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美咲のために 4話

「――無理、かぁ……。しているように、見える?」


 美咲(みさき)の問いに、恵子(けいこ)はうなずいた。三月の半ばに引っ越してきてから今まで、弱音を一言も吐かずにがんばっている姿を、見ていたから。


「……そっかぁ」


 苦笑を浮かべる美咲に、恵子はすっとうどの酢漬けを差し出す。ほんの少しだけ醤油をかけているが、これは去年漬けたものだから、かなり酸っぱくなっている。美咲はそれを食べて――ぽろりと涙を流した。


「酸っぱいよ、これ」

「泣けていいでしょ?」


 涙を(ぬぐ)う美咲に、恵子は優しく微笑む。芽衣(めい)の『母親』として、美咲ががんばっているのは見ていればわかった。いつも気を張っているようで、時折見せる虚無の表情が気になり、ようやく問いかけることができたのだ。


「――直樹(なおき)さんが亡くなってから、いろいろあったけど……芽衣がいたから、なんとかがんばれたんだ」


 ぽつりぽつりと言葉をこぼしていく。


「そう……」

「うん。でもやっぱりさ、直樹さんのほうのご家族とは、ギクシャクしちゃって」


 軽く頬をかいて、眉を下げる姿を見て、恵子は小さくうなずく。


「だからこっちに帰ってきたの。芽衣とちゃんと話し合ってね。……でもやっぱり、まだ心の中に穴が空いている感じなの」

「……そうね、愛した人を亡くしたんだもの」


 恵子はそっと自分の胸元に手を置く。勇が亡くなったあと、その感覚を味わっている。ゆっくりと時間をかけて、その穴が小さくなっていくのを実感していた。


「お別れって、突然なんだねぇ……」


 美咲は眉を下げる。乱暴に目元を擦るのを見て、恵子は立ち上がった。そして、美咲のところに移動してそっと彼女を抱きしめる。


 ぽんぽんと彼女の頭を労わるように、慰めるように撫でると、美咲の涙腺が決壊したかのように大粒の涙が流れ始めた。


(泣くことを、我慢していたんだねぇ)


 芽衣の前では気丈に振る舞っていたのだろう。亡き夫を想って泣くことを我慢して、ここに帰ってきたのだろうと考えて、恵子はきゅっと唇を結ぶ。


「がんばったねぇ」

「……うん、私……がんばったよ。……直樹さんを、交通事故で亡くしてから、ずっと、ずっとがんばっていたんだよ……っ」


 抱きしめている恵子の腕に、縋りつくように美咲がしがみつく。その手が震えていることに気付いて、目を伏せてぽんぽんと優しく彼女の頭を撫でた。


 死別した、とは聞いていたが交通事故だったとは初めて聞いた。勇とは病死だったため、心の準備をする時間があったため、突然の別れに彼女がどれだけ驚き、嘆き悲しんだのだろうと考えてたまらずぎゅっと抱きしめる。


「うん、うん……がんばったねぇ。今日は『お母さん』をちょっと休んで、明日からまた元気な姿を芽衣ちゃんに見せようねぇ」


 恵子の言葉に、美咲はぽろぽろと涙を流しながらうなずいた。


ここまで読んでくださってありがとうございます!

少しでも楽しんでいただけたら幸いです♪

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