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炎華繚乱 偽の姫は予言の皇子と玉座を目指す  作者: 悠井すみれ
一章 偽の姫、天遊林に入る
2/16

力試し

 そして、五年ばかりが過ぎた。

 「(とう)家の雪莉(せつり)姫」として、朱華(しゅか)は立場に相応しい躾と教育を与えられて天遊林(てんゆうりん)に入った。遠見の名家が大切に養育した姫君を鳴り物入りで披露したと、貴族社会を震撼させたらしいけれど彼女自身はよく知らない。


 昊耀(こうよう)国の帝都の中心に位置する皇宮、さらにその奥の後宮において多くの面積を占めるのが天遊林だ。天上に遊ぶ心地が味わえる美しい園、という意味でもあるし、天にも等しい皇族たちが戯れる園、という意味でもある。そう、天遊林は後宮の中にあって皇帝のためだけのものではない。この園は基本的には次代の帝位を争う皇子たちのための場所だ。


 名だたる家々が、天遊林に年頃の娘を送り込む。美しく着飾った姫たちこそが、この園を彩る本当の花。皇子たちは、咲き乱れる「花」を見比べ見極め摘み取って、自身の帝位を支える閥を作るのだ。


 皇子たちが姫を選ぶ基準は様々だ。実家の権力や財力の程度、本人の容姿や気性。それにもうひとつ、重要な条件がある。すなわち──国を支える皇室に捧げるための《力》を持っているかどうか、というものだ。

 だから天遊林においては、美貌や家柄や教養だけでなく、《力》の競い合いも重要になってくる。




 朱華の頭の後ろで目隠しが結ばれた。

 閉ざした目蓋に触れる裏地は黒い絹、ひんやりとした滑らかな感触は心地良いほど。ただし表面には黒く塗られた皮が使われ、さらに同じ色で精緻な刺繍がほどこされ、一切の光を通すまいとする意志が窺える。


 とはいえ、目を塞いだだけで朱華の視界が奪われることはない。彼女の目蓋の裏には周囲の光景がはっきりと映っている。

 名家の姫君が集められるこの天遊林の、煌びやかな建物や整えられた庭園。咲く花の鮮やかさ、陽光に輝く緑の眩さ。彼女が座る卓上に並んだ青磁の茶器、様々な菓子。――同じ卓を囲んだ女たちの、意地悪げな微笑み。


(とう)家の姫君とお会いできるのを楽しみにしていましたの」

「噂通り、美しい方。御髪も肌も輝くよう──でも、《目》の方はいかがかしら、雪莉(せつり)様」

「どうぞお力を見せてくださいませ」


 ()()()()()()()()()は、少しだけ口の端を持ち上げて微笑んだ。好き勝手に呼ばれる身の上だと思っていたけれど、彼女自身の認識は意外なほど変わらず、朱華にとっては自分の名前はいつも朱華、だった。燃えるような朱い花は、彼女の見た目や気性によく合っていると思う。


 もちろん、そんなことはこの場の誰も知らないことで、「雪莉姫」には相応しくないことでもある。目隠しを姿で首を傾げて見せれば、気弱な風情に見えるだろうか。


「さあ、ちゃんと当てられるかしら……心配ですけれど」

「あら、誰も必ず『視える』ものではありませんでしょう?」

「ただの余興ですもの、どうぞお気を楽になさって」


 言い訳めいた言葉に、女たちが食いつくのが確かに『視えた』。朱華の失敗を待ち望むかのように笑みを深めるのも、扇の影で何事かを囁き合うのも。これが天遊林に集められた妃候補だなんて、存外品位が低いというものだ。


(もう、本当に楽しそうね……? 意地が悪いんだから!)


