第十五話 お風呂
湯船に潜った。だって、素っ裸だもん。でも、体はひょいと持ち上げられる。両の脇にエミーリアの手があった。流石ゴールド冒険者。僕ぐらいの体重はものともしない。軽々持ち上げられて椅子に座らされる。
「気にすることないわ。ダンジョンに入れば少ない水場で交代して体を洗うだろうし、凍え死にそうだったら肌を合わせて抱き合って寝る」
エミーリアが背中から肩越しに話しかけて来る。恥ずかしくて僕は膝を閉じ、丸く縮こまった。エミーリアは僕の頭に泡を乗せる。髪の毛が掻きまわされたかと思うとざぁーっとシャワーを掛けられる。泡が流されると今度は背中だ。
ゴシゴシ擦られる。背中が終わると手。左右、肩から指先まで。エミーリアが正面に移って来る。僕のお尻から指先まで泡でタオルを滑らせる。エミーリアは髪を団子に結んでいる。
まとめきれなかった後れ毛と滑らかな首筋。団子からはらりと落ちた幾つもの前髪。ぐっとくる。レースの下着に支えられた胸がこぼれ落ちそうなぐらいたわわに揺れていた。
甘美な痺れが背筋から首筋に這い上がる。生唾が喉を鳴らした。目を伏せる。けど、脳裏にはエミーリアの無防備な姿が焼き付いている。心臓のドラムは激しさを増す。僕の体は何かに突き動かされているのか、意識とは裏腹に力がみなぎって来る。特に僕の股間。
言うことを聞かそうと股間を押さえるので必死だった。次は左足。お尻から腿にかけて何とも言えない甘い肌触り。指先はくすぐったいのとぞぞっと鳥肌が立つのとで奇妙な興奮を覚える。
「ふふ。前は自分で洗った方がいいかもね」
エミーリアを見上げた。濡れて下着は透き通り、ピンクの乳輪とその中心が透けて見える。股間は毛がない。もうほぼ全裸だ。次に僕の股間を見る。見たことのないぐらい大きくなっている。
僕のそのしぐさにエミーリアは指で唇を隠し、こっそりと笑った。何だか楽しそうだ。僕の体にシャワーを掛けていく。全て泡が流されるとエミーリアは出て行ってしまった。僕は一人ポツンと残される。どれぐらいたったか、お風呂場は何にも音がしない。
今さっき起こったことを僕はどういうことかいまいち把握出来てないというか、想定外の出来事に脳の処理が追い付かないというか、のっそりと立ち上がる。もうエミーリアはいないのに前をタオルで隠しつつ湯船に入る。見渡すと結構広い風呂場だと思う。
湯船に沈む。聞くところによると人は子供の頃、親と一緒にお風呂に入るらしい。僕が風呂嫌いなのはもしかして、そのせいかもしれない。
別に水が怖いってわけではない。むしろ好きだと言っていい。水属性も持ってるし、小さい頃から頭からかぶって目に水が入ったとしても何とも思ったことはない。
ヘルトラウザは僕に色々なことを教えてくれた。魔物の種別やダンジョンボスの秘密、ダンジョンについてのエトセトラ。ギルドやエヴァンジョエリ、明けの星団、人間世界についても教授してくれた。流行っている本とか、玩具、あとは食べ物なんか。ラーメンとかハンバーグとかカレーとかもどっかから持ってきてくれて、住みかの洞窟はともかく、人並み以上の暮らしは出来ていたと思う。
僕が太っちょになったのはヘルトラウザがいけないんだ。僕が言うのもなんだが、甘やかしすぎなんだ。ヘルトラウザとしてみればそれが僕への、精一杯の愛情表現だったんだと思う。けど、一緒にお風呂に入るとかそういったのは思いも及ばない。やっぱりそこは種が違う。人間は何も考えずに普通にやってることなんだけど。
湯船から出ると体の前部分を洗う。お湯をかけ、泡を流して風呂場から出る。タオルで頭をガシガシやって、体を拭いてガウンを着た。洗面台にガラスコップと歯ブラシが用意されていたんで歯を磨く。もう寝るだけ。
リビングに行くとエミーリアはいなかった。レースのカーテンが風で大きく波打っている。ふわっと浮いた向こうにエミーリアのシルエット。ベランダからこの街ザバラシの夜景を見てる。このホテルは3階建。ザバラシで最も高い建造物の一つ。
