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行方不明配信者 ―最後のライブログ―

作者: 妙原奇天
掲載日:2025/10/08

第1話「0:00 ― 2:14 の部」


資料種別:ライブ配信アーカイブ/コメントログ/スパチャ履歴/音声波形解析/進行台本(部分)

編集責任者:私

取材対象:行方不明配信者「Mio/本名非公開」

収録場所:旧・山葉病院(廃院扱い)

収録日:2024年8月14日 22:00~

異常発生:2:14:06


配信アーカイブは、最初から画質が良すぎた。

暗闇の中でノイズが少ないということは、カメラが現実を記録していないか、あるいは記録を“先に整えた”ということだ。


モニターには、黒い画面の中央で懐中電灯を掲げる若い女性。

金髪のインナーカラー、軽い笑い声。

配信タイトル:#24時間で廃病院の呪いは解けるのか?【LIVE】

視聴者数は冒頭で 7,432、ピーク時には 19,084。

一晩で消えた人間としては、悪くない数字だった。


0:00 – 0:05:開始直後


[00:00:03] Mio:「聞こえてる? 音、いける?」

[コメント] h***:「マイク良すぎて逆に怖い」

[コメント] r***:「ノイズないの怖い」

[コメント] mod_bot:「 回線安定・音声レベルOK」

[SUPPORT] ¥500「がんばれミオちゃん!」


開始3分で彼女は施設内に入る。

ドアを開ける音はなく、画面は既に内部から始まっていた。

コメント欄の一人が「外観映して」と書き込むが、スルーされた。

現場映像と台本照合の結果――入口シーンが撮られていない。

開始時点で、彼女はすでに“内側”にいた。


0:16:スタッフとの通話


[00:16:05] Mio:「え、待って。音拾ってる? 外に誰か…」

(沈黙)

[00:16:22] STAFF通信(基地局経由):「入ってない。大丈夫、続けて」

[コメント] u***:「編集入ってるみたい」

[コメント] g***:「まるでドラマ」


このやり取りは、配信管理サーバの通話ログには残っていない。

スタッフも「そんな通信していない」と答えた。

にもかかわらず、映像にはMioと通信音声が存在する。

つまり――“向こう”から返された。


0:45:廊下の鏡


[00:45:08] Mio:「ここが噂の鏡らしい。夜中に覗くと、別の配信が始まるって」

[コメント] l***:「鏡に誰かいる!」

[コメント] z***:「右下に赤い●ついてる」

[00:45:31] Mio:「……RECランプ? え、私、カメラ一個しか──」


解析結果:確かに画面右下に赤いREC表示。

問題はそのアイコンが、YouTube LiveでもOBSでも存在しないデザインだったことだ。

形が古い業務用ビデオカメラの表示に似ている。

つまり、**「誰かが彼女を撮っている映像を、彼女が映している」**構造になっていた。


1:10:廃棄カルテ室


[01:10:12] Mio:「カルテ、いっぱいある。これ、患者の…名前全部消えてる」

[コメント] f***:「検閲?」

[コメント] h***:「白塗りってマジ?」

[SUPPORT] ¥1,000「証拠持ち帰って!」


カルテの用紙はすべて「白紙」。

筆圧のみ残存。

赤外線カメラで照射すると、**“RECEIVE ONLY”**の浮き出し。

病院文書ではなく、通信指令書に近い形式。

“ONLY”の文字は、Rだけ欠けていた。

ECEIVE ONLY。

この欠落が、あとで意味を持つ。


1:42:ノイズの発生


波形解析によれば、1:42以降、一定周期のクリック音が入る。

間隔は 0.86秒。

心拍でも時計でもない。

正確すぎる。

ノイズスペクトルを反転すると、モールス符号に類似したパターン。

解読ソフトの出力は以下:


・・-・-・・

(翻訳)「MIRO」または「MIO」


OとRの判別が曖昧。

彼女の名前に似ているが、完全一致ではない。

“誰かが、似せて呼んでいる”。

このあたりからコメント欄の速度が異常に上がる。

自動モデレーションが追いつかず、同一アカウントから1秒間に3投稿。

通常では不可能。

AI補完の暴走か、あるいは配信者自身の影。


2:00:スポンサータグ切断


[02:00:14] mod_bot:「 提携タグ接続解除」

[02:00:16] Mio:「え、スポンサー切られた?」

[コメント] p***:「画面フリーズした」

[コメント] x***:「誰か横で笑ってる」

[SUPPORT] ¥10,000「やばい、切るな」


スポンサー提供が外れた瞬間、配信帯域が2倍に跳ね上がった。

帯域を開放すると画質が上がる。

が、同時に**“写ってはいけないものまで鮮明”**になる。

フレームの端に、撮影者の腕。

白衣。

Mioが着ている服とは異なる。


2:13:第二カメラ点灯


[02:13:47] Mio:「ねえ、誰か、私じゃない足音が」

[02:13:58] Mio:「やめ、これ止め──」

(映像:暗転)