 朱華は、卓上に置かれていた薄い板を手に取った。茶器や菓子を避けて手探りするような真似はしなかったから、女たちの笑みが微妙に悔しさに歪む。それも、彼女にははっきりと見えた。

 紙のように薄く切って磨いた木の板を、二枚を張り合わせて一枚にしたものだ。四隅がごく小さな螺子(ネジ)で留められているのは、合わせた板の内側の絵柄が外から見えるのを防ぐためだ。目隠しをした朱華はもちろん、控える侍女やらが何らかの符丁で伝えることを防ぐために。螺子で封をされた中身を知っているのは、普通ならそれを用意した者だけだ。


「螺子の頭にまで彫刻が施されて……なんて細やかな……」

「雪莉様、そのようなことはどうでも良いでしょう? 触れれば誰でも分かりますもの」

「肝心なのは何が描いてあるか、ですわ。陶家の《力》を見せてくださいませ」


 朱華が木の板を弄んでいると、女たちは急かした。中身を「視る」ことができないていどの《力》であって欲しいと願っているのだろう。時間稼ぎをしているのだ、と。


(天遊林にいる癖に、そんなに視えないものかしら?)


 朱華の内心の呆れに、今度は疑問が加わった。


 この遊戯は、小道具こそ凝ったものを使っているけれど、朱華が買われた時に出された問題と同じようなものだ。つまり、何も知らない子供の《力》を試すための、ごく簡単な問題と。

 天遊林に集められた女たちは、当然の前提として何らかの《力》を持っているはずなのに。朱華の力を試すつもりで、この女たちは自分のていどの低さも露呈してはいないだろうか。


(《力》を見せろって言われたものね?)


 ならば見せつけて差し上げるのが礼儀というものだ。姦しい女たちを黙らせるべく、朱華は目を凝らす。目蓋も目隠しも越えて、閉ざされていない遠見の目で、視る。


「――池のほとりに、朱の屋根の建物。晴れた……夏の風景ですわね。睡蓮の花がたくさん描かれています。誰が描いたのかしら、とても精密な……小さな蝶まで描き込まれていて。この建物、池の形……ああ、南庭の一角ですね。夏になるのが楽しみですわ」


 すらすらと淀みなく、朱華は並べ立てた。封じられた板の絵柄を当てれば良いところ、必要以上に詳細に、余計なことまで踏み込んで。少々嫌味に見えるくらいでちょうど良い。

 天遊林に召されたばかりの朱華のことを、きっと誰もが注目している。この女たちだけでなく、彼女の標的である皇子たちも。妃候補になり得る娘が現れたと、華やかで恐ろしい女の園に雷鳴を轟かせなければならない。


(私は、妃になる。そして、自由を手に入れるの……!)


 しゅるり、と目隠しを外して目蓋を開けると、女たちの呆けた顔を直に見ることができた。もう笑っても良いだろうと、くすりと口元を綻ばせる。でも、女たちは笑われたことにも気づいていないほど、朱華の完璧すぎる答えに度肝を抜かれてしまったようだった。


 女たちが絶句している隙に、朱華は木の板を留める螺子を外し、内側の絵を表にして卓に置いた。彼女が述べた通りの夏の庭園の絵が描かれているのが、控える者たち、遠見の《力》を持たない者にもはっきりと見えるように。


(りょ)家は良い絵師をお持ちなのね。さすが、良いご趣味でいらっしゃる」


 勝者の余裕で、鷹揚に相手の家を褒めてやる。その頃になってやっと、卓を囲む女たちは我に返ったようだった。


「あ、あの……雪莉、様……? もう、南庭にいらっしゃっていたの……?」

「いいえ。でも、とても楽しみでしたから、あちこち視させてもらいましたの」


 艶然と微笑みながら、朱華はまた《力》のほどを仄めかしておくのを忘れない。寝起きする場所の様子をさっさと調べておくのは、彼女にとっては当然の用心だった。面倒や危険が、どこに潜んでいるかもしれないのだから。この女たちは、権力争いの只中に飛び込んできた割に、今ひとつ緊張感が足りないのではないだろうか。


(まあ、私も油断はできないけど……!)


 突き刺さるような視線を感じながら、それでも朱華は笑顔を保って茶器を口に運んだ。目の前の女たちだけではない。彼女と同じ、遠見の《力》の者の目が注がれている思う。

 きっと、どこかから、誰かに視られている。彼女を利用しようとする者か、それとも排除しようというのか――いずれにしても、心構えはしておかなくては。


「色々と案内してくださいませね? とても、楽しみにしておりましたから」


 表向きはあくまでも無邪気に、心の裡など覗かせないよう。ただ、淑やかで麗しいだけの姫に見えるよう。にっこりと、朱華は微笑んで見せた。

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