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貴女も大切な仲間

 佳燕と芳琳を招いての勉強会のようなものは、片手に余るくらいの回数を重ねてますます楽しくなっていっている。


 佳燕は、炎俊の助言に従って訓練を重ねた結果、時見の精度が上がっているらしい。練習の過程で、夫の翰鷹(かんよう)皇子との触れ合いも増えたそうで、会うたびにこちらまで照れてしまいそうな惚気話を聞かせてくれる。


『我が君様と一緒だと、どこまでも遥かな時の流れを見渡すことができそうな気がしますの。きっと、これまでは緊張していたのも良くなかったのですね……』


 怖い大姐(おねえさま)がたの品定めの目を浴びながらでは、委縮してしまうのも無理はない。でも、今の佳燕なら、もっと自信を持って堂々と臨むことができるのではないだろうか。


 芳琳も、夫君の第二皇子との関係は良好らしい。


『闘神の力が恥ずかしい、という感覚は、殿方には気付いていただけていなかったそうですの。これまでのお詫びに、と仰ってくださって──今度、視察に同行させていただくことになりました!』


 第二皇子、志叡(しえい)殿下は、複数の妃の力関係の調整が重要であること自体は承知していたとか。朱華(しゅか)が予想した通り、幼い芳琳はまだ夜伽に侍ることができず、力も社交の場で披露するには向かない。ならば、ということで、怪力の彼女の活躍の場を、建築や治水の分野で探してくださるらしい。

 可憐な姫君が先陣を切って活躍したら、現場の職人や工夫たちも、きっと張り切ることだろう。


(きっと今日も、ご夫君がたの惚気を聞かせてくださるわ。楽しみね……!)


 朱華自身は、炎俊とは甘いやり取りはとんとない──それどころか、子供に人との接し方を教えているような有り様だから、余所の夫婦の可愛らしい様子はなおのこと聞きたいものだった。


 身支度を手伝ってくれる紫薇(しび)も、ほかの宮からの客人を迎えるのに慣れたようで、毎回、違った趣向で朱華を飾るのに熱中しているようだ。


「皓華宮から届いた贈り物です。今日は、こちらになさいますか?」


 そう言って紫薇が差し出したのは、珍しい夜光(やこう)の珠で造った(かんざし)だった。佳燕が御礼とお近づきの印に、とあつらえてくれたものだ。


「ええ。佳燕様と芳琳様とお揃いに、ってお話しているの」


 ふたりとも、ただでさえ甘いもの好きの炎俊のために、種々様々の菓子を手土産にしてくれているのに。佳燕には気を遣わせてしまった、と思う。


(私からも、何かお返しをしないとね。予算とかは、炎俊に聞けば良いのかしら?)


 友だちとお揃いのものを贈り合うのも、朱華にとっては初めてのこと。ふたりに似合うものを、と考えるとどうしようもなく胸が弾む。


「おふたりにも本当の名前を教えられないのは、申し訳ないわね……。仕方のないことなんだけど」


 ……ほんの少しだけ残念なのは、暗闇で光を放つという、青白い夜光珠の簪が、雪の結晶を(かたど)っていることだ。雪莉、の名前から考えてくれたのだろう。その名前の姫君はもう亡くなっていて、偽者がその名を使っているだなんて、佳燕は知る由もないのだ。


「ご心中はお察し申し上げます。でも、あの……貴女様は、表向きには陶家の雪莉様でいらっしゃいます」


 溜息を洩らした朱華に、紫薇はどこまでも優しく言い聞かせた。


「ええ。……紫薇は、ずっと(ほう)の婆の相手をしてくれてるのよね。うるさくてしつこいでしょうに……申し訳ないし、いつも感謝してるのよ」


 炎俊が黙ってくれているだけで、決して露見してはならないことだとは、朱華も承知している。今も朱華にあれこれと指示しようと接触を試みる峯──陶家の手先を、紫薇が通さないでいてくれるだけで十分だと思わなければならない。


「もったいないお言葉でございます」


 鏡越しに礼を言うと、紫薇は慎ましく目を伏せた。

 雪の結晶をどこに挿すかでしばらく試行錯誤しているようだ、と朱華は思ったのだけれど。紫薇は、何か違うことで悩んでいたらしい。鏡に映る彼女の唇が強く結ばれた、かと思うと、意を決したようにおずおずと開かれた。


