第二十六話 スターとスター
店の名前はコパカバーナ。ナイトクラブだ。大勢引き連れて店の前に立つとエントランスを守る店の用心棒は慌てた。入店には普通、セキュリティーチェックされるんだけどそれもなく、僕らの周りを数人で取り囲んだかと思うとリーダーらしき人に、こちらへと言って裏手へ連れていかれる。そこには別の入り口があった。僕について来た人たちは追い払われ、バックパックにぶら下がっていた子供たちは引きはがされる。
裏手のエントランスの前でエミーリアは用心棒に金貨を一枚渡そうとするとその用心棒はゲスト入場扱いですので入場料はいりませんと断った。
「いいえ、これはチップです」
エミーリアはそう言ってその用心棒に金貨を手渡すと他の四人にも金貨を一枚づつ配った。用心棒たちはえらく喜んでいた。チップにしては高額過ぎる。
店に入るとすぐにクロークがある。そこには華やかなワインレッドの衣装に身を包んだ金髪碧眼の女性スタッフがいる。
ロビーと言えば小さく、通路と言えば大きいか。エミーリアは女性スタッフの前に立つと黒いリボンが付いたキャペリンハットと赤い皮手袋を預けた。そして、僕に目配せをする。僕は首を横に振った。バックパックは預けない。
エミーリアは僕に微笑み、女性スタッフには金貨二枚を渡す。女性スタッフは花が咲いたように微笑んだ。その笑みをエミーリアは背中に残し、通路を進む。僕もそのあとを追う。
ドアが開かれるとそこは日の刺すような明るい広い空間だった。一面真っ白な塗り壁で柱はヤシの木の幹のように装飾され、まさに浜辺にでも来ているかのようで、正面にステージがあり、フルオーケストラと美しいコーラスが並んでいてメインキャストが歌っている。
席の全ては革のソファーで、テーブルを囲む形のボックスだった。僕らは後方、それも中央の大きなボックスに通される。そこは最も高い位置にあって他の客席も、ステージも見下ろせる。フロアはステージに向かってなだらかに傾斜していた。
スペースは他と比べて最も大きい。僕のバックパックを置いてもまだ全然余裕がある。エミーリアは席に付くと案内をしたスタッフに金貨でチップを払う。
凄いところに来てしまった。しかも、ダウラギリでフンコロガシと呼ばれた姿のまんま。エミーリアはともかく、僕のこのスタイルも世間に受け入れられている?
喜びや期待を感じ、落ち着かずそわそわしてしまう。会場を見渡した。どう見てもこの街一番、いや、マロモコトロ一番のナイトクラブ。会場の装飾はもちろん、歌手も一流なのだろう。歌っている曲も訊いたことがある。ステージ上の歌手に眼を凝らす。
も、もしかして、歌っているのはラニー・ペリー?
僕の目が確かなら正真正銘大スターだ。二、三か月前だったか、帝都ラークシャスタールでの講演を大成功させたと聞いた。それがなぜ、ここにいるのか。目の前の人が本当にラニー・ペリーならマロモコトロに別荘兼領地があるっていう噂は本当だってことにもなる。
「そうよ。彼はラニー・ペリー」
僕が何を考えているか雰囲気で察した。エミーリアは何食わぬ顔でメニューを見ている。そんなに僕って分かり易い? なんだか恥ずかしい。
スタッフが現れる。エミーリアはドリンクと料理を注文していく。手羽先のグリルにイチボのステーキとオニオンソテー、シーフードシチューにエビのリゾット、そして、ミックスピザ。
曲は大サビに差し掛かっていた。綺麗な発音に弾むような歌声。会場の隅々にまで行き渡る声量。ラニー・ペリーは両の手を大きく上げたかと思うとフルオーケストラに向かって右拳を振り下ろす。ジャンとなって演奏がピタッと止まった。
凄い。かっこいい。コパカバーナは拍手の渦となる。ラニー・ペリーは手を振って観客に答える。僕も拍手を送った。
「紳士に淑女たち、何年振りでしたかな、お久しぶりです。マロモコトロの夜はまだ始まったばかり。さぁ、ともに楽しみましょう。ただし、私がここにいることは内緒ということでよろしく。さて、次のナンバーは『セサリーはじゃじゃ馬』。と、行きたいところですが」
ステージの下からスタッフがカードを差し出す。ラニー・ペリーはステージ上からそれを受け取り、それにチラリと目を通す。
