28.戦闘訓練
公爵邸に帰ると、近衛騎士たちは敷地内にある兵舎に入っていった。
この兵舎は、有事に騎士たちが使う宿泊施設だ。
ロディは兵舎に入らず、私の前で佇んでいた。
「……なにしてるのよ」
「ん? 俺は『お前に付き従う』のが仕事だからな。
兵舎じゃなく、邸内で寝泊まりする」
「はぁ?! 淑女の家に泊まるっていったの?!」
「婚約者なんだ、客間に泊まるぐらい問題ないだろ?」
「あるわよ! なんでロディを泊めないといけないの?!」
「クロスランド公爵の指示だぞ? 断る理由があるか?」
ぐっ?! お父様、何を考えてるの?!
「……仕方ないわね、でも私の部屋からは離れてね!」
「何を言ってやがる。近くじゃないと意味がないだろうが」
「~~~~~っ?! 勝手にすれば?!」
私はずんずんと屋敷の中に歩いて行く。
ロディは私の後ろを、足取りも軽やかに付いてきた。
夕食の席も、なぜかロディが一緒だった。
「……もう言うのも疲れてきたけど、なんでロディが一緒なの?」
「そりゃあお前、飯を食わなきゃ俺が死ぬ」
「なんで一緒の食卓に居るのかって聞いてるの!」
「同じ家にいるなら、食事を一緒にしてもおかしくないだろうが」
お母様がクスクスと笑いながら告げる。
「ロディも伯爵令息なのだから、使用人たちと一緒に食事をさせるわけにはいかないわ。
一緒の食卓ぐらい、我慢なさいな」
お父様がにこやかに告げる。
「安心しなさい、ミレーヌ。
お前に手を出すようなら、その瞬間にロディの人生が終わるだけだ」
お父様のさらっとした『抹殺宣言』で、ロディの顔が引きつった。
「だ、大丈夫ですよ。手なんて出しませんって」
「それとは別件で、ロディには食後に剣の稽古をつけてやろう。
少しは腕を上げたんだろうね?」
ロディがあわてて声を上げる。
「もう日が落ちてますよ?!」
「だからだよ。騎士なら夜間の戦闘にも慣れておけ。
夜襲に対応できないようでは二流未満だ」
ロディが渋々「はい」と頷いた。
私はお父様に手を挙げて尋ねる。
「私も見学して構いませんか?」
「構わないが……見ていて楽しくはないだろう?」
「ロディがボロボロにやられるところ、見ておいてあげようかなって」
「おいミレーヌ! お前趣味がわりーぞ?!」
ロディの抗議の声を聞こえないふりをした。
お父様が頷いて応える。
「いいだろう。ミレーヌも見学しておきなさい」
ロディががっくりとうなだれた。
私はすまし顔で夕食を口に運んでいく。
「ミレーヌお前、覚えてろよ」
「忘れてあげるから喜んで?」
お父様とお母様は、何故か嬉しそうにワインを飲んでいた。
****
夕食後、中庭でロディの稽古をすることになった。
ロディは軽鎧を着込んで私の横に立っている。
お父様はフリーランド伯爵と並んでロディに告げる。
「まず、私とフリーランド伯爵が手本を見せる。
それを見て勘を掴め」
お父様が手にした剣を抜き放つ――刀身が黒く塗られてる?!
フリーランド伯爵の剣も、やっぱり真っ黒だった。
星明りだけでろくに明かりが届かない中、こんなものを振り回してたら危ないんじゃ――。
お父様がにこやかに告げる。
「刃は潰してあるが、急所に当たれば死ぬ。
――ではよく見ておけ」
お父様とフリーランド伯爵が向き合った。
お互いが同時に動き、素早く剣を振り切っていく。
夜間では全く見えない刃が、時々ぶつかって火花を散らしていく。
だんだんとお父様の腕の動きが速くなっていき、フリーランド伯爵の表情が苦しそうになった。
ピタリとお父様の腕が止まると、フリーランド伯爵が「参った」と告げた。
その首筋には、いつの間にか剣先が突き付けられている。
ロディも私も、呆然とその様子を眺めていた。
フリーランド伯爵が礼をした後、剣をロディに投げ渡す。
「今度はお前の番だ。やってみろ」
「――こんなの、いきなりできるかよ?!」
お父様が小さく息をつく。
「刺客が使ってくるのは、こういった刃物だ。
この程度は見切ってかわせるようになっておけ」
「……本気ですか」
「さぁ、早くこっちにこい。始めるぞ」
渋々とロディがお父様の前に立つ。
礼をすると剣を構え、二人が睨みあった。
「どうした? かかってこないならこちらからいくぞ」
「――やってやらぁ!」
勢いに任せて剣を振るうロディ、その刃をお父様は軽々とかわして剣をロディの小手に叩きつけた。
火花が散るとともにロディが剣を取り落とす。
「動きが雑過ぎる。
そんな動きでは『かわしてくれ』と言ってるようなものだ。
いつもの半分もできていないぞ」
剣を拾ったロディが小さく息を吐く。
今度は慎重に鋭く踏み込み、小さな動きで切りかかっていた。
