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6.婚約者

 お父様の意向もあり、私はショーン殿下と婚約することが決まった。


 六歳で婚約だなんて、随分早いものだと思うけど。


 そういえば『クラリス』の記憶でも、似たようなことをショーン殿下が言っていた気がする。


 七歳かそのくらいで婚約した、だったかな。


 今回婚約が早まったのは、たぶんお母様が病死してないせいだ。


 さすがの国王陛下も、喪に服しているお父様や『ミレーヌ』に婚約を命じることができなかったのだろう。



 ショーン殿下は婚約以後、たびたび我が公爵家を訪れるようになった。


 王宮でも小さな両家のみのお茶会が開かれるようになり、月に一、二回の頻度で私たちは言葉を交わす。


 暗い陰の見えないショーン殿下というのは、私には新鮮だった。


 『クラリス』の記憶では、ショーン殿下は常にどこか悲し気な空気を漂わせていたっけ。


 その『クラリス』の記憶と比べているうちに、私の直感がひとつのことを囁いた。


 ――もしかしてショーン殿下、仕方なく婚約してる?


 そりゃあ六歳の子供が婚約とか、ピンとこないと思うけど。


 私は公爵家にやってきたショーン殿下に「庭を見て回りませんか」と誘い、エイミーだけを連れて公爵家の敷地を散策した。


 小鳥の巣の場所を教えながら、ショーン殿下に小声で告げる。


「ねぇ殿下、あなたはもしかして婚約をまだ理解してらっしゃらないのかしら」


 ショーン殿下は困ったように微笑んだ。


「私はまだ子供、婚約などと言われてもわかる訳がありません。

 愛も恋も、何もわからない。

 ですが父上の命令ですので、ミレーヌ嬢のことは大切にしますよ」


 ドライだなぁ。随分と覚めたものの見方だ。


 そりゃあ私だって、思う所がない訳じゃない。


 『クラリス』の記憶ではショーン殿下と心を通じ合わせていた。


 そんな(ミレーヌ)がショーン殿下と心を通わせられるのか、通わせてもいいのか。


 そこに迷いがない訳じゃなかった。


 どんなに願っても、もう『クラリス』としてショーン殿下と心を通わせ合うことはできない。


 それに私の愛の記憶は『クラリス』のもの。


 私自身としてショーン殿下を思ってるかと言われると、そこは自信がなかった。


 まぁ私自身、まだ六歳の子供だし、愛や恋の実感が湧かないのも仕方ない。


 ショーン殿下が今度は私に尋ねてくる。


「ミレーヌ嬢は、私と婚約をして良かったのですか。

 父上のわがままに付き合ってるだけではないのですか」


 私は曖昧に微笑みながら応える。


「国王陛下の意向、そしてお父様の意向なら、私は従うだけですわ。

 そこに恋や愛がないとしても、貴族令嬢の婚姻とはそういうものだと教わりました」


 我ながら、自分でも覚めた言い草だなぁ。


 ショーン殿下はクスクスと笑みをこぼしながら応える。


「私たちは似た者同士なのかもしれませんね。

 親の期待に応えることだけを考えて生きている。

 そんなミレーヌ嬢となら、友人にはなれそうです」


「あら、婚約者に友人宣言ですの?

 殿下は変わってらっしゃるのね」


「そうやって笑ってやり過ごせるミレーヌ嬢も、かなり変わってると思いますよ」


 私たちは笑みをこぼし合いながら、庭の散策を続けた。





****


 婚約から一年が経過する頃、私はお父様の書斎に呼び出された。


 お父様は書斎の机で書類を確認しているようだった。


「お呼びでしょうか、お父様」


「ああ、来たかミレーヌ。

 実は少し相談があるんだが、聞いてくれるかな」


 私はお父様の椅子の傍に近づいて小首を傾げる。


「はい、なんでしょうか」


「実はね、そろそろミレーヌが秘密にしていることを話してもらえないかと思ってね」


 私は言葉に詰まった。


 それはまだ、決心がつかないこと。


 それに今となっては、『クラリス』の記憶が真実なのかも曖昧になっていた。


 あれは私が見た夢じゃないのかな?


