を築き上げた。
そこに受水槽の水を適度にかけ、俺が空調設備から取り外した長さ八十メートルの『柔らかい銅管』をその山の中へとぐるぐると螺旋状に埋め込んだ。
五日後、奇跡が起きた。
山の中で好気性微生物が爆発的に増殖して有機物を分解し始め、コンポストの中心温度がなんと『プラス六十四度』まで自然に上昇したのだ!
その六十四度の山の中を通る銅管に水を循環させ、俺たちの寝室のラジエーターへと繋いだ結果、燃料を1グラムも燃やすことなく、二十四時間ずっと『室温二十三度』と『五十度のお湯』が無限に手に入るバイオ床暖房システムが完成したのだ!
そして二つ目の奇跡が、『地下四階の太陽と畑』だった。
俺は地下駐車場の高級車から取り外した6個のオルタネーター(発電機)と20個の大型バッテリーを並列に繋ぎ、住民用ジムから運んできた2台のエアロバイクのペダルにベルトで連結した。俺とリクとゴロウさんが毎日交代で一時間ずつペダルを漕ぐだけで、マンションの非常灯や廊下から外してきた『40本の高輝度白色・赤色LED照明パネル』を一日中煌々と照らす電力が生まれたのだ。
ゴロウさんは、パレットの木材で作った巨大なプランターを何十個も並べ、完熟した温かい堆肥と黒土を満たして、地下四階に三百平方メートルの『段々畑』を作り上げた。
芽を出した男爵イモとサツマイモを植え、わずか二十日で収穫できるラディッシュ(二十日大根)、ホウレンソウ、小松菜、ニンニク、タマネギの種を蒔く。
さらに光すら必要ない温かいコンポストの横では、大豆と緑豆を水に浸して暗い箱の中で育てる『極太モヤシの工場』を作った! 大豆モヤシは水だけで五日間で十倍の重さに育ち、生野菜がない冬場に命を守る「ビタミンCと植物性タンパク質」を無限に供給してくれる。さらに丸太とコーヒーかすの袋には、シイタケとヒラタケの菌を植え付けた。
三十日目の夜。
外の世界がマイナス五十度の死の吹雪に閉ざされる中、俺たち三人は室温二十三度の暖かい地下四階で、半袖シャツ姿でテーブルを囲んでいた。
ロケットストーブの上の鉄鍋では、採れたての新鮮な二十日大根の葉、太くてシャキシャキの大豆モヤシ、肉厚のシイタケ、そしてホクホクに煮えた男爵イモとニンニクが、最後の牛脂と粗塩のスープの中でグツグツと音を立てている。
「うめぇ……! 自分で掘ったトンネルと、自分で育てたイモとモヤシがこんなに美味いなんてな!」
リクが山盛りの芋とスープを頬張って豪快に笑い、ゴロウさんが目を細めて頷いた。俺たちの肌は血色が良く、毎日ペダルを漕ぎ、土を耕すことで、三人の肉体はかつてないほど強靭に引き締まっていた。
【35日目・第2の戦争:蒸気と銃声】
だが、地下が楽園になる一方で、地上二百メートルの五十階ペントハウスは、文字通りの『氷と狂気の地獄』へと堕ちていた。
三十五日目には、彼らが初日に奪ったスーパーの調理済み食品はすべて尽き果て、最後の一滴のワインも飲み干されていた。
そして何より恐ろしいのは、熱力学の報いだった。
暖房を失った四面ガラス張りの最上階は、外気のマイナス五十度の暴風に熱を奪われ続け、室内の温度が『マイナス二十五度』まで低下していたのだ。
寒さに耐えかねた億万長者たちは、換気設備もない密閉されたリビングの真ん中で、イタリア製の高級革張りソファやブランド服、さらには壁の油絵に火をつけて暖を取ろうとした。その結果、最初の三週間で住民の半数以上が『一酸化炭素中毒』で眠ったまま死亡し、生き残った者たちも重度の低体温症から次々と四十四度の『白熱感染者』へと変貌して、暗い高層フロアで殺し合いを始めていた。
そんな三十五日目の深夜だった。
黒澤会長は、生き残っていた四人の元傭兵の私設警備員たちに「地下の作業員どもを皆殺しにして、奴らの水と暖房と食料を奪い取れば、私のスイートルームの金塊を半分やる」と命じたのだ。
午前二時。
地下一階の溶接された防火扉ではなく、俺たちが普段使わない「エレベーターシャフト脇の垂直メンテナンス梯子」の鉄扉が、ガス切断機で焼き切られる微かな匂いに俺は気づいた。
「起きろ、ゴロウさん、リク! 上から武装した人間が降りてきたぞ!」
俺が監視用の小さなファイバースコープで地下三階の配管廊下を覗くと、防寒着を着込み、なんと『ポンプアクション式のショットガン(散弾銃)』と『9ミリ自動拳銃』を構えた四人の私設警備員が、足音を忍ばせて俺たちの居住区の扉へと近づいてくるところだった。
「銃を持ってやがる……!」
ゴロウさんが息を呑んだ。「あの狭い直線廊下でショットガンを撃たれたら、リクの鋼鉄の盾でも防ぎきれんぞ!」
「銃っていうのはな、ゴロウさん、『相手が見えて、引き金を引ける指がある時』にしか役に立たねぇんだよ」
俺は冷酷に目を細め、ボイラーから廊下の天井へと伸びている赤い『高圧蒸気パージ配管』のレバーに手をかけた。
「ここはあいつらのペントハウスじゃねぇ。俺のボイラー室だ。――リク、耳栓と防熱革手袋を着けろ。俺が合図したら三秒後に突っ込め!」
廊下の向こうで、先頭の傭兵が俺たちの扉のロックにショットガンの銃口を向け、「よし、突入して全員頭を撃ち抜け」と囁いた、まさにその瞬間。
「――今だ、地獄のサウナを味わえ!!」
俺は全体重をかけて高圧蒸気バルブのレバーを全開に引き下ろした!
