29.不穏な夜会
ロディたちがやってきて三日が過ぎた。
ロディは午前中、父親のフリーランド伯爵と剣の稽古を続けているようだ。
勉強をしていると、庭から彼らの声が聞こえてくる。
「頑張りますわね、ロディは」
ホースダル先生がニコリと微笑む。
「ミレーヌさんの婚約者でしたかしら。
婿に入ると聞きましたが、公爵家を継がせるの?」
「うーん、お父様は『それも考えている』とはおっしゃるのだけど。
本決まりではないみたいなんです。
公爵家は養子を取る選択肢も残ってますし」
親戚には、まだ幼いけれど養子候補の男の子も居るらしい。
その子を引き取ってお父様が教育を施せば、充分に公爵家を継げるんじゃないかな。
それに、ロディがクロスランド公爵を受け継ぐとか……さすがに柄じゃないと思う。
でもロディにも弟が居るから、フリーランド伯爵家としては困らないらしいんだよねぇ。
考え事をしていたら、ホースダル先生が手を打ち鳴らした。
「はいはい、ミレーヌさん気が散ってますよ」
「すみません、ちょっと考え事を」
私は気を取り直して、基礎の復習を再開した。
****
昼食の席で、食事をがっつくロディが思い出したかのように告げる。
「そういえば、明日はパトリシアの家で夜会があったな」
「もう! 忘れないでよ。
仲間の家の夜会なんて、参加しない訳にはいかないんだから。
殿下たちも参加するみたいだし、私たちだけ不参加という訳にはいかないわ」
今度の夜会は大人も参加する夜会だ。
私たちにとっては、少し緊張感を覚えるものになる。
だけどこういうものは場数が大事! 何事も経験だ。
ロディが少し考えこむように黙り込んだ。
「どうしたの?」
「いや、お前の護衛をどうしようかと思ってな」
私は眉をひそめてロディを見る。
「ちょっと! 婚約者の私を放置して護衛をするつもり?」
「いや、さすがにそれはしないが……帯剣しても怒られないかな」
お父様が笑いながら告げる。
「その程度は問題にならんよ。
騎士ならば常時帯剣していても不問とされる。
ロディは騎士の家柄、目くじらを立てる者は居ないだろう」
私は小首を傾げて尋ねる。
「本当に大丈夫なのですか?」
「外交の場では問題とされることもあるけどね。
今回は仲間内で開かれる夜会だ。
最低限、ディクソン伯爵に話を通しておけばトラブルにはならないさ。
そこは私が通達してあるから、気にしなくて構わないよ」
そっか、なら会場ではロディがパートナー兼護衛ってことになるのかな。
ロディがお父様に尋ねる。
「父上たちはどうなるのですか」
「さすがに武装した騎士が中に入るのはまずい。
外で警護をすることになるだろう。
もちろん、有事の際には中に入れてもらうがな」
ふーん、お父様なら強権を発動してしまいそうなものだけど。
まだ異端審問官の動きが見えないから、そこまで強硬できないのかな。
お母様が微笑みながら告げる。
「ロディが居れば、きちんとミレーヌを守ってくれそうね」
恥ずかしそうにロディが鼻を掻いた。
「もちろん、そうあるよう努めますが」
お父様が少し固い声で告げる。
「努力では困る。結果を残せ」
「……はい、その通りにします」
お父様、ロディには少し厳しいな。
やっぱり娘を取られるのが気に食わないのかなぁ。
夜会か。さすがにパトリシアの家で何かが起こるとは思えないし。
そんなにピリピリしなくてもいいと思うんだけどな。
表向きは穏やかに、だけどどこか緊張感のある昼食を終えると、私は席を立つ。
「少し外を散策してきますわ」
「おい待て、俺も一緒に行く」
ロディが慌てて昼食を掻き込むと、水で流し込んでから立ち上がった。
私たちは二人で屋敷の外に向かい、並んで歩きだした。
****
公爵邸の敷地を歩きながら、空を見上げて告げる。
「あの光のカーテン、本当に消えるのかなぁ」
「別に害がある訳じゃねーし、変な噂が立ってる訳でもない。
邪神は『一か月で消える』って言ってたんだろ?」
「そうなんだけどさ。やっぱ目立つじゃない」
ロディは周囲に目を配ってるみたいだった。
ここは公爵邸の敷地なんだから、そんなに警戒する必要はないんだけど。
現に、近衛騎士たちも付いてきてないし。
辺りには秋の花の香りが立ち込めている。
もうすぐ冬が近づいてくるのかなぁ。
歩いていると、ふとロディの足が止まった。
ロディが腕で私をかばうようにして告げる。
「ミレーヌ、お前は動くなよ」
「なに? 何かあったの?」
遠くから何かが飛んできて、ロディがそれを手で叩き落とした。
転がっていくのは……石?
再び同じ方向から複数の石が飛んでくる。
全部、ロディを狙ってるみたいだ。
ロディが構えた瞬間、横の茂みから黒ずくめの人間が五人飛び出てロディに襲い掛かていた。
「――チッ! 陽動か!」
ロディが飛んでくる石を無視して、飛び出てきた人たちに向かっていく。
だけど、今のロディは剣を持ってない。
十三歳のロディはあっさり組み敷かれていた。
呆然とする私の前で、黒ずくめの男性が告げる。
「敷地内と言えど、油断は禁物だ」
「なんだよ?! 殺気なんて感じなかったぞ?!
