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第十四話 饒舌

店を出て、路地を歩いていた。エミーリアはちょっと元気がない。少しうつむき、足取りも重いようだ。


僕はもうこの街に戻って来る予定はない。“知恵の果実”を手にして扉の向こうに行ったとして、それでもエミーリアが一緒にいてくれて、ザバラシでラーメンを食べようと言ってくれれば、もしかして、戻って来るかもしれない。


けど、エミーリアは僕と別れたとしても分かれなかったとしても、また来れる。要はエミーリアの気持ち次第だ。あのおじさんがどうのこうのは別として、あのラーメンはここまで来て食べる価値がある。


「エミーリアの言った通り。あの店に行って良かったよ。美味しかった。美味しすぎて雷の魔法で感電したみたく痺れてしまった」


エミーリアがくすっと笑った。これで笑ってくれるんだ。ちょっと嬉しい。もっと笑顔になってもらいたい。


「まずはスープだね。見た目と違って濃厚なのに後味さっぱり。柔らかくて滑かな舌触りだけどスパイシー。鶏の風味が後を引く、包み込むような優しい味だった。麺はゆで加減が絶妙で柔らかすぎず固すぎず。もちもち、見ただけで腰があることが分かる。ちぢれ麺でスープがまとわりつく。そして、チャーシュー。どうして単品で売らないのかと思うぐらいの美味しさ。しっかりと煮込まれてるんで味が深いし、口の中でほぐれていくのも楽しい。喉に引っ掛からずスッと通っていく。メンマは香りがいい。口の中が爽やかになるし、煮卵は白みまで美味しかった。黄身は全然生臭くなく口の中でスッと溶けていってしまう。全部が引き立て合って絶妙だった。まさしく美しいハーモニーだね」


エミーリアは、ふふふと笑った。やったーと思った。エミーリアはやっぱり笑顔が似合う。


「食べ物のことになると饒舌じょうぜつになるのね」


あ、っと思った。そういやこんなに長々と話したことがない。ヘルトラウザとも。


僕はこんなにエミーリアを喜ばせたかったのか。それとも、ただの食いしん坊だったのか。恥ずかしい。


それから一言もしゃべれず、ホテルまではなんかもじもじしている間に着いたって感じ。エミーリアはというとホテルに着くまで街を歩く足取りはスタスタってなっていて、顔も上げていた。たまに僕に笑顔で視線を投げかけて来る。


ホテルは顔パスだった。エミーリアが来るなりホテルのドアボーイがドアを開ける。ドアの向こうには支配人とフロアのボーイが頭を下げていた。エミーリアが進むとボーイが横に付き、お荷物はお部屋に、と部屋までの先導を始める。


やがてボーイが立ち止まる。ドアを開けると中はでっかいリビング。その真ん中に僕のバックパックと畳まれたテントがドカッと鎮座していた。僕はたまらず部屋に入るとバックパックにダイブする。


まるで数週間会ってない愛犬に顔をすりすりする飼い主のように僕もバックパックにすりすりする。エミーリアは部屋の説明のため、ボーイと一緒にぐるり部屋を回ると鍵を受け取る。ボーイは部屋を出て行く。


エミーリアはダイニングに行き、ケトルを火にかける。パントリーに入り、カップ二つとドリップコーヒーパックを持って戻って来る。


僕のバックパックの横に金の錠がついた革製のスーツケースがある。


え? と思った。エミーリアの荷物だ。と、いうことは?


僕は一人で泊まると思ってた。もちろん男女ってことは問題だ。でも、それ以前に僕は人と一緒に寝泊まりしたことがない。それこそ大問題だ。


エミーリアはコーヒーカップ二個を持ってソファーに座る。少し休みましょ、と僕に座るよううながす。さぁ、冷めないうちに、と続けた。僕は心を落ち着かせ、まず座る。大きく息を吐くと言った。


「僕ら、この部屋に一緒に泊まるの?」


「ええ」


即答。どうして? エミーリアに何の疑問もない。分かってくれよ。僕にとってはストレスなんだ。人間に対する恐れが僕の根にある。それはエミーリアならいいとかの問題じゃない。


