ぴゆうちやんのヴェスト
〈朝雲り古着地獄の夢を見る 涙次〉
【ⅰ】
テオが猫用のタキシードをクリーニングに出さうと、畳んでゐる時に‐「ておチヤンオ洋服イゝナ」ぴゆうちやんである。ぴゆうちやんはまだ、洋服の袖に腕を通した事がない。腕を通せば、彼の鎌で、裂けてしまふかも知れないが... ヴェストぐらゐなら、悦美に頼めば、誂へてくれるだらう。「ぴゆうちやん、チョッキでいゝ? 作つて貰はうよ」‐「エ!? 作ツテ貰ヘルノ?」‐「うん。悦美さんに頼もう」‐「僕、仕事シナイカラ作ツテ貰ヘナインダト思ツテタ」‐これでは、何だかぴゆうちやん、可哀相である。仕事は確かにはきとはしてゐない。前シリーズ第119話めの「魂コレクター」の一件で活躍して以來、これと云つて彼に出來る事が巡つて來ないのである。
【ⅱ】
「そんな一件があつて- 兄貴はだう思つてるんですか?」‐「カンテラさんは、ぴゆうちやんは成長株だからつて」‐「さうか。將來的には僕の替はりに攻撃部隊入りも可能だもんね」‐「テオくんの替はりかだうかは分からないけど... 確かにお洋服ないのは可哀相だわ。作つてあげる。寸法取らなくちやね。ぴゆうちやん呼んで來て」‐「はあい」。* 悦美は大學は家政科を出てゐる。
* 前シリーズ第6話參照。
【ⅲ】
ぴゆうちやん、大興奮である。チョッキ、僕のチョッキ! 傍から見てゐると、哀れなくらゐ。悦美に抱かれたぴゆうちやん、この上なく倖せさう。テオ、「ぴゆうちやんは成長株だからつて、カンテラ兄貴が」‐「せいちよーかぶツテナアニ?」‐「未來があるつて事だよ」‐「フウン」‐ヴェストはだうせだからとニットを悦美が編んでくれる事になつた。季節外れなのは致し方ない。オフホワイトと鮮やかな黃緑のヴェスト。ぴゆうちやん寶物がまた一つ増えた。出來上がり、早速鏡に向かつて‐
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〈天よりの使者が汚れぬTシャツを我に授けしそんなあしたよ 平手みき〉
【ⅳ】
釦はぴゆうちやんが大好きなぴかぴかの金釦である。肩のところに、これまた金のモールが付いてゐる。ぴゆうちやん鏡の前で大はしやぎ。「ボ、ク、ノ、ちよつき!」‐じろさん「やあぴゆうちやんお似合ひだね」‐「ジロヲヂサンダウモ有難ウ!」‐「喜んで貰へてわたしも嬉しいわ」‐「悦美オ姉チヤン、有難ウ!!」‐感謝で溢れるぴゆうちやんの世界であつた。
【ⅴ】
「ぢや、チョッキが汚れると困るから、脱いで‐」‐「オ仕事ナノ?」‐カンテラ「さうだ。これはぴゆうちやんにしか出來ない事だよお」‐「何デスカ?」‐「涙坐ちやんの護衛。肝戸のをぢさんのクルマに乘つて...」‐「ハアイ」‐ヴェストを脱いで、ハンガーに掛ける。
「涙坐チヤン、行コ!」‐「うふゝ、張り切つてるわね。可愛い」‐「僕ハ可愛クナンカナイヨ、怖インダゾー、護衛ダゾー」
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〈良き母であるなしの答へ天瓜粉 涙次〉
僕ノちよつき。暫シノオ別レダ! クルマ(日産グロリア、黑)に乘り込み、涙坐の膝の上に坐を占める。カンテラ事務所に唯一の、これから、の存在、ぴゆうちやん。短いが、インタールードとして。お仕舞ひ。




