9.ともだち
ショーン殿下は王宮のお茶会を午前から設定した。
私も朝早くから支度し、お母様と共に早めに王宮へと向かう。
お茶会の会場は中庭だったけど、同席する大人はお母様のみだ。
参加者は私とショーン殿下にジェームズ殿下、聖女クラリスと聖女クリスティン。
そして王宮騎士団から伯爵令息が二人と伯爵令嬢が一人。
王宮騎士団所属の貴族は王族派と呼ばれる貴族で、いわば中立派だ。
私とお母様というクロスランド公爵派閥が居ても、聖女二人が不利になることはないという心遣いだろう。
お母様は私たちのテーブルに同席するけど、『お目付け役』としてであり会話には参加しないようにお願いしてある。
さすがに子供たちだけにすると、何をしでかすかわからないという国王陛下の意向だった。
まぁ八歳だからなぁ。普通は悪戯の盛りだ。心配になるのもわかる。
お茶会のテーブルについた子供たちを見ていく。
ショーン殿下はいつも通り大人しく紅茶を口に運んでいる。
ジェームズ殿下も少しは大人びてきて、お茶会に参加するのが苦痛ではないらしい。
フリーランド伯爵令息のロディ、リッカーズ伯爵令息のフルヴィオは、ちょっと退屈そうだ。
ディクソン伯爵令嬢のパトリシアは穏やかに微笑んでいる。
クラリスとクリスティンは……予想以上に顔色が悪い。
『クラリス』の記憶より、痩せている気がする。背ももしかしたら低いかもしれない。
これは食事すら満足に与えられてないな。
そんなことを察せるのは前世の記憶がある私くらいだろうけど。
ショーン殿下が微笑んでクラリスたちに告げる。
「今日はよく来てくれたね。
いつも大変なんだろう? 今日くらいは羽目を外しても構わないよ」
クラリスがおどおどと応える。
「あの、お招きいただき、ありがとうございます」
「そんなに緊張しないで。ジェームズ以外は同い年だ。
今は身分の差を忘れて、子供同士と思って欲しい」
クリスティンが困惑しながら応える。
「そうはおっしゃいますけど、二度目でも王宮は緊張します……」
ジェームズ殿下の様子を盗み見る――視線はやっぱり、クリスティンに向いてるようだ。
彼の好みがクラリスよりクリスティンなのだろう。
顔は同じなのになぁ? 性格の違いが大きいんだろうか。
こうして傍から見てると、クラリスは気弱で意思が弱いように感じる。
……そっか、私ってそう見えてたのか。
第三者の目で見ると、自分って意外な見え方をするんだな。
それともこれは、ミレーヌの個性を持つ私だからそう見えるのかなぁ?
クリスティンは弱っていても、気が強そうな目をしてる。
反抗心を感じる、とでも言えばいいのか。
気の強い女の子がジェームズ殿下の好みなんだろうな。
ふとショーン殿下の視線が目に入った。
彼はどうやら、クラリスを見つめているみたいだ。
その視線は私を見る時よりもどこか熱っぽい――女の勘が囁いた。
殿下ったら、婚約者の私の前でクラリスに見惚れてるの?
そりゃあ、前世では『クラリス』と婚約してたけど。
その前はミレーヌとも婚約してたじゃない。まさか、好みの女子はミレーヌよりクラリスだったの?
……う~ん、嬉しいような悔しいような、複雑な心境だ。
前世の『クラリス』の心は喜んでるけど、私には不満しかない。
でも私もショーン殿下を恋愛対象としてるかと問われると、ちょっと悩むのが本音だ。
これは『ミレーヌ』の好みなんだろうなぁ。
だから私とショーン殿下は婚約者でありながら友人のような関係な訳で。
――そんなことを考えていると、ジェームズ殿下が立ち上がってクリスティンの手を取った。
「あちらに花壇がある。お茶を飲むのも窮屈だろう? 散策しよう」
クリスティンが笑顔で頷き、二人は中庭の端にある花壇へ向かった。
ショーン殿下も立ち上がってクラリスの手を取った。
「私たちも花壇を見に行かないか」
クラリスは返答に困った末、おずおずと頷いた。
二人もジェームズ殿下の後を追って、花壇を見に行ってしまった。
パトリシアが私に告げる。
「ショーン殿下を放っておいてよろしいの? 婚約者なのでしょう?」
「今日は聖女に休息を与えるのが目的ですもの。
殿下がしたいようになさるのが一番ですわ」
ロディが立ち上がって私の手を取った。
「じゃ、俺たちもあっちの方を見て回ろうか」
私はロディの手を見つめて考える。
これは……応じていいのかなぁ?
