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第十二話 寵愛

おっさんの提案は遠回しに僕に却下された。ブリタニー・コニーと顔を見合わす。おっさんは苦い顔して、俺は嫌われたみたいだね、とブリタニー・コニーに言って去って行く。その背中は、まいったやれやれのポーズだった。


それをブリタニー・コニーは笑顔で見送る。おっさんが馬に戻ると僕に言った。


「ここから港町ギャベリまで三日。否が応でも君とはそこでまた出会う。エレヴァス大陸に渡る船が出るのも船室船席の埋まり次第になってくるから最悪数日をギャベリで過ごさなくてはならないかもしれない」


しっかりと視線が僕を捕らえる。またブラウンの瞳に僕の魂は吸い込まれそうになる。


「時間はあるわ。僕たちと一緒に、とまではもう言わない。でも、僕たちのクラン、バラッド加入を考えてくれないかな。クランは僕たちのバラッドの他に四つある。ユニオン、レギオン、レイジ、ターミネイト。僕たちは連携していて、色々と情報のやり取りをしている。バラッドに入ってくれれば遠くからでも君の手助けが出来るかもしれない」


ごめんだけど、多分、僕の手助けにはならないと思う。ブリタニー・コニーは僕の手を取った。


「それともう一つ。エミーリア嬢のこと」


そう言うと目線が伏せられる。あまり言いたくないような仕草。これから話されることはネガティブなこと。


「エヴァンジョエリ卿の寵愛は彼女のみに注がれているって専らの噂。だから、彼女はゴールドの冒険者証を持っているし、ギルドの歴々からも手心を加えられている。ギルドはエヴァンジョエリ卿あってのギルドですもの」


その噂は間違っている。彼女は強さも立ち振る舞いも真のゴールド冒険者に値する。皆が僕の容姿を馬鹿にして甘く見ていたのと同じようにエミーリアもその容姿から変な誤解を受けている。


「今回の活躍で君はエヴァンジョエリ卿の目に止まった。スカウトされたのかもしれない。明けの星団はそういう連中の集まりだと聞いた」


そう言うとブリタニー・コニーは唇をグッと引き結ぶ。ここまで話せば大体察しが付く。ギルドとクランはギクシャクしている。そりゃそうだ。保障にも色々あるし、権利にも色々ある。訴えたいことが様々な分、クランが存在しているんだと思うんだけどそれだって平たく言えば、ギルドに不満がある者たちの集まりがクラン。つまり、僕らは敵対関係になるかもしれないってこと。


ブリタニー・コニーの手が僕の肩に乗せられる。ブラウンの瞳が近付いてきて、堪らず僕の喉が生唾でゴクリとなる。ブリタニー・コニーは僕のおでこにチュっとキスを落とす。


「いい返事を待ってる」


ブリタニー・コニーは馬に乗った。僕に手を振ると皆と一緒に瞬く間に草原の向こうに消える。


ブリタニー・コニー、君の望むような社会になったらいいね。


僕は心の中で、さよならと言った。僕らの歩む道は違い過ぎる。姿の消えた草原の先をずっと見ていた。気付くと横にエミーリアが立っている。


「さぁ、朝食にしましょう」


お腹が空いていたはずなのにあまり喉を通って行かない。美味しくは感じるんだけどエッジが効いていないというか、何かぼやぁッと味がはっきりとしない。


ブリタニー・コニーの言いたいことも分かるんだけど、それが僕のモヤモヤの原因ではない。僕にギルドもクランも関係ない。僕の気持ちが晴れないのは何がどうなろうととどのつまり、親しくなって人は皆、僕の元を去って行くという事実。


エミーリアはどうだろうか。僕の目的は“知恵の果実”。それは僕のみに与えられたもの。手に入れないとスタンピード。ブリタニー・コニーに別れを告げたようにエミーリアともその時が来れば、さよならしなくてはならないの?


食事が終わって移動を始めた。さっきの旅立ちの高揚感とは真逆の心持ち。流れる景色が色あせてしまっている。馬車の中もうら淋しさを感じる。


“知恵の果実”を目の当たりにすればきっとエミーリアもそれをほしがる。それが悪いって言ってんじゃぁない。むしろ、それが自然だ。冒険者はなんたって、そういうのが目的で、そもそもダンジョンに潜ってる。


けど、今度は絶対に失敗しない。必要ならエミーリアでも出し抜く。下から覗くようにエミーリアをうかがう。エミーリアは座席にもたれかかり長い足を組んで本を読んでいる。そのスタイルはダウラギリの近郊の森から出た時から一向に変わってない。


ギルド長は僕が何者かを詮索した。スタンピードの原因についても何となく僕たちパーティが関与したのではないかと疑っている。勇者はというと僕の戦いぶりを見ていないにも関わらず仲間にしようとしていた。


普通なら気にかかるはずだ。ましてや仲間になったんだ。能力もお互い知っている。なのにエミーリアときたら僕のことを全く興味がないのか、質問の一つもしてこない。変だ。不自然だ。


いや、待てよ。エミーリアは勇者とも知り合いだった。それにエミーリアはあんだけの人だ。エヴァンジョエリ卿に寵愛されておかしくはない。だったらエミーリアも人に言えない後ろ暗い思いはあるはずだ。自分を顧みればブリタニー・コニーが僕にどんな話をしたか大体察しがついているはず。


ただ、僕の活躍がエヴァンジョエリ卿の目に止まったっていうブリタニー・コニーの説はちょっとなぁ。


だって僕はスタンピードが起こった時、ダンジョンの中だった。ギルドの偉い人もそれは知っていて、僕が生きて帰って来るなんて夢にも思ってなかった。それが帰って来て大活躍するもんだから、信じられないとあんな風に取り乱すことになってしまった。


エミーリアにしたって状況はギルドの偉い人と大体同じようなもんだ。出会った時点、僕がダンジョンから帰って来たことを知らない。その後の戦いで、僕がスキル持ちで魔法も使えるってぇのをやっと知った。


つまり、エミーリアが僕と冒険すると決めたのは偶然にも一緒に戦った結果だったということだ。この事実は揺るぎない。


いずれにせよエミーリアにはブリタニー・コニーと何を話し、何て答えたかを話さなければならない。僕らはパーティだし、彼女は僕らのパーティのリーダーなんだから。


一つ付け加えるなら、エヴァンジョエリ卿は女性だ。名前はラファエラ・エヴァンジョエリ。ブリタニー・コニーのあの言いぶりだとエミーリアは世間では偏った良くない見方をされているのかもしれない。


「エミーリア」


「なぁに」


エミーリアの視線が本から僕へと移る。僕は思わず視線を伏した。


「ブリタニー・コニーのことなんだけど、一緒に行こうって言われた」


僕の指先がもじもじしている。


「断ったよ」


エミーリアは、ふふふと笑った。いいも悪いも何も言わない。僕はエミーリアがどんな顔をして笑っているかそおっと上目使いにうかがう。色んな心配をいっぺんに忘れさせてくれる、春日和のような暖かくて優しい笑みだった。



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