31.似たもの夫婦
お父様の書斎を尋ね、邪神様の言葉を報告した。
「――ということらしいです」
お父様がため息をついて応える。
「そうか、やはりエバンズ子爵は敵か。
今後、彼はお前の前に姿を現すことはないだろう。
次に姿を現す時は、襲撃になるはずだ」
私は小首をかしげて尋ねる。
「そうなのですか?
あちらは邪神様の言葉を私が聞けることを知りませんよ?」
「そうとは限らない。
邪神の巫女について、エバンズ子爵は何かを知っている可能性がある。
慎重を期して、不必要な露出は行わないだろう。
奴の目的がお前の力の確認なら、もう目的は済んでいるからね」
そうなのかなぁ?
考え過ぎじゃない?
「もし、再びエバンズ子爵が姿を見せたらどうしたらいいですか?」
「その時はお前の力で捕縛してしまいなさい。
その後、フリーランド伯爵に処断してもらう」
お父様、娘の前で怖いことを口走ってない?
「……わかりました。ではそのようにしますね。
聖神様の力が解けかけているそうなので、クラリスに会ってきますわ」
「わかった。気を付けていっておいで」
私は書斎を辞去すると、ロディにも声をかけて出発する準備を始めた。
****
王宮でクラリスを呼び出し、再び私の力を抑え込む祈りを施してもらった。
「――ふぅ。これでいいかしら?」
「うん、ありがとう! クラリス」
ショーン殿下もやってきて、困ったような笑みで口を開く。
「もう昨晩の噂が出回ってる。
『ミレーヌが治癒の奇跡を使った』ってね。
まだ小規模だけど、今日の内にかなり広まるだろう」
あちゃー、やっぱりそうなるか。
「殿下、私はどうなると思います?」
腕組みをしたショーン殿下が私に応える。
「……やはり、いつかは邪神の巫女であることを明かすことになると思う。
金色の奇跡なんて、聖神の奇跡じゃないことは間違いないし」
人払いをしてるので、クラリスが自分でお茶をカップに注いで飲んでいた。
「もう打ち明けてもいいんじゃない?
邪神と言っても、邪悪な神ではないのでしょう?」
「そうなんだけどね……聖神様を信仰する人にとっては、やっぱり敵対する神だし。
聖教会がなくなってまだ二年、エバンズ子爵みたいな人はまだ居ると思うのよ」
「私たち聖女がミレーヌと仲良くしてるのだし、大丈夫じゃない?」
ショーン殿下が難しい顔で告げる。
「いや、下手をするとクラリスたち聖女の求心力が落ちる可能性がある。
まだ残っている聖神の信徒が暴走すると、治安が乱れるからね。
打ち明けるのはもっと時間をかけてからの方がいいかな。
ミレーヌも、人前で奇跡を使うのはもう控えて欲しい」
私は眉をひそめて応える。
「それはわかってるけど、あれはしょうがないじゃない。
他に混乱を治める手がなかったんだし」
ショーン殿下がため息をついた。
「そうなんだよなぁ。あの場合、最善手はミレーヌの奇跡だった。
相手の目的もそれだったんだろう」
「お父様もそうおっしゃってたわ。
エバンズ子爵が力の確認に来たって」
ショーン殿下の眉が跳ねあがった。
「エバンズ子爵が? 敵なのかい?」
「ええ、異端審問官のリーダーなんですって。
でもそれなら、なんでクリスティンを助けてくれたのかしら」
「それなら簡単だよ。聖女を傷つける訳にはいかないだろうからね。
おそらく、洗脳した連中を完全にコントロールできなかったんじゃないかな。
だから確認と護衛を兼ねて、本人が出てきたんだ」
なるほど……護衛を兼ねてたのか。
あの洗脳魔法薬、扱いが難しそうだったしなぁ。
私一人をターゲットに絞ることができなかったのかな。
ショーン殿下が真剣な顔で告げる。
「次の夜会はフルヴィオの家だね。
あそこは森が続く。
襲撃される可能性が高いと思うから気をつけて」
クラリスが不安げに告げる。
「ねぇ、夜会への参加を控えたらどうかしら」
私は微笑みながら応える。
「近衛騎士と私の奇跡があれば、十や二十の異端審問官くらい怖くないわ。
私にとっては夜会の経験を積む方が大事よ!」
ショーン殿下が苦笑して応える。
「君はたくましいね。なんだかロディに似てきたんじゃない?」
「やめてよ! そんなことを言うのは!」
話を聞いていたロディが楽し気に笑った。
「夫婦は似るって言うからな。俺たちも婚約者らしくなってきたってことだ」
「誰が夫婦か!」
小さな笑いが巻き起こったあと、私とロディはクラリスたちに別れを告げて王宮を後にした。