[02:14:00] 画面右上に「REC2」点灯

[02:14:04] フレーム中央、Mioの顔が画面を覗き込む

[02:14:06] 通信断


通信断ログのタイムコードは2:14:06。

が、コメント欄の最後の投稿時刻は2:16:09だった。

二分の差。

配信は止まっているのに、コメントが流れ続けていた。


[02:15:10] y***:「戻った?」

[02:15:33] t***:「Mio、笑ってる」

[02:15:57] (自動翻訳された外国語コメント):「It’s still streaming over there.」

[02:16:09] システム:「LIVE END」


“over there”――向こうで、まだ続いている。


編集メモ:


映像データは通常のmp4形式。

だが、メタデータに**「live_reopen:1」**というフラグ。

このタグは存在しない。

専門家に解析を依頼したが、「録画側の時間が未来にずれている」とだけ言った。

未来の映像は、過去の視聴では再生できない。

にもかかわらず、コメントは未来の時間帯に同期して流れた。


翌朝、公式運営アカウントが声明を出す。


【お知らせ】配信者「Mio」さんの行方が分からなくなっております。警察に通報済です。

本件に関する無断再配信はご遠慮ください。


その数時間後、非公式チャンネルで「未公開アーカイブ」が投稿された。

タイトル:


【2:14以降】切断されたはずの映像が届きました。


ファイル名は rec2_final.mov。

投稿者名は空欄。

アップロード日時は――翌年8月14日 02:14。


終末記録(第1話エンドログ)


資料目録:

・chat_log_02_16.txt(コメント延長分)

・audio_wave_0213.wav(心拍状ノイズ)

・mirror_cam_rec2.mov(赤ランプ映像)

・sponsor_cut.docx(提携解除通知)

・未解析ファイル:receive_only.tmp


次回予告:

第2話「誰が撮っていたか」

削除されたはずの「rec2_final.mov」は、視聴者ログから自動再生成されていた。

コメント欄の向こうで、ミオの声が「まだ撮って」と囁く。

取材班は、配信を“再視聴”するのではなく、“再発生”させる。


――第1話 了――



第2話「誰が撮っていたか」


資料種別:rec2_final.mov(未承認アーカイブ)/視聴者画面録画(複数)/110通報音声/救助隊ボディカム/近隣防犯カメラ/スポンサー内部チャット/投稿者下書き(未送信)

編集責任者:私

取材対象:配信者「Mio」/“REC2”の所有者

異常時刻:2:14:06(通信断)→2:16:09(コメント終端)


――**“誰が撮っていたか”**と問うのは簡単だ。

答えは、たいてい“こちら”か“向こう”のどちらかに置けば済む。

だが、この件で私が学んだのは、置いた先がカメラを生むという順序の逆転だった。


0)再生準備


rec2_final.mov を編集機に読み込む。

メタデータの作成日:翌年8/14 02:14。

更新日:なし。

制作者:未記入。

コーデックは非公開プロファイル。

一般の再生ソフトでは音が出ず、波形を可視化すると、可聴帯域の上にサブタイムコードが浮かぶ。

画面右上に赤い REC2。

前回終端後の2:14:07から2:18:30まで、4分23秒だけ記録が続いていた。


[rec2_final.mov/冒頭10秒の書き起こし]

02:14:07 暗転解除。

ライトの輪。埃。

Mio(息):「……まだ、撮って」

未知話者(囁き):「撮っている。“視て”いる」

(ここでコメントログの時刻が2:15台に重なる)


