第十六話 ダンジョンボスハンター
エイブラハム・アディントンとローズ・サージェントは自らをダンジョンボスハンターと称していた。それは思い上がりでも何でもなく実績もあったらしく実際に幾つかのダンジョンをコンプリートしたという。パーティのメンバーはというとどこのダンジョンでもこの二人以外現地調達で、その都度ダンジョンボス攻略に適した人材を探す。
って言っても恐らくは、当たりが出るまでくじを引き続けると同じこと。僕の場合はルキフィナさんが売り込んだらしいけどね。冒険者は総じて手の内を明かしていない。良いか悪いかは使ってみて初めて分かる。エイブラハム・アディントンとローズ・サージェントが外れと思ったなら、それすなわちその人の死ってやつだ。
彼ら二人はメンバーの入れ替えや新加入に都合が良いようにグロリアという名ばかりのパーティ名をギルドに登録してる。彼ら二人の評判が冒険者界隈ではあまりよくない。現地調達された冒険者は大抵帰って来なかった。
必然、彼らがダウラギリに来たことでギルドを中心とするコミュニティはちょっとした混乱となる。
ルキフィナさんは彼らに僕を推す一方で、僕に対してはグロリアへの加入を強く勧めた。エイブラハム・アディントンは帝国の伯爵家の四男。ローズ・サージェントは子爵家の六女。
これは名誉なことだと言う。雇われる金額も金貨二十枚は法外だ。しかも、宝や魔石はパーティメンバーで均等に分配される。ただし、最後まで生きていればの話ではあるが。
金貨の支払いについても大体同じようなものだった。ダンジョンに入る前に前金として十枚。仕事が終われば十枚。何かやばくないですか。
でも、僕としてはオッケー。むしろ有難かったぐらいだ。いくら僕でも一人でダウラギリのダンジョンボスはマジきつい。
エイブラハム・アディントンとローズ・サージェントの性格とかやり口なんて僕にとっては関係ない。幾つかのダンジョンボスを倒しているという実績が何より気に入った。こんな機会またとない。
現地調達されたのは僕の他にもう一人。サイエス・グレイというおじさんだ。黒髪でホリが深く、胸板が厚い、ちょい悪な感じを醸し出す色男。彼はダウラギリでは一目置かれる存在で、まぁ顔役だと言っていい、一匹狼ってところがあってそれが無頼漢を余計信用させる。色んな意味で実力者。
おう、坊主、元気かとすれ違い際に何回か声を掛けられた。面倒掛けるなよもよく言う。
悪い感じの人じゃないと思ってた。僕のことなんて眼中にないってぇのがいい。声は掛けて来るんだけど全然僕へ振り向かないし、面と向かって喋らない。声を掛けている先に僕はいないんだから、まぁただ適当に言っているだけ。ということは、少なくとも人をいじめて鬱憤を晴らさなければならないほど堕ちてないってことだ。
大農家の次男と聞いた。そういう地に足がついた仕事が性に合わなかったんだろう。未婚だけど、内縁関係の女性が三人いて、彼女らを食わすためにダンジョンに潜っているという。
けど、ルキフィナさんによると今回グロリアに参加したのは金ではないらしい。
いや、金が理由でないと言ったら嘘になるか。金もちょっとあるらしい。けど、一番は箔をつけたかったそうだ。ダンジョンボスを倒したとなりゃぁここ数十年に無い快挙。ダウラギリに名を刻まれる。そして、もう一つの理由、貴族たちだ。
あの人たちはダウラギリに来ると盾役を探してた。噂によると二人はどのダンジョンでも盾役を募集する。それもダンジョン攻略中に一度や二度じゃない。それがサイエス・グレイの義侠心に火をつけた。もし、断り続けたとして多くの者の死を見て見ぬふりが出来るのか。
彼はバウンドというパーティのリーダーを務めている。三人の愛人と仲間を説得したという。サイエス・グレイから聞いたわけでない。これはあくまでもルキフィナさんの説明。
そしてもう一人、話さなければならない人がいる。回復役のバーバラ・カウベル。彼女は貴族らと三人でダウラギリにやって来た。貴族らにとって現地調達するという信条を曲げてまで確保しなければならない人材だったということだ。彼女は貴族らにとって大当たりだったのだろう。
落ち着いていて物腰も柔らかい。女性らしい曲線にやや豊満な体つきで色白で透明感のある肌。少し緑がかった髪。風ぼうも母性と癒しを感じさせる雰囲気があって、何でこんな人がダンジョンに用があるのか。貴族二人は彼女の何を気に入ったのか。ダウラギリでは汚い言葉で人々の口をにぎわせた。
人生いろいろあるもんだな、と僕は思ったものだ。詮索するほどまで興味はなかったけど、彼女の方は違った。僕と会話をしたいのか、聞きもしないのに自分のことを話す。僕はこんな風貌だ。
どうせいつもの見下すやつだ。と、まぁ、初めはそんな風に誤解していた。けど、彼女の話を聞いて少し考えを変えた。僕への関心は単なる興味本位じゃない。彼女の生まれに関係している。こんな僕じゃないと彼女は自分のことを話すつもりはなかった。
もちろん僕がバーバラ・カウベルの事情を聴いたからといって、自分の大事な話をしないといけない義理はない。マロモコトロの、どこにでもある村の出身で、幼馴染が冒険者になるというので僕も冒険者になった。幼馴染は今現在、マロモコトロにはいなく、僕もいつかは島を出るつもりでいる、と、まぁ、ベタで安っぽい、ちょっとばかり嘘が混じった身の上話でお茶を濁しておく。
因みに“フンコロガシ”はグロリアでは伏せられている。ルキフィナさんとサイエス・グレイが貴族二人にポーターをチェンジさせない配慮だった。誤解を招くといけないんで、そこはちゃんと言っとくけど、僕のためではない。けど、なんだかなぁ。逆に僕のためになっていた。
バーバラ・カウベルに話を戻そう。彼女はエレヴァス大陸の、とあるダンジョン都市でグロリアと契約したのが今も継続しているそうだ。
「あの人たち、私の何かを気に入ったみたい。私自体には目もくれない」
ダンジョンを照らす魔石の明かりの中、バーバラ・カウベルは声を押さえて僕にそう言った。貴族二人はいつも簡易テントの中で眠り、サイエス・グレイとバーバラ・カウベルが交代で見張りに付く。彼女と話をするのはいつも彼女が見張りの時。サイエス・グレイは毛布にくるまって寝入っている。
「私のことが目当てだったらこんな所まで連れて来る必要がないもの」
体を狙われていないと分かってもバーバラ・カウベルはいつも怯えていた。契約した都市ではスプリングボードというパーティで活動していたという。そこでスプリングボードから離れ、グロリアに加わって無事ダンジョンボスを倒すと、もう一つ付き合えと貴族の片割れ、エイブラハム・アディントンに言われる。
断ったらスプリングボードのメンバーはどうなるか分かっているだろうな、と脅されたそうだ。その時、タンクとポーターは生きて帰って来れなかった。貴族二人に殺されたも同然。私は何の因果か、彼らの戯れにより生かされた。
この人たちに付いていかなければスプリングボードのメンバーはもちろん、私も殺されると思った。