26.封印崩壊
王族控室に入れてもらい、私たちはソファに腰を下ろした。
「どうしよう……噂になるよね、絶対」
ショーン殿下がため息をついた。
「それは避けられないだろう。
今後、夜会のたびに質問攻めにされるだろうな」
ジェームズ殿下が小さく息をつく。
「もうこうなったら、開き直るしかないんじゃないか?
見られたものは仕方がない。
魔法薬の製法は、『公爵の秘密だから教えられない』と言っておけばいい」
クリスティンが頷いた。
「このまま引きこもっても、噂が独り歩きするだけだもの。
きちんとみんなの前に出て、自分の言葉で伝えた方が良いわ」
私はきょとんとクリスティンを見た。
「あなた、いつの間に社交界の渡り歩き方なんて覚えたの?」
「フフン、ちゃんと勉強してるんだから!」
クラリスも頷いた。
「せっかくレッスンをしてきたのだし、ダンスも踊らずに帰りたくないわ。
私たちが固まっていれば、そう簡単には近寄ってこれないはずだし」
ロディが手を打ち鳴らした。
「決まりだな。
質問には知らぬ存ぜぬで通す!
面の皮を厚くしていこうぜ!」
私はため息交じりで応える。
「ほんと、その図太さは見習いたいわ」
私たちは笑い合いながら立ち上がった。
それぞれのパートナーを連れ、ホールに向かって歩きだした。
****
ホールに戻った私たちを、貴族子女たちが遠巻きに眺めていた。
幸い、今夜は大人の参加者が居ない。
子供たちが主役の夜会だ。
王子二人と聖女二人に、簡単に近づいてくる貴族子女はいなさそうだ。
ショーン殿下が告げる。
「早速だ、みんなで一踊りして来よう。
一曲終わったら、またここに戻ってくる。いいね?」
みんなで頷き、パートナーを連れてホール中央へ歩いて行く。
ワルツを踊り始めると、周囲の視線を嫌でも感じる。
「気になるなぁ。遠巻きに噂をするぐらいなら質問に来ればいいのに」
ロディが微笑みながら告げる。
「おいミレーヌ、笑顔を忘れるなよ?」
「わかってるわよ!」
私たちは仲間から離れないよう、なるだけ固まって踊り切った。
踊り終わると八人で元の位置に戻り、子供用のワインで喉を潤す。
「ふぅ。やっぱりダンスは喉が渇くわね」
一息ついていると、ちらほらと年長者がパートナーを連れて近づいてきた。
「ショーン殿下、聖女クラリス。ご機嫌はいかがですか」
「とても楽しんでいるよ。
ところで君は誰だったかな?」
「――失礼、ランバート伯爵家、ポールと申します」
隣の令嬢も淑女の礼を取る。
「ヴェジーナ子爵家、レイチェルと申しますわ」
ポールが顔を上げて私を見る。
「さきほど、クロスランド公爵令嬢が金色の光に包まれていたように見えましたが。
あれはなんだったのですか?」
私はニコリと微笑んで応える。
「何のことかしら?
私には覚えがありませんわ」
ポールの顔が引きつった。
「そ、そうですか……。
ところで、先日からクロスランド公爵の魔法薬も金色に変化したとか。
クロスランド公爵令嬢と何か関わりが?」
「魔法薬については、お父様から秘密にするよう言われてますの。
ですから尋ねられても、何も言えませんわね」
私がニコニコと受け答えをすると、ポールは困惑したように眉をひそめた。
「では――」
「ランバート伯爵令息、兄上にだけ挨拶をするとは良い度胸だな」
ジェームズ殿下が不機嫌そうに言い放った。
クリスティンも不満げにレイチェルを睨み付けている。
ポールがあわててジェームズ殿下に臣下の礼を取る。
「これは失礼を致しました。
決してないがしろにした覚えはないのですが、あまりの出来事に我を忘れました」
「そうか、我を忘れたか。
では緊急時にお前は役に立たない愚図ということだな。
我が国の貴族であれば、緊急時こそ冷静であって欲しいものだ」
刺々しいジェームズ殿下の言葉に、ポールの微笑みが引きつっていた。
レイチェルが「行きましょう」とポールの袖を引っ張る。
「では、我々はこれで」
ポールは頭を下げると、足早に私たちから離れていった。
ジェームズ殿下が鼻息も荒く告げる。
「私を無視するとは、今度ランバート伯爵に直接文句を言ってやる」
ロディがフッと笑って応える。
「まぁそう言うなよ。あいつのおかげで近寄る貴族子女は減りそうだ。
俺たちが何も応える気が無いと伝わったからな」
周囲を見回すと、ポールと私を見比べながら噂話をする貴族子女が大勢居た。
興味本位の貴族子女は、同じ目に遭うとわかっているなら近づいてこないだろう。
その後、何組かは挨拶に来たけれど、名前を交換するだけで話が終わった。
ロディの言う通り、質問してもはぐらかされると伝わったようだ。
その後、私たちは何度か踊りにホールに出たあと、いつものように会話を楽しんで夜会を終えた。
周囲が帰り支度をする中、クラリスが小さく息をつく。
「思っていたより、きちんと振る舞えたようで良かった」
私はにっこりと微笑んで告げる。
「大丈夫、ちゃんとできてたわよ」
クリスティンが不満げに唇を尖らせた。
「作法が綺麗なミレーヌに言われても、自信がなくなるわ」
「あら、五歳の時からレッスンしてる私と並びたいの?
