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第三十一話 ドリーム

「全然船室に返ってこないと心配してきてみれば、この通りだ」


貴族崩れの男はドカッと腰を下ろし、デッキにコップを置く。


「だが、仕方ない。ブリタニーがこの子を信用したのなら俺たちもこの子を信用しなくてはな」


細マッチョの子もグラマー美女も金髪碧眼の女性も、互いに顔を見合わせ、誰が最初か分からないが三人とも、うんとうなずく。


「で、カケラ・カーポ君。この秘密を知ったからには分かるだろ。バラッド? そんなのどうでもいい。俺たちの認識では、君はもう、俺たちの友人だ。君がそう思う思わない係わらずな」


貴族崩れの男はコップを掲げた。


「友達は友達を裏切らない。カケラ・カーポ君との友情に乾杯!」


ブリタニーさんも細マッチョの子もグラマー美女も金髪碧眼の女性も、コップを取った。


「私たちは裏切らない。カケラ・カーポ君との友情に乾杯!」


皆、一斉に酒を飲み干す。空になったコップを貴族崩れの男と細マッチョの子が持っていく。すぐに二人は戻って来た。五つのコップがデッキにドンと置かれる。ここで宴会を始める気だ。


皆、楽しく話し、飲んで、笑っていた。僕は飲まないので僕のコップだけは一滴たりとも減らない。もちろん、飲まないからといってブリタニーさんの秘密をエミーリアに話すつもりなんてない。


貴族崩れの男は僕がどう思おうが友人だと言った。僕としてもこの人たちがどう思おうが知らない。人の想いを僕がどうすることも出来ないのは分かってる。僕はつい最近までフンコロガシと呼ばれていた。


そん時僕はどうも出来なかった。今回もそういうことだ。けど、前と違うのは僕の気持ちがなんだか晴れやかなところ。


彼らの飲む量は半端ない。ちょっと心配になって来た。何か腹に入れた方がいいんじゃないかと思ってしまう。


ああ、そうか。ピクニックバスケットをブリタニーさんらの酒のつまみにしたらいい。僕は視線を巡らせる。エミーリアの姿を探していた。エミーリアも楽しげに飲んでいる。エミーリアはもしかして、こうやって皆で騒いで飲むのが好きなんじゃないのか。そう思うとエミーリアの表情が楽しそうなだけじゃない。幸せそうにも見えて来る。ラーメン屋でも店主と気さくに話していたし、ナイトクラブも入りなれているようだった。


邪魔しないでおこう。エミーリアの分はちゃんと残しておいたらいい。僕はバックパックから大皿とピクニックバスケットを出すとその大皿の上にサンドイッチやハムやソーセージを手早く並べる。


「皆、これ食べて」


何年もポーターをやっていたんだ。こんなのお手の物。車座に座ってる中心にその皿を置いた。


「こりゃぁいい。ありがてぇ」

「まじ旨そうだ」

「まぁ、嬉しい」

「あなたたちのじゃない。いいの? こんなにして貰って」


「やっぱいい男だねぇ。私が見込んだだけはある」


皆、え?ってなって一斉にグラマー美女を見る。細マッチョの子が眉をひそめる。


「おめぇ、今なんて言った?」


「いい男って言ったわよ」


グラマー美女はつんとしている。金髪碧眼の女性は、ポンっと手を叩いた。


「灯台下暗しだったってわけね」


え? どういうこと? 僕はブリタニーさんに視線を向ける。ブリタニーさんはニヤニヤしていた。


「あなたが彼女の理想の相手だってこと」


え、ええええええっ! 


グラマー美女の尻に敷かれ、背中に小さい子供を背負い、他に何人もの子供の面倒を見ている自分を想像する。


ぞっとした。皆はというと腹を抱えて笑ってる。それから僕はずっとグラマー美女ネタでいじられた。笑われているんだけど、全然気分は沈まない。むしろ、楽しいぐらいだ。


というか、こんなに楽しいのは経験したことがない。腹を抱えて笑った。笑い過ぎてわき腹が痛くなった。やめてくれと何度も懇願する。でも、本心はやめてほしいわけじゃない。


ブリタニーさんたちはいい人たちだ。皆、それぞれ夢を持っている。夢が叶えばいいと思った。僕は手助けできないけど、何か役に立ちたいと心からそう思う。


僕に出来ることをあれこれ考える。で、一つ思いついた。ブリタニーさんたちはメルセダリオに行くと言っていた。


僕はメルセダリオのダンジョンについて話した。何階層あるか、出現する宝物は? 魔物の種の傾向。ダンジョンボスはどんな魔物で、どんなスキルと魔法を使うか。そして、その攻略法。