お父様はそれを器用にかわしていく。
何回目かのロディの攻撃を、お父様は剣を巻き上げるような動きをしていなした。
剣を奪われたロディの首筋に、お父様の剣が突き付けられている。
「ふむ……まぁ攻撃はこんなところか。
次はかわす練習だ。剣を拾え」
悔しそうなロディが剣を拾った瞬間、お父様が素早く腕を動かしていく。
私にはまったく見えない剣筋を、ロディはなんとかかわしていった。
「やはり筋が良いな。見切り方をもう覚えたか」
ロディは返事をする余裕がない。
だんだんと加速していくお父様の剣を、ロディが腕を持ち上げて受け止めた。
大きな火花と金属音が鳴り響き、ロディの持っていた剣が切断されていた。
ロディの顔面すれすれで止められた剣を見て、ロディが「参った」と告げる。
お父様がため息をついて告げる。
「相手の動きを見て剣筋を避けるのはできているが、受け止めるのが甘いな。
あんな風に刃を寝かせていたら『折ってくれ』と言っているようなものだ」
「あれで折れるのは、クロスランド公爵だけですよ……」
ロディが悔しそうにつぶやいた。
お父様がフッと笑いをこぼす。
「そんなことはない。この程度はフリーランド伯爵でもできる。
剣の扱いは昼間と変わらん。
今のお前は、見えない刃に怯えているだけだ。それに慣れろ」
お父様がフリーランド伯爵に剣を投げ渡して背中を向けた。
フリーランド伯爵がロディに告げる。
「ロディ、では避ける練習を続けるか」
「……おう。手加減抜きで頼む」
私はロディが男の子の意地を見せるところを、黙って見守っていた。
****
稽古が終わったロディは、あちこちに切り傷を作っていた。
刃が潰してあっても、大人が本気で振るう剣。
かすっただけで切れるのが普通だ。
鎧を脱いだロディに声をかける。
「ちょっと待って、今傷を治してあげる」
邪神様の治癒の奇跡を祈り、ロディの傷を完治してあげた。
目を開けると、ロディが驚いたように自分の体を見ていた。
「すげぇな、これ……傷どころか疲れも消えたぞ」
「そりゃそうよ、魔法薬と同じ効果だもの」
本来なら、クラリスも同じくらいの治癒を使えるんだけど。
あの子が今の私くらいの治癒を使えるのは、たぶんまだ何年も先だろう。
ロディが照れ臭そうに視線を外して告げる。
「……ありがとな」
「どうしたしまして。面白いものを見れたお礼よ」
「ケッ! 性格わりーな!」
「そんなことないわよ。ちゃんとカッコよかったし」
「どこがだよ! ボロボロにやられてたじゃねーか!」
私はふふんと笑いながらロディの鼻をつついた。
「頑張ってたでしょ。そのご褒美よ」
「……ケッ!」
ロディは背中を向けて、二階の客間へと向かっていった。
私はため息をついてから、ロディの後を追って階段を上った。
****
公爵邸の応接間で、クロスランド公爵とフリーランド伯爵が酒を酌み交わしていた。
「あのような訓練を、今から仕込むのですか?」
「念のためだよ。
昼間の襲撃なら貴公らが居るが、夜間となるとどう動くかわからん。
ミレーヌの傍にロディしか居ない状況で襲われたら、彼だけが盾となれる」
フリーランド伯爵がフッと笑みをこぼした。
「我が不肖の息子を、随分と買っておられるようだ」
「そう謙遜するものでもないさ。
あれは伸びるぞ。
今からしごいて行けば、本当に近衛騎士団長くらいにはなれるかもしれん」
「ハハハ! そうであれば良いのですがな。
あいつは調子に乗るところが良くない。
そこが直れば、伸びも期待できますが」
クロスランド公爵がワインを一口飲んで応える。
「だから今、徹底的にプライドを折っている。
反骨心が強いからな。
叩けば叩くだけ伸びるだろう」
フリーランド伯爵が嬉しそうに微笑む。
「公爵は随分とロディを理解しておられるのですな」
「一応、ミレーヌの婚約者だからな。
調べられる限りは調べ尽くしてある」
フリーランド伯爵が真面目な顔で尋ねる。
「それで、連中はいつ頃に?」
「……近いうち、おそらく二週間もかからないだろう。
網にかかればそれで良し。
だが抜けてくるようであれば、襲撃は夜間が濃厚だ」
フリーランド伯爵が頷いた。
「なるほど、それで今日の訓練という訳ですな」
クロスランド公爵がワインを呷る。
「打てるだけの手は打つ。それだけさ」
ワインを飲みながらも頭脳は高速に回転を続けている。
元異端審問官たちとの駆け引きで、後れを取る訳にはいかない。
かかっているのは、クロスランド公爵が目に入れても痛くない愛娘なのだから。
フリーランド伯爵も責任を改めて感じ、ワインを呷ると部屋を後にした。




