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炎華繚乱 偽の姫は予言の皇子と玉座を目指す  作者: 悠井すみれ
一章 偽の姫、天遊林に入る
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予言の皇子

 天遊林には、大きく分けて五つの区域が存在する。中心の庭園には数多の小さな建物がちりばめられ、それぞれに名家から集められた姫たちが住まわされる。朱華が仮に住まっているのも、招かれた茶会などの席が催されたのもこの区域だ。姫たちを咲き乱れる花に喩えて百花園(ひゃっかえん)とも呼ばれる広い庭だ。


 そして百花園の東西南北に、それぞれ独立した宮殿がある。帝位を狙う皇子たちの拠点となる宮だ。その宮の皇子がめでたく帝位を得れば、侍る妃たちも晴れて后妃の位を賜る。そうでなくても、帝位争いの過程で皇子が失脚することがなければ、相応の栄誉を得ることができるだろう。


 天遊林の――百花園の女たちは、まずは皇子たちに「摘み取られる」ことを目的とする。容姿なり、各々の《力》を喧伝するなりして注目を集めようとする。

 そのために、朱華が招かれたような会が、百花園では毎日のようにいたるところで行われている。あまりに催しが多いから、まず出席者を集めるのにも趣向を凝らさなければいけないというし、目も舌も肥えた客を楽しませるために各家は相当の財を注ぐという。だから、天遊林に入ってすぐに皇子の声がかかった朱華は、幸運なのだ。




 鏡の中の朱華は、かつてなく美しく飾り立てられていた。百花園の北に位置する星黎(せいれい)宮の一室、彼女を求めた炎俊皇子の住まいでのことだ。これまでの仮の部屋よりもさらに贅を凝らした部屋の中、調度にも負けまいとするかのように、これでもかとばかりに。


 名に合わせたかのような――とは、皇子には決して言えないのだけど――鮮やかな朱の絹の衣装には、金糸で細やかな刺繍が施されている。結い上げた髪に挿す(かんざし)も、赤。薄く削った瑪瑙(めのう)で花弁を(あつら)えた牡丹を飾りにしている。(まなじり)にも朱を差して、くっきりとした顔立ちを際立たせる。華やかで、艶やかな――その姿は、あの(ほう)でさえ感嘆の息を漏らすほどだ。


「飾り立てれば化けるもの……これなら、皇子にも満足していただけよう」

「どうせすぐに脱がせるんでしょうに。無駄なことをするものね」

「出自の割にものを知らぬこと。殿方は、女の衣装を剥いでいくのを楽しむものだ」


 無知を嘲るように嗤われて、朱華はもちろん面白くない。けれど、唇を尖らせても眉を寄せても化粧を崩してしまうから、内心で罵るにとどめる。


(あんたこそ男を知ってるか疑問だわ……!)


 峯は夫も子もなく、生涯の全てを陶家に捧げているかのようだ。はっきり言って男女の何たるかを語られる筋合いなどない。朱華だって閨で何をすれば良いかは育った妓楼で嫌というほど()()きた。それにしても――


「声をかけたその日に伽だなんて。『雪莉(せつり)姫』を安売りして良かったの? それも、四番目の皇子様に?」


 朱華を召した炎俊は、第四皇子だ。帝位を得られるかどうかは能力次第とはいえ、年が若いならその分競争には不利ではないのだろうか。


(焦って飛びついてないでしょうね?)


 顔も知らない男に抱かれるのは覚悟している。でも、安売りされるのはご免だった。

 悔しいことに朱華の発言権などないも同然だから、お前の家の大事なお姫様の話なんだぞ、と思い出させるのが精いっぱいだった。といっても、お前が気に懸けることではない、とか言われて一蹴されるのが関の山だと思っていたのだけれど──


「炎俊殿下は、年若くとも才気ある御方と聞こえている。更には、まだ妃のおひとりも娶ってはいらっしゃらない。すなわち、頼るべき外戚をまだお持ちではない。ゆえに、陶家との縁を(おろそ)かにはなさらないであろう」

「ふうん?」


 意外にも真っ当な答えが返ってきたから、食い下がる気満々だった朱華は拍子抜けした。峯の説明は、もっともなようでいて、不審な点もあるような。


「……皇子って、母親の実家も後ろ盾になるんじゃないの?」

「炎俊殿下のご生母は身分低い下女であった。皇宮のお育ちではないゆえ、お前とは気が合うかもしれぬな」

「……ふうん」


 朱華を嘲るためなら、皇子の出自を蔑むことも辞さないらしい。


(言動に注意するのはそっちのほうじゃない?)


 峯の悪意と浅はかさに呆れて、朱華は軽く唇を歪めた。もちろん、化粧を崩さない程度にひっそりと、だけど。底意地の悪い婆の嫌みに取り合うよりは、もっと考えるべきことがある。


(じゃあ、帝位を狙える人ではないのかしら。別に、皇后になれなくても良い……親王の妃だって、十分といえば十分だけど)


 寵愛を競う相手がいないというのは好条件ではあって、では頑張って取り入っても良いのかもしれない。算段を始めた朱華に、峯はにやりと笑って付け加えた。


「それに、皇上(こうじょう)の未来視がある。炎俊殿下が帝位に就く未来をご覧になった、と。それゆえに特別に皇宮に召し出されたのだと聞く」

「──は?」


 この婆は、つくづく朱華の感情を弄ぶのがお好みらしい。


(そんなこと、聞くまでもなく教えなさいよね!)


 皇帝その人の未来視だなんて、夫候補について真っ先に教える情報のはずだ。もちろん、馬鹿正直に信じて良いものでもないけれど。


「未来視って、それほどアテになるものじゃないんでしょ?」


 朱華が見えるのは、()()()()彼方の場所だけ。過去や未来をも見通す時見の視界がどう見えるのかは分からない。


 ただ、未来視は不確定要素が大きいものだ、というのは教えられた。


 未来は、数多の人間のさまざまな思惑が重なり合い絡み合って織りなす綴れ織り(タペストリー)のようなもの。未来視によってある場面が見えたとしても、その織物を構成する糸の一本を選び出すようなことでしかない。

 複雑な模様の中でその糸がどのような場所に収まるのか、見極めるのは非常に難しいし。そもそもほかの糸──ほかの人間の行動によって、全体の模様だって刻一刻と変わるだろう。


 昊耀国の権力争いにおいては、彼我の陣営に時見の《力》の持ち主がいて当たり前なのだから、結局のところ互いにどこまで読み合うか、という話になってくる。そしてそれは、《力》を度外視しても同じことだ。


「本当に皇帝になると思ってるの? 市井育ちの皇子様が?」


 そんな甘い目算につき合わせるのか、と。朱華は半眼になって疑いを表した。けれど、峯の余裕ある笑みは崩れなかった。


「無論、信じ込んでいるわけではない。だが、皇室の方々の見そなわす時の流れと地の広がりの遥かなること、下々の想像の及ぶところではない。少なくとも、その未来はあり得る、ということだ」

「……なるほどね。『雪莉様』は皇后になるかもしれないんだ」

「そのように励むのがお前の務めだ」


 自家の娘、それも、いまだに悼まれ惜しまれる御方の名前を、皇后として国史に刻む──それは、陶家の連中が考えそうなことだから、朱華はとりあえず納得した。


 仮に実現したとして、皇后になるのは朱華だし、「実家」を厚遇してやる理由もないのだけれど。まあ、別にわざわざ言うこともないだろう。


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