「今日は色々教えてくれてありがとう。今度は大丈夫。僕一人で洗える」
寝室に入り、ベッドの上に大の字になる。体の芯からぽっかぽかだ。かゆいところもなく、べとつく感じもない。肌もすっきりしたというか爽やかで、まるで生まれ変わったような。こんなんならもっと早く風呂に入っていたら良かった。
いや、風呂は無理だったか。なんせ物心ついた時から洞窟だったからなぁ。人はお風呂に入ると後から聞いて知ったけど、水浴びだけで十分だと思ってた。だって、汗を流すだけで最高に気持ちよかったもん。
目を閉じると深い眠りに落ちて行きそうだ。気持ちも穏やかで何かいい夢を見られそうな気がする。今日は世界一美味しいラーメンも食べられた。エミーリアのおかげだ。
手のひらを目の前にかざす。そして握る。爪が綺麗。まるで桜貝のよう。前はあさりだった。
エミーリアは何でこんな僕に親切にしてくれるんだろう。
スキルがあって魔法属性が同じ。僕らは同類だから? ブリタニー・コニーはエミーリアを疑っていた。彼女の説は的外れなんだけど要は、エミーリアには何か魂胆があるって言いたいんだろ。
確かにエミーリアはブリタニー・コニーのように心の内を明かしたりはしない。言うなれば謎の女。いや、それはお互い様だ。僕もエミーリアに何も話してはいない。
ギルド長が詰め寄った時も僕はだんまりだった。ことはスタンピード。凄惨な現場だ。救援に駆けつけたエミーリアとしても真相が気にならないはずがない。ギルド長と一緒になって僕を問いただしても良かったぐらいだと思う。
なのにエミーリアは何も問わなかった。勇者の勧誘を断る時もだ。勇者を軽く一蹴し、勇者もエミーリアだからかすんなり諦めた。
ううん? そういやぁ、僕はエミーリアに変なことを言ったかも。部屋に入った時、人と一緒に泊まれないと。
よくよく考えれば変じゃないか。だったら僕は人と暮らしたことがないってことになる。いや、このいいぶりだと僕の正体は魔物だって言っているみたいなもんだ。
まさかね。でも、そこまでは考えないにしろ、怪しいは怪しいだろ。なのにエミーリアはあの時全く引っ掛からずにスルーした。ギルド長は僕が何者かとあれほど執拗に問いただしていたのにも関わらずだ。
もしかして僕を懐柔し、僕自らの選択で全てを話させようとしているんじゃないのか。僕がかたくななもんだからギルドは作戦を変えた。
ブリタニー・コニーの論は全然的を射てなかった。僕の論でつじつまが合う。僕たちがダンジョンの最深部まで到達していて、僕が追放されるというところまで、ギルド長は情報を掴んでいた。それはエミーリアとて同じ。ギルドと密接な関係を持つゴールド冒険者だし、ギルド長から直に耳に入れているはず。
そこに僕が現れた。エミーリアは内心、ギルド長と同じく僕に問いただしたかったはず。でも、状況が状況だ。そんなこと言ってられない。まずは生き残る。それには僕と共闘するしかなかった。
やがてスタンピードが終わり、ギルド長は僕を詮索する。そこでエミーリアは悟った。正攻法では僕から何も聞き出せないと。
正直、僕はあのことを思い出したくない。人に喋るなんてもっての外、エミーリアがどれほど親切にしてくれたとしても、もう絶対に話すことはない。スタンピードは“知恵の果実”と関係している。“知恵の果実”は食すと不老不死になれるとも、超人になれるとも、神になれるとも言われる。真相はちょっと違うけどね。
その“知恵の果実”を、あの日、僕らは手に入れた。それは彼らにとって想定外のことだった。彼らは、いや、厳密に言おう、エイブラハム・アディントンとローズ・サージェントはダウラギリのダンジョンボス目当てに帝都からやって来た。ダンジョンボスを倒すことだけが目的だった。