第八話 勇者
「ダンジョンに潜っていたパーティで帰って来たのは入り口近くにいたほんの五組だけ。彼らが戻って来てくれたおかげでスタンピードを事前に知れた。発生時もそれから大体は推測出来る。カーポ君、君はその時どこにいた? スタンピード発生時と大体同じ頃、君はパーティを追放されているね。ギルドが使っている契約書、あのインクは魔法のインク。本紙を破けば我々が預かっている写しの方の文字が失われる仕組みとなっている。で、これが君の契約書だ」
そう言ってギルド長は白紙の契約書を見せた。
「君はいつどこで追放された? 君たちが五日前、ダンジョンに入ったのは記録に残っている。ダンジョンの中なのか、中だったらどれぐらい降りていた? 君のパーティ、特にあの貴族二人は凄腕だ。それともなにか? 君はあくまでもダンジョンの外で追放されたっていうのか?」
ギルド長は僕を畳み掛けようとしている。僕は言葉巧みにこのおっさんを丸め込まなくちゃぁならない。
無理だ。初対面の人間に普通に話せないのに、しかもそれがギルドの偉いさんなんて。何か言えば揚げ足取られるに決まってる。
僕が答えないと見るやギルド長は指をパチンと鳴らす。すると入り口の幕が上がった。毛布の掛けられた担架が男二人によって運ばれてくる。二人は担架を置くと出て行った。
「魔物が死ねば魔石を残して消える。だが、スタンピードのボス、バルログが残したものは魔石ではなかった」
ギルド長は机から席を外すと担架の前に立ち、かぶせてある毛布をめくる。
現れたのは異形の死体。右半分が男で左半分が女。頭は二つで男女それぞれ一個づつ。手足は四本、丁度二人の人間を首元からケツまで切って、その片方づつをくっつけたような。
ギルド長は顔をゆがめた。
「これが、バルログの残したもの」
そんなぁぁぁ、バルログの時点で救いがないのに、これはいったいなんなんだ。バルログで暴れていた方がまだ尊厳を保ててた。
「死体の男部分はエイブラハム・アディントン、女部分はローズ・サージェント。共に大貴族の子息令嬢。あと二人を加えたそのパーティのポーターを務めていたというのがカケラ・カーポ。君だ」
ギルド長が目を合わせてきそうだったんで、慌てて視線を自分の足元に伏せる。
「私は知りたいだけなんだ。勇者も君をスカウトするぐらいだ。君は強い。実際、魔物が溢れるダンジョンからただ一人生還し、スタンピードも生き残れた。見たんだろ、一部始終、その全てを」
ああ。でも、スタンピードになるなんて全く考えてなかった。“選ばれし者”を軽く見てた。僕じゃなくてもいいと。けど、もう分かった。僕はもう二度と同じ過ちを犯さない。場合によっては人間と殺し合いも辞さない。事実、僕は村から旅立つ時にその覚悟を僕自身に示して見せたではないか。僕はやった、出来るんだ。次は絶対に失敗はしない。
「どうしてこうなった。最深部でなにがあった、カケラ・カーポ君。知ってるんだろ。君ならスタンピードを回避できたんじゃないのか。なのに追放なんて異常なことがなぜ起こった。君がその強さを隠していたことが原因じゃないのか。なぁ、君はいったい何者なんだ。教えてくれ。私はダンジョンと街、併せてまるまる一つ、そこで働くギルド職員までひっくるめて丸ごと失った。私にはそれを知る権利がある」
権利? そんなんならギルド長だけでない。これは全人類に関係することだ。けど、僕だけの問題。あなたが知ったとて何もできないし、かえって僕の邪魔になる。事実、あの貴族たちは欲に目がくらんで僕の邪魔をした。
目を伏したまま押し黙る。ギルド長もマスター・メルヴィンも僕の言葉を待っていた。僕はこの時間が早く終わるようにダンジョン奥深くに眠る神に願うしかない。
