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第三十七話 覚醒

僕の記憶は人の争いから始まる。三歳になる前のことだ。洞窟から鉄格子越しに満月を眺めていると森の異変に気付く。森の中で無数の炎が揺らめいていた。どうやら灯りは松明で、それは列を成して僕の方へと向かって来ている。


物凄い悪意を感じた。何か恐ろしいことが起こると子供ながらに分かったものだ。ヘルトラウザは細く長い指で僕の頭をやさしく撫でる。


「大丈夫よ。私のかわいい坊や。じっとしてなさい」


僕を岩の影に入れ、ヘルトラウザは消えた。洞窟の外は松明を持った人が大勢いた。柴や木材を担いでいる者もいる。何人かで鉄格子に鎖を結び付けるとその鎖を大勢の人たちが手にする。そして、声を上げて一斉に引く。


鉄格子はきしみを上げていた。そこへまた新たに多くの人が集まって来る。その人らは鎖を引くのを妨げる。


彼らは言い争っていた。鎖を引いていたのは村に疫病が流行っているのは洞窟に住む悪霊のせいだとする者たち。新たに来た者たちは、ここの悪霊のせいではないと主張する者たち。その人らはこうも言っていた。


疫病はマロモコトロ全体で流行っている。もし、疫病がここの悪霊のせいでなく、そのうえさらにここの悪霊を怒らせでもすればどうなるか。この村は間違いなく滅びる。


双方は譲らなかった。主張のし合いから始まり、罵り合いとなり、結果殴り合いにまで発展する。恐ろしい光景だった。


誰もが顔をゆがませ、口から飛沫をまき散らせながら奇声を発し、髪を振り乱して棒を振り回す。相手の頭だろうが、顔だろうが、容赦なくぶちのめしていた。月明かりに照らされた彼らの表情、行動は今なお忘れられない。


やがて戦いは洞窟を守ろうとした側の勝利で終わる。ヘルトラウザが能力を使って戦いに介入したんだ。夜が明けると惨状が明らかとなる。気を失ってのびている人、うずくまって動けない人、人を抱いて泣いている人、悲惨な光景に村人は正気を取り戻したようだ。皆、嗚咽を漏らしていた。


それから毎年新年になると必ず若者が大勢洞窟に押しかけて来た。人は集まると必ずお酒を飲んで暴れるらしい。酔っ払って騒ぎ、洞窟の中に向かってののしり、火矢を射かけてくる。


戦って負けた側の雪辱を果たしたいのか、それともただ単に度胸試しなのか。ヘルトラウザはこれを彼らの成人の儀式だと言った。村でちゃんとした儀式があるんだろうけど、一部の集団で始められた洞窟の前のバカ騒ぎが若者の内で慣例となった。


僕らはののしられても、矢を射かけられても彼らをほっといた。彼らは酔いが覚めれば帰っていくし、帰ったら帰ったで当然悪霊の呪いなんか何も無い。


彼らにとっては、洞窟の中に矢を射かけられるか射かけられないかが何より重要だった。勇気と覚悟を示す。仲間同士でお互いを認知し合い、集団の結束力を上げる。彼らはそれを無意識でやっているのだとヘルトラウザは言っていた。


だからだと思う。二、三年でもう、彼らの頭の中に僕らの存在は全く消え失せていたように思える。つまりそれは、僕らは過去のものどころか存在すらも疑わしいってこと。洞窟の前での乱闘も同じ。それまでは何の音さたもなかったそうだ。たまたま疫病が流行って僕らは村人に思い出されてしまった。


僕はどこの誰だかわからない。名前はヘルトラウザが付けてくれた。森の中で泣いていたのを拾われたのだという。


それはたまたまではないとヘルトラウザが言っていた。ある日突然、神の言葉を聞いたと。


『選ばれし者が南東の辺境でもうすぐ生まれる。選ばれし者を養育しなさい』


その言葉を聞いた途端、ヘルトラウザは閉ざされた意識が解放されたような、頭に風が吹き抜けていったようなスッキリとした気分になったそうだ。それまでは、ダンジョンから人間を排除しろという言葉だけが頭の中にあった。気の遠くなるような長い時間、人間を求め、死霊のようにダンジョンを彷徨っていた。


ダンジョンから出るなんて考えてもみない。ヘルトラウザはエヴァンジョエリ卿の居城バトゥーラ・サールのすぐ近くのダンジョンで生まれた。ダンジョンから出、初めて日の光を浴びたのは忘れもしない。何ともすがすがしい気分だったとヘルトラウザは言っていた。


外の世界に恐ろしさは全くなかったそうだ。スキルを使えば街中でもなんてことはない。お告げは度々続いたという。ヘルトラウザはそのお告げの主を、ダンジョンの神だと言っていた。導かれるままに旅をし、マロモコトロの森で僕を見つけた。抱き上げた時、僕をどうやって育てればいいか昔から知っているかのように頭の中にもうその知識はあった。