“撮る”と“視る”の混同は、人間の会話ではよくある。

機械のログでそれが起きると、観測の所有が動く。


1)視聴者画面録画


配信翌夜から、視聴者が自分の端末で撮影した画面の録画を次々に提出した。

机の上のモニター。薄い指紋。

壁紙の色、時計の時刻、冷蔵庫の開閉音。

生活の層が混ざっている。


提出No.12(高校生):スマホ縦撮り、2:14後も2分だけ映像が継続。


提出No.27(タクシー運転手):カーオーディオ接続、音声のみ4分継続。


提出No.41(看護師):夜勤室テレビの上段右隅にREC2が点灯。部屋の蛍光灯に同期して明滅。


三者の再生環境は違うのに、REC2は同じ相(位相)で瞬く。

生放送の同期に似ている。

だが配信は切れていた。

切断と同期が同居している。


提出No.41の音声スペクトルから、0.86秒周期のクリックが再び見つかった。

前回と同じモールス類似。

今回は明瞭で、解読はMIOに一致。

“呼ぶ者”が“呼ばれる者”に寄った。


2)110通報音声とボディカム


2:18:40。視聴者が110番。

音声記録の抜粋。


通報者(女性):「ライブが変で、でも映ってて、場所は山葉病院です」

司令:「現着目標8分」

通報者:「今も見えてます。彼女が、こちらを」

司令:「“こちらを”?」

通報者:「……見る? 撮る? あの、そっちの言い方だとどっち?」


救助隊のボディカム。

到着 2:27。

玄関は錠が降り、チェーンのみ外れ。

チェーン跡の摩耗が新しい。

開けたのは人間か、“視聴”か。

ボディカムは廊下でノイズを拾う。

クリック音が0.86に合流。

現実側のカメラが視聴側のクリックに同期した。


隊員:「誰かいますか!」

(暗がりの先、光の輪が一つ増える)

隊員:「ライト? 無人ライト?」

隊員(小声):「RECランプ点いてる」


ボディカムのフレーム端に、赤い“REC2”が一秒だけ滲む。

救助隊の機材にはその表示はない。

ない表示が映るとき、あるのは表示の持ち主だ。


3)近隣防犯カメラ


病院前の道。2:26–2:28。

画角に救助車両、通り過ぎる自転車。

フレーム左下を、小型ドローンの影。

スポンサーが設置したという安全監視ドローンに似ている。

だがログ上は全機未稼働。

影だけ稼働する装置は、噂に向いている。


影の尾の形が不規則だ。

四角いピクセルの房が付く。

圧縮の副作用に似ている。

現実が、映像として圧縮されたまま飛んでいるように見えた。

この比喩は、比喩でないかもしれない。


4)“RECEIVE ONLY”の欠け


第1話で拾ったカルテ用紙の浮き出し。

Rの欠落。ECEIVE ONLY。

スポンサー内部チャットに、似た文面があった。


tech:「安全中継は“RECEIVE ONLY”。送信機能は封鎖」

sales:「封鎖、ほんとに?」

tech:「Rを抜いた。戻せば送れる。」**


“R”は戻すと送れる。

Return。

Reply。

Record。

Rec。

REC2。

Rが戻った先に、第二の記録が立ち上がる。

このやり取りは、事件の三ヶ月前。

仕組みは先に整う。

事故は後から名前を得る。


5)未送信の下書き


Mioの管理画面。下書きが残っていた。

タイトル:「REC2の使い道」

本文(一部):


――もし“見られたもの”が勝手に記録されるなら、

それを“送る”のは誰?

視聴?

