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第二十七話 ピクニックバスケットと日傘

娘さんの灰鱗病を治したいという人もいた。その子は将来、教会の装飾画家になりたいのだという。絵も見せてくれた。すっごく上手かった。その人はどこに出かけるにしても娘さんの絵をレザートランクの中に入れて持ち歩いているそうだ。


灰鱗病は不治の病で生まれつきだと言われている。大体十五歳くらいから発症し、二十歳になるまでに全身が石のようになり自我を失う。その前にほとんどの人は命を絶つのだけど希望がないわけでもない。カリュブディスの鱗だ。


カリュブディスはブラックバーンのダンジョンに生息する魔物で、表皮全体はコラーゲンからなる分厚い体壁に覆われている。けど、その一部、そのどこかに鱗がある。その鱗を削って作った軟膏だけが灰鱗病を治せるという。


エミーリアはこの件も快諾した。僕はブラックバーンに行くつもりはない。そこは僕らから見るとエレヴァス大陸のずっと奥、帝都ラークシャスタールからは比較的近い位置にブラックバーンはある。不安になって依頼主が去ると僕はエミーリアに、大丈夫? と尋ねた。


「ブラックバーン辺りで活躍している友達がいるの。その子に頼むわ。もしかして、もう持っているかもしれない」


ほえぇぇっと思った。ゴールド冒険者となれば当然といやぁ当然か。世界で活躍しているだけでなく、その友達も凄いレベルの人たち。


他にも多くのクエスト依頼があった。もうダウラギリでは何も望めないということもある。皆、不安だった。マロモコトロの住民のために大陸の冒険者がクエストを請け負ってくれるのだろうかと。


そういう意味で僕はラニー・ペリーに紹介された通り、マロモコトロ期待の新星ってことなんだ。


もちろん、ギャラベリはマロモコトロ最大の港街。僕らのボックスに訪れた人の中には大陸から渡って来ている人も大勢いる。彼らは口を揃えて僕らに、我が領地に、我が屋敷に、と誘う。人はどこの誰だっていっしょだ。それぞれが不安や将来の希望、夢があって、魔法のアイテムでそれを実現したがっている。


あまりにも多くの人がとっかえひっかえやって来てラニー・ペリーの歌を楽しむところではなくなっていた。料理もどんどん冷めていく。もしかして、僕が悪かったのかもしれない。目立つかっこをしてエミーリアに迷惑をかけている?


確かにめんどくさい人もいた。けど、上流階級の余裕というか紳士的な人も多かった。挨拶し、名詞だけ置いて行って、またどこかでお会いしたら是非お付き合いくださいと去っていく。僕らが紹介されて一時間ぐらい経った頃か、もう誰も来なくなった。


エミーリアはスタッフを呼んで、皆さんで食べて下さいと皿を引き上げさせた。そして、メニューを開く。また新たに料理を注文しだす。どっさりと料理が僕らのボックスに運ばれて来る。エミーリアは言った。


「これでお仕事は終わり。今からは歌も料理も全部、楽しみましょう。私とカケラ、今夜はいい思い出になるようにね」


ラニー・ペリーの軽やかで小気味よい歌。フォークとナイフでステーキを切り分けている手が思わずリズムを取ってしまう。コーラスの女性らも楽しそうだ。ステーキを頬張る。肉汁が口いっぱいに広がった。鼻に抜ける香辛料の香り。


ピザのチーズがビューンと伸びて糸を引く。三角を縦に半分に折り、がぶっと口に押し込んでいく。風味が豊かでコクがある。ハーブに引き立てられたトマトの濃厚な味わいと甘みも最高だ。


音楽を聴きながら食事なんて初めて。ただ、どこも変わらないというか相変わらず、喧嘩というか、揉めごともあった。マフィアの跳ねっかえりが他のマフィアに因縁をつけて乱闘騒ぎとなった。けど、用心棒が三人やって来て暴れていたやつはあっという間につまみ出される。


ラニー・ペリーは何もなかったように歌を歌っていた。それがちょっと面白かった。ラニー・ペリーも慣れっこなんだろう。


本当にいい夜になった。エミーリアは僕に、いい思い出になるようにコパカバーナを楽しみましょうと言った。挨拶に来た人たちやそれに答えていたエミーリアも含め、本当にいい思い出になった。マロモコトロからもう離れたくないと思うほどに。