それならもーっといっぱいレッスンを積まないとね?」
「えー?! そんな小さい頃からやってるの?!
私、そんなに長くレッスンしたくないわ!」
仲間がクスクスと笑い合いながら、その日は解散となった。
****
馬車に乗る前に空を見上げる――まるで王国の国境を包み込むような光のカーテンだ。
真上を見ると星空が見える。
ということは、空から真っ直ぐカーテンが降りてきてるのかな。
「どうした? ミレーヌ」
「あ、ううん。なんでもない」
ロディの手を借りて馬車に乗りこむ。
馬車の車窓から、金色のカーテンを見つめた。
「不思議な現象ね。なんなのかしら、これ」
「あとで邪神に聞いてみりゃいいじゃねーか」
それもそうか。聞けば教えてくれるかもだし。
私は小さく息をつく。
「今日はとんでもない目に遭ったなぁ。
まさか、みんなに目撃されちゃうなんてね」
「だから気を付けろって言っただろうに」
「――あんなの、どう気を付けろって言うのよ?!
不可抗力よ、不可抗力!」
ロディもため息をついていた。
「なんにせよ、今後は身の回りに注意しないとな。
今も公爵の護衛が付いてるだろうけど、それに頼り切るのも危ない。
一人で出歩くような真似はするなよ?」
「わかってるわよ。
お父様にも相談してみるし」
「そうしとけ」
私たちはどこか不安な気持ちを隠しながら、馬車に揺られて公爵邸に向かった。
****
帰宅した私をお父様が出迎えた。
「無事だったか。何もなかったか?」
「それが……体から金色の光が吹き出ました。
クラリスたちにお願いして押さえ込んでもらいましたけど。
またいつ噴き出るかわかりません」
お父様が眉をひそめて応える。
「そうか、やはり異変は有ったか。
あとで邪神に対応策を聞いてみるといい。
ともかく、着替えておいで」
「はい、失礼します」
私はドレスの裾をつまみながら階段を上がり、部屋へ戻っていった。
着替えて化粧を落とした私は、礼拝堂に向かった。
祭壇の前でしゃがみ込み、邪神様へ祈りを捧げる。
――邪神様、封印はどうなったんですか?
『完全に砕けたわね。
もうすっかり自由の身よ。
こんなにすっきりしたのは何百年ぶりかしら?』
――じゃあ、空の光はなんなんですか?
『あれは私の力が溢れてるせいよ。
長い時間封印されて溜まってた分が溢れてるの。
しばらくすれば消えるから、心配いらないわ』
――じゃあ、私に起こったのはなんだったんですか?
『言ったでしょう? あなたは力が強すぎるの。
私の封印解放に呼応して、あなたにも力が伝わったのよ。
今は――聖神の力で抑え込んでもらってるみたいね。
でもそれ、長くは持たないわよ?』
――どうしたらいいでしょうか。
『毎回押さえ込んでもらうのも大変だろうし、諦めてしまったら?
一か月くらいであなたから力が漏れるのは消えるはずよ?』
――本当に一か月で収まるんですか?!
『ええ、それくらいよ。
空の光も、同じころに消えると思うわ。
それまで不便だろうけど、頑張ってね』
――はい、わかりました……。
私はうなだれて立ち上がると、ふらふらと礼拝堂を後にした。