「ダメだよ。無理だ」


エミーリアは、ふふふと笑った。


「ああ、そういうことね。大丈夫。寝室は二つあってね、夫婦と子供に分かれてるの。あっちが大人で、こっちが子供」


エミーリアが得意げに指差す。ああ、よかった。とはもちろんならない。


「そうじゃないんだ。なんていうか、僕、人と一緒に泊まれないんだ。だから、ダンジョンから帰って来ると森でテントを張る」


「じゃぁダンジョンに入った時はどうしてるの?」


「え? どうしてるかって?」


何となく皆が見渡せる所まで離れるか、近くに岩が有ったら隠れるか。とにかく相手の視界に入らないようにして、声を掛けられたらすぐにでも行けるようにしておく。


「ここも同じだと考えればいいのよ。あなたは子供用の寝室。私は大人用。それぞれちゃんと鍵もついている」


なるほど。ってさっきからずっとペースが乱されている。バックパック無しで歩いたことなんてないし、ラーメンについて長々と語ってしまった。


「さぁ、コーヒーを飲んで。せっかく入れたんだから」


なんか、面白くない。僕はコーヒーを手に取るとフーフーしながらチョビチョビ飲む。エミーリアは背筋を正し、足を組んで唇にカップを傾けている。カップが口から離れると僕に視線を移し、淑女の微笑み。


僕は苦い笑みを返す。反論する言葉も持ち合わせず、かといって子供のように駄々をこねる強引さもない。今まで通り、バーティのリーダーがおっしゃるんだから仕方ないと諦め、飲み干したカップをテーブルに置く。もう寝よう。寝室に向かう。


「寝るの?」


立ち止まって振り返る。なんで? 


「寝るよ」


「その前に、お風呂に入んなきゃ」


えっ?


「お風呂ですか?」


「そうよ。もう湯船にお湯をためてるの」


いつの間に? あ、そうか。ボーイと部屋を回った時、ボーイにやらせていたんだ。いやいやいや、まじでか。


エミーリアも僕を臭いと思っていたんだ。なんたって僕はフンコロガシだもんな。でも、まぁ、我慢していてくれただけもマシか。


風呂に入れっていうんなら、そうするわ。付き合いは今後一切変えさせてもらう。さっきも思ったが、今後、他の冒険者と同じよう接する。


「さぁさぁ、入って入って。気持ちいんだから」


僕の顔を見れば分かるだろ。こんなに嫌がってるのにまだ言うんだ。はぁ~っと思わず大きなため息をしてしまった。残念だ。どうしてもっていうんだな。ああ、分かったよ。とぼとぼと風呂場に向かう。


エミーリアが後ろから大きいタオルと小さいの、それとガウンを差し出す。


「服は洗濯に出すから、あがったらガウンを着て」


それを受け取る。再再の念押しで、どうしても入らなければいけないの? と目で訴えてみる。付き合いを変えないといけないんですけど。


「疲れたからってシャワーだけはダメよ。ちゃんと湯船に入るの。心も肉体もオフにすることも大切。ずっと気を張っているのは穴の開いた雨水タンクと一緒。いざという時にもたない」


全く通じていなかった。疑いのない穏やかな微笑み。僕は肩を落とし、脱衣所に入る。ダンジョンでのポーターの仕事では沼に入れって言われれば躊躇なく入ったし、水に潜れって言われたらそうした。


エミーリアさま、湯船に入れって言うんなら入りましょう。僕は湯船に飛び込んだ。ざばぁーっとお湯が溢れる。


「入ったようね」


脱衣所から声が聞こえた。エミーリアは僕がちゃんと湯船に入ったか確かめようと脱衣所で聞き耳を立てていたんだ。そこまでするかよ。よっぽど僕の臭いのを何とかしようとしているんだ。


僕は返事をする気がない。諦めを通り越して腹が立って来た。僕からはもう何も言わないと心に決めた。


「さぁ上がって。背中を流してあげる」


エミーリアの声。それも頭の上から。見上げるとそこにはエミーリアが下着姿で立っていた。



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