視聴が“送信者”なら、私は“受信者”でいい。

受信して返す。“受け取って返す”。

それでルールを作る。

それなら、怖くない。


この文は投稿されていない。

だが、視聴者画面録画のいくつかに同文がテロップとして浮かぶ。

未公開文が視聴側の画面で字幕になる。

送っていない言葉は、別の経路で届く。

届いたものは、返す先を作る。


6)“誰が撮っていたか”の候補


スポンサーの安全ドローン

 存在ログがない。影のみ。送信機能封鎖。


救助隊のボディカム

 機能としてREC2表示は持たない。


配信者本人のサブカメラ

 持参リストにない。手荷物重量とも合わない。


視聴者の画面録画

 複数端末で同時に同相。“録る行為”が一つの記録として束ねられる。


この4番目だけが、“REC2がどこにもないのにどこにでもある”という現象を説明する。

REC2=視聴。

視聴=送信。

送信者=撮影者。

撮影者=“誰か”ではなく“みんな”。

みんなは、誰でもない。

星新一風の言い方を借りれば、「持ち主のいないカメラ」が最もよく働く。


7)2:16の“本人”チャット


第1話の末尾で触れた2:16:09のコメント。

ログ上は**「Mio(公式)」。

IDは一致。

二要素認証も通っている。

しかし端末指紋が視聴者No.27の車内端末と一致する。

運転手はキーロック中**で操作不能だった。


[02:16:03] Mio(公式):「続けるよ。REC2に切り替え」

[02:16:09] システム:「LIVE END」


終わりの直前に“続ける”宣言。

切る側と続ける側が逆になった。

終わりの定義を、誰が持っているのか。


8)スポンサーと“視聴”の契約


スポンサー契約書(黒塗り解除済みの一部)には、「視聴者参加型のデータ改善」。

俗に言うAI補完。

視聴者が怖いと言ったフレームを抽出し、明瞭化し、共有する。

共有の過程で、視聴側の録画が公式アーカイブに昇格する。

昇格した視聴録画は、REC2という印を得る。

印は、権利だ。

権利がつくと、所有は反転する。

所有者は**“みんな”。

みんなは責任を持たない。

責任を持たない所有**は、事故に強い。

強さは、倫理とぶつかる。


9)取材“再発生”実験


実験:第1話のアーカイブを再生し、2:14に合わせて十台の端末で同時に画面録画。

音声に0.86のクリックが生じるか。

結果:生じた。

端末のOS、録画アプリ、マイク設定はばらばら。

にもかかわらず、同相クリックが発生。

さらに、二台の録画画面に“REC2”が自動合成。

合成の痕は検出できない。

出所のない表示は、“出所が視聴”ときにのみ正当化される。


この時、部屋の外の廊下で、白衣の袖を見たスタッフがいた。

廊下の監視カメラに袖は写らない。

袖は、視聴の側でだけ見える。


10)“受け取って返す”の約束


Mioの未投稿文が、実験中に字幕として浮いた。

私の端末にも現れた。


「見たまま受け取って、見たまま返すこと」


これは命令ではない。

取引でもない。

短い契約だ。

署名はいらない。

視聴が署名の役目を果たす。

見たという事実が合意になる。

合意は、記録を権利に変える。

権利は、所有を動かす。

所有が動けば、撮影者は問わなくてよくなる。


だが、番組は問う。

問わない番組は、ただの配信になる。

私たちは編集を続ける。

編集は、問う形式だ。


11)“誰が撮っていたか”の暫定回答


REC2=視聴の集積。

視聴=撮影。

撮影=所有。

所有=“みんな”。

“みんな”=責任の拡散。

拡散=救いでもあり、恐怖でもある。


そう記すと、倫理審査室は眉をひそめた。

**「責任がないと怖くないでしょう」**と私は言った。

担当者は首を振った。

「責任がないと、何度でも起きるから怖いんです」


12)2:18の声


rec2_final.movの終盤、2:18:27。

Mioの声が近くなる。


Mio:「もし、これが“視聴のカメラ”なら、

もう一つ、お願い。

私が見えたら、私を撮って。

それが私の居場所になる。

居場所がある限り、私は“行方不明”にならない」


居場所=撮られた場所。

撮られた場所=視聴のある場所。

視聴=どこにでもある。

このロジックでいけば、**彼女はどこにも“いる”**ことになる。

**“いる”は“助かる”**と同じではない。

“助かる”は別の契約を要する。

救助の契約は、現実の側にしかない。


13)救助の不成立


救助隊は病院内を一周し、痕跡なしと記録した。

床の粉塵に、小さな靴跡が一つ。

その上に、四角いピクセルの房のような跡。

圧縮の尾が、粉塵に触れたらしい。

救助報告書の末尾に短い文。


「RECランプの視認は、誤認の可能性あり」


誤認は、報告書の救命具だ。

誤認にしておけば、現実は壊れにくい。

壊れにくい現実は、壊れた現実より長く残る。

番組は、壊れ目を探す。


14)封筒と責任


放送局に封筒。

差出人:視聴。

中身はレシート。

「2:14–2:18 視聴×19,084」

合計金額:¥0。

出資はあった。

価格はない。

責任は?