――プシュゴォォォォォォォォォッ!!!
地下三階の狭い配管廊下の天井に開いた四つのノズルから、ロケットストーブで極限まで熱せられた『摂氏九十八度の超高圧水蒸気』が、ジェットエンジンのような轟音とともに通路全体へ噴き出した!
「ぎゃあああああああっ!! め、目がァァッ!! 熱い、皮膚が溶けるぅぅっ!!」
一瞬にして廊下は一寸先も見えない真っ白な灼熱の濃霧に包まれ、四人の傭兵たちは顔面と銃を握る手に重度の火傷を負って絶叫した。パニックになって闇雲にショットガンを二発発砲したが、散弾は天井のコンクリートを削っただけだった。
俺が蒸気バルブを閉めたコンマ一秒後。
白い湯気のカーテンを切り裂いて、全身を分厚い耐熱レザーで固めた身長百九十二センチの怪物――リクが、無音のまま突進した!
銃が役に立たないゼロ距離の白兵戦において、視界を奪われた傭兵たちは赤子も同然だった。
リクはまず先頭のショットガン持ちの男のみぞおちに鋼鉄の盾の角を叩き込んで呼吸を止め、銃を奪い取ると同時に五キロのパイプレンチで鎖骨をへし折った!
二人目の男が涙目で拳銃を向けた瞬間、リクはその手首を掴んで雑巾のように捻り上げて骨を砕き、背後から抱え込んでグレコローマン・レスリングの必殺技『ジャーマン・スープレックス(後方反り投げ)』でコンクリートの床へ頭から垂直に突き刺した!
残りの二人も、後ろから駆けつけた俺とゴロウさんの槍で脚を払われ、リクの鉄槌によって十秒も経たずに意識を刈り取られた。
俺たちは四人の武装解除を済ませ、ショットガンと拳銃、そして百発以上の弾薬をすべて戦利品として没収したあと、気絶した四人を地下一階の階段の手前に放り出して内側から隔壁を二重に溶接した。
【55日目・第3の戦争:毒煙の逆流(煙突効果)】
送った四人の傭兵が戻らず、地下の俺たちがまだぬくぬくと生きていることを知った五十階の黒澤は、寒さと飢えで完全に正気を失い、五十五日目に最も卑劣な手段に出た。
自分たちも助からないと悟ったのか、あるいは俺たちを窒息死させてから地下へ降りるつもりだったのか――黒澤は生き残りの手下たちに命じて、五十階の換気シャフトの点検口をこじ開けさせ、そこに『車の古タイヤとプラスチックゴミ、そしてガソリン』を流し込んで火をつけ、手動の大型送風機でその猛毒の黒煙を地下四階の俺たちの部屋へ送り込んできたのだ!
