5.六歳児のお茶会
六歳までの日常は穏やかに過ぎていった。
お母様も社交界に復帰し、精力的に活動を再開した。
お父様は何か考えがあるらしく、忙しくお仕事で飛び回っている。
私もホースダル先生の指導を受け、着実に貴族の作法を身に付けていった。
この頃になるとお母様に連れられ、他所のお茶会に参加することも増えていく。
同年代くらいの子供たちは、高位貴族の教育を受けていてもやっぱり子供だ。
六歳児なのだから当たり前だけど。
そんな中で落ち着いて紅茶を飲む私は、周囲から浮いて見えたらしい。
帰りの馬車の中で、お母様が嬉しそうに私に告げる。
「あなた一人が大人びていて、とっても面白いわね。
『どういう教育を施されているのですか?』なんて聞かれてしまったわ」
周囲に居たのは伯爵位以上の家柄ばかり。
それでも普通は『ちゃんと子供』に見えるらしい。
大人びるのは、もう少し年齢を重ねてからなのだそうだ。
私には、『クラリス』が生きた十八年の記憶があるしなぁ。
もう『クラリス』の心は私に混ざり合って、跡形もなくなってしまったけれど。
普通の六歳児と違っても仕方ない。
私も小さく息をついて告げる。
「周りがお子様だらけで退屈でしたわ」
お母様が楽しそうにクスクスと笑みをこぼした。
「まぁ、随分おませな子ね。
それじゃあ今度、もう少し刺激的な場所に連れて行ってあげましょう」
「刺激的、ですか? どんな場所ですか?」
「それはまだ内緒」
楽しそうなお母様は、微笑みながら口に指を当てていた。
****
一週間後、お母様は私を連れて馬車に乗りこんだ。
なんだか着飾らされたので、またお茶会なのだろうけど。
「お母様? 今日はどちらにいかれるのですか?」
「まだ内緒よ?」
むー、どこに行くって言うんだろう?
やがて馬車は、見覚えのある道に辿り着く。
――これ、王都に続く道?!
馬車は王都に入り、王宮へと向かっていく。
『クラリス』が何度も通った道だから間違いない。
そっかー、『刺激的な場所』って王宮か。
そりゃあ『六歳児にとっては』刺激的だろうなぁ、本来は。
馬車が止まるとお母様が告げる。
「さぁ着いたわ。失礼のないようにね」
お母様が先に降り、私の手を取って馬車から下ろしてくれる。
見上げる王宮の入り口は、『クラリス』の記憶と変わらない姿をしていた。
――なんだか、懐かしいな。
初めて来る場所に既視感を覚えつつ、私はお母様と王宮の中へと入っていった。
****
王宮の入り口には月をかたどった彫像が置いてあった。
私はその彫像にお辞儀をする。
「ミレーヌ、あなたそれをどこで覚えたの?」
振り向くと、お母様が驚いたように目を見開いていた。
――あ、しまった。うっかり『クラリス』の記憶通りに振る舞っちゃった。
月のシンボルは聖神様を象徴するもの。
だからこの前では聖教会の信徒は頭を下げるのが習わしだ。
「えーっと……なんとなく?」
私の苦し紛れの言葉に、お母様は眉をひそめた。
「なんとなくで、お辞儀をしたの?」
「ええ、なんだか威厳を感じましたので」
そんなわけがない。これはただの石で出来た月の彫刻。
だけど今はこういうしかない。
お母様は少し思い悩むような顔をした後、私のように月の彫像に頭を下げた。
「さぁ、目的地は中庭よ」
お母様は私の手を取り、中庭への道を進み始めた。
****
途中、お母様は道に迷ってしまったらしい。
何度も道を間違えかけたのを「こちらですわ」と手を引っ張り、中庭への道へ戻していく。
そっか、お母様は何年も病床に伏せていたから、王宮は久しぶりなのか。
困惑した様子のお母様が私に告げる。
「ミレーヌ、あなたどうして道がわかるの?」
「……いつか、お話できると思います」
今はそういうしかなかった。
中庭に着くと、見慣れた顔ぶれと子供たちの姿があった。
もちろん私ではなく『クラリス』が、だけど。
大人は国王陛下と女王殿下だ。
ってことは、子供二人はショーン殿下とジェームズ殿下かな。
残り二人の子供は――とても、とても良く知った顔だった。
聖教会のローブを着た、外見がそっくりな女の子二人組。
クラリスとクリスティン――そうか、今日は二人が初めて王宮に呼ばれた日か。
お母様が私を連れてテーブルに近づくと、国王陛下が頷いて告げる。
「よく参った、クロスランド公爵夫人。
体が治ったというのは本当らしいな」
「ええ、もうすっかり良くなりましたわ。
それで、この女の子たちはいったい?
