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最終話 パーフェクトワールド

ヘルトラウザの魔石だけがないなんて恣意的すぎる。やっぱりルチアか。金貨九十八枚を手に入れたとして魔石はあったらあったで邪魔にならない。しかも、ヘルトラウザの魔石は超レアな黒の魔石。


いや、ルチアがそんなことするはずがない。もしかして、ルチアの部屋に落としたのかも。バックパックとその中身を部屋にとっちらかしたまま部屋を出た。ホテルの外はうっすらと明るくなっている。ホテルに来た道のりを逆にルチアの部屋へと向かう。


道中、目を皿にして路面を確認した。やっぱりなかった。気が付けはルチアの団地、八号棟の前だった。三階のルチアの部屋の窓を見上げる。もしかして、ルチアは戻っているかもしれない。僕がルチアの部屋で目覚めた時、ルチアがいなかったのは朝食の準備のために朝市にでも出かけたんだ。


けど、何も状況は変わってなかった。ルチアの部屋はもぬけの殻だった。床を隅々まで調べ尽くす。ヘルトラウザの魔石は全く見当たらない。嫌な想いが頭を埋め尽くしていく。ぞわぞわっと血の気が引いていった。ルチアは本当にいなくなってしまったのか。生活の痕跡を求めて部屋を物色する。


小さくて殺風景な部屋だ。すぐにそれは済んだ。着る物も道具もルチアのだと言えるものは何もなかった。ただ、テーブルに僕がプレゼントした花束が置かれていた。ルチアが残したのはそれだけだった。


あとのことは何も覚えていない。どこをどうやって帰ったのかホテルの部屋に入るとエミーリアが立っていた。


今日、ダンジョンに潜る予定なのに昨夜は帰ってこず、朝になって帰って来たかと思えば何も言わずまた部屋を出て行ってしまった。怒ってもいいもんなのにエミーリアは何も言わない。


眉を下げ、ダンジョンでケガ人に会った時のように痛々しい表情でエミーリアは僕に手を差し伸べる。僕の体に傷なんかなかったけど、正直心はズタボロだった。エミーリアが僕を抱く。すると僕の感情は堰を切ったように溢れ出す。エミーリアの胸の中で声を上げて泣いた。


子供をあやすようにエミーリアは僕の頭を撫でてくれていた。どれくらい経ったか僕が落ち着くとリビングのソファーに座らせた。そして、お茶を僕の前に出す。


「暖かいわよ。飲んで」


飲む気分ではなかった。でも、エミーリアが僕を想って入れてくれていた。カップを手に取り、少し唇を湿らす。それを二度三度繰り返した。


エミーリアはいい人だ。僕をこんなに想ってくれている。出来るなら今日、ダンジョンに潜りたかった。でも、ごめん。ヘルトラウザの魔石を失った。ダンジョンなんて無理だ。ヘルトラウザと一緒じゃなきゃダンジョンに潜れない。


ダンジョンに潜れなければ“知恵の果実”を得るなんて到底無理。何とかしてルチアを見つけ出さないと。けど、どうする? なんにしてもエミーリアにルチアが犯人であることを話さなければならない。


それも無理だ。ルチアを罪人にするわけにはいかない。ルチアは魔法を勉強するために聖都ロトルアに旅立った。彼女には希望がある。彼女の父親のようにやさぐれてしまってはいけない。


「当分、ダンジョン探索を止めましょう。私たちには休暇が必要だわ」


えっ? て思った。僕はエミーリアに何も話していない。エミーリアの包み込むような笑顔。エミーリアは僕の様子から何かを察している。


「大丈夫よ、カケラ。何も心配しないで。あなたはきっとまたダンジョンに潜れるわ」





二日経った。僕の部屋はあの日のまんまで物が所狭しと広がっている。バックパックもしおれた風船のようにだらりと山となっていた。ベッドから起き上がる気力もなく、やることと言えば、天井を眺めるか、ベッドの上から散らかった部屋を見下ろすだけ。


昼過ぎ、エミーリアは出かけたようだ。靴の音やドアが閉まる音で何となく分かった。多分、出かけたのは僕と関係している。ルチアが見つかったのか? いや、それはない。僕はエミーリアにルチアのことは話していない。


そのエミーリアが夕方に帰って来た。僕の部屋のドアをノックする。おずおずとベッドから降りた。足の踏み場の無い床をたどたどしく進み、ドアを開けるとやはりそこにはエミーリアが立っていた。エミーリアの表情は相変わらず包み込むような優しい笑顔だった。


「こっちに。話があるの」


リビングへ行き、僕にソファーに座るよう促す。事が進展する希望もないけど逆らう気力もない。言われるがままとぼとぼとリビングへ向かうとソファーに腰を下ろした。


エミーリアはリビングテーブルを挟んで向こうに座る。


「あなたのスキルは魔石に関係している。そうでしょ」


そう言うとエミーリアは僕の返事を待たず、話を続ける。


「あなたは魔石を失った。それはあなたにとってすっごく大事な魔石。ダンジョンに潜る気力をあなたから奪ってしまうほどの」


えっ? て思った。なんで分かるの? エミーリアは僕の表情を見て図星と思ったのだろう、ふふふと笑う。


「バックパックの中身を広げ、しかも、あんなに大事にしてたバックパックもほっぽりなげて部屋を出て行ったもの。帰って来たら帰って来たであなたの表情。わたしでなくても誰だって分かるわ」


ことり、とテーブルの上に皮の小袋が置かれる。


「今日、これがギルドに持ち込まれた」


はっとした。あわてて小袋を取る。指先が震えて縛っている皮ひもがほどけない。天地さかさまにして小袋を振った。


ぼとりと手のひらに黒い魔石が落ちる。僕は魔石のスキル保持者だ。触ってすぐに分かった。間違いない。これはヘルトラウザの魔石。


じわっと瞳に涙があふれ出す。嬉しくて、嬉しくて、魔石をぐっと胸に抱きしめる。手元に戻って来たのは何ものにも代えがたい。けど、正直気分はまだすっきりと晴れていない。ある心配が胸を曇らせていた。


「これをギルドに持ち込んだ人はどうしましょ」


その言葉は僕の胸をぐうぅっと締め付けていく。ヘルトラウザの魔石が見つかったということはそういうことなんだろ? 