「あの。ご実家のご意向を、知りたいとはお思いにならないのですか……? 炎俊様は、不要との仰せなのですが。あの方は、その、そういう機微が不得手でいらっしゃいますから……」


 紫薇(しび)の歯切れ悪いもの言いに、朱華(しゅか)は眉を寄せた。


「何? あの婆、そんなにしつこいの? 何か……脅されてたり、とか……?」


 思えば、(ほう)に会わなくて済むなら好都合と、紫薇に任せきりにしてしまっていたかもしれない。名家の一員であることをこよなく誇りに思っているらしいあの婆のことだから、侍女への当たりがきつくてもおかしくない。


(ただでさえ、私の手綱が外れて苛立っているんでしょうし、ね)


 気付いた上で目を凝らせば、鏡に映る紫薇の表情は強張っているようにも見えた。いくら落ち着いているように見えても、朱華といくつも変わらなさそうな若い女性に、海千山千の峯の相手は辛かったのかもしれない。


「……陶家が私に言うのは、さっさと懐妊しろとか、炎俊(えんしゅん)を帝位に近づけるためにあれをしろこれをしろ、って辺りだと思うの。聞くまでもないし、正直言って聞きたくないことでもあるけど」


 たぶん、聞くまでもないと思っているのは炎俊も同じだ。無駄が嫌いな彼のことだから、分かり切ったことを聞く必要はないと断じているのだろう。

 一般論を言うなら、それでも会って機嫌を伺っておくべき相手というのはいるけれど──陶家については、朱華もわざわざ会いたいとは思わない。でも──


「……紫薇が大変なら、一度私が会ってみる? ほかの宮の方々とも仲良くなったし、()()()()だって言ってやる?」


 陶家の望みは、要は自家の「雪莉姫」が皇后になること、だ。峯は、そのための()を授けようとしているのだろう。


(でも、そんなの要らないわ。心配無用、余計なことはするな、って釘を刺してやっても良いかも……!)


 卑劣な策を巡らせるまでもなく、炎俊は自分の力で帝位を掴めるはずだ。朱華には未来を知る遠見の目はないけれど、傍で見ていれば信じられる。

 碧羅(へきら)宮で、凰琴(おうきん)や取り巻きたちも不穏なことを言っていたし──陶家も、一度は予言を真に受けて「雪莉姫」を妃として差し出したのだから、動じず見ていろ、と言っておきたい。


 朱華の胸に、闘志の炎がめらめらと燃え上がりかけたのに気付いたのか、紫薇が狼狽えた声を上げた。


「い、いえ……! そのようなことをして、朱華様にもしものことがあれば、炎俊様に申し訳が立ちません……!」

「そう? 本当に大丈夫?」


 殴り込みに行くのを縋りついて止めようとするかのような慌てように、朱華は少し苦笑した。


「もしものこと、だなんて大げさね。陶家の連中が『雪莉姫』に何かするはずないでしょう?」


 今の朱華は、炎俊の寵愛を受けている、ということになっている。もはや、陶家にいた時のように鞭で折檻したりなんてできないのだ。


 もちろん、妓楼上がりの平民の小娘を自家の姫として扱うなんて、不本意に違いないだろうけれど。それでも、ややこしいけれど朱華は表向き雪莉姫なのだと、ほかならぬ紫薇が言ったばかりだ。


「ええ……そう、でした」


 それを思い出してくれたのか、紫薇はぎこちなく微笑むと目を伏せた。


「余計なことを申しました。本当に……少しだけ、心配になっただけなのです」

「なら良いけど……」

「申し訳ございません。手が止まってしまっておりました。すぐにお支度をいたしましょう」


 紫薇の話題の打ち切り方は、少し強引にも思えた。けれど、すっぴんで客を迎えるわけにもいかないのも確かだから、朱華は大人しく化粧されるのに任せた。

 ただ、紅筆が唇を塞ぐ前に、言っておきたいことがある。


「貴女も、私を本当の名前で呼んでくれるのね。嬉しいわ」


 紫薇も、炎俊と同じく彼女のひみつを分かち合う大切な仲間のひとり。朱華と呼んでくれるのも、心配してくれるのも、とても嬉しいことだった。

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