五十五日目の昼、換気口のセンサーが警報を鳴らし、ダクトの奥からダイオキシンと一酸化炭素を含んだどす黒い毒煙が降りてくるのを察知した時、俺は呆れて乾いた笑いを漏らした。
「ゴロウさん、リク。上の黒澤の奴、俺たちを煙で燻り殺すつもりでダクトにタイヤを燃やして流し込んでやがる」
「なんだと!? シン、地下に煙が充満したら畑も俺たちも終わりだぞ!」とゴロウさんが叫んだ。
「心配するな。あいつは高校の物理の授業をサボったらしい」
俺はダクトの分岐点に立ち、まず地下四階へ繋がる『気密防火ダンパー』のハンドルを回して、三秒で完全に遮断した。これで俺たちの部屋には煙は一ミリも入らない。
そして俺は、そのすぐ上にある『高層階直結・非常排煙バイパス弁』のレバーを握り、外気導入バルブを少しだけ開いた。
「いいか、高層ビルっていうのはな、中が少しでも暖かくて外がマイナス五十度の極寒だと、下から上へ向かって猛烈な上昇気流が発生するんだ。これを建築学で『煙突効果』って言う。人間の手で回す送風機なんかより、自然の気圧差のほうが百倍強いんだよ!」
俺がバイパス弁を開放した瞬間。
――ゴォォォォォォォォッ!!!
下から吹き込んだマイナス五十度の重い冷気がピストンのようにダクト内の空気を押し上げ、黒澤たちが上から送り込んでいた猛毒の黒煙が、何倍もの速度で『逆流』し、ロケットのように五十階のペントハウスへと一直線に噴き上がっていったのだ!
二分後、配管を伝って、五十階からむせ返るような激しい咳き込みと、「ぐあああっ、煙が逆流してきたぞ!!」「息ができない、窓は凍って開かないぞ、廊下へ逃げろぉぉっ!!」という阿鼻叫喚の絶叫が聞こえてきた。
自分たちが放った毒煙によってペントハウスから燻り出された黒澤たちは、白熱感染者がうろつく極寒の廊下と階段室へと逃げ出すしかなくなったのだ。
【85日目・鉄の窓と黄金のジャガイモ】
そして、あの運命の日から八十五日目がやってきた。
俺たちの地下四階の農園は、二回目の大収穫祭を迎えていた。
LEDの光を浴びて青々と茂った畑から、ゴロウさんが丸々と太った黄金色の男爵イモと甘いサツマイモ、そして瑞々しいホウレンソウをカゴいっぱいに掘り起こした。
ロケットストーブの鉄板の上では、俺が潰したジャガイモと大豆の粉を練って油でカリッと焼き上げた『特製ポテト・フォカッチャ』と、ニンニクとタマネギと肉厚シイタケがたっぷり入った熱々のポタージュスープが、たまらない香りを放っていた。
その時だった。
――ドォォォォォンッ!!
地下一階の階段室の奥で、カセットボンベを束ねて溶接部分を無理やり爆破したような鈍い爆発音が響いた。
そしてその爆発音は、ビルの中層階をうろついていた何十体もの『白熱感染者』たちを一斉に呼び寄せる合図にもなった。
俺、ゴロウさん、リクの三人は、万が一に備えて地下三階の入り口に設置しておいた『厚さ八センチの船舶用・完全防水鋼鉄扉』の後ろに立った。
その扉の中央には、内側から鉄のスライド蓋で開閉できる、直径二十センチの丸い防弾ガラスの覗き窓が一つついているだけだ。
二分後。
地下二階から降りてくる階段の暗闇から、ボロボロの影が四つ転がり落ちてきた。
俺は最初、それが誰なのか分からなかった。
先頭を走っていたのは、かつて五十階でブランデーを飲んでいた『黒澤会長』だった。
三ヶ月前より体重が三十キロ近く落ち、骸骨のように頬がこけ、タイヤの煤で顔は真っ黒に汚れていた。唇は凍傷で縦に裂け、左手の指は三本が壊死して炭のように黒く変色しており、高級スーツの上に血まみれの毛皮のコートを三枚も重ね着している。その後ろには、同じように半死半生になった三人の大富豪たちが足を引きずっていた。
黒澤は、俺たちの鋼鉄扉の丸い覗き窓から漏れる「オレンジ色の暖かい光」と、換気隙間からわずかに漂う「焼きたてのジャガイモとニンニクのスープの香り」に気づいた瞬間、血走った目を見開いて扉に飛びついた。
「お、おいっ!! ボイラー係! ゴミ拾い! 警備員!」
黒澤は壊死した指で防弾ガラスをバンバンと叩きながら、驚くべきことにまだ「主人」の声色で叫んだ。
「わ、私だ、管理組合会長の黒澤だぞ!! 中にいるんだろう! このビルの所有者である私が命じる、今すぐこの扉を開けろ! 早く暖かい部屋に入れてそのスープをよこせ、さもないと全員クビにして刑務所にぶち込むぞ!!」
