第三十二話 ダンジョン都市ガトゥン
帆船はエレヴァス大陸の玄関口ベルーハの港に着岸した。桟橋がかけられると乗客は次々に下船していく。僕らもあとに続いた。港に待機していたラスティ・ネイルの大勢の労働者が、船が来たとあって右往左往している。
岸壁にはすでに僕らに迎えが着ている。エミーリアの馬車だ。着岸する前、遠目からでも目立ってた。荷馬車がずらりと並ぶ中、まるで甲冑を着込んだような重装備の馬車がある。
ギルド長でさえ普通の馬車だったんだ。あれに乗るのはもっと特別な人。ゴールド冒険者にしてエヴァンジョエリ卿の寵愛を受ける者。
思っていた通り、エミーリアは大勢の労働者の中を進み、プレートアーマーを着込んだような馬車へ向かう。活気に満ち、ガヤガヤにぎわう中で、後ろから僕を呼ぶ声がした。
ブリタニー・コニーたちだ。雑踏の向こうで僕に大きく手を振っている。僕も大きく手を振って応える。彼女たちはベルーハに何日間かいるそうだ。大陸沿いに北上する航路を使って極東のバングウェルへ。そこから陸路でダンジョン都市メルセダリオに向かう。その船の出港をここで待つらしい。
ブリタニー・コニーらは僕との再会があると信じるかのようだ。別れを悲しまず、元気よく大きく手を振っている。皆の夢が叶ってほしいと思う。僕はブリタニー・コニーらに一礼すると背を向けた。
「もういいの?」
エミーリアが優しく声をかけてくれる。幾らでも待ってくれそうだった。けど、御者のおじさんは違う。馬車にもたれかかり、腕を組んでいる。なんかいら立っているように見えた。おそらくはずっとここでエミーリアを待っていたのだろう。
テンガロンハットにデニム生地のシャツとパンツ、ブーツにレザージャケットという姿。帝都ラークシャスタールのさらに西の民族衣装だ。僕らはその人の前までやって来た。
「待たせたわね。この人はカケラ・カーポ。スタンピードの中で知り合い、お互い手を組むことにしたの」
「ああ、聞いてる」
西の民族衣装の人は馬車にもたれかかったまま僕に手を伸ばす。
「これは俺の愛車ガルクピッゲン。俺はベネディクト・ラッキーだ」
握手を求めている。馬車にもたれ掛かったまんまとはちょっと失礼なんじゃないか。けど、まぁ仕方ないか。ラッキーさんにしてみればスタンピードの中、エミーリアを送り出して気が気じゃなかったし、帰って来たは来たでエミーリアは、マロモコトロから身寄りのない子供を一人連れて来た。どう転んでも僕に好印象は持てない。
「カケラ・カーポです」
けど、そんなのもう慣れっこだ。ラッキーさんの手を握る。いつもならタッチする程度で終わるのだけれども、ラッキーさんは手を離さない。ぐっと顔を近づけて来る。黒髪黒目で、顎に割れ目があり、無精髭を生やしている。
「これだけは言っとく。俺を御者と思って軽口を叩くな。俺は愛車と労働を提供し、お前らはその対価を払う。どちらが上とか下とかない。分かったな」
ラッキーさんは僕の手を捨てるように手を離す。ちょっと驚いたけど僕は、あ、はいと答えた。おそらくはラッキーさんと話すことなんてない。ラッキーさんもラッキーさんで僕の返事なんて聞いちゃいない。言った傍からもうエミーリアのカバンを馬車の荷台に上げている。
それを終えると次は僕の番だ。僕は恐る恐る背負っていたバックパックをラッキーさんに手渡す。それをラッキーさんは嫌な顔一つ見せず軽々と馬車の荷台に乗せる。
「さぁ、行きましょう」
エミーリアが馬車に乗る。僕はバックパックが固縛されるのを見届けようとしていた。
「大丈夫よ。彼、プロだもの」
ああ、そういうことか、と思った。ラッキーさんは雇われ労働者じゃなくてプロだと言いたかったわけだ。ただ単に、新入りの僕を威嚇していたってわけじゃない。
僕はエミーリアに続き、馬車に乗った。僕らの目的地はここから最も近いダンジョン都市ガトゥン。二、三日の距離だという。ほどなく馬車は動き出す。
物々しい外見とは裏腹に、室内は品がある。革のシートと木目や木彫りの装飾。重厚感があるアンティーク調で振動もなく、音も静かだ。
窓の外を見る。動く街並み。結構なスピードが出ている。おそらくはラッキーさんの魔法だろう。馬車は二頭立て。外部は全面金属に覆われ、内部はアンティーク調の内装。かなりの重量だ。それを引くには、馬二頭では少なすぎる。