「ここで大変なお知らせです。喜んでください。凄いゲストがここ、コパカバーナへお越しくださいました。今夜ご来場の皆様は幸運の星の下に生まれたと言えましょうな。紹介致しましょう。ゴールド冒険者エミーリア嬢。そして、マロモコトロ期待の新星カケラ・カーポ」
城内の人々が一斉に立ち上がる。そして、誰もが僕たちのボックスに向けて拍手を送る。エミーリアは立った。淑女のあいさつ、カーテシーで答えると僕に視線を送る。あなたも挨拶を、ということなのだろう。
カーッと熱くなって心臓が高鳴る。エミーリアは僕の手を取った。僕はそれに促され、立ち上がる。ペコリと頭を下げ、エミーリアを見た。エミーリアは微笑んでいる。これでいいんだろう、恥ずかしくなって座る。
会場に飛び交う拍手は僕とエミーリアに降り注がれている。スタンディングオベーションはとどまることを知らない。僕は一心にそれを浴びていた。ずっと浴びていると何だかむず痒くなって来た。
スタンピードを押さえるのには一役買ったといえども、スタンピードの原因を造ったのは僕のふがいなさにある。
僕は目を伏した。ここまで褒めてくれると皆に悪いことをしたような気になってしまう。マッチポンプではないんだけど、なんかマッチポンプのようだ。ラニー・ペリーの次の楽曲『セサリーはじゃじゃ馬』が始まっていた。
僕の気持ちとは裏腹に、陽気でアップテンポな歌だ。料理も僕らのボックスに次々と運び込まれる。葡萄酒にミルクセーキ、でっかいミックスピザに手羽先のグリル、イチボのステーキとオニオンソテー、シーフードシチュー、と瞬く間にテーブルは一杯となる。
客の一人が僕らのボックスに挨拶に来る。それを皮切りにとっかえひっかえ人々が僕らの席に訪れる。どの人も自己紹介共々、クエストの依頼をお願いして来た。正確に言うなら、ギルドに依頼を出しているからそれをギルドから請けてくれというのだ。
ある人はカーバンクルの魔石が欲しいと言っていた。好きな女性にプロポーズしたいそうだ。カーバンクルの魔石で作った指輪を彼女に送りたい。ここで大事なのは、好きな人に渡すまではそのある人が魔石の所有者ってことだ。
カーバンクルの魔石は持つ人に幸運をもたらすらしい。らしいというのは、本当かどうかは分からない。気持ち次第といえないこともない。
実際、カーバンクルのスキルは“ラッキールーレット”で何段階か幸運度アップを引き当てるというもの。当然、そのスキルを顕現するのは僕しかできない。けど、魔石の主のスキルは持ち主にある種、ちょっとした影響を与える?
もしかして、カーバンクルの魔石がほしいその人は片想いなのかもしれない。それとも自分によっぽど自信がないのか。それなら同情する。その人は僕らに訴えていた。自分の人生で彼女がいかに大切か、いかに彼女が無くてはならない人かを。
彼女と結婚して子供を造り、色んな所に旅行して色んな美味しいものを食べたいと将来の夢も語っていた。そのかいあってか、エミーリアはそのクエストを受けることを了承した。ただしだ。
「ところでお伺いしたいのですが、カードゲームで大事なのは何かご存じですか?」
「ゲーム? ですか」
ここで突然なぜゲームなのか、その人は困惑していた。
「はい。カードはお嫌い?」
「いいえ。よくやります。友人とも家族とも」
「よかった。あなたは何が大事だと考えますか?」
「運? ですか?」
「そうですね。運も大事ですけど、切り札です。切り札を持つか持たないか。持ったらどこでそれを切るか」
エミーリアはそういうとカーバンクルの魔石は切り札だと思いなさいと話した。切り札は最初に切らないもの。いよいよとなって切るのが定石。
「まず、あなたが考え得る全ての手を使って彼女に求婚しなさい。それでもダメならカーバンクルの魔石をお持ちするわ」
その人は納得したような納得しないような微妙な顔を見せる。エミーリアはというと淑女の笑みを送る。結局その人は、出来るだけのことはします、でもダメだったらその時はよろしくお願いしますと何度も念押しして元の席に戻って行った。




