第二話 石壁
ダンジョンは断層地形に現れる。その富を掴もうと集まった人々のためにギルドが計画整備した街。それがダンジョン都市。
その全てと言っていい。城壁のような石壁が、ダンジョンの出入り口を囲うように半円を描いてそびえ立つ。断崖と合わせて石壁の防壁はスタンピード対策と聞いた。
スタンピードは頻繁に起こる時もあれば数百年起こらないこともあるという。突如前触れもなくそれは発生する。起こるメカニズムは分からない。終わると街は灰塵と帰し、ダンジョンはただの洞窟となる。二十マール(20M)の壁は魔物をせん滅するための壁じゃない。ただの足止め、時間稼ぎ。一人でも多くの人を避難させるためのもの。
その石壁はダンジョンの出入り口から見て、右半分を失っている。そこから覗いた空は赤く焼け、月光に照らされた廃墟はあちこち煙が立ち上り、火がくすぶっている。その遠く向こう、郊外の森では天を焦がすほどの火を焚く主、炎の巨人バルログが暴れている。
右手に炎の剣、左手に炎の鞭。振り回す剣は流星群ごとくであり、放つ鞭は稲妻のよう。執拗に暴れる姿は何か強敵と戦っていると思わせる。異常に気温が高く、湿気が多いのもそれが影響してるに違いない。
石壁を登るか。
石壁の左手部分、そこはほぼ健在だった。辺境のダンジョン都市、ダウラギリと呼ばれるこの街では最も高い建造物といえば石壁しかない。街の様子はもちろん、炎の巨人が未だ森に踏みとどまる理由も、僕の推測が正しいか確認しなくてはならなかった。
ダンジョンの出入り口から石壁まで百マール(100M)。足元一面が魔石で敷き詰められている。それは高原に広がるガレ場のようで見渡す限り色とりどりの魔石の絨毯。魔物は死ねばその死体は残らない。残るのは魔石だけ。
ここで多くの魔物が狩られた。おそらくは異変を察知したギルド職員や冒険者らがスタンピードをここで食い止めようと奮戦したんだろう。
石壁を見上げる。直径が丈の二倍もあるバックパックは重くもなんともない。背負って走っても全然疲れやしない。こう見えて僕は割と力持ちなんだ。ジャンプ力もあるし、スタミナもある。
バックパックからロープを取り出し、投げる。先端のカギが頂部に届いたのだろう、カキンと音がした。引っ張ってカギが鋸壁に掛ったのを確かめる。
ヨシ。ロープを握る手に力を入れる。体が地面から離れる。石壁を登っていく。もちろんバックパックも一緒だ。置いていくことはない。足も一歩一歩と石壁の目地に掛けていく。どんどん地表から離れる。鋸壁はもう目前。
黒い影。
鋸壁の凹部にそれが走った。ロープを手繰る手を止めると石壁にへばりつく。頭上を静かに観察する。
黒い影はワサワサとみるみるうちに盛り上がっていく。盛り上がって影が一つ、頂部の歩廊からあふれ出す。それは壁に張り付くとたちまちのうちに僕の目の前までやって来た。
目が合う。土蜘蛛。別名ビック・スパイダー。目と鼻の先で、そいつは僕に向かって吠えた。
ですよね。僕は足を強く蹴って石壁から離れると手からロープを放す。放物線を描いて宙を舞った。
当然、土蜘蛛は僕を見逃すはずもない。僕を追って来る。もちろん、そいつだけじゃない。スタンピードだもんな。二匹三匹、更に次々と、多くの土蜘蛛が石壁から離れる。
満月をバックに八本足を目一杯広げるその姿はまるで飛んでいるかのよう。空気抵抗を上げて落下の速度を落としている。
僕はというと逆に落下速度を上げるため回転する。バックパックをクッションに、背中から地面へ。
衝撃。反動そのままにバック転すると着地した。片膝を落とし、地に手をかざす。放つのは土属性の魔法。
「衆合針山」
地面から土の針が無数に出現する。そこら一帯が針の山になった。土蜘蛛はそこに向かって落ちて来る。
最初の二十匹ほどは上手く串刺しになってくれた。けど、それ以降は上手くいかない。飛んでくる土蜘蛛は串刺しになったやつを足場にし、針先から逃れている。それだけでない。石壁が崩れている右半分の方からもぞくぞくと土蜘蛛が押し寄せて来る。僕はまた地に手をかざす。
「奈落底なし沼」
飛来して僕に向かって来るやつ。地面を走り針山の合間を縫って来るやつ。どっちも僕には届かない。針山ごと土蜘蛛らは地面に沈んでいく。見る間に地中に姿を消した。
今ので四、五十匹。けど、まだまだどんどんやって来る。一匹が尻から糸を吐いた。すると身動きできるやつは皆、それにならう。泥に沈んでいこうとする仲間を土台にし、糸で足場を作ってしまった。一挙に僕へ押し寄せる。
残るは三十五ってところか。バックパックから水筒を取り出す。宙に注ぐかのように水筒を傾けると流れ出る水に人差し指を絡ませる。
「円月輪」
ぐるっと、人差し指で円を描く。指を追って水が円環を象った。水製のチャクラム。指先でグルグル回すと投げる。
「円月輪」
続けてもう一つ水の円環を作る。指先で回転させ勢いをつけると飛ばす。迫って来る土蜘蛛から順に切り裂いて飛んで行ったかと思うと二つの円環はひるがえり、今度は背後からやつらを追い立てるように切り裂いて僕の指先に戻る。また投げる。
それを二度、三度と繰り返す。動いている土蜘蛛はもういなくなった。見る間に死体は消え、魔石が残るだけ。
魔法を解除し、石壁に向かう。まだロープはぶら下がっていた。引っ張って強度を確かめる。大丈夫だ。登っていく。
頂部の回廊に立つ。凶悪な炎の巨人バグログはオーガ種とも鬼種とも言われる。瞳の奥に火災旋風のごとくな炎の渦を宿し、鼻の穴からは呼吸する度に炎が噴き出る。怪力で両手にそれぞれ剣と鞭を持っていた。
全身業火に包まれ、煙と影を纏う。けど、郊外の森の中にいるバグログは全身から白煙を発していた。雨だ。バグログにまとわりついているのは水蒸気。バグログの上にだけ雨が降っている。
戦っているのは勇者!
驚いた。こんな辺境のダンジョン都市に来ていたんだ。ブラッディ・ファルコンっていったか。ドラゴンを模したブルーの防具に、聖剣カラドボルグを手にするという。
天候の操作は勇者のスキルだと聞いた。他に全ての属性魔法を使いこなし、空を飛ぶ。バルログはというとそれを追い落とそうと炎の息を口からも鼻からも吹き出し、やっきになって炎の剣と炎の鞭で勇者を追い回す。
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