と同時に、ヘルトラウザは自分がなぜ生まれたかも理解したという。自分のスキルも真能の属性も全てはこのためのもの。震えと興奮に襲われた。気持ちは満ち足り、今まで味わったことのない幸せな気分になったそうだ。確かにヘルトラウザの魔法属性は特別だった。


魔法は六行相克、それに加え陰陽特殊三行で成り立っている。魔導士も魔法剣士も、もっというと魔物でさえ、万物の循環からは逃れられない。ただ一つの属性を除いては。


時空間。魔法やダンジョンについて学んでいく中で、よおぉく理解できた。それはダンジョンボスや試練の部屋のボスをも持ちえない属性。神の領域だと言っていい。


ヘルトラウザは洞窟を見つけるとそこに住み着いた。僕を育てるのに必要なものは何でもそこに持ち込んだ。食べ物はもちろん、家財道具から僕の玩具まで。僕はと言うと洞窟の暮らしで物に困ったことやお腹を空かしたことなんてただの一度もない。それはヘルトラウザにとってなんら難しいことではなかった。ヘルトラウザには“アイテムボックス”という魔法がある。


ある雨の日、雨宿りに来た木こりに発見されたという。それは僕がまだ赤ん坊だったころの話。


ヘルトラウザがいうには、焚き火の前にいる僕を木こりがさらおうとした。だから、ヘルトラウザは姿を現し、だめだと木こりに忠告したらしい。ヘルトラウザはあの姿だ。木こりは這う這うの体で洞窟から出て行った。


それから数日後、冒険者が四人現れる。木こりが村に報告した、とヘルトラウザは言っていた。スキルを使って木こりを追ったんだ。村人はダンジョンが出来たのかと半ば喜んでいたそうだ。帝国とエヴァンジョエリ卿を天秤にかける。高値の方にその権利を譲渡するとまで話が発展したという。


まずはダンジョンが出来たかどうか確かめなければならない。そういうわけで村は大枚をはたいて冒険者を雇った。


洞窟にやって来た冒険者たちはヘルトラウザの姿を見、早速攻撃をしかけて来たそうだ。ヘルトラウザに何の問題もなかった。時空間魔法“三跋羅さむはら”で対処した。


三跋羅さむはら”は開いた手のひらの前に“アイテムボックス”の口を開いたまんまにする魔法。


ヘルトラウザはそれを盾のように使う。“アイテムボックス”は生きた物を収納出来ない。それを逆手にとって剣や魔法どころか、タンクの防具とかヒーラーの衣とか身包み剥いで“アイテムボックス”に収納してしまった。


瞬く間に徒手空拳、素っ裸になった冒険者たちにヘルトラウザは、自分が村に干渉しないことを丁寧に説明したという。そして、装備を返した。冒険者らはそもそも田舎でクスぶっているような、いわゆるアマチュア。時空間魔法なんて聞くどころか存在すら知らない。そこにヘルトラウザのこの態度、物言いだ。冒険者らは自分の装備を拾い上げると泡を食って村へ帰って行った。


ヘルトラウザはスキルを使って彼らを追い、村に入った。今後の情勢を見極めるためだ。当初、ダンジョン発生説の他に、古いスタンピードの生き残りが住み着いた説もなくはなかったという。冒険者は村人に断言した。あそこはダンジョンでもないし、あいつはダンジョンの魔物でもないと。


全く別物。いうなれば、悪霊か悪魔。魔物が人と同じような意思を持っているのは有り得ない。しかも、どの属性にもない魔法を使った。我々の知る魔法体系の外からやって来たとみていい。


触らぬ神に祟りなし、と村人たちは判断した。自分たちを守るため、村人は洞窟の入り口に鉄格子を据えた。村人が誤って洞窟に入るのを防ぐためでもある。彼らは鉄格子にべたべたと教会の護符を張った。魔除けで使われるやつだ。僕らの洞窟に護符が沢山張られた鉄格子があるのはそういうわけだ。


外の世界は恐ろしいとずっと思ってた。最初の記憶が人間たちの争いなんだから。ヘルトラウザといた時は心穏やかだった。ヘルトラウザは色んなことを話してくれた。僕の疑問にも何でも答えてくれる。


まるで物語にある賢者のようだった。言葉や文字を教えてくれるのはもちろんのこと、地理や歴史など人間社会にかかわる知識。ダンジョンに住む魔物や魔法の数々、魔法の体系、戦いに関する知識、英雄と呼ばれた過去の人がどうやってダンジョンの攻略をしていったかも例に挙げて子供の僕に分かり易く教えてくれた。


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