13 現し世【現世の改変】
「「ふぅ……」」
ログアウトして現実世界に戻った二人は同時に大きく息を吐き、ヘッドセットを外した。
しばし椅子に座り込む。
見上げるといつもの見慣れたLEDシーリングライト。
壁に貼ったカレンダーと、机の上の未開封のエナドリ。
――戻ってきた。
「姉ちゃん、生きてる?」
「生きてる。そっちは?」
「たぶん生きてる」
「……姉ちゃん」
「……ん」
「天才だわ」
「知ってる」
即答。
時計を見ると、二人でログインしてたったの1時間しか経っていなかった。
それでも、二人とも疲労困憊である。
感動は、強すぎると物凄く疲れる事が、今日分かった。
ゆっくり上体を起こす。
全身にわずかな倦怠感。
VR酔いに似ているが、それよりももっと重い。
「……なんか、既に三河の空気が恋しい」
「やめなさい。あっちは湿度高すぎ」
真紀は椅子から降り、スマホを手に取る。
「姉ちゃん、あれさ」
誠人がゆっくり口を開く。
「痛かったよな」
真紀は一瞬だけ視線を逸らした。
「……うん」
切られてはいないが、斬撃の衝撃。
土の匂い。
血の温度。
あれはゲームの触覚再現ではない。
誠人が腕をさする。
「夢じゃないよな?」
「確認する?」
真紀はPCへ向き合う。
ログを開く。
―USER SESSION CLOSED
―(ユーザーセッションが終了しました)
―WARNING: CAUSAL DEVIATION 2.31%
―(警告:因果乖離率 2.31%)
―STABILIZATION PROTOCOL ACTIVE
―(ズレを修正・収束させるための自動補正処理が進行中)
「2.31……」
「それって高いの?」
「んー……低くはないんじゃないかな。たった1時間程度のプレーだし」
誠人が顔をしかめる。
「俺のせい?」
「違う。大きな因子を持ってる築山御前に接触したからだと思う」
「初回でラスボス母ちゃんいじるなよ……」
「いじったのはあんた」
「姉ちゃんが煽った」
数秒、沈黙。
真紀はログをスクロールする。
そして、止まった。
「……は?」
「なに?」
モニターに表示された一文。
―REAL WORLD ANCHOR INSTABILITY: 0.7%
―(現実世界アンカー不安定率)
「現実世界の……アンカー不安定?」
「現実側の固定値が揺れてるってこと?」
「理論上、ありえない」
誠人のスマホが震えた。
通知。
ニュースアプリだ。
「……え?」
「何」
誠人が画面を見せる。
【三河一向一揆に新説。従来より2年遅かった可能性】
「……は?」
スマホを奪い取って記事を読む。
『史料の再検証により、三河期の政治判断に再評価が――』
「そんな論文、昨日までなかった」
「偶然じゃない?」
「タイミングが良すぎる」
背筋に、冷たいものが走る。
まさか。
「……乖離が、現実側に反映?」
「それって」
「歴史が再計算されてる可能性」
誠人が笑う。
ひきつった乾いた笑いだ。
「いやいやいや、SFだろ」
「私たちは今まさにそれをやった」
沈黙。
真紀は深く息を吐く。
「仮説」
「うん」
「『氷室の野望(仮)』は、単なるゲームじゃない」
「……それで?」
「量子演算型歴史再構築エンジン。観測と干渉が双方向」
「つまり?」
「私たちが向こうを変えると、こちらも微修正される可能性」
誠人が頭を抱える。
「はは……世界規模のバタフライエフェクトやめて」
「まだ0.7%。誤差レベル」
「誤差でニュース変わるの怖い」
モニターを見つめる。
アンカー値が、ゆっくり0.8に上がった。
「……上がってる」
「やめよう」
「やめられない」
即答だった。
「ねえ誠人」
真紀は静かに言う。
「もし向こうで信康が死ななかったら、どうなると思う?」
「徳川の未来変わる」
「本能寺も変わる可能性ある」
「織田家が残る?」
「あるいはもっと早く滅ぶ」
誠人は姉をじっと見る。
「姉ちゃんはさ」
「なに」
「歴史を守りたいの? それとも試したいの?」
数秒の沈黙ののち、私は笑って言った。
「両方」
「最悪だよ」
「最高でしょ?」
PC画面に新しい通知が出る。
―NEXT DIVE AVAILABLE
―(次の接続が可能です)
―ANCHOR STABILITY REQUIRED: 99.0%
―(帰還可能ライン:99%)
誠人が言う。
「生還確率が99%って……今いくつ?」
「99.3%」
誠人が目を見開く。
「じゃあ今なら安全?」
「理論上は」
「理論上って言うな」
キーボードに指を置く。
そしてふと、止まる。
「誠人」
「うん」
「もし私が戻れなくなったら」
「行かせない」
即答だった。
「一人で行くな。俺も行く」
真紀は少しだけ目を細める。
「……本多正信」
「やめろ、その名前で呼ぶな」
「優秀な参謀は必要でしょ?」
「姉ちゃんの暴走止める役だろ」
「それも含む」
すると、アンカー値が99.2に下がる。
「下がってる!」
「感情揺らぐと連動してる?」
二人は顔を見合わせる。
「メンタル依存型アンカーとか最悪」
「姉ちゃん、落ち着け」
「落ち着いてる」
「いや……目が輝いてる」
真紀は深呼吸する。
数値が99.3に戻る。
「……仮説確定。私たちの精神状態が帰還確率に影響」
「ゲームじゃないな、これ」
「うん」
真紀はゆっくりと言う。
「これ、戦争だ」
「誰と」
「歴史と」
誠人は天井を見上げる。
「三河より現代の方が怖いんだけど」
PC画面が一瞬ノイズを走らせる。
ログが自動更新される。
―CAUSAL CORRECTION SCHEDULED
―(因果補正処理を実行予定)
「……補正が来る」
「どこに?」
「向こうか、こっちか」
二人は同時に黙った。
外では救急車のサイレンが鳴っている。
ただの偶然か。
それとも。
真紀は静かに呟いた。
「次、行く?」
誠人は数秒考え、ため息をつく。
「今日はダメ。あと、条件付き」
「なに?」
「次は"守る側"で行こう」
思わず微笑む。
「管理者モード?」
「暴走禁止モード」
アンカー値 99.3%。
まだ、戻れる――今は。
<1567年4月15日時点>
―歴史乖離率:3.9%
―安定化モジュール:通常出力
―現実世界アンカー値:99.3%
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