俺とゴロウさんとリクは、防弾ガラスのすぐ向こう側――わずか三十センチの距離に立ち、二十三度のポカポカした部屋の中で半袖姿のまま、湯気の立つスープの器を持って黒澤の顔を見つめた。
ガラス越しに、俺たちのツヤツヤした健康な肌と、背後に広がる緑色のジャガイモ畑、そしてストーブの赤い炎を見た瞬間。
さらに、自分たちのすぐ後ろの階段の上から、爆発音に引き寄せられた『三十体以上の四十四度の白熱感染者たち(かつての黒澤の隣人や妻や部下たち)』が、白い湯気と咆哮を上げながら雪崩のように駆け下りてくる足音を聞いた瞬間――黒澤のプライドは粉々に砕け散った。
「ひぃぃっ……ま、待ってくれ、悪かった!! 許してくれぇぇっ!!」
黒澤は鋼鉄の扉の前に両膝をつき、壊死した額をガラスに擦りつけて涙と鼻水を垂らしながら絶叫した。
「謝る! あの時は私が間違っていた!! 金ならいくらでもやる! 私の金庫にある十億円の金塊も、このビルの権利書も全部お前たち三人にやる! 今日から私がお前たちの奴隷になって、舌で靴でも床でも舐めて掃除する!! だからお願いだ、開けてくれ! 後ろから熱病の化け物どもが来てるんだ、食い殺される! 神様、シン様、どうか扉を開けて暖かい場所へ入れてくれぇぇぇっ!!」
ゴロウさんは無言でスープを一口すすり、リクは太い腕を組んで冷ややかな目でガラスの向こうを見下ろした。
俺は一歩前へ出ると、皿の上から『焼きたてで皮がパリッと弾け、湯気と塩気が立つ黄金色の男爵イモ』を一つ手に取り、ガラスに張り付く黒澤の目の前で、ゆっくりと美味しそうにかじりついた。
ホクホクとした甘いジャガイモの味が口いっぱいに広がるのを味わってから、俺は防弾ガラスの下の通音スリットに口を近づけ、静かな声で言った。
「八十五日前、俺たちはあんたたちの命を救うために五十階へ上がったんだぜ、黒澤会長」
俺は微笑みながら言った。
「あんたは俺たちの鼻先で扉を閉めて、階段を溶接して、こう言ったよな。『腹が減ったらボイラー室のボルトでもしゃぶってろ』って。――俺たちは爪を剥がして土を掘り、種を植えた。あんたはソファを燃やして、俺たちに毒煙と化け物を送り込んだ。だから今度は、あんたが自分の金塊でもしゃぶる番だ」
俺は指を二本伸ばし、覗き窓の内側にある分厚い『鉄のスライド蓋』の取っ手を掴むと、黒澤の引きつった目の前で、それを力強く引き下ろした。
――ガチャンッ!!
丸い光が消え、扉の向こう側は完全な暗闇と氷点下の静寂に閉ざされた。
その直後、八センチの鋼鉄の扉の向こう側から、三十体の白熱感染者が黒澤たちに飛びかかる肉音と、引き裂かれる毛皮の音、そして絶望の悲鳴がくぐもって響いてきたが――俺たちは誰も耳を貸さなかった。
俺は木のテーブルへと戻り、ゴロウさんとリクの器に熱々のジャガイモとキノコのスープをお玉でたっぷりとよそった。
「さあ、冷めないうちに食おうぜ、二人とも」
俺がスプーンを持ち上げて笑うと、二人の最高の相棒も力強く頷いた。
「ああ。明日の朝は、三列目のサツマイモの収穫だからな!」
【180日目(半年後)】
五月になり、半年間に及んだ異常寒波がついに終わりを告げ、暖かい春の太陽が東京を覆っていた厚さ三メートルの氷の層を溶かし始めた朝。
俺たち三人は、ガスバーナーとバールを使って地上への換気ハッチを内側から焼き切り、半年ぶりに青空の下へと歩み出た。
俺たちの背後には、五十階建ての『エテルナ・タワー』が、春の光を反射して巨大なガラスの墓標のように静かにそびえ立っていた。
その最上階には、ダイヤモンドや株券や金塊を抱きしめたまま凍りついた、旧世界の支配者たちの亡骸が眠っている。金さえあればコンクリートの箱の中で永遠に王様でいられると信じた、愚かな者たちの記念碑だ。
一方、俺たちの手押し車の上には、地下で増やし続けた百キロの種芋と大豆の袋、何十種類もの野菜の種、磨き上げられた農具と工具、そしてどんな地獄でも自分たちの頭と両手で生き抜けるという、揺るぎない誇りがあった。
俺と、ゴロウさんと、リクは、春の暖かい風を胸いっぱいに吸い込むと、一度もガラスの塔を振り返ることなく、緑が芽吹き始めた郊外の丘へと向かって力強く歩き出した。
【完】
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