料理も平らげ、ラニー・ペリーのショーも終わると僕らは席を立つ。この後はちょっとエッチな大人のショーとなるらしい。支配人直々のエスコートを受け、会場を出るとエミーリアはクロークでキャペリンハットと赤い皮手袋を受け取った。VIP用エントランスの外は大勢の人々が集まっている。


通りは芋を洗うようで、コパカバーナの用心棒に道を造ってもらい人々の囲いから抜ける。僕らは足早にホテルへと向かった。人込みは僕らを囲むようについて来る。やっとのことでホテルに入るとロビーで僕らは顔を見合わせた。


なんだか笑いが込み上げて来た。僕らはスタンピードでも平然としていたんだ。なのに人込みの中で興奮するやらほっとするやらで、お互い血相掻いた表情と慌てぶりを思い出すと僕ら二人、腹を抱えて笑わずにはいられなかった。





僕らは騒ぎを避けるために日の出と共にホテルをチェックアウトした。


船の出航は今日の日の入りで夜間航行し、翌昼前にはエレヴァス大陸の玄関口ベルーハに入港する。ホテルの周りに人がちらほらいたけど、不意をつくかっこでホテルが用意してくれたホロ付の荷馬車に素早く乗り込む。港まではそれほどないけど、御者は馬に鞭を入れた。


幾つものマストに白い帆を縛り付けた大きな帆船が岸壁に姿を現す。早朝の港は静けさに包まれていた。そこをホロ馬車は石畳に車輪を弾ませ突き進む。人は全く集まってない。いるのは船員たちで朝帰りなのだろう、ぽつぽつと現れ、船に向かっている。


酔っぱらって千鳥足で眠たそうだ。その船員をエミーリアは桟橋の前で捉まえる。チケットを見せて乗船の許可を求めた。船員は酔っているのか、それとも眠いのか、ああいいよと一つ返事をし、桟橋を渡って行った。


エミーリアはニコッと僕に笑顔を送ると桟橋を行く。僕も後を追った。船が大きい割には上甲板はそんなに広くなかった。船内の風景は積み荷に視界は閉ざされ、気を抜けばバックパックがロープに引っかかる。エミーリアは船室への階段を素通りして積み荷の空いたスペースで立ち止まる。


「この辺がいいわね」


金の錠がついた革製のスーツケースをデッキに降ろす。


「朝食にしましょう」


えっ? ぼうっと見ていた僕は、はっとした。僕はバックパックがあるから狭い階段を降りて船室には行けない。ホテルで作って貰ったサンドイッチと飲み物は僕のバックパックの中。船室で食べるなら、エミーリアには一人でそれを持って行って貰わなければならない。


「せっかくの船よ。狭い船室で食べるなんて考えられない」


さぁさぁ早く、とエミーリアは僕を急かす。急き立てられると長年の習慣か僕は、あっ、はい、と体が勝手に動いてしまう。バックパックからグランドシートを取り出すと手早くデッキに敷く。


ホテルから貰ったピクニックバスケットを真ん中に据えた。葡萄酒とコップ、そして、レモネードのビンと、それぞれエミーリアの方、僕の方と置く。


エミーリアは座るとピクニックバスケットを開く。結構大きいバスケットの中は沢山のサンドイッチやハム、ソーセージが詰まってる。


朝食で全部食べる量ではない。船は明日の昼前にエレヴァス大陸の玄関口ベルーハに着く。それまでの、二人の四食分だ。それにしたって多めなのは間違いないのだけれども。


エミーリアはスーツケースから傘を取り出すと広げる。日傘にするのかと思いきや、どういうわけかピクニックバスケットの上に差す。


「カモメが多いわね。こんなにいたかしら」


エミーリアの言う通り、沢山のカモメが集まって来ている。どのカモメも船から離れて行かず上空を小さく旋回していた。エミーリアはコップに葡萄酒を注ぐと口を潤す。サンドイッチに手を伸ばした。一口頬張る。


「まぁ、美味しい」


僕に笑顔を向けて来た。傘を片手にご飯を食べなければならないのは僕のため? 僕は迷惑を掛けている? あっ、はい、と返事にならない返事をしてしまう。


そもそも僕が意地を張らなければエミーリアは船室で朝食を食べていた。全て僕の気持ちの問題なのは分かってる。でも、どうしても僕はバックパックから離れたくないんだ。


「見て、カケラ」


エミーリアの視線は船を囲うハンドレールにある。今しがたまでいなかった船員がそのハンドレールの傍に立っていた。



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