第一話 あだ名
ルキフィナさんにおかれましては、ご心中いかばかりかと。僕、カケラ・カーポはボス部屋でパーティから追放されて以来二日、ずっと走り続けています。出口はもうすぐなはずなのですが。
魔物は一体どころか全く姿を現しません。魔力も何も感じない。トラップも何もない。これじゃぁダンジョンじゃない、ただの洞窟。
おそらくは全部、外に出て行ってしまったんじゃないかと。ルキフィナさんは受付係とはいえギルドの職員。魔物が街で人を襲っているのを見て見ぬふりなんて出来ないでしょう。
思い返せば三年前、僕は一人でここに来た。十二歳の時です。あの時、ギルドに入るのに色々と指南してくれましたね。あれからずっと僕はあなただけが頼りだった。
ルキフィナさんは? 正直、僕と話す時、一体どんな気持ちだったんですか。楽しかったですか。不愉快だったですか。
それといつも聞きたかったことがあるんです。僕が“フンコロガシ”とはね、言い得て妙だとは思いませんか。分かります。かくいうこの僕もそう思いましたもん。
傷付くなんてないです。僕の育った村の人たちに比べりゃぁこんなあだ名なんかぜぇ~んぜん。逆に人間関係に距離が出来てわずらわしくなく、かえっていいかもってレベル。僕はこう見えても人間の怖さを十分すぎるほど知っている。
実際ギルドは僕の育てが魔物だなんて全く知らないですしね。もし、それが知られてたんなら僕は今頃ギルドで大変な目に合っている。
僕なりにちゃんと対策しましたよ。僕は魔法が使えない一般肉体労働者でギルドに登録している。こんな見た目の僕が魔法を使っちゃぁ皆さん的にもまずいですもんね。
でもね、僕の素性を知っている人がいないってわけじゃぁない。おそらくは冒険者でただ一人。
といっても、その人から僕の素性がバレるのは望み薄だろうな。そもそもその人は自分の過去を消そうと思ってずっと遠いどこかのダンジョンに行ってしまった。
そのうえ、その人は僕の顔を知らない。そんな人が世界のどこかでばったり僕と出会って、目の前の人が僕だと分かるだろうか。
万が一、分かったとしてもだ。僕と知り合いだなんてきっと恥ずかしくて絶対に誰にも言わない。断言できる。僕とその人は幼馴染。ほとんどの夜、ずっと僕に絵本を読んで聞かせてくれました。ちょうど年頃で、その人は女の子ですから、僕と同類は願い下げでしょ。
あははは。思わぬところまで効果を発揮するフンコロガシだけど、正直言うと初めはそれが何か全く分からなかった。
文字面から少なくとも汚いってことは伝わった。何かの隠語かもしれないとも考えた。いきなり誰かがフンコロガシって言い始め、皆が皆、ああ、なるほどってなんのっておかしくない? 共通認識? どういうことだろうと思ってた。
だからね、ルキフィナさん。街角でムシロを敷いて座っている全盲のおじさんに金貨一枚渡して尋ねてみたわけ。フンコロガシって何、どういう意味って。
くくく。虫だなんて。
僕は魔物に詳しい。多分、それに関して言えば誰にも引けを取らないほどだと自負している。そんな僕が思ったんだ、フンコロガシって面白い。
魔物を見慣れた冒険者さんたちも僕に特別な何かを感じるんだろうね。けど僕に、強くなりそうな期待感もないし、闇落ちしそうな怖さもない。所詮は取るに足らない虫ってところ。魔物というより変な生き物。
そりゃそうだ。あはは。僕のカッコがね。直径が身の丈二倍の、まん丸いバックパックを絶えず背負っている。ここに僕の全部が入ってるんだ。村はずれの洞窟、僕が暮らしていた住処から持ってきた物、テントも着替えもなにもかも。
体型にしても十五歳にしては小さく、丸顔で小太り。ふふふ、まるでコガネムシ。それがバックパックを背負ったら。
ね、言い得て妙でしょ。あだ名をつけられた頃から臭いってのも言われだしたしね。言葉の威力ってすごいなぁ。
まぁ、実際風呂入ってないからね。ダンジョンから帰還しても森に野宿、ホテルにはいかない。あははは、しかたない。
僕に自分を改める気がないんだ。分かってもらおうとも思わない。知らない人との会話は苦手なんだ。話しすら満足にできないのに、相手に上手く自分を伝え、納得してもらえる? しかも僕の場合、事情が事情ですので。
僕にはどうしてもやらなきゃならないことがある。使命といっていい。『力ある者はそれに見合った義務を背負わなければならない』 それは小さい頃から絶えず聞かされていた言葉。
ここに来て以来三年間、僕が“選ばれし者”なんてこと、きれいさっぱり忘れてた。世間の風が想像以上にきつかったのもある。世の中にはもうすでに勇者と呼ばれる立派な“選ばれし者”がいるってことも聞いたし、姿カッコの悪い僕はこんなもん。自分の立ち位置が分かったような気にもなって、ちょっとホッとしてた。この僕が世界を救うなんて出来るわけないし、僕に救われる世界の気持ちになってみなよ。
ね、ルキフィナさん。僕は大丈夫。自分のダメなところをたぁぁくさん、知っていますから。仲間が集まってくるような明るさや器量はないとかね。
でも、まぁ、一番は自分に自信がないってことなんじゃないのかなぁ。長年住み慣れた洞窟を出る時も僕は僕に覚悟を示す必要があった。
どうやらルキフィナさん。やっぱ僕は本当に “選ばれし者”だったようです。今回のクエストで再確認させられました。間違いありません。けど、それは取り敢えず、おいておく。
こんなことになるなんて全く聞いていなかった。聞いてたら追放されても力づくで“知恵の果実”をあいつらから奪い取ってた。あいつらなんて大したことない。貴族に生まれたからってだけの、言葉を知らないえっらっそうな並みの人間。
“知恵の果実”を食べれば最後の扉が開かれる。その扉に入れるのは“知恵の果実”を食べた者のみ。“知恵の果実”はというと”選ばれし者”の前に現れ、”選ばれし者”のみ食べることを許される。
だったらもし、”選ばれし者”以外が“知恵の果実”を食べて最後の扉に入ったなら。
ルキフィナさん、あなたはもう答えを知っている。僕以外の者が“知恵の果実”を食べ、最後の扉に入ってからもう二日。
出口! ダンジョンから飛び出す。
スタンピード‼
まるで異界の窓のようなでっかい満月。夜とは思えないほどの赤々と燃えた空。そして、むわっとした熱気。そこは僕に地獄を思わせた。
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