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第十八話 陰と陽

捷疾羅刹しょうしつらせつ


エイブラハムが魔法を唱えるとその体が電気を帯びる。捷疾羅刹しょうしつらせつは身体能力を底上げさせる魔法で、正真正銘雷属性持ちしか使えない。魔石を使ったとしても結局は自分に施すわけだから他の属性の者は耐えられない。


上等なプールポアンの金の刺繍も、巻き毛の金髪も、普段から目立っていたけど、今は全身金色。細身で長身、長い手足も相まってその姿は神々しいすらある。エイブラハムは剣を抜くと掲げる。さらに呪文を唱える。


光輝燦爛こうきさんらん


エイブラハムの頭上で剣が自ら光を発した。魔法剣だ。エイブラハムは聖騎士であり、戦いにはこの魔法を多用している。


戦略的に相克を利用して相手に打ち勝つのは定石なんだけど相性もあり、常に相手にマウントを取るってことは無理がある。魔石を使うって手はある。エミーリアが鞭に魔石をはめていたあれだ。


でも、もっと簡単な方法がある。陰と陽だ。六行相克、陰陽特殊三行、色んな属性があるけれど魔物は九割九分、陰持ち。ゆえに陽の攻撃魔法を使えばどの魔物にもほぼ対抗できる。例外の魔物はほんのちょっと。それだけ頭に入れておけばいい。そう難しいことではない。


ただ、陰陽は基本的に、六行や特殊三行に付随している。単独で扱えるようになるには才能と相当な訓練を要する。それでも普通は回復やバフを掛けたりする補助魔法にとどまる。その先の攻撃魔法にまで行きつける者は稀と聞いた。


光彩陸離之矢こうさいりくりのや


ローズは呪文を唱えると弓を射る身振りをする。そこに光が集まると一本の光の矢が現れた。ほんの小さい矢だけども、まだ光を集めて少しづつだけど大きくなっていく。


ローズの光魔法は初見だった。ずっと氷魔法を多用していた。これが出来るっていうことは回復魔法も使えるんだろうけど、それも一切見せていない。対ボス戦のために温存しておいた。おそらくはもう一発放てるかどうか。逆に言えばそれだけの威力だってこと。


エイブラハムにしたって魔法剣の利点を最大限生かしている。剣に魔法を付与し、魔法の威力を物理攻撃で底上げするっていうのは普通の考えだ。強者はさらに攻撃力を上げられる。すなわち、自分自身にバフを掛ける。


魔法剣を発動しつつ、回復だって自分に掛けられる。魔法剣士はそれが一人で出来るっていうのが最大の利点でその最高峰が聖騎士。


エイブラハムがジャンプした。飛んだ先は僕らの頭上を飛び越えていこうとする影。敵は僕らを挟み撃ちにしようと企んでいる。エイブラハムは空中でその影に一撃を入れた。剣を握った敵の腕が一本、バーバラとサイエスの間にドサっと落ちる。影本体は僕らのはるか後方に着地した。


オーク種、ウルク=ライダー。狼型の魔物ワーグの背に乗る。オーク種はゴブリン種の上位種で知能も高く、大型で、より戦闘向きの筋力と身体能力を有する。さっきのエイブラハムとの接触で右腕と剣を失っていた。ウルク=ライダーはその痛みに狂ったように吠える。


「ぐああああああぁぁぁぁ」


叫びと共に禍々しいオーラが立ち上る。それがウルク=ライダーにまとわりついたかと思うとウルク=ライダーの無くなった右腕部分から生えるように触手が現れた。先端にはカマキリの鎌のようなブレードが付いている。


それをぶんぶん振り回す。エイブラハムは身をひるがえすと身体強化された運動能力でそれをさばきつつ接近していく。肩口に一太刀入れようとしたところでウルク=ライダーが左に飛んだ。エイブラハムはそれを追う。


