第七話 ギルド
女の子が行ったのを見計らってか、エミーリアと“明けの星団”四人が僕の前にやって来た。その中に一人、最も年上っぽい男が僕に手を差し出す。
「私は明けの星団のマスターの一人、メルヴィン・ウェイド。以後、お見知りおきを」
僕は初対面での会話は苦手だけど、上っ面でお決まりな感じなら大丈夫。それはルキフィナさんで実証済。
「カケラ・カーポです」
明けの星団のマスターと握手をした。それから他の三人も同じようにそれぞれ名前を聞き、僕も名前を言って握手する。
「戦力的に不十分だった。我々は玉砕覚悟でここにやって来たんだ」
マスター・メルヴィンは苦々しい顔つきでそう言葉を吐いた。ギルドに登録するうえでいくつかのルールを遵守しなくてはならない。スタンピードが起こればどこにいても駆けつけるっていうのはその一つ。
物理的にも時間的にもそんなのは無理だと言ってはいけない。要はその素振りが大切なんだ。もちろん、ここは辺境のダウラギリ。普通に来ようと思ってもなかなか来れるところではない。
そもそもスタンピードの救援なんて正直誰もやりたくない。ギルドのため、人々のために命を捨てる義理なんてどこにある? お約束通り、素振りだけで冒険者は一向に集まって来なかった。
いや、それは言い過ぎか。エミーリアが来た。エミーリアは元々ダウラギリにいなかった。変なのが百人来るよりはエミーリア一人の方がよっぽどいい。
「我々はあなたに感謝する。エミーリア嬢から話を伺いました。あなたがいなければ我々は生き残ってない」
“話を伺いました”という言葉にちょっと引っ掛かった。僕はエミーリアに視線を移す。エミーリアはというと口角をあげ、僕の目をしっかり見るとコクっと小さく頷く。
そんな僕とエミーリアの無言のやり取りから、マスター・メルヴィンは僕の言いたいことを察したようだ。
「申し訳ございません。言葉足らずでした。魔物を倒したお話はお伺いしましたが、カーポ殿がどのように倒したかまではお話し頂いてはおりません。もちろん、聞くとなれば直接カーポ殿に許可を得る所存」
魔法の属性や得意魔法などは個人情報だ。ダンジョン界隈ではこの手の情報を流出させてしまって命を落とした者は数知れず。かくいうこの僕もそれは絶対に人に知られたくない。嫉妬、自尊心。僕はこう見えても人間の怖さを十分すぎるほど知っている。
「カーポ殿、少し時間を頂きたい。ギルド長が貴殿に会いたいと。ギルドは郊外の森に天幕を張っている。私たちがそこまでご案内いたします」
ギルドと一口に言うが、それは十の冒険者ギルドと六つの商業者ギルドを総称している。おのおのが地方地域で活動範囲を分け、それぞれ独自にギルドを運営する。冒険者証がどこのギルドでも通じることから冒険者が一まとめにギルドとそう呼んでいるだけ。
ここダウラギリは、大陸の南東に浮かぶ比較的大きな島マロモコトロに唯一あるダンジョン都市。管轄している冒険者ギルドは、ストレンジ・アフィニティ。
そのギルド長になぜ呼ばれるのか。調子に乗って目立ち過ぎたと思った。魔法の属性とかはもちろんのこと、どこで魔法を学んだとか、僕に興味を持たれたら困る。過去とか詮索されかねない。僕はまたエミーリアに視線を送る。嫌な予感しかしない。
「大丈夫よ、カケラ。私もついていく」
僕にそう言うとエミーリアはマスター・メルヴィンに、よろしいでしょ、と念押しする。マスターに拒む理由もない。名高いエミーリア嬢とお会い出来てあいつも喜ぶでしょうと答える。僕らは連れ立って郊外の森へと向かう。エミーリアは金の錠がついた革製のスーツケースを手にしていた。
マスター・メルヴィンは道すがらギルド長のことを僕らに話す。二人は同じ釜の飯を食べたという。名前はモーガン・エイムズ。生真面目なやつだが、気のいいやつだとも言った。
僕はギルドに一般の肉体労働者として登録している。普通は騙してでも魔法が使えるとプロフィールには入れたいもんだ。そうすると色々と特典がついて来る。担保なしで融資を受けられるとかね。でもね、申告すると魔石を使っての属性確認がある。
魔法は幾つかのある特定施設か、誰かに師事するかしか体得する方法はない。といっても後者はかなりあやしい。普通に騙される案件だ。
魔法の習得には大金がかかる。だから、どうひっくり返っても普通に暮らしている労働者に魔法の修得は難しい。魔法にバーゲンセールはないんだ。
僕は、どこの村でどうやって育てられたかギルドに詮索されたくない。魔法を知っているってなると普通ならその筋に確認すればいい。すぐに何者かが分かる。けど、僕の場合はその限りではない。そりゃそうだ。僕は教団が運営してる魔法学校なんかに行ったためしはない。
彼らからしてみれば僕の場合はどちらかというと詐欺の案件の方。その僕がスタンピードで大活躍したんだ。誰にどのようにして魔法を学んだか、魔法を使える者なら誰でも知りたがる。
逃げるって考えもあった。でも、僕の目的は“知恵の果実”を得ること。“知恵の果実”はダンジョンにしかない。ダンジョンはギルドが握っている。
やだなぁ、やだまぁと思いつつギルド長に会った。ギルド長は僕とエミーリアに挨拶と感謝の念を伝えると木製の机に座り、担当直入に僕を呼んだ理由を説明した。
一つにスタンピードが起こった時、僕がどこにいたかということ。一つに僕がパーティから追放されているが、そうなった場所がどこかということ。一つに僕が魔法を使える疑いがあること。だとして、なぜ、僕が敢えてギルドに一般肉体労働者と登録したのかということ。
そして、最後はあの勇者だ。僕をパートナーにしたいと勇者がギルド長に仲介を依頼してきた。僕がその界隈で知られていて、その実力を偽らなけりゃならない何か理由がダウラギリのダンジョンにあったにちがいないということ。
ギルド長はこれら疑問に、意見でもいい、答えてほしいということだった。僕とエミーリアリアは背もたれの大きな、ひじ掛けのある布張りの立派な椅子に腰かけている。マスター・メルヴィンはただ立っていた。
案の定だった。ため息しか出ない。マスター・メルヴィンはというと話が思ったより複雑でここにいるのが場違いだと思っている。エミーリアの沈黙はどうとったらいいのか。なんとなく嬉しそうに見えるのは僕の思い過ごしだろうか。