突然、外が騒然となった。応援に来たギルドの職員と多くの明けの星団が騒いでいる。それが静かになったかと思うと今度は地面を踏みしだくサバトンの金属音。徐々に近づいて来て、入口の幕が上がる。
現れたのは勇者ブラッディ・ファルコン。百九十ラル(センチ)の長身、それが天幕の入口で立ち止まる。いや、固まっている。ドラゴンのアーメットヘルムから覗く視線はエミーリアに注がれていた。
エミーリアも表情に小さな笑みを落としてブラッディ・ファルコンを見詰める。
それはものの数秒。お互い無かったことのように二人はプイっと視線を切る。ブラッディ・ファルコンは僕らから五、六歩離れて行って立ち止まる。天幕の隅に腕を組んで陣取った。
ブラッディ・ファルコンが入って来た数秒。あれはいったい何だったのか。ちょっと何が起こったのか分からない。エミーリアを見つめる感じ。こんなところで会うなんて予想もしていなかったって感じか。驚いて固まってしまっていた。それだけじゃない。それからなんか、不貞腐れた感じを出した。面白くないのは明白。
一方エミーリアはブラッディ・ファルコンの名を聞いた時もそうだけど表情がちょっと明るくなったように思える。ウキウキしてる? 嬉しい、いや、楽しいって感じか。二人の印象がなんだかちぐはぐだ。いずれにしても二人がお互い知り合いなのは疑いようもない。
「さて、カケラ・カーポ君。ブラッディ・ファルコン殿の依頼の件だ。ブラッディ・ファルコン殿とパーティを組む。君はそれを受けるか」
腕を組んでたたずむブラッディ・ファルコンから燃え上がるように盛んな気勢を感じる。ギルド長は面白くないよう。僕から何も訊き出せていない。勇者に連れていかれれば話は終わりだ。僕はというと願ったり叶ったりだ。金輪際、ギルド長モーガン・エイムズに絡まれることはない。
でも、僕はやらなきゃいけないことがある。“知恵の果実”を手に入れることだ。僕はまた視線を落とした。絶対に勇者とは組めない。
勇者はあのバルログを倒した。圧倒的な強さだ。纏う気炎を飛ばすだけでも常人は卒倒してしまうのだろう。その勇者が欲に眼がくらんでいたとするなら。いや、そもそもなんで勇者が僕をパートナーにしようとしたんだ?
ブラッディ・ファルコン。こいつは感付いている可能性がある。あの貴族たちは“知恵の果実”をその目で見るまで実在を信じていなかった。けど、勇者と謳われるブラッディ・ファルコンならどうだ。バルログと化した貴族二人の死体は見たはずだ。
勇者でさえ手を焼いた魔物、バルログ。だがもし、勇者が“知恵の果実”を手に入れたなら。
それはもう目も当てられない。僕なんかじゃどうにもならない。世界を正常な形に戻すというのとは真逆。世界が滅ぼされかねない。
いや、待てよ。僕の考察通りブラッディ・ファルコンが“知恵の果実”と僕の関係を見抜いて僕を仲間に引き入れようとしているなら。
それはスタンピードが起こった原因も分かっているってことじゃないのか。
こえぇー。相手は勇者と謳われるブラッディ・ファルコンだ。それだけじゃないかも。僕が魔物に育てられたってことも感覚か何かでなんとなくだけど、察知しているかもしれない。
改めて思った。ブラッディ・ファルコンと組むなんて絶対に嫌だ。この依頼は何をおいても断るべきだ。僕は視線を上げてそおっと上目遣いにブラッディ・ファルコンを見た。
ブラッディ・ファルコンが僕の視線を察知したのか、瞑っていた目を開けてギロリと僕を見る。心臓が凍った。僕は慌てて目線を下げる。嫌だ。こんな怖い人に断るなんてこと、出来っこない。
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