第三十三話 ハードワーキング・ラビット
ホテルにチェックインする前に僕らは市庁舎でダンジョンに入るための登録を済ませることにした。エミーリアが金の錠がついた革製のスーツケースを馬車から降ろしたので、ラッキーさんには悪いけど僕のバックパックも下ろしてもらった。
入ってすぐに登録窓口がある。三人の職員が書類記入やパーティ登録、魔法の属性チェックの手続きなど対応していた。奥には待合席兼カフェがある。そこでは多くの冒険者が集まり談笑していた。
おそらくはダンジョンの情報交換などをしているんだろう。敵対するパーティの動向や特定の冒険者の噂なんかも情報収集しているはずだ。けど、僕らが来るなり彼らの笑い声や会話はピタリと止まった。
エミーリアは当然として、僕がカケラ・カーポだって分かったようだ。なんか嫌な感じだ。明らかに歓迎されていない。彼らは観察するようにじっと僕らの様子を見守っている。
僕とエミーリアはさっそく登録窓口に向かうとギルド職員がさっと現れ、番号札をくれた。
「37番さん」
受付係の女性が声を張る。僕はエミーリアの手にある札に視線をやる。エミーリアはそれを僕に見せ、ふふっとほほ笑む。
「42番。もうすぐよ」
大陸のダンジョン都市ガトゥン。流石は都会だ。ダウラギリでは受付一人だったとしても順番待ちなんてしたことがない。僕らの後からも人が来て番号札を受け取っている。
「42番さん」
受付係に僕らは呼ばれた。エミーリアはカウンターにつくと番号札を返し、金の錠がついた革製のスーツケースから僕との契約書を取り出す。それと合わせて自分のゴールドの冒険者証も提出した。
僕らはこれからパーティとして正式にギルドに登録する。パーティ名はハードワーキング・ラビット。エミーリアが名付けた。一生懸命なウサギって意味だ。
大体、パーティ名に動物を入れる場合、ライオンとかトラとか、豹とか、はたまたドラゴンとか、大仰な名前を付けたがるものだ。僕は偉そうじゃないウサギっていうところが気に入った。
受付の女性は白紙の用紙を取り出すと契約書の横にそれを並べる。そこに割り印を押す。印の柄には黄緑色の魔石が付いていた。白紙の方に契約書と全く同じ文字が浮かび上がる。受付はそれをファイリングし、契約書本紙と冒険者証の方はエミーリアに返す。
「契約にはあと、カケラ・カーポ様の登録が必要です。ただ、カケラ・カーポ様にはちょうど冒険者証発行の指示が出ています。この場で発行すれば面倒な書類記入や各種審査が省かれますがいかが致しましょう」
「そうして」
エミーリアが僕に代わって返事をしてくれた。また42番の札が戻される。エミーリアは、お茶にしましょうとカフェに進む。どうやら冒険者証の発行には時間が掛かるようだ。僕はバックパックを背負っている。他の冒険者の邪魔にならないよう僕らは一番端の席に付いた。
待合席兼カフェの前に相談窓口のカウンターがある。クエスト依頼が幾つも張り出されており、その横にクエスト受注受付カウンター、コンプリート手続きカウンターと続き、換金や融資、報酬の支払いなどのファイナンス窓口となる。
ダウラギリも含め、初めてギルドの待合席兼カフェ、フリースペースに腰を下ろした。エミーリアは何の違和感もなく、軽く手を上げてカフェの店員を呼ぶと紅茶とミルクセーキを頼む。金貨のチップも忘れない。
視線が凄く痛い。冒険者たちの注目を浴びている。ダウラギリでは嘲笑を受けていたけれど、今はまるで親の仇のようだ。一挙手一投足、食い入るように見ている。こんな中で良く平然としてられるな、エミーリアは、と思う。
ここにいるほとんどの冒険者、男女問わず全ての冒険者は酒を飲んでいる。僕はメニュー表を手に取った。そこにはずらりとアルコール類が書かれている。
冒険者たちが談笑を止め、座った目で僕らを見るのは酒を飲んで気が大きくなっているからなんだろう。ここはギルドの中だ。そして、相手はゴールド冒険者。道で出くわしたなら、当然道を譲るはず。
声を掛けてこない所を見るとその辺りはやはり海千山千の冒険者だ。酔っていてもこの状況から軽々しくは一線を越えてこない。エミーリアが、何か頼みたいのがあるのってメニュー表を眺めている僕に訊いて来た。
「いや、皆、昼間っからお酒を飲んでいるから」
エミーリアがふふふと笑う。僕が飲めないのは承知している。注文はせず、ただメニューを見ただけっていうのは分かってくれたようだ。店員がお茶とミルクセーキを持って来る。僕らはさっそくそれに口を付けた。