あんたら、公爵家の人間だろ?!」
ロディを解放した黒ずくめの男性が告げる。
「殺気を消す事など、それほど難しい技ではない。
今のがお嬢様を狙った行動だったなら、お前は取り返しがつかない失敗をしていたところだ。
明日の護衛、その意味をよく噛み締めておけ」
そう言い残し、黒ずくめの人たちは茂みの中に戻っていった。
「なんだったの……今のは」
ロディが不機嫌そうに服についた土埃を払って告げる。
「クロスランド公爵の試験だろ、たぶん。
大方、『油断しているようならいつでも襲い掛かって良い』とでも言われてるんだろうさ。
今度から剣を忘れないようにしないとな」
私は呆れてため息をついた。
「お父様ったら、本当にロディには厳しいのね」
「お前にはべた甘なのにな。ひでぇ扱いの差だ」
「それはしょうがないわ。私はお父様の愛娘だもの」
「自分でいうか? それ」
私たちは苦笑を交換しながら、散策を続けていった。
****
翌日、ロディは実家から夜会用のタキシードを取り寄せて準備をしていた。
私も前回のドレスを少しアレンジして着ている。
夜会は十七時から。ちょっと早めの開始だ。
私たちはお父様とお母様に見送られながら馬車に乗りこんだ。
周囲を近衛騎士に囲まれた馬車は、パトリシアが待つディクソン伯爵邸に向けて出発した。
夜会のホールは思ったより大きく、そこそこの貴族たちが詰めかけていた。
今夜は周辺領地の貴族たちも来ているらしい。
やっぱり、ショーン殿下たちがやってくる事が知られてるのかな。
私も昼間のお茶会に参加して、噂を集めないと駄目だなぁ。
ホールに入るとパトリシアが紫色のドレスで出迎えてくれた。
「いらっしゃいミレーヌ、あとついでにロディ」
ロディが不満げに声を上げる。
「なんで俺がついでなんだよ?!」
「あら、だって今日のあなたはミレーヌの護衛なんでしょう?」
クスクスと笑うパトリシアに、私は抱き着いて告げる。
「今日はよろしくね、パトリシア」
「ええ、もちろんよミレーヌ」
周囲を見回すと、フルヴィオの姿がない。
「フルヴィオはどうしたの?」
「少し遅れてくるそうよ。
パートナーを一人で待たせるなんて、ダメな人ね」
しばらく雑談をして過ごしていると、ショーン殿下たちも続々とやってきた。
「やぁパトリシア。今日も綺麗だね」
「ありがとう、ショーン殿下。
褒めてくれるのは殿下くらいね」
ロディがニヤリと微笑んで告げる。
「俺はミレーヌ以外を褒めるつもりがない」
「最初からロディには期待してないわ」
七人が集まったころ、ようやくフルヴィオが姿を現した。
「ごめん、うっかり服を破いちゃって!」
前回とは違うタキシードを着たフルヴィオが、パトリシアに平謝りしていた。
「そんなドジを踏んだの? しっかりしてよ」
「ごめんってば!」
パトリシアはそっぽを向いて不満を言っていた。
なんとか機嫌を取ろうとするフルヴィオをみんなでかばい合う。
「フルヴィオのドジは今に始まったことじゃないわ」
「そうだぞ、頼りないのもいつものことだ」
「成長しないのよね、フルヴィオって」
涙目のフルヴィオが抗議の声を上げる。
「みんな、フォローするのか追撃するのかはっきりして?!」
笑い合う私たちの話に、近づいてくる大人が居た。
かなり年を取った老年の男性だ。
「――失礼、ショーン殿下にジェームズ殿下ではありませんか」
ショーン殿下が振り向いて応える。
「そうだが、あなたは?」
老年の男性が微笑んで礼を取った。
「私はエバンズ子爵と申します。
聖女殿は健やかですかな?」
クラリスとクリスティンがおずおずと頷いた。
「ええ、私たちに問題は有りません」
「それはよかった。聖神様のお導きがあらんことを」
それだけ言うと、エバンズ子爵は私たちから離れていった。
ジェームズ殿下がエバンズ子爵の背中を睨んで告げる。
「あいつ、聖教会の関係者か?
クリスティン、知ってるか?」
「ううん、私は知らないわ。姉様は?」
「私も見たことがないわ。誰なのかしら」
フルヴィオが拗ねながら告げる。
「年寄りだし、信心深い人なんじゃない?」
ロディは黙ってエバンズ子爵の様子を観察しているようだった。
「どうしたの? ロディ」
「……いや、なんでもない」
変なロディ。なんだかピリピリしてる。
夜会が始まり、私たちは雑談をしながらワルツの輪に加わったり、食事を楽しみだした。
何度目かのワルツを踊り終わると、私はみんなの元へ向かう。
みんなは食事に夢中みたいだ。
ロディと共に歩いて行く――そんな私の横から、給仕の一人が駆け寄ってくる。
ロディが素早く剣を抜いて叫んだ。
「走るぞミレーヌ!」
――何?! 何が起こったの?!
ロディは給仕が取り出したナイフを叩き落とし、私の肩を抱いてみんなの元へ駆け出した。