唖然としているバーバラに、僕はその袖をちょいちょいと引く。僕に視線を移したバーバラに僕は教えてやった。


「“堕天のむつごと”は回復魔法じゃないんだ。闇魔法で、痛みを代償に、己の身体を物理的に強化改造する。ダメージは残ったまま。やられればやられるほど強くなっていく。だから、禁呪にされた」


自分の知らない魔法を僕が知っている。僕の解説にバーバラはひどく驚いていた。この場面で緊張感もなく口をあんぐり開けている。バーバラが僕に何か言おうとしたところで、僕は遮るように前方を指差す。


巨体の魔物がこっちに向かって来ている。巨人種のオログ=ハイ。トロールの上位クラスであり、邪悪な意思を吹き込まれたトロール。並の剣では刃が通らないほど固い皮膚を持ち、トロールより知能が高く、獰猛で戦闘狂。力も強く、俊敏で、巨大な鉄槌を軽々と振るう。


サイエスは呪文を唱えた。エイブラハムの指示通り、守りを固めるつもりのようだ。


「金剛堅固」


普段、タンクとは思えないほど小型のヒーターシールドを装備している。その盾が厚く大きく変化する。サイエスは特殊三行のうち、金属性。火と土の魔法も使える。小さな盾は瞬く間にサイエスの背をも超える大きい置盾となった。


「鉄槌を受け止めてはダメだ。あいつのスキルは“会心の一撃”。確率は三分の一。三回に一回は必ず会心の一撃が発生する」


バーバラの、僕を見る目がいつもと全く変わっていた。慈愛に満ちた眼差しは全く失われ、その瞳に猜疑の色が浮かんでる。


バーバラは気付いたようだ。貴族二人はともかく、僕もダンジョンボスを熟知している。この子はいったい何者なの? なんのためにここにいるの? と僕を不審に思ってる。


そんなことより早くサイエスに教えてあげないと、と僕は目で訴える。サイエスにとって僕はどこまで行っても“フンコロガシ”。敵のスキルがこうだとか言ったって聞く耳なんて持ってくれない。


バーバラもついさっきまで僕を可哀そうな肉体労働者の少年と思ってた。“フンコロガシ”って呼ばれていることは知らないにしろ、自分を顧みてサイエスがそうなる気持ちも分かるはずだ。僕の言葉がサイエスに通じないのは分かってる。


だったら僕じゃなく、エイブラハムは? もちろん、エイブラハムも敵の手の内を把握している。けど、ウルク=ライダーと戦っている。全然目で追えないほどの攻防。剣戟けんげきの音を置き去りに一人と二体はボス部屋を所狭しと飛び交っている。


ローズはどうか。もの凄く集中している。光の矢をデカくするのに忙しい。いずれにしても二人は、そもそもタンクを使い捨てだと思ってる。


彼らに何も期待できない。平民は平民同士、助け合うしかないんだ。だからバーバラ、君しかいない。今まさに巨大な鉄槌が振り下ろされようとしていた。


「サイエス! その鉄槌は受けてはダメ!」


バーバラの言葉にサイエスは反応した。置盾を前に倒しつつ、伸びろと置盾に命じる。置盾はタイミング良く下からアッパーカットするかのごとくオログ=ハイの顎を跳ね上げる。


思いもよらないほど上手く、カウンターになった。オログ=ハイの体が仰け反る。一方で、オログ=ハイの攻撃は止められない。振り下ろされようとする鉄槌。それはサイエスを叩くのではなく、己の顎を跳ね上げた置盾を打つ。


上から猛烈な力が加わり、吹っ飛ぶような勢いで置盾がオログ=ハイに覆いかぶさる。巨体のオログ=ハイはぶっ倒され、置盾はというとオログ=ハイに叩きつけられ跳ね上がる。空中をくるくる回って遠い向こうに落ちたかと思うと二度三度跳ねて石板タイルの上を滑って行った。



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