やがて飲み終わるか終わらないかの所で僕らは呼ばれた。僕の冒険者証が出来たんだ。因みに冒険者証が発行されるのはブロンズから上だ。その下は言うなれば自称冒険者で、アマチュアと呼ぶ人さえいる。
僕は受付でブロンズの冒険者証を受け取った。これで晴れて一人前の冒険者だ。ダンジョン都市の登録に魔法の属性のチェックとか尋問のような面談とか、いくつもの書類のサインなぞしなくても済む。これ一枚あればすいすい。改めて冒険者証を見るとうきうきした。さぁホテルへ行こうと市庁舎を出ようとするとエミーリアが呼び止める。
「カケラ。冒険者証が手に入ったのだから、ファイナンス窓口に行ってみましょう。スタンピードでの魔石の配当がどれくらいになってるか確かめるの」
ああ、なるほどと思った。冒険者証があれば本人確認は簡単だ。僕らはファイナンス窓口へと向かう。待合席兼カフェとカウンターの間の通路を進む。やはり、冒険者たちは僕らをじろじろと見ていた。こうなればつくづく思う。エミーリアと組んでいて良かったと。
エミーリアが強いというのもあるが、全てのダンジョンの所有者にしてギルドの頂点、エヴァンジョエリ卿に近い関係というのは結構な利点だ。冒険者と名乗るからにはおいそれと手出しはできない。しかも、ここは帝国の影響力のないダンジョン都市。貴族であろうとも例外ではない。
窓口で冒険者証を見せると僕らは奥に通される。僕らを待っていたギルドの重役さんは名乗り、握手を求める。僕らもそれに応じ、応接セットのソファーに座らされた。彼が言うには現時点、僕らの配当は金貨二百枚だ。魔石の採取が終わるまでまだまだ増え続けるという。このまま預けていていいし、全て下ろしてもいいとも言った。
エイブラハム・アディントンとローズ・サージェントの二人の貴族と契約した時は金貨二十枚。それでも法外な金額だと思った。質素に暮らせば一年間は楽に暮らせる。それがだ、その十倍の二百枚ときた。
ごくりと喉がなった。実際、二人の貴族からはびた一文も払われてはいない。一度、金貨を拝みたい、いや、手に取ってみたいという衝動にかられた。
「どうする? カケラ」
僕は、はっとした。そう言えばエミーリアはチップに金貨を渡していた。貰った人は皆、笑顔になったし、渡していたエミーリアもカッコ良かった。
「エ、エミーリアはどうするの?」
エミーリアは男性が着るような上着のフロントをさっと開くと懐からコインポーチを取り出してジャリっとテーブルに置く。
「私はこれで十分。ホテルや食事の支払いとかはこれがあるから」
内ポケットからゴールドの冒険者証を出す。そういうことか。僕も冒険者証を持っている。
これから僕も冒険者証を使えばいいんだ。でも、やっぱり金貨を拝みたい。僕もエミーリアみたいに金貨でチップを払いたい。見るだけって言ったら怒られるかな。二百枚もチップを払うのに僕の場合、どれくらいかかるのかなぁ。持っていても使わなければバックパックに重りを入れていると変わらない。
エミーリアは、ふふふと笑った。
「迷うなら半分下ろせばいいんじゃない」
そ、そうか。全部下ろすってわけじゅぁないもんな。金貨は拝めるし。
「エミーリア、そうするよ」
そうして金貨袋が目の前のテーブルにドカッと置かれた。中身は金貨がうなってた。キラキラ光っている。これが僕の? 信じられないって思った。袋に手を入れてじゃらじゃらしてみる。手のひらにいっぱいのコインの感触。金が擦れ合う小気味良い音が聞こえる。
エミーリアの僕を見る目が楽しそうだ。僕はちょっと恥ずかしくなってそれをバックパックにしまう。それからギルドの重役さんと少し談笑し、席を立つ。バックパックは少し重くなったけど、なんだか心が軽い。うきうきする。まずはエミーリアが持っていたやつみたいなコインポーチを買いたい。
応接室を出る。待合席兼カフェはさっきより人が増えてた。僕らの噂がもう広まっている。ざわざわしていたのが一瞬で静まり返る。視線は僕らに集まっていた。エミーリアはなにくわぬ顔で通路を進む。僕も彼らと目を合わせないように目を伏し、エミーリアに続く。
待合席兼カフェを抜けようとした時、前方から一人の女の子がやって来た。十五、六歳ぐらいか。短髪で男物の上着、シャツにズボンのその子は僕らをじろじろ見つつ、すれ違っていく。
はっとした。息を呑む。記憶にくっきり刻まれた長髪で丸顔、くりくりとした眼のワンピースを着た少女。その姿と、通り過ぎていった短髪の子が重なる。彼女は幼馴染。十二の時に冒険者になると言って旅立ったルチア・リクスト、その人だった。