「わたしはここ最近、レアな魔石や道具が持ち込まれてないかギルドに調べさせていたの。そして今日、それがここの市庁舎に持ち込まれた。この世に幾つもない黒色の魔石でしょ。値が付けられない。市庁舎ではちょっとした騒ぎになった」


話の感じからギルドは持ち込んだ人をなんやかんや口実を付けてその身柄を確保しているようだ。ごくりと喉がなる。


「状況からあなたがその人にそれをあげたとは私にはどうしても思えない。あなたは魔石のスキル持ちだからレアな魔石を手放しはしないし、ギルドに持ち込んだ人もダンジョン探索で自ら手に入れたとも思えない。その人は魔石の価値も分からない、冒険者登録なしの町娘だった」


もちろん、罪なんか問わない。ヘルトラウザは無事戻って来たんだ。それだけでいい。ただ、ここまで聞いて妙な違和感を覚えた。“冒険者登録なし”っていうのもそうだし、よくよく考えれば、エミーリアが言った“今日”っていうのも。


ルチアがわざわざ舞い戻って来たとは思えない。僕の耳元で聖都ロトルアに行くって言ったんだ。あの場面で嘘をつくなんて絶対にあり得ない。部屋も調べたんだ。


じゃぁいったいギルドで確保されてる町娘って誰なんだ。


「エミーリア。持ち込まれたのは今日って言ったよね」


「そう、今日の昼前」


ルチアかどうか。ルチアじゃないと思うけど、事実を聞くまではルチアじゃないというのは分からない。ルチアかもしれないし、ルチアじゃないかもしれない。


違和感の正体を知りたい。もし、ルチアだったら、出来るかどうか分からないけど、ルチアのことを綺麗さっぱり忘れる。願わくは、ルチアとの再会をいい思い出に。


「も、持ち込んだのは誰?」


「持ち込んだのは、花屋の娘」


あ、ああ! と思った。花束をバックパックに挿そうとまごまごしてたんでその子が手伝ってくれた。


あの時だ!


ルチアじゃなかったんだ。ルチアじゃなくて良かった。喜ばしい安堵の気持ちが胸いっぱいに広がっていく。体が震え、また涙がじわっと溢れ出してきた。ありがとう、ありがとうってエミーリアに何度も言った。


エミーリアは僕のかけがえのない大事な大事な二つのモノを取り戻してくれた。いくら感謝しても感謝し足りない。もちろん、花屋の子の罪は問わない。





ダンジョンの石壁にはギルドの施設を兼ね備えた城門がある。石壁にへばりつくように建設されたその左右の角にはD形の側防塔があり、威風を漂わせている。馬車はロータリーに滑り込み、その城門の前に停車する。


エミーリアが先に降りた。僕もあとに続く。御者台から颯爽と降り立ったラッキーさんが金の錠がついた革製のスーツケースを荷台から取り、石畳に置く。僕のバックパックも降ろされた。


エミーリアはスーツケースを手にすると城門へと向かう。僕もバックパックを背負った。ラッキーさんはいつものように馬車に身を預け、腕組みしている。僕はエミーリアの後を追う。


城門では側防塔に各一人、城門内部には上官と四人の部下が門を固めている。エミーリアはゴールド冒険者証をその上官に見せる。僕も冒険者証を出した。上官の命令により門が開かれる。その先は高さ五マール(5M)、幅五マール(5M)、長さ三十マール(30M)の、石壁に穿たれたトンネルだった。


両サイド五マール(5M)おきに灯りが灯され、十マール(10M)おきに鉄格子が下ろされている。僕らが進むたびにその鉄格子が天井内部に引き上げられていく。最後の扉は補強された鉄の一枚扉。ギギギと大きな音を立てて上へスライドする。日の光が足元からトンネルの奥へと伸びていった。


百マール(100M)先にダンジョンの出入り口があった。僕らは城門から外へ一歩を踏み出す。エミーリアは歩調を変えることなく、市庁舎にまるで出勤するギルド職員のようにスタスタとダンジョンの入り口へと向かう。振り返ると石壁に沿って大きな重りが上へと引き上げられていた。


頂部の回廊でギルドの衛兵が大きな歯車を回している。分厚い鉄の一枚板が石壁沿いに下りて来て、やがてはトンネルを塞ぐ。


立ち止まる僕を、エミーリアは振り返って待ってくれていた。僕はエミーリアの下に急ぐ。


世界は何かが間違っている、と僕は思う。神の眠るダンジョンの最深部、試練の扉の向こうに行かなくてはならない。神の目覚めた世界、パーフェクトワールド。そこは人や魔物や動植物、すべての生き物が救われるという。






≪  第一部 完  ≫




ここまで読んで頂きありがとう御座いました。カケラ・カーポの活躍はいかがだったでしょうか。切りのいいところで一旦は完結させたいと思います。


第二部は、エミーリアの秘密について深ぼっていく予定です。その他にエヴァンジョエリ卿と帝国の対立。帝国の大魔導士や知恵の結晶の教主に加え、ルチア・リクスト、ブリタニー・コニー、勇者ブラッディ・ファルコンなどが再登場する予定です。


もしよければ、第二部を投稿した折に皆様とまた会えれば幸いです。


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