第五話 魔法とスキル
名前? あっと思った。そうだった。言っていなかった。すごく顔が熱い。絶対に真っ赤になっている。
ふふっとエミーリアは笑った。
「新手が来たようね。わたしが派手にやったからかしら」
笑みは暖かそうで柔らかい。エミーリアは鞭の柄尻に魔石をはめ込む。緑色だから風属性の魔石。現れる魔物は土属性ってところか。
ビックシザース。別名、大サソリ。やはり土属性。
魔物も人も、元来持ち合わせた属性以外の魔法は使えない。そして、性格を何パターンも持ち得ないのと同様、魔法の属性もたいていの場合一つ。
けど、魔石を使えばそれに当たらない。例えば水の属性持ちの冒険者が雷の属性を持つ魔石に魔力を流し込めば、雷の魔法が発現する。さっきの戦いを見てもエミーリアは僕と同じ水の属性持ち。風の魔法を使うとなれば魔石が必要となる。
六行相克。それに陰陽特殊三行を加えて冒険者には必須な知識。ぞくぞくとビックシザースが集まって来る。体長は三マール(3M)。それが二十、三十と瞬く間に増える。この分だと百は簡単に越しそうだ。
エミーリアに緊張の色は見えない。ましてや絶望感なんて微塵もない。それどころか、みなぎっていくパワー。そしてそれは素早さも防御力も、魔力も魔法防御力もそう。
「分かった? そういうこと。これはわたしのスキル。わたしのテリトリーに入った魔物一匹に付き一段階。攻撃力、素早さ、防御力、魔力エトセトラ、全てにおいてバフが掛かる。今だったらビックシザースなんて手で引き千切れる」
満面の笑み。こえぇー。あの爆発でも無傷なわけだ。ていうかこの人のスキル、スタンピードのためにあるようなもん。スキルはギフトと聞いた。生れ付きか、何かの拍子に覚醒するか。誰しもが持てるものではない。彼女も特別な運命が与えられている。
「疾風怒濤」
風魔法と鞭の合体技。半月型の巨大な斬撃が飛んだかと思うと群れの右から左までごっそりと横一線に薙いでいく。いきり立つ尾や、これ見よがしに大きく上げた岩のようなハサミが何百も一斉に宙に飛んだ。
「地走り」
幾つもの斬撃が地面を走っていく。ビックシザースの群れはまるでまな板の上の白菜のごとくざく切りにされる。
「旋風刃」
さらにそっからみじん切り。ビックシザースらは木っ端のごとく吹き飛ばされる。エミーリアと名乗った美女は数百匹のビックシザースをあっという間に殲滅した。
こうして見るとエミーリアのスキルは、どうやら魔物が魔石を残して消えてしまうまで効果があるようだ。殲滅したからって一挙にバフが消えるってことはない。徐々に剝がれていくって感じ。
地響きと共にゴーレムが一体現れた。よく見かけるやつとは違う。二日前に初めてダンジョンの最深部で見かけたやつだ。でかい。身長が十マール(10M)はあろうか。
ゴーレム=ハイ。
重さと高さは単純に物理攻撃を底上げする。体の厚みも城壁と一緒で、分厚ければ分厚いほど強度が上がる。多種と混成で現れたら厄介なやつだ。文字通り壁になられてしまう。
今回は単独。やりやすいと普通なら考えるが、エミーリアにとって幸運かどうか。スキルが役に立たない。強かろうが弱かろうが敵一体ならバフは一段階。
「神籬」
ゴーレム=ハイの足元に木の芽が発芽したと思うと見る見るうちに成長していく。あっという間にゴーレム=ハイを幹に飲み込み、十マールを越える巨木が目の前に出現した。これがエミーリアの魔法。
神籬は敵を捕縛し、神木の神気で魔物を弱らせ、行動不能に陥らせる。特にアンデット系のゾンビ種やスケルトン種、マミー種などには有効で、行動不能どころか浄化してしまう。リッチーやネクロマンサー対策に無くてはならない魔法とされる。
属性は陽の木。六行相克、それに加え陰陽特殊三行のうち、木属性は特殊三行に数えられる。土と水の二属性を扱えるためだ。
土と水の属性を同時に持ったため木の属性が発現したのか、木の属性がそもそも土と水の属性を内包しているからなのか。この他に特殊三行には爆の属性と金の属性がある。それぞれが六行のうち数個の属性を扱うことが出来る。また、六行相克と同じように特殊三行もそれぞれが相克の関係にある。
軍隊アリが押し寄せて来る。溶解液を吐き、何でも嚙み切る体長一マール(1M)の黒光りする凶暴なアリだ。絶えず集団で行動し、ダンジョンでも数の暴力で冒険者たちを圧倒する。言うまでもなく今はスタンピード下。
瞬く間に大地を黒く染めていく。エミーリアはまたスキルで各種能力をうなぎ上りに上昇させていく。鞭を構えた。風の魔法を発動するのだろう。かくいうこの僕も、実は木の属性持ち。ただし、僕のは陰なんだけどね。
「裏見草」
つる植物が地面の至る所から芽を出したかと思うとつるを伸ばしていく。あっという間に軍隊アリ全てを巻き取っていく。
同じ木属性の魔法なんだけど、僕のつるはエミーリアのと違って神気はない。相手の生命や健康を害するデバフか、状態異常の類。例えば他の魔法では脳を侵して幻覚だって見せられる。陰と陽の違いさ。“裏見草”はというと状態異常、触れたものを麻痺させる。
そして、僕のスキル。木の属性同様、誰にも見せたことはない。僕はこう見えても人間の怖さを十分すぎるほど知っている。持たざる者の嫉妬はあなどれない。バックパックから魔石を取り出した。それを手の甲に特製のベルトでセット。
「迫真! スキル躍動!」
ぎゅっと縛り付ける。
「旋風座乗」
これは獣種狐型魔物いづなのスキル。僕は風を集めると旋風を作った。えいっとバックパックを背負ったままそれに乗る。
エミーリアは金色の瞳が印象的なその目を丸くしていた。僕の魔法に驚いたのだろう。それにスキルにも。
「僕はカケラ・カーポ」
僕が名乗ったからか、エミーリアの顔がパッと明るくなって口角が上がる。ぷるんとした唇が弾んだ。
「よろしく。カケラ」
よかった。エミーリアは僕が木の属性でスキル持ちなのを喜んでくれている。
飛び立つと“裏見草”で封印された軍隊アリの上スレスレをくまなく飛ぶ。早く飛べば飛ぶほど僕の周辺に強力な真空の刃が発生する。これがいづなのスキル“旋風座乗”。あっという間に軍隊アリの軍団は一匹残らず切り刻まれて魔石を残して消える。
本当はウルク=ハイのスキル“ドラゴンの魂”を使いたかった。軍隊アリなんて飛ばなくてもそこにいて一息でぜぇ~んぶ駆除出来た。でも、仕方がない。ウルク=ハイはボス部屋の主。その魔石を使ったならスタンピードの発生時、僕らがボス部屋でボスを倒していたことがばれる。
いくら親近感が湧くといっても相手は初対面だ。全てを晒すなんてこと、絶対に出来ない。