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襲撃から二日後の夕食の席で、お母様が疲れたようにため息をついた。
「もうすっかりミレーヌの力が噂になってるわ。
周囲から『あれはなんなのか』って質問責めにあって、かわすのが大変だったわよ?」
「ごめんなさい、お母様……」
肩を落とす私に、お父様が微笑んで告げる。
「お前が気にすることじゃないさ。
今回は敵が上手だった。
だが本番ではやらせはしない」
「本番? 本番ってどういうことですか?」
「もちろん、襲撃本番のことだよ。
異端審問官をどれほどそろえるかはわからないが、次はエバンズ子爵の目論見を絶つ。
ミレーヌは安心しておくといい」
お父様が断言するなら、大丈夫かな。
ロディは考え事をしてるみたいで、手が止まっていた。
「どうしたの? ロディ」
「いや、大したことじゃない。
エバンズ子爵はなんとか対応できるだろうけど、その後がな」
お父様が頷いた。
「それについては考えがある。
我々大人に任せておいて欲しい」
私とロディが頷いた。
静かな夕食の時間が過ぎ、ロディは今日も夜間戦闘の訓練をしている。
私は部屋の中から庭を見下ろし、ロディの様子を眺めていた。
もうかわす技術はかなり向上した気がする。
お父様が言う通り、ロディは剣術の才能があるのかな。
「頑張れ、ロディ」
私は小さく呟くと、侍女を呼び出して入浴の準備を始めた。
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夜会当日、いつものように護衛の近衛騎士を引き連れて馬車を走らせる。
馬車の中でロディが窓の外を見ながら告げる。
「邪神は襲撃について、何か言ってなかったのか?」
私はため息をついて応える。
「いつも通り、『大丈夫、なんとかなるわ』って言うだけよ。
邪神様は言うことがアバウトなのよね。
もう少し詳しく教えてくれてもいいのに」
ロディがフッと笑いを漏らした。
「それなら、何とかしてやるだけさ。
俺たちにはその力があるってことだろ?
心配は要らねーよ」
「心配はしてないけどさぁ……」
馬車は森の中を走り、フルヴィオの屋敷に向かっていく。
ロディが真面目な声で告げる。
「この辺り、敵に潜まれると厄介だな」
「お父様の護衛が付いてるはずだけど、どこまで信頼できるかしら」
「わからん。やってみるしかない」
周囲は森が茂っていて、視界なんて無いに等しい。
この中に潜まれてたら、確かにわからないだろう。
周囲の近衛騎士たちも、なんだか緊張した様子だ。
私も窓の外を注意しながら、夜会会場へと向かっていった。
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夜会会場のあるリッカーズ伯爵邸のホールには、そこそこの貴族たちが集まっていた。
先に来ていたパトリシアがフルヴィオに告げる。
「なんだか参加者が少ないわね。人望がないのかしら」
「父上を悪く言わないで?!」
「あら、違うわよ。『フルヴィオの人望がない』と言ってるの」
「もっと酷くない?!」
ロディが楽し気に笑いながら告げる。
「俺たちはまだ、貴族子女にコネクションを作ってないからな。
そういうのは、これから作っていけばいいだけさ」
周囲は大人と子供が半々、といったところかな。
エバンズ子爵は……居ないか、やっぱり。
ショーン殿下やクラリスたちもやってきて、私たちに合流した。
「こうして頻繁に会うと、挨拶に困るね」
「あら、『久しぶり』でも別に構わないのではなくて?」
クラリスもクスリと笑って告げる。
「先週会ったばかりで『久しぶり』なの?」
「一週間も会ってなければ、充分久しぶりよ」
参加者が少ないからか、私たちに挨拶に来る貴族たちも多かった。
私は先日の奇跡の話題を笑顔でかわしつつ、彼らと名前を交換していく。
「――ふぅ。やっぱりみんな気になってるのね」
パトリシアが苦笑して応える。
「そりゃそうよ。今話題の人だもの、あなた」
挨拶の流れが途切れると、私たちはいつも通り夜会を楽しんでいく。
フルディオが周囲を見回して告げる。
「やっぱり、僕らの仲間に入ろうとする貴族子女は居ないみたいだね」
ジェームズ殿下が鶏肉をかじりながら応える。
「仕方ないさ、権威が強すぎる。
こんな小さな夜会じゃ、腰が引ける連中しか集まらない」
「今、間接的に我が家を馬鹿にしなかった?!」
「気のせいじゃないか?」
私たちは笑い合いながら、夜会の空気を堪能していった。