ロディがウィンクを飛ばして告げる。
「ショーン殿下が浮気をしてるんだ、ミレーヌ嬢が浮気をしても構わないだろう?」
「まぁ、子供のくせにませた発言をなさるのね。
――いいわ、その誘いに乗って差し上げます」
私が立ちあがると、フルヴィオもパトリシアの手を取った。
「二人だけがお茶を飲んでいても仕方ない。僕らも行こうか」
「相手があなたというのが気に食わないけど、余り者同士仲良くしましょうか」
「ちぇっ! 酷い言い草だ」
私たち四人も、笑い合いながら殿下たちに合流していった。
花壇を見て回るクラリスたちは、少しは気持ちが晴れているようだった。
情操教育も満足に受けてない二人には、花を愛でる時間も与えられてないはずだ。
そんな二人には、一年振りに時間を気にせずのんびりできる空気が心地よさそうだった。
ロディが大きな声で告げる。
「花を見てるだけじゃ、俺たちは楽しくないぞ!
どうせだから鬼ごっこをしようぜ!」
パトリシアが頬に手を当てて応える。
「あら、なんですの? それは」
「鬼をひとり決めて、他の人間が逃げるんだ。
逃げる人間を捕まえたら鬼の仲間入り。
最後に鬼にならなかった奴が勝ちだ」
クリスティンが手を打って頷いた。
「ああ、小さい頃に遊んだことがあるわ。
貴族もその遊びをするの?」
ロディが鼻の下をこすって応える。
「俺は庶民にも友人がいるんだ。
そいつから教えてもらった遊びだ。
クリスティンたちはルールを知ってるなら、慣れたものだろ?」
クラリスとクリスティンが頷いた。
『クラリス』の記憶を持つ私もルールは知ってるけど、ここは黙っておいた。
ショーン殿下が手を打ち鳴らした。
「じゃあ言い出したロディが鬼だな。
他は逃げる役にしよう。
逃げる範囲は内庭の中、外に出たら負けってことで鬼の仲間だ」
ロディが声を上げる。
「十数えるから、その間に逃げろよ?!
いくぞ! 十! ――」
カウントダウンが進み始め、みんなが思い思いの方向に逃げていく。
聖女のローブを着ているクラリスたち、そしてドレスを着ている私とパトリシアはとても不利だ。
それを理解しているのか、ロディはまず男子たちを狙って動き出した。
最初にジェームズ殿下が捕まり、ショーン殿下、フルヴィオの順で捕まった。
男子全員が鬼になって女子たちに襲い掛かってくる。
私たちは声を上げながら逃げまどい、捕まっていった。
――今回、最後まで逃げ延びたのはクリスティンだった。
息を切らせながらクリスティンが告げる。
「やったわ! 私の勝ちよ!」
ロディが息を整えながら告げる。
「じゃあ今度はクリスティンが鬼だな。カウントしろよ」
「いいわよ! 十! 九! ――」
そしてまた、子供たちが四方八方に散っていった。
鬼ごっこは午前の間中続き、クラリスやクリスティンの顔に笑顔が戻っていった。
私たち貴族子女も普段はしない遊びに興じ、思いっきり体を動かして楽しんだ。
お昼が近くなるとお母様が大きく手を打ち鳴らす。
「そろそろ休憩しなさい! 昼食の時間よ!」
タイミングよく、最後に逃げ回っていた私をロディが捕まえたところだった。
「あー、捕まっちゃった」
「よし、これで三回目だな!」
「……まさかロディ、私だけを狙ってたの?」
ロディはニヤリと微笑んで私の手を取り、お母様の待つテーブルへと歩き始める。
逃げ回ったせいじゃない胸の動悸を覚えながら、私はロディに手を引かれて歩いた。
――これはまさか、『ミレーヌ』の好みなんだろうか。
この胸の感覚は『クラリス』の記憶にもある。
それが恋愛感情の前兆だと気付きながらも、私はそれを気にしないように努めた。