第九話 ゴールドとブロンズ
天幕にまた沈黙が重い腰を据えた。ギルド長に詰問されていた時と同じ。僕が何か言わなければ事が進まないのは分かってるし、何か言ったとしても事態が好転するとは思えない。結局僕はダンジョンの奥で眠るという神様に助けてくださいと祈るしかなかった。
「ブラッディ」
言ったのはエミーリアだった。名を呼ばれたブラッディ・ファルコンはというと視線を声の主に向けなかった。まるで瞑想しているかのように目をつぶっている。エミーリアは気にせず淑女の笑みで話しかける。
「申し訳ないわ。私とカケラはもうすでにパーティを組んでいるの。スタンピードの最中だったので、まだ契約書は出来てない。それはこれから。ストレンジ・アフィニティへ控えの提出もその時に」
そ、そうだった、かな。そんなこともあったような。
まぁ、でも、いいや。エミーリアなら勇者よりずっとましだ。いや、ましどころか、僕らは似た者同士。エミーリアは僕のことも分かってくれるだろう。なんたって喋りやすいしね。言い訳とかも出来そうだ。
ギルド長はブラッディ・ファルコンに視線を送る。ブラッディ・ファルコンに良いも悪いもない。全く態度や感情に反応がない。なんか違和感。もしかしてブラッディ・ファルコンはこうなることが分かっていた?
そのブラッディ・ファルコンの目がカッと見開いた。突然、僕の方に向かって来たかと思うと僕の前で屈み、椅子に座る僕の耳元で囁く。
「カケラ・カーポ。君に一つ警告をしておこう」
そう前置きすると続ける。
「仮にそこがどんなに理不尽な世界であっても、仮に世界に干渉する理由がそいつの良心からであっても、私はそれを侵略とみなす」
僕は茫然とその言葉を聞いた。はっきりとしない意識の中で何回も何回もその言葉が耳鳴りのように繰り返される。
「話を戻そうか、カケラ・カーポ君」
ギルド長の言葉。はっとした。
ブラッディ・ファルコンはというと天幕にはいなかった。僕はどうやら勇者の気炎にあてられたようだ。やばいやばい。ああ、そういやぁ、ギルドのこの人とはまだ何も解決出来てはいなかった。
「それでしたらギルド長さん。あなたにもお話したいことが」
エミーリア。ギルドのこの人にも言ってくれるんだ。
「その件については今後私に通してもらいませんか。私をリーダーとしてパーティを組んだのです。勝手に話を進められたら困ります」
ギルド長は露骨に顔を歪ませた。何か言いだそうとしたところ、エミーリアは涼しい顔で冒険者証を取り出し、これみよがしにギルド長に見せつける。
エミーリアの冒険者証はゴールド!
ゴールドはギルドに格別な功績を残したものに与えられる。その得点は多く、経費を全てギルドに請求できるとか、ギルドの法に束縛されないとか、ギルド長に命じてギルドを動かせるとか。
冒険者で唯一だと言っていい、辺境のダウラギリで起こったスタンピードに駆けつけ、しかも、その責任を果たし多くの市民を救った。エミーリアは間違いなくゴールド保持者に値する。
もちろんギルドのこの人が、エミーリアが何者かを知らないはずがない。マスター・メルヴィンもエミーリアに会えてギルド長も喜ぶだろうと言った。そのエミーリアがゴールドの冒険者証を敢えてギルド長に向かって出したんだ。
ギルド長は当然といやぁ当然だけど、はっとし、目を丸くして固まったかと思うとはぁ~とため息のような、深呼吸のような息をつく。ギルド長自らギルドの法を破るわけにはいかない。諦めたようだった。エミーリアが、それでは、と立ち上がる。
「馬車を一乗お借りします」
去ろうとして、ギルド長は慌てた。ちょっと待ってくれ、と呼び止める。
「カケラ・カーポ君」
えっ、まだ続けるの。パーティを組んだエミーリアに話を通すのもダメ、ゴールドの冒険者証も効果がない。だったらこの人はいったい何をしたら諦めるの。
「スタンピードに生き残ったら無条件にブロンズの冒険者証が与えられる。魔法が使える使えないなんてもう関係ない。ブロンズが君の実績証明となる。大概のことは何でも出来るだろうし、ここから出れば魔法のことで詮索されることはない」
ちょっと棘があるけど、思わぬ言葉に不意を突かれた。
「あ、ありがとうございます」
「君が感謝することはない。感謝するのは我々だ。多くのものを失ったが、得るものも多かった。ダンジョンを失ったこの街は放棄され、生き残った住民はどこかに移住しなければならない。だが、見ての通り、魔石の取り放題。皆、持てるだけ持ってどこかに移住するだろう。我々ストレンジ・アフィニティもこれから魔石の回収作業に移る。あれだけの規模のスタンピードだ。しかも、討ち漏らしも少なかったと見受けられる。おそらくはここ、マロモコトロ島の今後百年分の魔石を採取出来るだろう。当然魔物を倒した君ら、生き残った冒険者らにもその配当を得る権利がある。後日、ストレンジ・アフィニティから支払われよう。支払い場所は我々のダンジョン都市ならどこでも」
ギルド長の僕に対するわだかまりはもう消えたんじゃないのか。僕はこの人を勘違いしていたのかもしれない。尋ねたいことがあった。思い切って言ってみることにする。
「あ、あのう」
「なんだね、話してくれる気になったのかい」
目が笑ってない。僕が話そうとしていること、おそらくは配当の金額について僕が尋ねるとギルド長は思っている。なのに蒸し返すようなこの言いぶり。嫌味だ、嫌味。ギルド長の思っていることは違うし、わだかまりも全然解けていない。
「あ。じぁなくて別のこと。あ、いや、別のことってそういうんじゃなくて、尋ねたいことが一つ」
「なんでも聞いてくれ。私は、答えられることには全て答える」
やっぱりなんか言葉に棘がある。けど、まぁいい。僕らは冒険者だ。ここのダンジョンが無くなれば別のダンジョンに行かねばならない。最後ぐらい挨拶しておきたい。
「僕はルキフィナさんにお世話になりまして、ルキフィナさんは今どこにおられるんでしょうか」
ここ最近、ルキフィナさんに、仕事は楽しい? ってよく心配されていた。悪気はないんだろうけど、僕は心配されるのが嫌でここ何か月、ルキフィナさんの非番の日を狙ってギルドに出かけるようにしていた。
「ルキフィナか」
そう言うとギルド長の顔は曇り、言葉も一瞬詰まってしまう。ルキフィナさんに不幸が起こったのは明白。
「避難の最中、アサシン・カミキリの大群に攻撃された。助かった者の証言によるとルキフィナはバラバラにされたそうだ。遺体は見つかってない」
バラバラ。可哀そうに。
「生きていると信じていました。あんなに元気だったのに残念です。ご冥福をお祈りいたします」
エミーリアが入口の幕を上げていた。僕はギルド長に一礼するとエミーリアへと向かう。
「カケラ・カーポ君。ごきげんよう。体を大事にな」
僕は立ち止まり、振り返る。もう一度一礼をし、ギルド長もご自愛ください、と言葉を返す。僕たちはギルドの天幕を後にした。