今日は王子殿下二人とミレーヌを会わせるという話だったはずですが」
困惑するお母様が、クラリスとクリスティンを見つめた。
二人は緊張して固くなり、返事もできなさそうだ。
……初めての王宮、初めての貴族社会だったからなぁ。
私も緊張して何もできなかったことを思いだす。
あの時、お母様も『ミレーヌ』もこの場には居なかった。
それもそうか。本来ならもう、お母様は亡くなっている時期だ。
そんな時期にお茶会に参加できる訳がない。
国王陛下が楽しそうに頷いた。
「つい先日、聖教会が新しい聖女として指名した子供たちだ。
ついでに面識を作っておくといい」
私はお母様の顔を見て確認し、一歩前に出て淑女の礼を取る。
「クロスランド公爵家、ミレーヌでございます」
私が礼を解くと、王妃殿下が感心するようにため息をついた。
「噂通り、大人びた子ね。その年齢で綺麗な作法を身に付けてるわ」
「いいえ王妃殿下、作法のみで教養はまだですの。
至らぬ身ですので、過剰なご期待をされても困りますわ」
私の言葉に、王妃殿下が目を丸くした。
王妃殿下が国王陛下を見る――二人が目と目で会話し、頷き合う。
「ともかく座りなさい。
お茶会を始めようじゃないか」
こうして、私の王宮デビューのお茶会が始まった。
****
お茶会が始まると、ショーン殿下が私に告げる。
「ミレーヌ嬢は私と同い年と聞いたが、本当なのか?」
「ええ、同じ六歳ですわね」
「……とても同じ年齢とは思えない落ち着きぶりだ。
王宮のお茶会が初めてとは思えない」
私は口元を隠しながら笑みをこぼす。
「買いかぶりですわ。
これでも緊張で、おそるおそるでしてよ?」
さすがショーン殿下、六歳でも大人びて見える。
この人はこの頃から他人より大人びていたんだなぁ。
一方でジェームズ殿下は退屈そうだ。
五歳児なら、お茶会なんて何も面白くないだろうし。
私は敢えてクラリスとクリスティンを見て告げる。
「あなたたちはおいくつなのかしら?」
「あ……えっと、六歳、です」
緊張した様子のクラリスが、どもりながら応えた。
私は微笑みながらそれに応える。
「そう、ではこの場の子供はジェームズ殿下以外、同い年ですのね」
国王陛下が感心したように頷いた。
「その年で王族の名前と顔を一致させているのか。
見事な教育だ。クロスランド公爵夫人、褒めてつかわす」
「……ええ、ありがとうございます」
わずかに戸惑う様子を見せたお母様は、それでも取り繕って応えた。
そりゃそうだよね。そんな教育、私はまだ受けてないし。
国王陛下が告げる。
「では改めて紹介しよう。
第一王子のショーンと、第二王子のジェームズだ。
そちらの女子が聖女クラリスと聖女クリスティン。双子の姉妹だ。
もっとも、ミレーヌはもう知っているようだったが。
どこで噂が漏れたのやら、聞いてもいいかな?」
私はコロコロと笑みをこぼしながら応える。
「最近はお母様とお茶会に参加することが多かったものですから。
その時に小耳に挟んだだけですわ」
国王陛下がニヤリと微笑んだ。
「噂にたがわぬ優秀な素質。
どうだクロスランド公爵夫人。以前からの話を飲んでみないか。
ショーンの婚約者にミレーヌを据えたい。どうだ?」
お母様は戸惑うように応える。
「私一人の一存では決めかねますわ。
夫に相談しませんと」
「ではそのように伝えるがいい。
返事はなるだけ早く寄越すのだ」
国王陛下と王妃殿下は、クラリスとクリスティンから興味を失ったみたいだ。
二人は緊張しっぱなしで、うつむいて固まってる。
……六歳児に何を期待してるんだろうなぁ。この王様は。
その日のお茶会は、私とショーン殿下が話をして終わった。
帰りの馬車で、お母様が私の顔を見て告げる。
「ねぇミレーヌ、あなたは本当にミレーヌなの?」
「……お父様にも同じことを言われました。
いつか、お話できる日が来ると思います。
でも今はご容赦ください、お母様」
「そう……わかったわ。
必ず教えてね、私のミレーヌ」
私は黙って頷くと、夕闇が近づく窓の外に目を向けた。