窓奏で
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
窓を開けるのは、空気の入れ替えを行うためだ。
まあ、確かにこれは合っていると思う。よどんだ空気の中、二酸化炭素もろもろが増えていくと人体に悪い影響が出るようだからね。新鮮な空気を取り入れることは、生きているうえで大事なことだろう。
しかし、空気の通り道というのは特別な力を持つこともある。風水などをはじめ、方角と自然のパワーを結び付ける概念は根強く存在するのは知っての通りだろう。
メジャーなものはすぐ目につくし、いざとなれば学びやすいもの。でもマイナーなものへ目を向けたなら、まだ特殊なやり方が存在するかもしれないね。
私が小さいころに、体験した話なんだけど聞いてみないかい?
あれは11歳のとき。たまたま学校で日直を任されたときのことだった。
日直の日誌を書くこと、私はあんまり好きじゃないんだよね。持ち回りとはいえ、そのときが来て、自分の時間を奪われるというのは非常に苦痛だったんだ。
さっさと終わらせたいところだが、前に書いている人の日誌内容があまりにぴっちりしているのが悩みどころ。あまりに手を抜いて書くと、下に見られそうだったんだ、先生に。
それもまた悔しい。私はみんなが帰った後も、悪戦苦闘しながらその日の報告をせんと、みっちり日誌に書き込みを続けていたのだけど。
ふと、体中にかゆみを覚えたんだ。
ちょうど蚊などに刺されたときのようだったけれど、私はこの時にやつらの出す羽音などの気配は全く感じていなかった。
かゆみは、身体中で一気に10か所くらいバラバラに発生する。手足はともかく、服の中に至るまでいっせいで、虫が潜り込んでいたとしても信じがたいタイミングだ。
そのかゆさ、無性に掻きたい衝動を掘り起こすほど。たまらずトイレへ行きかけたところで、ふと教室に担任の先生が顔を見せた。
「ちょうどいい。手を貸してくれないか。もしかゆみを感じているなら、そいつをすぐに止めるいい方法がある」
相当、顔に出していたのだろうか。
先生はこちらの事情を察したかのような声をかけながら、廊下の窓を開けていく。
それが少々、妙だったんだ。普通、換気をするならば窓をできる限り多く開けそうなものなのに、先生の開け方はまばらなんだ。
隣り合ったものを開けるときもあれば、いくつも離れた窓を開けたりすることもある。しかも、外の木や電線はたいして揺れていないにも関わらず、開けた窓からは音がするくらいに強い風がこちらへ向かって吹き付けてくるんだ。
同時に、全身のかゆさがどこか冷え切ったものへ変わっていく。まるでじかに氷を押し付けられたようで、ぶるりと震えずにはいられなかった。
それが半ばおどしのように思えて、私は先生へついていく。
先生の話だと、いまこの校舎を「楽器」に仕立てなくてはいけない、とのことだった。
まばらな空気の通り道をこさえるようなやり方。楽器というのが、おそらく笛のようなものだろうと私にも見当がついたよ。
校舎2階から4階に至るまで、私は冷たさを増すかゆみを覚えながらも先生の指示通りに窓を開いていく。先生もまた、校舎の逆方向から同じようにどんどんと窓を開けていき、はさみうちにするかっこうに。
そうして、すべての指示された窓を開け終わると。私の身体から、ぼろぼろと「こぼれ落ちていくもの」があったんだ。
手足や服の下から、廊下の上へ転がり落ちていったもの。
それは大小のいびつな形をした、石のような塊だったんだ。だが、その表面には真っ赤な色をした無数のイトミミズらしきものが張り付いていたんだよ。
私は手足を確かめてみる。ところどころの皮膚がはがれかけているが、そこはいずれも先ほどまでかゆみや寒さを感じていたところだった。先生によると、この処置をしなくてはこいつらが体中へ広がってしまっていただろうと、語ってくれたよ。
ときおり、この校舎を笛として奏でることで連中の予防をしているのだが、このときの私は運悪く、連中の「足」が速いときだったとか。




