第二皇子からの招待
その日の集まりも、妃たちの華やかな笑い声が弾けて庭の花にいっそうの彩りを添えた。
「佳燕様、素敵な贈り物をいただき、ありがとうございました……!」
「とんでもない。雪莉様も芳琳様も、とてもよくお似合いですわ」
「せっかくの夜光の珠なのですから、暗いところでもつけてみたいですわね。蛍を見る会などいかがでしょう?」
「まあ、素敵……!」
佳燕は、名前の通りに燕の簪。珠を薄く削って造った翼の細工は繊細で、髪の色を透かすほど。青白い球の色が、佳燕の艶やかな黒髪を引き立てるようだ。
芳琳の簪は、芳しい花にちなんで桂花だ。小さな花を鞠のように集めた飾りは華やかかつ可愛らしく、芳琳の初々しい雰囲気によく似合っていた。
「炎俊様、雪莉様のお姿はいかがでしょう?」
「うん? うん。似合っているのではないか、雪莉」
「ふふ、お菓子ばかりに夢中になっていては嫌われてしまいますわよ?」
佳燕も芳琳も、最初のころは炎俊に対してとても構えた様子だったのに。今なら、冗談めかしたやり取りもできるようになったらしい。言われた通りに朱華を褒めた炎俊に、佳燕は満足そうに頷いている。
(甘いものを食べてるところを見ると、子供みたいだものねえ)
特に佳燕から見ると、本当に弟のように見えるのかもしれない。そして、年下の芳琳のほうも、炎俊にだいぶ慣れ親しんでくれたようだ。
「炎俊様! 実は、我が君様からご伝言がございますの」
「志叡兄上から? 義姉上がたをお招きしていることに対して、何かお咎めでも?」
例によって土産の菓子をしっかりと手に取りながら、炎俊は真面目そのものの面持ちで尋ねた。
(そ、そういえば、おふたりのご夫君がたは面白くなかったりするのかしら。炎俊に嫉妬したりとか……?)
炎俊にとっては目上にあたる、第二皇子を怒らせてしまったのかと、朱華の背に冷や汗が浮いた。でも──芳琳は、輝くような笑顔のまま、ふるふると首を振った。
「その逆ですわ! 志叡様は、ここのところ私がやけに楽しそうだと──ですので、仲間に入れて欲しいとの仰せなのです!」
「仲間……? あの、皇子殿下を星黎宮にお迎えするということになりますか……? それとも、辰緋宮にお招きいただけるのでしょうか」
お叱りの伝言でなかったからといって、完全に安心することはできなかった。
気軽におしゃべりを楽しめるのも、仲良くなった妃同士だからこそ。皇子様のおもてなしなんて、朱華の手に余る。かといって、辰緋宮には芳琳以外にも怖い大姐がたがいるはずで。
朱華の顔が強張ったのに気付いてくれたのだろう、芳琳は、今度は彼女に向けて首を振った。
「もちろん、雪莉様にご心労をおかけするつもりはありません。皓華宮の翰鷹様と佳燕様もお招きして、船遊びでもいかが──ということなのですが……!」
芳琳のきらきらとした眼差しを受けて、佳燕は軽く首を傾げた。
「とても嬉しいお誘いですわ。翰鷹様にもお伝えしますが……」
佳燕がすぐに頷かず、朱華と炎俊を視線で窺ってきた理由は、分かる。
皇族ともなると、兄弟だからといって気軽に遊びに出かけて良いのだろうか、と思ってしまう。それは、手続きとか護衛とかの問題だけではなくて。四つの宮を預かる皇子たちは、特に──
(皇太子の座を争う競争相手、なのよね……?)
弟たちを集めておいて何か──とまで考えるのは、行き過ぎかもしれないけれど。ただでさえ悪目立ちしている炎俊に、何かしら釘を刺すとか嫌味を言っておくとか、とにかく楽しくない目的があったりはしないだろうか。
朱華の疑問と不安を読み取ったのだろう、芳琳は力強く頷いた。
「ご懸念は承知しております。ですから、心行くまで時見でお確かめくださいませ。我が君に企みなどないこと、お分かりいただけると思いますので……!」
炎俊に訴える真剣な面持ちからは、幼くても後宮の権謀術数の中で生きる妃のひとりなのだと伝わってくる。芳琳の必死さと真摯さも見えるからこそ、朱華としては裏のないお招きだと信じたいのだけれど。
(そうか、時見なら……!?)
芳琳に言われて、炎俊は軽く目を伏せた。どこかぼんやりとした顔つきになるのは、今、ここではない、少し先の未来を見ているからだろう。もしも、刺客に襲われるとかの可能性があれば、炎俊には分かる。志叡皇子も当然それは分かっているから、見え透いた真似はしないだろう、とも期待できる。
しばらくして、炎俊は目を上げた。焦点を結んだ目が芳琳と、それに朱華を順番に捉えて、微笑む。
「……確かに、楽しそうな催しになるようです」
「炎俊様。では……!?」
勢い込んで問いかけた芳琳に、炎俊はしっかりと頷いた。
「兄上たちに雪莉を紹介しなければ、とも思っておりました。ぜひともお招きにあずかりたいと、志叡兄上にお伝えください。もちろん、翰鷹兄上ともご一緒できればとても嬉しく思います」
「はい。炎俊様の時見と併せて、お伝えいたしますわ」
危険がないと保証されたからだろう、佳燕も晴れやかに微笑んだ。
「最初の遠出は、兄上の発案になってしまったな。まあ、いずれふたりきりで行く機会もあるだろう」
炎俊は、朱華に広い世界を見せてくれると言ったのを覚えていてくれたのだ。そうと気付いて、朱華の頬が熱くなる。
「うん……ええ……!」
煌びやかでも高い塀に囲まれた後宮を出て、外の空や風を味わえる。それも、佳燕や芳琳や──炎俊と一緒に。
(そうよ。本当に……楽しそう……!)
具体的に思い浮かべると、じわじわと期待と喜びが込み上げてくる。朱華に時見の力がなくて、かえって良かった。何が見られるか、何が起きるかの楽しみを、当日まで取っておくことができるのだから。