ヘルトラウザから学んだメルセダリオに関する全てをブリタニーさんたちに伝えた。ブリタニーさんたちは、始めは驚いていたけど、すぐに真剣になった。この情報をどこで手に入れたかなんて野暮なことは聞かない。金髪碧眼の女性は作家を目指すだけあって一生懸命メモを取っている。


この情報があればブリタニーさんたちの命は多く救われるだろう。命があれば夢を追える。そういやぁ、僕と握手をした船員見習いのあの子。夢は世界の海の制覇。僕に、ずっとがんばれるって言っていた。


そうなったらいいなって思う。貴族崩れのこの人も僕に夢を語っていた。本当か噓か分からないけど、家を再興するって。だから、ブリタニーさんにくっ付いている。


細マッチョの子も、グラマー美女も、金髪碧眼の女性もそう。皆、ブリタニーさんに夢を託してる。


僕は夢なんて考えたこともない。皆、夢があるのかな。カーバンクルの魔石がほしいって言っていた人もいた。あの人も好きな人と結婚して子供を造り、色んな所に旅行して色んな美味しいものを食べたいと将来の夢を語っていた。


娘さんの灰鱗病を治したいという人もいた。その娘さんは将来、教会の装飾画家になりたいのだという。


僕の夢は“知恵の果実”を得ること? だけど、それはなんだか違うような気がする。僕のは生まれる前から決まってた。僕が選んだわけじゃぁない。


そうだ。エミーリアはどうだろう。エミーリアも夢があるのかな。空が白み始めている。エミーリアが僕と離れてからもう随分と時間が経つ。


僕の視界の中にエミーリアはいなかった。どこにいったのだろうか。ブリタニーさんたちはというと酔いつぶれて車座のまま肩を寄せ合い寝ている。デッキ上では大勢の船員や乗客がざこねしていた。


エミーリアにすぐに会いたかった。狭い船内、すぐに見つかるだろうとも思ったし、皆、酔いつぶれている。正直バックパックを背負い、マストに掛かるロープや寝ている人をかい潜ってエミーリアを探すのは面倒だ。バックパックは皆を起こさなかったら大丈夫。そこに置いたままジャンプした。積み荷の木箱を駆け上がってく。


頂上で視線を巡らす。案の定、すぐにエミーリアは見つかった。船尾で一人、朝日が昇るのを待っている。僕は音を出さないよう軽く跳ね、デッキに降り立つ。ざこねしている人たちを慎重に避け、ハンドレールに身を預けるエミーリアの横に着く。


「ねぇ、エミーリア。エミーリアも夢があるの?」


そう言いつつ、エミーリアを見上げた。そこにいつものエミーリアの笑顔はなかった。


瞳には涙が溢れている。その涙は朝露に濡れた葉から雫が落ちるようにポトリと落ちた。エミーリアは濡れたまなこを慌ててぬぐうといつもと変わらない優しい笑みを僕に向ける。僕の胸が、ドキリと高鳴った。


「お友達が出来たようね、カケラ」


エミーリアは皆に囲まれ、あんなに楽しげに笑っていた。あの姿は冒険者とは思えない普通の女性だった。今はなぜか一人、大海原を見て泣いている。


「あっ、あ、そうだね」


強い女性という印象からかけ離れたその姿に心揺さぶられる。そぞろ心に生返事して目線を伏せる。エミーリアの涙が脳裏から離れない。大きな瞳からぽとりと落ちる大粒の涙。その画はまるでスローモーションかのようにゆっくりと脳裏に映し出される。


よくよく考えれば、冒険者をやってりゃぁ辛いことを避けては通れないっていうのは当たり前のことだ。いや、辛い想いがあったからこそ冒険者になった?


僕は赤く燃える地平線に眼をやる。風を受ける帆の音も、船が波を切る音も、なぜか遠くにあるように聞こえた。


「良かったわね、カケラ」


ふわりと包み込むような声だった。エミーリアは僕がブリタニーさんらと友達になったことを喜んでくれている。


けど、なんで、友達になったって分かったんだろう。きっとエミーリアは僕がブリタニーさんらの仲間にならないと確信していた。けど、僕はというとブリタニーさんらと楽しげに長い時間を過ごしていた。


───友達。


そうか。あれが友達というやつか。夜が明けようとしていた。空と一緒に僕の胸もじわじわと熱くなるのを感じる。


「私はね、カケラ」


エミーリアの視線は地平線より遠くを見つめている。エミーリアは何か大事なことを僕に話そうとしている。


「色んな人に沢山の夢を見させてもらったの」


はっとした。そうだった。僕がエミーリアにそれを尋ねたんだ。


何となく涙の訳を察した。エミーリアも心に重荷を背負ってる。身につまされた僕は、うん、とうなずくことしか出来なかった。太陽が地平線から登ろうとしている。朝日を臨むエミーリアの表情は日に照らされてなんだか切なくキラキラと輝いていた。


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