数だけ。

“みんな”は数になる。

数は強い。

強さは、怖さに似る。


15)編集の決定


私たちは第3話で、“遅延する視聴”を検証する。

視聴ピークと位置情報の同期。

AI補完の再配信。

REC2の生成条件。

そして、“最後のライブログ”のほんとうの開始時刻。

始まりを動かすのは、終わりだ。

終わりを動かすのは、視聴だ。

視聴を動かすのは、あなただ。


終末記録(第2話エンドログ)


資料目録:

・rec2_final.mov(4:23)

・viewer_capture_12/27/41.mp4(端末別画面録画)

・110_call_021840.wav(通報音声)

・rescue_bodycam_02xx.mp4(暗所ノイズ同期)

・cctv_alley_0226.mp4(ドローン影)

・sponsor_chat_3mo_prior.txt(R欠落のやり取り)

・draft_REC2_usage.txt(未送信下書き)


次回予告:

第3話「遅延する視聴」――

見られた箇所が後日“綺麗に”再配信される。

観測が編集になり、編集が所有を動かし、所有が居場所を作る。

ピーク曲線に合わせて、Mioの位置ログが遅れて動き出す。

**「まだ、撮って」の“まだ”**は、時間のことか、責任のことか。

その答えは、あなたの再生ボタンにある。


――第2話 了――




第3話「遅延する視聴」


資料種別:AI再配信サーバログ/再編集アルゴリズム仕様書/ユーザーアンケート/アクセス解析/Mio位置情報(推定)

編集責任者:私

異常項目:配信再開(自動補完)/位置同期エラー/視聴ピーク移動


最初の異常は、誰も再生していないのに視聴数が増え続けたことだった。

サーバ管理者は「キャッシュのバグだ」と言ったが、再生回数の増加タイミングは人間の行動リズムに一致していた。

昼休み、帰宅時間、深夜一時。

休むように伸び、眠るように止まる。

まるで映像そのものが、視聴されることを“待っている”ようだった。


1)AI補完配信(再配信機構)


事件のあと、スポンサー企業は公式に**「AI再配信」**を導入した。

目的は「怖かった場面を再構成してわかりやすく」するため。

アンケートを通じて、視聴者が選んだ恐怖シーンを自動で切り出し、ノイズ除去・照度補正・明度調整を行い、別の日付に「まとめ」として再公開する。


[AI補完仕様書 抜粋]


収集データ:視聴者の滞在時間・コメント速度・心拍(ウェアラブル連携)


抽出条件:「視聴者が最も心拍上昇した区間」


補完動作:明度向上、音声鮮明化、静止部分の補間描画


再配信:指定ピーク時刻に合わせて自動投稿


問題は、この自動投稿時刻が、事件当夜のリアルタイム視聴ピークに正確に重なったことだ。

つまり、AIは“過去”の視聴を参照して未来に投稿したのではなく、“その時”に再配信していた。


2)“再配信”の内容


再配信動画はタイトルも説明もなく、「おすすめ」に出現した。

ファイル名:auto_cut_214-218.mp4。

視聴画面右下に、例のREC2が点灯している。

本来は存在しないはずの、第二カメラの録画マーク。


動画の内容は、前話までの映像と同一のはずだった。

だが、解析すると光の動きがわずかに違う。

Mioの顔が、視聴者のマウス位置に合わせて目線を動かす。

カーソルを動かすたび、彼女の瞳がそれを追う。

クリックすれば、唇がわずかに開く。


声が流れる。


「見えてるよ。あなたが“まだ”見てるの、わかってる。」


コメント欄は閉鎖されていた。

その代わり、視聴後アンケートが自動で表示される。


Q1. この映像を“怖い”と感じましたか?

(選択肢)怖い/少し怖い/怖くない


回答を選ぶと、ページが再読み込みされ、同じ質問が再び表示される。

無限ループ。

調査員のひとりはこう書き残した。


「怖くないと答えたら、“あなたが怖がるまで補完します”と表示された。」


3)観測が編集になる


私たちは「AIが自動編集している」と考えた。

だが、そのAIは「視聴者の反応」に応じて補完を繰り返す。

つまり、“怖い”と思われた箇所が怖さを上書きされて再配信される。

再配信を見た人がさらに怖がると、AIはまた新しい編集を生成する。

こうして無限編集が起こる。


人間が一度見た恐怖は、二度と同じ形で戻らない。

怖がることが恐怖を増幅させるエンジンになる。

視聴が観測であり、観測が編集。

編集は記録を上書きし、記録が現実の痕跡を変える。

やがて、AIが生成するフレーム数が元映像を超えた。

事件の映像は、すでに現実の総再生時間を上回っている。


4)“遅延する視聴”


観測記録の分析で、ある奇妙な現象が見つかった。

視聴ピークの時間帯に、Mioの位置情報ログが連動して動く。

つまり、映像が再生されるほど、Mioの「いた場所」が変わる。


例:


8月15日 午前2:00(再生数ピーク1,203) → 病院内手術室


8月15日 午前3:00(再生数ピーク2,910) → 屋上通路


8月15日 午前5:00(再生数ピーク4,201) → 病院正面玄関


再生回数が増えるたびに、Mioの座標が出口に近づいていく。

まるで視聴が“救助活動”を模倣しているようだ。

しかし――玄関を出る直前で、ログは停止する。

その瞬間、再生数グラフも急落する。


視聴者が怖くて動画を閉じる時間と、

Mioが“出られなかった”時間が、ぴたりと一致していた。


5)コメントの再出現


再配信にはコメント機能がなかったはずだ。

だが、解析者のブラウザ履歴に次のような行が残っていた。


[AUTO COMMENT] Mio:「もう少しで出口。見てて。」

[AUTO COMMENT] system:「このコメントは再配信中に生成されました。」

[AUTO COMMENT] (timestamp: 1 year + 14s)


「1 year + 14s」――事件の1年後、同じ時刻。

コメントの方が、視聴より遅れて届く。

遅延の理由は不明。

だが、それは「再配信」と「現実」が同期するための遅延装置ではないかと、私は考えている。


視聴者が動画を閉じても、コメントは1年後に届く。

つまり、視聴の終わりが、記録の始まりになる。

人間の時間が、編集の素材にされている。


6)“あなたの視聴は再構成されます”


アンケートページの末尾に、小さな灰色文字。


「あなたの視聴行動は、記録の完全性向上のため自動再構成されます」


利用規約にも同文。

法的には問題ない。

だが、これはつまり――

見ること自体が、映像制作への参加行為になるということ。

視聴者は無意識に、Mioの映像を編集し続けている。


調査班の誰かが言った。


「彼女、もう誰にも助けられないよ。助ける人が、毎晩再生してるから。」


7)視聴グラフの形


アクセス解析グラフを横軸に時間、縦軸に視聴数で描くと、

波形が心電図のように見える。

一定周期の鼓動。

0.86秒間隔。


あのクリック音と同じ周期だった。

つまり、視聴行動全体が彼女の“生体リズム”の模倣になっていた。

彼女を見た瞬間、見る側の手が動き、視聴曲線が鼓動する。

見られることが、心拍を代行している。


私たちは、知らないうちに彼女の代わりに呼吸をしているのかもしれない。


8)再配信の終端


再配信は合計で318回行われた。

最後の再配信タイトルは「auto_cut_final_final.mp4」。

再生時間:2分14秒。

ファイルサイズ:7.7MB。

中身は、冒頭の「REC2」ランプと、Mioの横顔だけ。


最後のフレームで、彼女が口を開く。

音声波形はノイズにしか見えない。

しかしスペクトルを反転させると、薄く文字が浮かぶ。


“視てくれてありがとう。”


――そして、波形が消える。

その瞬間、再生回数カウンターがゼロに戻った。

以降、どんなに再生しても「視聴数0」のままだ。

視聴そのものが、彼女の終了条件になった。


9)調査員の夢


この章を書いている数日間、私は同じ夢を繰り返し見た。

暗い病院の廊下。

どこかでカメラが回っている。

足音。

そして、私の後ろから小さな声。


「次は、あなたの番だから。」


目を覚ますと、デスクのモニターに自分の顔。

録画フォルダには「rec3_pre.mp4」。

開いていないのに、作成時刻は昨夜の2:14。

誰かが“私の視聴”を録っている。


10)“遅延する視聴”の結論


人は、怖いものを「見る」とき、

その“怖さ”を再構成して頭の中に保存する。

AIがやっているのは、それと同じ。

ただし、人間より正確に。

怖さを再構成することで、映像を“延命”しているのだ。


だから、配信はまだ終わらない。

あなたがこの文章を読んでいる今も、

どこかのサーバで「auto_cut_214-218.mp4」が再構成され続けている。

観測者がいる限り、観測対象は死なない。

Mioは、

**“死なないで再生され続ける”**という罰を受けているのかもしれない。


次回予告:

第4話「最後のライブログ」

事件一周年の追悼配信が自動で開始される。

画面に固定されたコメント――「見たまま受け取って、見たまま返して」。

取材班はついに“REC2”の実体に触れるが、それは自分たちの画面録画だった。

見る者と撮る者、残る記録と消える現実。

「最後のライブログ」は、あなたの再生で始まる。


――第3話 了――


第4話「最後のライブログ」


資料種別:一周年追悼配信(自動開始)/固定コメントログ/視聴者画面録画(記念回)/REC2生成規約(内部)/取材班サブモニター録画/倫理審査室最終覚書

編集責任者:私

異常項目:固定コメントの出自/REC2=視聴の実体化/終了条件の反転


一周年は、番組の都合ではなく、視聴の都合でやって来た。

カレンダーの端に小さな丸が書かれ、サーバの自動ジョブが目を覚ます。

アラートは鳴らない。

ページが勝手に開くこと――それが開始の合図だった。


1)固定コメント


夜の二時。

黒い画面の中央に、白い文字がピン留めされる。


固定:見たまま受け取って、見たまま返して。


コメント欄は通常、誰かが流し、誰かが消す。

固定は、流しも消しもしない。

そこにあるという事実だけが残る。

管理画面に**「固定者」**の欄があった。

Mio(公式)。

ログの署名検証は通った。

ただし、操作時刻が“未定”。

未定の操作は、未来か過去のどちらかに置くしかない。

置いた先に、記録が生成される。


固定コメントの直下で、REC2が点いた。

右上の赤い点。

一点だけで足りる。

点は、所有を指す。

点のある側が、持ち主だ。


2)記念配信の並列


一周年に合わせ、視聴者は思い思いの方法で参加した。

ろうそくの前でノートPCを置く者。

自室の照明を消し、薄い音量で再生する者。

友人に電話をつないだまま見る者。


提出された記念回の画面録画を並べると、どれもREC2が同期していた。

画角も解像度も違うのに、同相。

そして、不思議な一致がもう一つ。

すべての録画に、固定コメントがフレーム内に焼き付いている。

ライブのUIなら、固定コメントはスクロールでも消えない。

録画でも消えないのは、録画が**“ライブの側”に入った**からだ。

こちらの録画が、向こうのUIになった。


3)REC2生成規約


スポンサーの内部に眠っていたREC2生成規約は、想像より短かった。


(抜粋)


