第二十六話 いざパッタヤーへ
第二十六話 いざパッタヤーへ
学校も冬休みになり、クリスマスは早苗ちゃんと過ごした。
冬休みまでは、スロットと、必死こいてバイトして、お金を貯めた。
と、言っても一日に働ける時間も金額も決まっているので、四時間未満と五千円は超えては行けない決まり事は守った。
やったのは、デリバリーと知り合いのメルカリ代行だ。金額も時間も上限決めて貰ったので割と楽だった。
しかし、売れ筋の商品は、上げて秒単位で売れるが、売れない商品は値段下げても全く売れなかった。
でも、偶にマニアックな商品とかは高く売れた。DATのレコーダーとかだ。
音響マニアは健在だ。はっきり言って、自分もCDの音など聴くと、イラッとするが、自分の録音した昔の曲とかを、DATで聴くと良い気分になる。
今の流行りの新しいサンプリング周波数の高いレコーダーもまあまあ良いのだが、48MHzくらいのサンプリング周波数のDATが、脳みそには快適なのだ。
今でも音響マニアはアナログレコードや、山や川、海の音から録音した、DATのテープレコーダーで聴いていたりする。
そんなこんなでスロットとアルバイトでお金を準備して、十二月の二十七日から出発した。
前々日に、梅田で色々買い物をした。
早苗ちゃんのお父さんへのお土産だ。
早苗ちゃんのお父さんは、大のせんべい好きだったので、草加せんべいは東京の友人に送ってもらい。ヨドバシや大丸、グランフロントでは、アウトドア商品を買った。
「アウトドアとか要る?!」
「ホームレスになっていても、生活出来る為に」とか言っていたが、そこまでだらしなくはないだろう。早苗ちゃんを見てたらわかる。しかし、現地に行って身を落とした日本人も多いと聞く。確かにあっても困らないだろう。
パッタヤーでは昔、置き屋で働く女の子の誕生日には、ピンクの風船が大量に飾ってあって、行けば、誰でも店の前で豚肉とアルコールが振る舞われて、身を落とした外国人や観光客が、晩御飯を無料で食べる事が出来たのだ。
なので、パッタヤ中の歓楽街をぶらつけば、毎日必ずと言っていいほどピンクの風船が掲げてあったので、死ぬ事はなかったのだ。本当にパラダイスだったらしい。
それで、企業の現地勤務も必ず三年で返されたらしい。会社なんか辞めて現地で暮らす人が大量に発生したためだ。
事実、いっちゃんが先輩と行った時も、ピンクの風船の店の前でウヰスキーを頂いた。その時はもう豚肉はなかったが。
それから早苗ちゃんと、とうとう出発の前日となった。
「明日、必ずちゃんと起きてね」と言われていまった。
昔先輩と行った時に、遅刻して、航空会社のお姉さんにめちゃくちゃ怒られてしまったのだ。その事を早苗ちゃんにエピソードとして話していたのだ。
「大丈夫だよ、前はまだ若い時だったから」
「お願いね、私は初めてタイに行くんだから、それと国際免許ちゃんと取ったよね」
「もちろん」
昔、せこい先輩は期限切れの免許証を持って行ってバレてしまった事があったのだ。基本タイでは無免許で乗れると言ってしまうとまずいが、当時はそうだった。笑笑
早朝、早苗ちゃんが、阪神尼崎まで来てくれて、関空行きのバスに二人で乗った。
続く〜