 お父様が私の肩に両手を置いて告げる。


「私は今日まで、聖教会の汚職の証拠を集め、政治権力を削ぐことに注力してきた。

 あのような団体が国家の政治に影響力を及ぼすことは、あってはならないと思っている。

 お前とショーン殿下の婚約に頷いたのも、放置していれば聖女との婚約を進めかねないからだ」


「それは……確かにその通りになると思いますが」


 お父様が頷いた。


「それを理解しているということは、やはりお前はただの子供ではないのだね」


 ――しまった。


 私が言葉に窮していると、お父様が私を抱き上げて膝の上に乗せてくれた。


「怖がることはないよ。

 お前にどんな秘密があろうと、お前は私の愛しい娘だ。

 だからお前が知る情報を教えて欲しい。

 聖教会を弱体化するためのヒントが少しでも欲しいんだ」


 お父様の目は、私を慈しむ優しい目。


 この人になら、全てを打ち明けても大丈夫な気がしてくる。


「……実は、私はミレーヌですがミレーヌではないのです」


「それはどういう意味かな?」


「……私の前世は聖女クラリス。今から十一年後に処刑されるクラリスの記憶と魂を持って生まれ変わった人間。

 それが今の『ミレーヌ・クロスランド』なのです」



 私は『クラリス』がショーン殿下から聞いた『ミレーヌ』の最期や、『クラリス』の冤罪による処刑の話までをお父様に伝えた。


 お父様は終始真剣に私の言葉に耳を傾けてくれていた。



「――そうか、それがお前の秘密だったんだね。

 だが今はミレーヌとしてここにいる。それも間違いがないんだね?」


 私は頷いて応える。


「はい、私はミレーヌです。

 『クラリス』の魂は私の魂に混じり合い、もう残っていません。

 今は聖教会で修行の日々を送るクラリスとは別人と思ってください」


「では、クラリスがいつから聖女として活動をするか覚えているかい?」


「確か、初めて治癒の依頼を受けたのは十三歳の時でした。

 クリスティンは治癒が苦手だったので、依頼を受けることはなかったと思います」


 お父様が頷いた。


「今のクラリスはお前と同じ七歳、あと六年は猶予がある。

 この時間を使って私は一手打とうと考えている」


「一手、ですか? なにをなさるのですか?」


「聖教会は現在、癒しの担い手を持っていない。

 多くの貴族たちが聖教会に『早く聖女を寄越してほしい』と要求し不満が高まっている。

 ここで、お前が邪神の奇跡を使って癒しを施していったらどうなると思う?」


「――それは、邪神様の力を他人に見せるということですか?

 それをすれば、私たちが邪神の教徒として追われることになります」


 お父様が机の上にある薬瓶を手に取り、私に見せてきた。


「これは新しく開発した滋養強壮の魔法薬だ。

 試しにこれに邪神の治癒の奇跡を込めて見て欲しい」


 私は薬瓶を受け取り、邪神様への祈りを込めてみた。


 ――邪神様、癒しの奇跡をこの薬に込めてください。


 目を開けると、薬瓶が金色に輝いたあと、その光が霧散した。


 薬瓶は何の変哲もない姿で手の中にある。


 お父様が頷いた。


「調べた通りだな。

 かつて聖神や邪神の力を込めた魔法薬も流通していたという伝承がある。

 それらは偽物が横行するほど、見た目ではそれとわからない代物だったらしい。

 つまり、この方法なら邪神の癒しを周囲に施すことができる」


 私はお父様を見上げて尋ねる。


「では、これを貴族に配るのですか?」


「そうだ。貴族たちには原液を聖教会よりも格安で卸そうかと思う。

 そして希釈した魔法薬を庶民にも格安で配っていこう。

 これで聖教会の影響力を大きく削げるはずだ。

 残された六年間で、聖教会と聖女の権威を落としていく」


 私は不安になりながら尋ねる。


「それに危険性はないのでしょうか」


「不安かい? 私が開発した魔法薬という触れ込みなら、疑われるとしても私だけだ。

 そして私なら聖教会を相手に簡単に屈することはないとも。

 お前の記憶にあるように、表だって邪神を崇拝する訳でもない。

 製法を秘匿しておけば、簡単に疑われることもないさ」


 ……お父様は国内屈指の魔法使いでもある。


 そのお父様なら、病気を治癒する薬を作れてしまっても疑われることは少ないかもしれない。


 お父様が簡単に尻尾を掴まれる人でもないのは、『クラリス』の記憶でも確かだ。


「わかりました。お父様が決断することであれば、私も協力いたします」


「ああ、是非とも頼む。

 お前の奇跡が鍵となる。

 これから毎日、魔法薬を作る時間を設けよう。

 だが無理はしなくていいからね」


 私は静かに頷いた。


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