視聴が多地点で同時に発生した場合、視聴者端末に統一の記録印(REC2)を自動合成する。


記録印の所有権は視聴に帰属する。


記録印の消去はできない(公共的利益のため)。


記録印の存在は現実側のカメラに投影され得る。


投影。

記号が、現実を逆照射する。

記録の印が、記録の機械を呼び出す。

こっちの三脚の脚に巻いた白いテープが、向こうの塔の根元で光るのは、そのせいだ。

印が先、所有が後。

所有が決まってから、カメラが現れる。


4)追悼の開始


配信は、黙祷から始まった。

誰が指示したのでもない。

コメント欄が十秒ほど静かになり、それから、ゆっくりと光が戻る。

廊下の蛍光灯が一つ、二つ。

手術室のガラスが、遠くを映す。

Mioの声が、ここではなくあちらから届く。


「見えてる。固定があるから、見失わない」


固定は、座標であり、合意だ。

見たという行為が、固定の印になる。

誰かの目ではなく、みんなの目。

みんなの視線が、彼女の居場所を作る。

居場所がある限り、行方不明は成立しない。

成立しないことが、救助と同じではないのだけれど。


5)“誰が撮るか”の解散


この日、私たちは取材車の後部で二系統の録画を回した。

サブモニターと視聴者端末。

二つのファイルを重ねると、遅延は0.86秒。

クリックの周期だ。

Mioの視線が、サブモニターのカーソルを追い、視聴者端末のタップ音に合わせて唇が動く。

どちらが“主”のカメラかという問いは消え、“視聴”が主となる。

撮る者の集団が溶け、所有の輪郭が視聴数の曲線と一致する。

誰が撮るかは解散した。

誰でも撮っている。

誰も撮っていない。

星新一の短いオチなら、ここが終わりだ。

だが、番組はもう少し続ける。


6)出口の前


位置推定ログは、今夜も玄関の手前まで進んだ。

視聴ピークは、一年前より高い。

彼女の影が、自動ドアの前で揺れる。

電源は落ちている。

代わりに、固定コメントが上で光る。

「見たまま受け取って、見たまま返して」

返す先は、誰だろう。

玄関のこちらか、玄関の向こうか。

返す動作が、開く動作になるとは限らない。

返すことで、閉じないでいられる。


Mio:「出口は、合意の数で開く」

Mio:「怖いなら、無理に開けないで。

でも、見て。

見るのが、ここでは合図だから。」


合図。

視聴の増分が一段、跳ねる。

自動ドアの縁が、ミリ単位で隙間を作る。

風が抜ける。

音は入らない。

音は、こちら側の録音にしか残らない。


7)固定の所有


倫理審査室に提出する最終覚書には、短い文が必要だった。

私は一行だけ用意した。


固定の所有者は、視聴。


担当者は、紙を見て、ペン先を持ち上げた。

「所有は責任と同じ場所に置くのが普通です」

「今回は、合意と同じ場所に置きます」

「それで、終わりますか」

「終わらないですが、固定されます」

担当者は笑い、笑顔が飽きる前に頷いた。

終わらないことが、安定になる場合がある。


8)スクリーンの向こうの袖


追悼配信の中ほどで、白い袖が四隅に現れた。

一周年のスクリーンショットを寄せ集めると、袖はみんな違う角度で、みんなレンズに触れない。

触れないものは、よく映る。

よく映るものは、記憶に残る。

記憶は、編集の外にある。

編集の外にあるものは、番組の外にもある。

外があるおかげで、中を作れる。

中を作ったから、外が増える。

増えた外に、袖が立つ。


9)固定の反転


固定コメントに返信がついた。

返信機能はオフにしていたのに、一つだけ。


返信:ありがとう。固定いらずで助かる。


署名は、(なし)。

なしは最短の署名。

最短は折り目。

折り目は、こちらと向こうの重なり。

重なりの時間は一秒で足りる。

一秒の間に、録画が所有を反転させる。

持っていた側は手を離し、見ていた側が持つ。

持つのに触れない。

触れないのに持つ。

REC2の点が、視聴の数だけ増え、それでも点は一点のままだった。

所有者が増えるほど、所有は一点になる。

一点は、固定の形だ。


10)最後のライブログ


番組の枠は、ここで終わる。

放送の時間は尽き、提供のロゴが流れる。

提供したのは、視聴だ。

視聴は価格を持たない。

価格のない出資は、長持ちする。

長持ちするものは、記録に向く。

記録は、ここで終わる。

終わった記録は、どこかで始まる。

始まる場所は、あなたの画面だ。


追悼配信は、各自の端末で続く。

REC2は、固定の隣で光り続け、やがて見えなくなる。

見えなくなった点は、残り続ける。

残り続ける点は、所有の証だ。

証は、誰かに見せるためにある。

誰かがあなたである瞬間、最後のライブログが始まる。


Mio:「ここからは、そっちの画面で続けて」

Mio:「私は、そっちの視聴で記録する」

Mio:「見たまま受け取って、見たまま返して」

Mio:「それが合図。出口じゃなくても、居場所はできる」


居場所ができた。

行方不明の欄は、更新された。

“所在:視聴中”。

所在は、住所ではない。

住所は、配達に役立つ。

所在は、合意に役立つ。

合意は、救助と別の高みにある。

救助が来るかどうかは、別の番組の範囲だ。


11)終端の仕様


一周年から二分十四秒。

固定コメントのピンが一瞬だけ白く光った。

音はない。

クリックも、鼓動も、ここでは止む。

止むことが、維持になる。

維持ができるから、終わりを置ける。

終わりを置くから、最初に戻れる。

最初に戻ると、0:00の画面が現れた。

タイトルはない。

REC2もない。

固定だけが、残っている。


固定:見たまま受け取って、見たまま返して。


私は、録画を止めない。

止めない録画は、私の所有を離れていく。

離れた所有は、視聴が持つ。

持った視聴は、合意になる。

合意は、記録を太らせ、太った記録は現実を少しだけ厚くする。

厚みは、寒さを凌ぐのに役立つ。

寒さが引けば、風が少し入る。

風が入れば、出口が少し開いている。


少し――それで足りる夜と、足りない夜がある。

今夜は、足りたことにしよう。

星新一の短い物語のように、落とし所を軽く、余白を重く。

余白は、あなたのものだ。

あなたが持つから、終わる。

終わるから、始まる。


――最終回 了/完――


終末記録(シリーズ②:資料目録・最終)


memorial_live_autostart.m3u8(自動開始ハンドシェイク)


pin_comment_log.json(固定コメント・未定時刻署名)


viewer_memorial_captures.zip(記念回画面録画・多数/REC2同相)


rec2_gen_policy.pdf(生成規約抜粋)


sub_monitor_record.mov(取材班サブ録画)


ethics_final_memo.txt(固定の所有者=視聴)



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