ラッキーさんは金の属性持ちとみた。なんたってこのスピードだ。馬車は基本的に魔力で動かしている。馬も楽ちん、ただの飾りだ。いざとなったら馬車は自走するのだろう。あっという間に港街ベルーハの街並みは消えていた。
☆
ベルーハを発ってからダンジョン都市ガトゥンまで二日だった。途中、二つの街を通ったけど、そこには泊まらない。僕としてもそれには異論がなかった。早くダンジョン攻略をしたかったし、そもそも僕は野宿専門。エミーリアにしてもマロモコトロのような混乱を避けたいのだろうと思ってた。
街と街の間は大体が平原で、その真ん中で野宿した。僕らの行く手にはいつもセントイライアス山脈が屏風のようにそそり立ち、地平線の向こうを遮っている。
途中に通った街で買い出しした時、街の人たちは思いの他、冷ややかだった。まるでマロモコトロの災害なんて関係ない。人々は何もなかったかのように道をせかせか行き交い、屋台では売り子がその人たちの足を止めようと必死に声を掛けている。
スタンピードは島での出来事だから大陸には関係ないと思っていたのだろうか。辺境の島が一つ無くなろうが彼らにはどうでもいいことなんだ。僕にはそう思える。もしそうだったら、逆に街に泊まっても何の支障はないんじゃないか。僕らなんて彼らの眼中にはない。僕は急ぐ理由をエミーリアに聞いてみた。
「街でのトラブルは厄介なの。ギルドの力が及ばない」
確かに。マロモコトロではいざしらず街はどこぞの貴族の領地だ。僕は貴族にいい想いがない。むしろ、トラウマだ。僕の唯一知ってる貴族は僕の目の前で“知恵の果実”を電撃魔法で消し飛ばした。
とはいえ、街道も安全じゃない。立ち寄った店の店主が言っていた。野宿するのはよっぽど腕に自信があるのか、馬鹿だけと。
確かにそれも否めない。馬車を下りると絶えず視線を感じたし、その視線も色々だった。
どれもひどく粘っこかった。ただ、なんというか、視線の主は同じ人間ではないように思える。おそらくは待ち伏せタイプの敵。旅人を襲う盗賊なのだろう。縄張りがあってそれぞれの盗賊が街道を通る人たちを監視している。
彼らが襲って来ないのはエミーリアに恐れをなしていると見ていい。ラッキーさんの馬車は目立つもの。誰が乗っているかは一目瞭然。よっぽどの勇気や準備をしない限りおいそれと手出しできない。
襲ったとしても、それなりの見返りが必要だ。けど、それが全く釣り合わない。やはり、指をくわえて通さざるを得ない。僕らとしてみても何もない平原だ。誰気兼ねなく思いっきり暴れられるというもんだ。
ずっと嫌な視線は気になったけど、エミーリアの考えは間違いじゃなかった。僕らの旅は何事もなく順調に続き、二日目の昼前、ダンジョン都市ガトゥンの姿を見ることになる。
そこはマロモコトロ島のダウラギリに比べ、街の規模は1.5倍から2倍はあるか。大陸だからと言ってダンジョンの規模が大きくなった訳ではない。おそらくはただ単純に街の人口が多いのだろう。
ダンジョンを囲う壁もダウラギリと比べて高いような気がする。街を覆う外壁もあり、その向こうに巨大な円筒型の建造物もあった。エミーリアがいうにはその建造物は市庁舎だという。物々しい。まるで砦。いや、城だ。
多くの人が集まり、ダンジョン都市ガトゥンはかなり潤っているのだろう。じゃないとこれだけの街にはならない。
ちょっと緊張して来た。ゴールド冒険者エミーリアが付いているからあまり考えてなかった。ライバルは大勢いるに違いない。海千山千、百戦錬磨の猛者がうようよしている。
コミュ障の僕が言うのも今更なんだけど、彼らとは上手くやれそうな気がしない。ガトゥンはマロモコトロに一番近いダンジョン都市。しかも、都市の大きさから結構な冒険者を抱えているはず。
なのにスタンピードの時、ここの冒険者は誰一人と言っていい、ダウラギリには来なかった。あるいはもしかして、マロモコトロに渡る気がないのにポーズでここガトゥンまで来た冒険者も結構いるのかもしれない。僕らが彼らの当て付けにならなけりゃいいけど。
馬車は外壁の大手門をくぐる。門は平時、開け放たれているという。僕らは大手道を進んだ。その先は真っすぐ市庁舎に向かっている。




