表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/40

第十一話 クラン

「僕はブリタニー・コニー。お会いできて光栄です、エミーリアさん」


「私もお会いできて光栄よ、ブリタニーさん」


エミーリアは椅子から立ってブリタニー・コニーと向き合っていた。二人は軽い握手をする。


「カーポ君と話をさせていただきたい。少し時間を取らせてもらってよろしいですか?」


エミーリアは何の戸惑いもなく、席を外しましょうと答え、馬車へと戻る。ブリタニー・コニーがどんな話を僕にしようとしているかは言わずと知れたこと。クランへの誘いだ。


エミーリアは当然それが分かっている。僕がどう返事するかには関与しない。クランは思想信条で結ばれている。宗教を強制できないのと同じだ。パーティは組んだけどクランへの加入までは強制できない。けど一方で、それだけ僕を信用してくれているともとれる。


「マロモコトロはいいところね。治安もいいし、人も気候も暖かかった。去らなくてはならないなんて残念」


ブリタニー・コニーの視線は遠くにある。本当に残念なのだろう、物思いに沈んだ悲し気な眼差し。


「冒険者は報われない」


そう言うとブリタニー・コニーは僕に視線を向けた。


「そう思わない? カーポ君」


ブリタニー・コニーは僕の答えを待っている。あまり僕を見ないでほしい。ブラウンの瞳に吸い込まれそう。必死に耐える。


「やっていることに対して世間のリスペクトが無さすぎる。冒険者も冒険者で全く自分たちを顧みない。本来ならプレゼンスの向上に努めるべきなのに」


僕のことをフンコロガシって笑ってた。そういう自分たちは世間からダニとか言われている。まぁまぁ良くって犬とかキツネ、ハイエナとかね、コウモリにハゲタカとかもある。


彼らはふざけて、僕を追い抜き際に背負っているバックパックに蹴りを入れて行った。正面からは、臭い、寄るなとフロントキックもよく放つ。


「冒険者は職業と言えるかどうか。今の状態ならどちらかというとギャンブル、娯楽に近い。あるいは、快楽なのかもしれない」


―――フラッシュバック。脳裏に浮かんだ男。そいつは元冒険者だった。


洞窟の入り口、その鉄格子越しに月明かりが奥へと差し込む。女の子が、中に入れてと何度も叫び、鉄格子を叩いて懇願する。その女の子の後ろに、男が一人現れた。そいつは元冒険者で女の子の父親。女の子はそいつの片腕一本で簡単に鉄格子から引きはがされ、ひょいっとそいつの肩に担がれてしまう。女の子は泣き叫び、手足をバタバタ振ってそいつに連れて行かれまいと必死に抵抗する。そいつは何も声を発しなかった。無言で足を引き摺り、杖を突き、女の子を担いで森の中、深い闇に消えて行く。僕はというと月光が当たらない洞窟の奥、岩の影で小さく丸くなり、耳を押さえてる。


「僕たちには何の保証もない。ギルドは僕たちから搾取するばかり。僕たちはただ安心が欲しいだけなのに、報われる社会にしたいだけなのに」


はっとした。僕はうずくまっている。ビジョンの自分と同じように耳を押さえていた。おずおずと立ち上がって皆の顔を見る。皆は悲しそうに僕を見ていた。


「僕たちは辺境から社会を変える。極東のバングウェル。そこにあるダンジョン都市メルセダリオで一から出直す。君はもう家族も同然。僕たち全員の全部を知ってる。そして、頼りになる人。君のその力を僕たちに貸してほしい」


一緒に行こうと、皆の目が僕に訴えかけている。社会を変えるか。面白そうだけど、ダメだ。あいにく僕も世界を変えなければならないという仕事を請け負っている。僕はゆっくりと首を横に振った。投げ出すことは出来ないし、失敗したらスタンピード。多くの人がまた死ぬ。


ブリタニー・コニーはというと断られても全然気落ちなんてしていなかった。微笑むとぐっと僕を抱き締めて耳元で囁く。


「分かるよ。君も何かを成し遂げようとしているんだよね。皆にバカにされても腐らず、ダンジョンで淡々と荷物を運ぶ。本当は誰よりも強いのにね」


そう言うとブリタニー・コニーは僕の目を見詰める。澄んだブラウンの瞳は春の水面のように輝いていた。


「もし、挫折したり、疲れてしまったりしたなら僕を頼ってほしい。僕はメルセダリオで君をずっと待っている」


男が立っていた。確か、助けた男の内の一人。中肉中背で口髭の、冴えない顔つきの中年。どことなく育ちが良さげで、身に着けている借り物の、金の刺繍の入った上等なプールポアンも浮いてはいなかった。大きな綿布の塊を肩に担いでいる。僕のテントだ。


「カーポ君。これ、返すよ」


男は馬車まで行くとそれを屋根の荷台に乗せる。細いのに結構力はあるみたいだ。


「彼はウィンストン・タレン。共和制って聞いたことある?」


「え? あ、ないです」


「このクラン、バラッドは共和制なの。リーダーを投票で選ぶ。投票っていうのはね、自分の推したい人の名前を書いて箱に入れるの。名前を最も多く書かれた人がリーダーになるって仕組み。タレンが言うには帝国の禁書にそういうのがあった」


ウィンストン・タレンがブリタニー・コニーの横に立つ。袖は腕まくり、足の裾は折っている。丈があってない。


「テントのおかげで皆の尊厳は保てた。あ、俺かい? 俺は心配ご無用。すでに尊厳は失っている。見ての通り、今は見る影もない貧乏貴族だが、さかのぼれば名門の一族。俺はその栄光を取り戻そうとこのバラッドに入った。いずれにしても今は辛酸を舐める時だと思ってる。だから気にすんな。今の経験が俺をより大きくする」


さばけているように感じる。言っているほど貴族に固執していないのだろう。ブリタニー・コニーは、くすくす笑った。タレンはブリタニー・コニーのお気に入りのようだ。


これは信頼? このおっさんとブリタニー・コニーは恋人同士って感じじゃない。どちらかというと親子関係のような柔らかい感じで心を通じ合わせている。それが逆にちょっと羨ましい。


「俺たちはこの先の街、サバラシで馬をギルドに返さなければならない。馬はギルドに借りてるだけなんだ。サバラシで新しい馬を買う。俺たちは幸か不幸か、スタンピードを生き延びた。金は唸るほどある。と、言ってもだ。今は手元にないんだけどな。それはそう、借金すればいいとしてだ、問題は君が俺たちのために置いていったこの服。捨てるにも貰うにしろ、俺の見立てでは高価すぎる。ここで脱いでいくわけにもいかず、返すならサバラシまでご一緒願いたいところだが、どうだろう?」


なるほど、ブリタニー・コニーが気に入るわけだ。時間的にまだ交渉の余地を残そうってんだな。


ちょっとジェラシー。僕は面と向かって断るのが苦手だ。でも、今回は大丈夫。断る必要はない。ちゃんと説明すればいいんだ。


「その服の持ち主たちは亡くなった。あの人たちがもし、生きていたなら困ってるあなた達を見過ごすことなんて出来なかったと思う。いい人たちなんだ。その服をあなた達に大事にして貰えればいい弔いになると思う」


んなはずはない。誰でもわかっている。やつらがもし生きていたら、いや、やつらだけでない。一般的にどの貴族もそうだけどやることは一緒。皆から服を引っ剥がし、平民の分際で、と罪を問うてくるはずだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