第二十三話 契約
いずれにしても、じり貧だと言っていい。バジリスクの口の中に魔法を叩き込んだとしてそれで倒せるかどうか。何発も撃たなければならないとなれば、いつかはミスするものだ。エクサ―やハイエーテルは僕がたんまり預かっているからいいとして、二人のうち一人が欠ければその作戦はその時点で終了。
けど、彼らには選択肢はない。彼らを助けるにはまずこの僕が行動を起こさなければならない。僕はバックパックから黒色の魔石を取り出した。それを手の甲に、特製のベルトでセット。
「迫真! スキル躍動!」
ぎゅっと縛り付ける。
「“羅・塵中”」
僕の体は消える。ヘルトラウザのスキル“羅・塵中”が発動した。もう如何なる者も僕を感知出来ない。僕は、幾つもの石柱を渡ってバジリスクに近付いていく。頭部に最も近い石柱に張り付いた。
見下ろすとバジリスクの額。ヘルトラウザが言うには、そこに一枚だけ真っ黒な鱗がある。石柱をじりじり降りて、バジリスクの額に目を凝らす。体を覆う濃いエメラルドグリーンの鱗の中に一枚、確かに真っ黒な鱗があった。
そこに飛び降りようかと思ったその時、バジリスクが大口を開けた。エイブラハムが挑発したんだ。ローズの“光彩陸離之矢”は発射されなかったけど、危うく僕が一飲みにされるところだった。
ホッと一息つく。すでにバジリスクは移動していた。さっきのは流石に面食らったわ。さぁ、仕切り直しだ。額の黒い鱗の位置はもう覚えたので問題ない。バジリスクの頭を追う。まさか二回も同じミスは犯せない。エイブラハムの体力も無限というわけにはいかないだろうし、急がず少し落ち着いたところで行動に移すべきだ。
言ってる傍からエイブラハムの姿が消えた。インターバルを取ったのだろう、今がチャンス。僕は石柱から飛んだ。バジリスクの頭に着地する。馬乗りになってバジリスクの頭をしっかり股で挟むと左手の甲のベルトを緩める。スキル“羅・塵中”を解除した。
僕の姿が現れる。僕は手の甲のベルトを魔石ごとバックパックにしまうとメロンほどの大きさの魔石を取り出す。
オログ=ハイの魔石。サイエス・グレイに“奈落底なし沼”で危うく地中に沈められそうになったやつだ。その効果は“会心の一撃”。しっかりと両手で握る。
「迫真! スキル躍動!」
魔石が僕に接していればベルトを使わずともスキルを発動させられる。僕はメロン大の魔石を振り上げる。
「“会心の一撃”」
三分の一の確率。それで発生する“会心の一撃”は、身長五マール(5M)の巨人種オログ=ハイでなら攻城兵器カタパルトの威力に相当するという。僕ならその十分の一にも満たないか、もっと少ないか。
でも、十分。なにもバジリスクの頭を粉砕しようって言うんじゃない。狙うは額の黒い鱗。その下にはバジリスクの魔石があるとヘルトラウザが教えてくれた。魔石を破壊させられるのは魔石だけ。
オログ=ハイの魔石でバジリスクの魔石を破壊する。僕は頭上高く掲げたオログ=ハイの魔石を振り下ろした。
「出ろぉぉぉ! 会心の一撃!」
オログ=ハイの魔石がバジリスクの額を打った。反発する凄まじい手の感触とドコンという鈍い嫌な音。
魔石同士がぶつかり一方が破壊されるとしよう。もう一方もただでは済まない。手元の魔石は? ひび一つ入ってない。“会心の一撃”は不発。
次っ! 僕は魔石を振り上げる。二撃目を放とうかと思ったその時、バジリスクが勢いよく鎌首をもたげる。出来れば一発目に決めたかった。失敗しても立て続けにいけば何とかなるかと思ったけどやっぱりダメだった。
バジリスクは仰け反るようにして僕を石柱にしこたま打ち付けた。全力でのクリティカルヒット、バジリスクとしては満足のいく一撃だったと思う。
僕はというと、マジやばかった。バックパックがなければ死んでいた。中に入ってるサイエス・グレイのスペア盾も助けになったに違いない。バジリスクは僕が死んだと確信したようだ。二撃目を放つ気配がまるでない。
この隙に“会心の一撃”を放つ。
「うおおおおおぉぉぉぉぉ!」
ガラにもなく、僕は気合の声を上げていた。
「いっけぇぇぇぇぇ! 会心の一撃!」
鈍い音、手に伝わる衝撃。オログ=ハイの魔石がバジリスクの額に一瞬沈んだかと思うと砕け散る。僕も吹き飛ばされていた。宙に舞うと床に落ち、バックパックに巻き込まれるように転がって何度か石柱に当たって勢いが止められる。見上げれば魔石を失ったバジリスクの最後の姿。拡散していく光の粒子のように、輝きとともに消えていった。
終わった、と思った。ほっと息をつく。ゆっくりと立ち上がり、おぼつかない足取りで祭壇を目指す。今いる位置が神殿のどこかよく分からなかった。立ち止り、見渡す。幾つかの石柱の向こうにエイブラハムとローズがいた。そこに祭壇もある。二人は“知恵の果実”を手にしていた。
ぞわぁぁっと血の気が引いていくのを感じた。彼らは絶対に僕に“知恵の果実”を分け与えない。
恐る恐る近付いていく。エイブラハムとローズは僕を待ち受けていた。今まで僕を相手にしなかったのにじっと僕を見つめている。めちゃめちゃ怖い。僕が二人の前に立ち止まるとエイブラハムは手の内にある“知恵の果実”をまじまじと見つつ言った。
「まさかな。“知恵の果実”が実在するとは。ヒーラーは残念だったな。狂ったカルト“知恵の結晶”の教義は、嘘ではなかった」
“知恵の果実” を見たバーバラが正気を失い、祭壇に駆け寄ったのをエイブラハムらは見逃さなかったようだ。エイブラハムは僕に視線を移す。
「で、お前、何者だ。エヴァンジョエリの手先か?」
はぁぁ?って思った。どうして僕とエヴァンジョエリ卿と繋がる。僕の戸惑いの表情からエイブラハムは、僕がしらを切っていると誤解したようだ。
「この期に及んでか? 馬鹿だな、お前。そんなもん誰でも分かるっつうんだよ。俺たちはギルドにお前を薦められた。そのお前は、ダンジョンボスを知っていたばかりか、バジリスクの攻略法まで知っていた」
あっ、ああ。ここに来てルキフィナさんか。僕をエイブラハムとローズの人身御供にした。それをエイブラハムらは変に誤解した。僕が隠し部屋のボスとか色々知っていたのもそれの裏付けっぽくなっている。
ダンジョンと言えばエヴァンジョエリ卿。ギルドの頂点にしてすべてのダンジョンの所有者。自分たちの知り得ない情報を持つとしたらエヴァンジョエリ卿以外ないとエイブラハムらは考えた。
僕は首を大きく横に振った。でも、そうじゃないとどうやって示せばいい。口達者だとしても無理がある。これは悪魔の証明に他ならない。
案の定、エイブラハムとローズの表情は冷たい笑みだった。全く分かって貰えていない。というか、仮にだ。もし、僕がエヴァンジョエリ卿の手先だったとして何が悪い。そんなの関係ない。僕は契約を結んでグロリアに入っている。開き直る。
「あ、あのぉ、契約によりますとダンジョンで手に入れたモノは生き残った者で等分すると」




